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白い結婚宣言
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結婚式が終わり、お披露目の晩餐会も無事に終わった。
自室に戻ったマグノリアは入浴してメイドのタマラに全身を磨かれ、侍女のリタを伴い夫婦の寝室へと入った。
(趣味の悪い部屋ね)
結婚にあたり侯爵邸はかなりの模様替えが為されている。もはや模様替えではなく改築と言ってもいいかもしれない。これはエスタファドル伯爵家からの支援金で行なったことの一つだ。
侯爵邸の二階は新婚夫婦のためのフロアとなっている。ペルデルの居間・寝室、マグノリアの執務室と居間・寝室、そして夫婦の寝室がある。因みに侯爵夫妻の部屋は三階にある。僅か三ヶ月で改築するために大工たちにはかなり無理をさせてしまった。
二階の夫婦の寝室は侯爵家の趣味でゴテゴテと飾り立てられている。ただ寝るだけの部屋にどうしてこんな調度品が必要なのかとマグノリアには理解できない。
夜着の上にガウンを纏い、マグノリアはソファに座る。そんなマグノリアに侍女のリタはワインを供する。これから初夜だが、素面ではやってられないというのがマグノリアの正直な気持ちだ。
とはいえ、ペルデルが来るかは微妙だとも思っている。彼にとってこの婚姻が非常に不本意なのは知っている。彼が自分ばかりが貧乏籤を引いたと嘆いているのも知っている。それには呆れるばかりだ。
マグノリアとて、この結婚は嬉しいものではない。けれど務めとして受け入れている。でなければあんな男と結婚したいはずがない。
「お嬢様、いつまでお待ちになりますか?」
幼少期から側に仕えてくれているリタがそう問いかける。
「そうね……一応体裁を保つために朝まで待つ必要があるのではないかしら」
本当は一時間待って来なければ自分の寝室に戻って休みたいところだ。結婚式と披露宴でかなり疲れている。だが、一応今夜は初夜だ。夫が来ないとしても待つべきだろう。
しかし、マグノリアの心配な無用のことだった。ペルデルがやって来たのだ。
まさか来るとは思わなかった。そう思いつつ、マグノリアは立ち上がり夫を迎える。リタは続き扉から別室へと下がろうとした。
「俺が貴様を抱くことはない! 俺に愛されるなどと期待するな!」
ドアを開けて寝室に入るや否やペルデルはそう宣った。リタが別室に下がる暇もなかった。
「貴様は金を運ぶだけのお飾りの妻だ! 俺の愛を期待するな。俺の愛は真実の恋人アバリシアに捧げられているんだ!!」
それだけを怒鳴るように告げると、ペルデルはすぐに寝室を出て行った。
「……リタ、これはわたくしも自分の寝室に戻っていいということかしら」
あまりの出来事に半ば現実逃避しつつ、マグノリアは腹心の侍女に問いかける。
「左様でございますね、お嬢様」
「一応結婚したのだし、お嬢様はおやめなさい」
まだ若干現実逃避したままマグノリアはクスリと笑う。確かに婚姻宣誓書に署名したから自分は人妻だ。若奥様と呼ばれるのが正しいだろう。だが、この様子であれば、すぐにでも再びマグノリアの呼称は『お嬢様』に戻ることになるだろう。
マグノリアは夫婦の寝室の続き扉から自分の寝室へと戻る。こちらはマグノリアの趣味で落ち着いた色合いの洗練された調度品で纏められている。
「この扉は必要ありませんから、塞いでしまいますね」
寝室で控えていたタマラと共にリタが続き扉の前にチェストを移動させていた。かなりの大きさと重さがあるが、二人とも身体強化の魔法が使えるために軽々と移動させることが出来たようだ。
