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第二十八話……裏切りの連鎖 ~武田家最後の攻防~

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――駿河の国・江尻城





「徳川殿の御約定、間違いはあるまいな?」



「ははっ! 相違ございませぬ!」



 穴山信君は徳川の使者に、味方に付く際の約束を再確認していた。

 彼が勝頼を裏切った見返りとは、駿河と甲斐の領地の安堵の他に、ひと際彼の心をくすぐるものがあったのだ。



「……ふははは、遂にわしが武田の統領か!」



「左様にございまする!」



 ……そう、織田徳川方につけば、彼を武田の正式な統領として認めてくれるとのことだったのだ。

 彼にとって、武田宗家とは自らのことだった。

 よって、勝頼を排除することが、彼の望みに最も近かったのだ……。



 彼はその野望の為に、徳川軍を駿河へと招き入れた。

 そして、さらには甲斐へと導く。

 彼の野望は着々と成就されようとしていた……。







――天正十年(1582年)3月。

 南信濃・高遠城。



 この城は、亡き武田の軍師である山本勘助が改修した城であった。

 甲州流の縄張りの粋を集めたこの城に、城主として勝頼の弟、仁科盛信の姿があった。



 彼は、他の御親類衆が勝頼を見捨てて逃げる中。

 この城にて踏みとどまった。



 攻め来る織田勢は二万を数え、迎え撃つ彼の兵は僅か五百であった。





「鉄砲隊、放て!」

「掛かれ!」



 彼は最前線の櫓に陣取り、兵たちを鼓舞した。

 兵たちはそんな彼に応じ、織田勢と猛烈な死闘を演じる。



 猛烈な防衛戦が半刻程続いたある時。

 攻め寄せる織田勢の指揮官が、前線で指揮を執る盛信の姿を捉えた。





「奴が大将ぞ! 鉄砲隊、奴を狙え!」



――ダダダーン



 織田鉄砲隊の放つ嵐のような銃弾が、最前線で指揮を執る盛信のみを狙った。

 彼は無数の銃弾を受け、即死。



 総大将を一瞬で失った高遠城は、一日で陥落した。

 これが織田方に対して、武田家の最後の戦闘らしき戦闘であった。







――

 新府城に帰った勝頼であったが、日々兵士たちの姿は消えていった。



 ……まずは小者や農兵たちから、その次の日は組頭や徒武者たち。

 さらに次の日は、足軽大将までが勝頼の元から去っていった。



 勝頼の周りには、八百の人々が未だに付き従っていたが、女性の方が多いという惨状であった。





「もはや、この城を護る兵が足りませぬ!」

「この上は上州にお越しくだされ!」



 外様でありながら、今も付き従うは真田昌幸。

 彼は勝頼を上野国の岩櫃城に逃がそうとしていた。





「いや、我が岩殿城にお越しくだされ!」



 昌幸の言を遮ったのは小山田信茂。

 彼は外様の真田家と違い、甲斐東部に領地をもつ譜代家臣であった。





「昌幸、上野をしっかと頼んだぞ!」



「ははっ!」



 勝頼は同じ死ぬなら、甲斐で死ぬことを選んだ。

 それは、小山田家の岩殿城へ行くということだった。



 岩殿城は堅牢な城で、織田の大軍が来てもそうそう落ちる城では無かった。

 その間に、越後の上杉家の援軍を待つという方針に決したのだった。





「御館様、ご無事で……」



「……応、昌幸もな!」



 これが勝頼と昌幸の今生の別れとなることを、二人は知らない。







 岩殿城へ向かう途中。

 勝頼たちの行列から、小山田家の家族の姿が消えた。





「……小山田殿、逆心にございます!」



「そうか……」



 もはや、勝頼は家臣が裏切ることに、心が動揺することも無くなっていた。

 この時の勝頼は家臣だけでなく、甲斐の領民たちからも命を狙われていた。

 織田軍が勝頼に莫大な懸賞金をかけていたのだ……。





「……父上、何故皆、このように恩知らずなのでしょうか?」



 勝頼の嫡男信勝が勝頼に問うも、勝頼はそれには答えない。

 ただ……。





「天目山に向かうぞ!」



 ただそれだけを告げた。





 ……天目山。

 ここは、先祖武田信満が足利持氏に追われ、自害した地であった。

 自らの最後の地を、甲斐源氏の先祖の行いに習おうとした勝頼の姿がここにあったのである。







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