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第十三話……長篠・設楽ヶ原の戦い【中編】

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「織田徳川軍の別働隊五千が、鳶の巣砦に襲い掛かりましたぞ!」



「なんだと!?」



 伝令の報告に勝頼は絶句した。

 前方に広がる敵の大軍以外に、まだそれだけの兵力が敵にいたのだ。





「鳶の巣を落とされますと、敵が我が背後に回りこみますぞ!」



「……うぬぅ」



 家臣の言に顔をゆがめる勝頼。



 武田勢は後背に要衝である鳶の巣砦があるからこそ、設楽ヶ原に出てきたのだ。

 その砦が落ちては背後どころか、長篠城の包囲も崩れるのに間違いはなかった。





「昌幸、どう思う?」



 勝頼が助言を求めたのは、勝頼の知恵袋となっていた真田昌幸であった。

 彼は幼少の砌より、信玄に『我が両目の如し』と言われた、飛びぬけた才覚の持ち主だったのだ。





「ご陣代様、後ろは無視なさいませ!」

「それより当初の予定どおり、予備の穴山隊を、馬場殿か山県殿の援軍に投入されるが肝要かと!」



「鳶の巣は如何いたす?」



「我が方に鳶の巣と前面の両方に回す余力はありませぬ!」



 武田勢で最大兵力は、諏訪勝頼の本隊三千。

 次に大きな部隊が、穴山信君率いる予備隊の二千だった。



 この二千の穴山隊は、未だ戦線に投入されていない。

 武田軍秘蔵の戦略予備だったのだ。





「では昌幸よ。馬場と山県、どちらの後詰が良いと思う?」



「されば、山県昌景殿の隊がよろしいかと。現在も善戦中との事!」



「良かろう!」



 勝頼は昌幸の言に頷き、伝令である百足衆を呼びつける。





「穴山隊に山県隊を助け、徳川勢を蹴散らせと伝えよ!」



「はっ!」



 百足衆は急ぎ勝頼の命令を携え、穴山隊の元へと急いだ。







☆★☆★☆



「鉄砲放て! 武田勢を近づけるな!」



――ダダーン

――ダダーン



 特に激戦地となったのは、真田信綱隊や内藤昌豊隊が担当する戦線中央部であった。

 寡兵にも関わらず、織田勢を強引に押しまくっていたのだ。





「掛かれ!」

「信長を討ち取れば、恩賞は思いのままぞ!」



 内藤昌豊の隊は猛進し、織田方の二段目の柵の守備隊をも蹴散らし、最後の三段目の柵を目指した。





「いかん! 信忠様に援軍を頼むのじゃ!」



 内藤隊の相手をしていた滝川一益は、予備隊を率いる織田信忠に援軍を要請。

 これは吉とでて、援軍を得た滝川勢は内藤隊を押し返した。





「なぜ武田は退かぬ? 別動隊が貴様らの背後を脅かしているというに!」



 織田信長は歯噛みしていた。

 後背に別動隊が現れれば、武田勢は怯むと考えていたのだ。



 それが蓋を開けてみれば敵は怯まず、反対に味方の柵は次々と引き倒され、徳川勢に至ってはかなりの苦戦を強いられていたのだった。







☆★☆★☆



「真田隊、丹羽隊を押しているご様子!」

「内藤隊、さらに前進との事!」



 勝頼のもとには、景気の良い報が次々に届いていた。

 ここで、穴山隊が加われば、徳川勢は崩せる。

 徳川を崩せば、佐久間信盛も完全にこちら側につくだろう。



 ……勝ったか!?

 しかしここで、驚愕の報が入る。





「穴山隊、戦線を離脱するとの事!」



「ば、馬鹿な!? 気でも狂ったのか!?」



 武田勢はただでさえ数が少ない。

 前面に展開する織田徳川連合軍三万五千に対し、この設楽ヶ原には武田勢は一万二千しかいない。

 そのうちの二千が突如、戦わず戦線離脱したのだ。





「ご陣代様、拙者が穴山殿を説得してきまする!」



 勝頼と同じく、狼狽した顔の真田昌幸が進言してきた。





「頼むぞ、必ず穴山殿を翻意させるのじゃ!」



「はっ!」



 昌幸は急いで馬上の人となり、穴山隊を懸命に追った。

 穴山隊は整然と行軍していたので、すぐに追いつくことが出来た。





「穴山殿、何故に勝手に離脱いたされる!?」



「おう、真田殿か? 実は駿河の方で情勢が悪くなっての。ご先代様から任された江尻が一大事なのじゃ!」



 ……嘘をつけ!

 昌幸は心中で思った。

 きっと背後の鳶の巣砦を脅かされて、戦意を無くしたのだろう。





「ご陣代様の命に背かれるのか!? 撤退は軍律違反ですぞ!」



 昌幸は穴山信君を激しく責める。





「うるさいわ! 外様の信濃の真田風情が!」

「ワシを誰だと心得ておるか! ご先代様より駿河江尻を任された御一族衆筆頭の穴山ぞ!」



 昌幸は穴山信君の警護の兵に追い返され、勝頼の待つ本陣に戻った。





「それは誠か!?」



「……申し上げにくいのですが、事実にございます」



 穴山隊の戦線離脱。

 それは明らかなる裏切り行為であった。



 それに伴い、山県隊への援軍により徳川勢を一気に突き崩すという作戦も潰えた。

 もはや勝つ手段が、完全になくなったのである。





「ど、どうしたら、よいのじゃ?」



「……」



 狼狽する勝頼の問いに、流石の昌幸も言葉を失っていたのだった。

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