政略結婚の意味、理解してますか。

章槻雅希

文字の大きさ
上 下
2 / 21

白い結婚宣言

しおりを挟む
 結婚式が終わり、お披露目の晩餐会も無事に終わった。

 自室に戻ったマグノリアは入浴してメイドのタマラに全身を磨かれ、侍女のリタを伴い夫婦の寝室へと入った。

(趣味の悪い部屋ね)

 結婚にあたり侯爵邸はかなりの模様替えが為されている。もはや模様替えではなく改築と言ってもいいかもしれない。これはエスタファドル伯爵家からの支援金で行なったことの一つだ。

 侯爵邸の二階は新婚夫婦のためのフロアとなっている。ペルデルの居間・寝室、マグノリアの執務室と居間・寝室、そして夫婦の寝室がある。因みに侯爵夫妻の部屋は三階にある。僅か三ヶ月で改築するために大工たちにはかなり無理をさせてしまった。

 二階の夫婦の寝室は侯爵家の趣味でゴテゴテと飾り立てられている。ただ寝るだけの部屋にどうしてこんな調度品が必要なのかとマグノリアには理解できない。

 夜着の上にガウンを纏い、マグノリアはソファに座る。そんなマグノリアに侍女のリタはワインを供する。これから初夜だが、素面ではやってられないというのがマグノリアの正直な気持ちだ。

 とはいえ、ペルデルが来るかは微妙だとも思っている。彼にとってこの婚姻が非常に不本意なのは知っている。彼が自分ばかりが貧乏籤を引いたと嘆いているのも知っている。それには呆れるばかりだ。

 マグノリアとて、この結婚は嬉しいものではない。けれど務めとして受け入れている。でなければあんな男と結婚したいはずがない。

「お嬢様、いつまでお待ちになりますか?」

 幼少期から側に仕えてくれているリタがそう問いかける。

「そうね……一応体裁を保つために朝まで待つ必要があるのではないかしら」

 本当は一時間待って来なければ自分の寝室に戻って休みたいところだ。結婚式と披露宴でかなり疲れている。だが、一応今夜は初夜だ。夫が来ないとしても待つべきだろう。

 しかし、マグノリアの心配な無用のことだった。ペルデルがやって来たのだ。

 まさか来るとは思わなかった。そう思いつつ、マグノリアは立ち上がり夫を迎える。リタは続き扉から別室へと下がろうとした。

「俺が貴様を抱くことはない! 俺に愛されるなどと期待するな!」

 ドアを開けて寝室に入るや否やペルデルはそう宣った。リタが別室に下がる暇もなかった。

「貴様は金を運ぶだけのお飾りの妻だ! 俺の愛を期待するな。俺の愛は真実の恋人アバリシアに捧げられているんだ!!」

 それだけを怒鳴るように告げると、ペルデルはすぐに寝室を出て行った。

「……リタ、これはわたくしも自分の寝室に戻っていいということかしら」

 あまりの出来事に半ば現実逃避しつつ、マグノリアは腹心の侍女に問いかける。

「左様でございますね、お嬢様」

「一応結婚したのだし、お嬢様はおやめなさい」

 まだ若干現実逃避したままマグノリアはクスリと笑う。確かに婚姻宣誓書に署名したから自分は人妻だ。若奥様と呼ばれるのが正しいだろう。だが、この様子であれば、すぐにでも再びマグノリアの呼称は『お嬢様』に戻ることになるだろう。

 マグノリアは夫婦の寝室の続き扉から自分の寝室へと戻る。こちらはマグノリアの趣味で落ち着いた色合いの洗練された調度品で纏められている。

「この扉は必要ありませんから、塞いでしまいますね」

 寝室で控えていたタマラと共にリタが続き扉の前にチェストを移動させていた。かなりの大きさと重さがあるが、二人とも身体強化の魔法が使えるために軽々と移動させることが出来たようだ。

 どうやら夫は自分と閨を共にする気はないようだから、塞いでも問題はない。万が一にもこちらにやって来ることがないように塞いでおくに越したことはないだろう。自分だって役目がなければあんな男は御免被りたい。