どうやら夫は自分と閨を共にする気はないようだから、塞いでも問題はない。万が一にもこちらにやって来ることがないように塞いでおくに越したことはないだろう。自分だって役目がなければあんな男は御免被りたい。
「でも、随分自意識過剰な男ですねぇ。あのセリフ、お嬢様に愛されて当然だと思ってるってことですよね。気持ち悪いです」
「お嬢様があんなの愛するわけござませんのにねぇ。身の程を知らぬ、自分を客観的にみられないなんて貴族失格です」
「自分のことを絶世の美貌を持つ貴公子とか思っているようですね。確かに貌の造形だけはいいですけど。ナルシストっていうんでしたか、気持ち悪いですよ」
「でも、内面の醜さと頭の足りなさが出てますよ。お嬢様なんて中身は勝ち気で計算高くて腹黒いのに、見た目は完璧なほどにお淑やかで儚げで愛らしくて。こういう見た目詐欺がお貴族様でしょうに」
中々の毒舌を揮いながら侍女とメイドは完全に続き扉をないものとした。そんな二人にマグノリアは苦笑する。
腹心の配下である二人はマグノリアにとっては気心も知れ、姉のように感じることもある。しかし、リタはどれだけペルデルを気持ち悪いと思っているのか。そしてタマラは自分のことをそんな風に思っていたのかと少々顔が引きつったが。
「タマラ、サウロを呼んでくれる? 今後のことを話したいわ」
メイドのタマラにそう命じ、マグノリアは寝室から居間を抜け、執務室へと入った。これは侯爵家を実質取り仕切るのが彼女になる予定だったことから用意した部屋だ。尤もそれ以外にも自ら主導している事業もあり、その執務のためにも必要ではあった。
「お嬢様、お茶をお淹れしましょうか」
「眠れなくなると困るからハーブティにしてね」
リタに応じながらマグノリアは執務机に仕舞い込んだ書類を取り出す。因みにこの執務机の引き出しは使用者登録をしている者にしか開けられない魔法処理が為されている。そのため、開けられるのはマグノリアだけだ。
「それは……婚姻前契約書ですか」
マグノリアの机にティーカップを置き、リタが尋ねる。
「ええ。念のために内容を確認しておこうと思って」
マグノリアはまず契約書の最後の署名を確認する。オルガサン侯爵家の当主ガラパダ・オルガサン(ペルデルの父)、エスタファドル伯爵家当主アマネセル・エスタファドル(マグノリアの父)の署名と共に当事者であるペルデルとマグノリアの署名もある。間違いなくペルデルはこの契約に同意していることとなる。
次いで契約内容を再度確認する。契約書作成時から何度も確認してはいるが、ペルデルの言動が契約違反になることを改めて確かめたのだ。
「お嬢様、第三案移行ですか?」
そう声をかけたのは専属執事のサウロだった。緊急時の呼び出しに限り、入室許可を待たずに執務室へ入っていいとサウロには許しを与えているので問題はない。
「ええ、そうなると思うわ。ただ、まさかあんなお馬鹿な宣言をするとは思ってなかったから、録画していないのよね」
改築の折に主だった部屋には録画も録音も出来る監視装置の魔道具を隠して設置している。だが、流石に各人の寝室には設置していない。逆をいえばそれ以外の部屋にはあるということだ。
「お嬢様、僭越ながら、わたくしがポケットに録音の魔道具を忍ばせておりましたので、あのバカの発言は記録されております」
しかし、確り者の侍女は夫の暴言を録音してくれていたようだ。
「まぁ、流石はリタね。特別手当を弾まなくては。ただ、それだけでは証拠としては弱いかもしれないわね」
後がないオルガサン侯爵家だ。声だけではなんだかんだと言い訳をして有耶無耶にしそうである。より確実な証拠を押さえる必要があるだろう。
「取り敢えず、明日、もう一度旦那様と話してみるわ。まぁ、一晩で何か変わるわけでもないでしょうから、第三案への移行はほぼ確定ね。一応、証拠集めも兼ねて一ヶ月くらい様子を見るわ」
だからそのつもりで準備をしておいてとマグノリアは微笑み、彼女に仕える三人も同じような良い笑顔で応じた。
自室に戻ったマグノリアは入浴してメイドのタマラに全身を磨かれ、侍女のリタを伴い夫婦の寝室へと入った。
(趣味の悪い部屋ね)
結婚にあたり侯爵邸はかなりの模様替えが為されている。もはや模様替えではなく改築と言ってもいいかもしれない。これはエスタファドル伯爵家からの支援金で行なったことの一つだ。
侯爵邸の二階は新婚夫婦のためのフロアとなっている。ペルデルの居間・寝室、マグノリアの執務室と居間・寝室、そして夫婦の寝室がある。因みに侯爵夫妻の部屋は三階にある。僅か三ヶ月で改築するために大工たちにはかなり無理をさせてしまった。
二階の夫婦の寝室は侯爵家の趣味でゴテゴテと飾り立てられている。ただ寝るだけの部屋にどうしてこんな調度品が必要なのかとマグノリアには理解できない。
夜着の上にガウンを纏い、マグノリアはソファに座る。そんなマグノリアに侍女のリタはワインを供する。これから初夜だが、素面ではやってられないというのがマグノリアの正直な気持ちだ。
とはいえ、ペルデルが来るかは微妙だとも思っている。彼にとってこの婚姻が非常に不本意なのは知っている。彼が自分ばかりが貧乏籤を引いたと嘆いているのも知っている。それには呆れるばかりだ。
マグノリアとて、この結婚は嬉しいものではない。けれど務めとして受け入れている。でなければあんな男と結婚したいはずがない。
「お嬢様、いつまでお待ちになりますか?」
幼少期から側に仕えてくれているリタがそう問いかける。
「そうね……一応体裁を保つために朝まで待つ必要があるのではないかしら」
本当は一時間待って来なければ自分の寝室に戻って休みたいところだ。結婚式と披露宴でかなり疲れている。だが、一応今夜は初夜だ。夫が来ないとしても待つべきだろう。
しかし、マグノリアの心配な無用のことだった。ペルデルがやって来たのだ。
まさか来るとは思わなかった。そう思いつつ、マグノリアは立ち上がり夫を迎える。リタは続き扉から別室へと下がろうとした。
「俺が貴様を抱くことはない! 俺に愛されるなどと期待するな!」
ドアを開けて寝室に入るや否やペルデルはそう宣った。リタが別室に下がる暇もなかった。
「貴様は金を運ぶだけのお飾りの妻だ! 俺の愛を期待するな。俺の愛は真実の恋人アバリシアに捧げられているんだ!!」
それだけを怒鳴るように告げると、ペルデルはすぐに寝室を出て行った。
「……リタ、これはわたくしも自分の寝室に戻っていいということかしら」
あまりの出来事に半ば現実逃避しつつ、マグノリアは腹心の侍女に問いかける。
「左様でございますね、お嬢様」
「一応結婚したのだし、お嬢様はおやめなさい」
まだ若干現実逃避したままマグノリアはクスリと笑う。確かに婚姻宣誓書に署名したから自分は人妻だ。若奥様と呼ばれるのが正しいだろう。だが、この様子であれば、すぐにでも再びマグノリアの呼称は『お嬢様』に戻ることになるだろう。
マグノリアは夫婦の寝室の続き扉から自分の寝室へと戻る。こちらはマグノリアの趣味で落ち着いた色合いの洗練された調度品で纏められている。
「この扉は必要ありませんから、塞いでしまいますね」
寝室で控えていたタマラと共にリタが続き扉の前にチェストを移動させていた。かなりの大きさと重さがあるが、二人とも身体強化の魔法が使えるために軽々と移動させることが出来たようだ。
どうやら夫は自分と閨を共にする気はないようだから、塞いでも問題はない。万が一にもこちらにやって来ることがないように塞いでおくに越したことはないだろう。自分だって役目がなければあんな男は御免被りたい。
「でも、随分自意識過剰な男ですねぇ。あのセリフ、お嬢様に愛されて当然だと思ってるってことですよね。気持ち悪いです」