「でも、随分自意識過剰な男ですねぇ。あのセリフ、お嬢様に愛されて当然だと思ってるってことですよね。気持ち悪いです」

「お嬢様があんなの愛するわけござませんのにねぇ。身の程を知らぬ、自分を客観的にみられないなんて貴族失格です」

「自分のことを絶世の美貌を持つ貴公子とか思っているようですね。確かに貌の造形だけはいいですけど。ナルシストっていうんでしたか、気持ち悪いですよ」

「でも、内面の醜さと頭の足りなさが出てますよ。お嬢様なんて中身は勝ち気で計算高くて腹黒いのに、見た目は完璧なほどにお淑やかで儚げで愛らしくて。こういう見た目詐欺がお貴族様でしょうに」

 中々の毒舌を揮いながら侍女とメイドは完全に続き扉をないものとした。そんな二人にマグノリアは苦笑する。

 腹心の配下である二人はマグノリアにとっては気心も知れ、姉のように感じることもある。しかし、リタはどれだけペルデルを気持ち悪いと思っているのか。そしてタマラは自分のことをそんな風に思っていたのかと少々顔が引きつったが。

「タマラ、サウロを呼んでくれる? 今後のことを話したいわ」

 メイドのタマラにそう命じ、マグノリアは寝室から居間を抜け、執務室へと入った。これは侯爵家を実質取り仕切るのが彼女になる予定だったことから用意した部屋だ。尤もそれ以外にも自ら主導している事業もあり、その執務のためにも必要ではあった。

「お嬢様、お茶をお淹れしましょうか」

「眠れなくなると困るからハーブティにしてね」

 リタに応じながらマグノリアは執務机に仕舞い込んだ書類を取り出す。因みにこの執務机の引き出しは使用者登録をしている者にしか開けられない魔法処理が為されている。そのため、開けられるのはマグノリアだけだ。

「それは……婚姻前契約書ですか」

 マグノリアの机にティーカップを置き、リタが尋ねる。

「ええ。念のために内容を確認しておこうと思って」

 マグノリアはまず契約書の最後の署名を確認する。オルガサン侯爵家の当主ガラパダ・オルガサン(ペルデルの父)、エスタファドル伯爵家当主アマネセル・エスタファドル(マグノリアの父)の署名と共に当事者であるペルデルとマグノリアの署名もある。間違いなくペルデルはこの契約に同意していることとなる。

 次いで契約内容を再度確認する。契約書作成時から何度も確認してはいるが、ペルデルの言動が契約違反になることを改めて確かめたのだ。

「お嬢様、第三案移行ですか?」

 そう声をかけたのは専属執事のサウロだった。緊急時の呼び出しに限り、入室許可を待たずに執務室へ入っていいとサウロには許しを与えているので問題はない。

「ええ、そうなると思うわ。ただ、まさかあんなお馬鹿な宣言をするとは思ってなかったから、録画していないのよね」

 改築の折に主だった部屋には録画も録音も出来る監視装置の魔道具を隠して設置している。だが、流石に各人の寝室には設置していない。逆をいえばそれ以外の部屋にはあるということだ。

「お嬢様、僭越ながら、わたくしがポケットに録音の魔道具を忍ばせておりましたので、あのバカの発言は記録されております」

 しかし、確り者の侍女は夫の暴言を録音してくれていたようだ。

「まぁ、流石はリタね。特別手当を弾まなくては。ただ、それだけでは証拠としては弱いかもしれないわね」

 後がないオルガサン侯爵家だ。声だけではなんだかんだと言い訳をして有耶無耶にしそうである。より確実な証拠を押さえる必要があるだろう。

「取り敢えず、明日、もう一度旦那様と話してみるわ。まぁ、一晩で何か変わるわけでもないでしょうから、第三案への移行はほぼ確定ね。一応、証拠集めも兼ねて一ヶ月くらい様子を見るわ」

 だからそのつもりで準備をしておいてとマグノリアは微笑み、彼女に仕える三人も同じような良い笑顔で応じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヒロインは修道院に行った

菜花
ファンタジー
乙女ゲームに転生した。でも他の転生者が既に攻略キャラを攻略済みのようだった……。カクヨム様でも投稿中。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...