「お嬢様があんなの愛するわけござませんのにねぇ。身の程を知らぬ、自分を客観的にみられないなんて貴族失格です」
「自分のことを絶世の美貌を持つ貴公子とか思っているようですね。確かに貌の造形だけはいいですけど。ナルシストっていうんでしたか、気持ち悪いですよ」
「でも、内面の醜さと頭の足りなさが出てますよ。お嬢様なんて中身は勝ち気で計算高くて腹黒いのに、見た目は完璧なほどにお淑やかで儚げで愛らしくて。こういう見た目詐欺がお貴族様でしょうに」
中々の毒舌を揮いながら侍女とメイドは完全に続き扉をないものとした。そんな二人にマグノリアは苦笑する。
腹心の配下である二人はマグノリアにとっては気心も知れ、姉のように感じることもある。しかし、リタはどれだけペルデルを気持ち悪いと思っているのか。そしてタマラは自分のことをそんな風に思っていたのかと少々顔が引きつったが。
「タマラ、サウロを呼んでくれる? 今後のことを話したいわ」
メイドのタマラにそう命じ、マグノリアは寝室から居間を抜け、執務室へと入った。これは侯爵家を実質取り仕切るのが彼女になる予定だったことから用意した部屋だ。尤もそれ以外にも自ら主導している事業もあり、その執務のためにも必要ではあった。
「お嬢様、お茶をお淹れしましょうか」
「眠れなくなると困るからハーブティにしてね」
リタに応じながらマグノリアは執務机に仕舞い込んだ書類を取り出す。因みにこの執務机の引き出しは使用者登録をしている者にしか開けられない魔法処理が為されている。そのため、開けられるのはマグノリアだけだ。
「それは……婚姻前契約書ですか」
マグノリアの机にティーカップを置き、リタが尋ねる。
「ええ。念のために内容を確認しておこうと思って」
マグノリアはまず契約書の最後の署名を確認する。オルガサン侯爵家の当主ガラパダ・オルガサン(ペルデルの父)、エスタファドル伯爵家当主アマネセル・エスタファドル(マグノリアの父)の署名と共に当事者であるペルデルとマグノリアの署名もある。間違いなくペルデルはこの契約に同意していることとなる。
次いで契約内容を再度確認する。契約書作成時から何度も確認してはいるが、ペルデルの言動が契約違反になることを改めて確かめたのだ。
「お嬢様、第三案移行ですか?」
そう声をかけたのは専属執事のサウロだった。緊急時の呼び出しに限り、入室許可を待たずに執務室へ入っていいとサウロには許しを与えているので問題はない。
「ええ、そうなると思うわ。ただ、まさかあんなお馬鹿な宣言をするとは思ってなかったから、録画していないのよね」
改築の折に主だった部屋には録画も録音も出来る監視装置の魔道具を隠して設置している。だが、流石に各人の寝室には設置していない。逆をいえばそれ以外の部屋にはあるということだ。
「お嬢様、僭越ながら、わたくしがポケットに録音の魔道具を忍ばせておりましたので、あのバカの発言は記録されております」
しかし、確り者の侍女は夫の暴言を録音してくれていたようだ。
「まぁ、流石はリタね。特別手当を弾まなくては。ただ、それだけでは証拠としては弱いかもしれないわね」
後がないオルガサン侯爵家だ。声だけではなんだかんだと言い訳をして有耶無耶にしそうである。より確実な証拠を押さえる必要があるだろう。
「取り敢えず、明日、もう一度旦那様と話してみるわ。まぁ、一晩で何か変わるわけでもないでしょうから、第三案への移行はほぼ確定ね。一応、証拠集めも兼ねて一ヶ月くらい様子を見るわ」
だからそのつもりで準備をしておいてとマグノリアは微笑み、彼女に仕える三人も同じような良い笑顔で応じた。
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