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第十一話……背水の陣

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――五月二十一日深夜。

 小雨が降りしきる中。





 武田軍は長篠城包囲に二千、鳶の巣砦など4つの砦に一千の兵を残し、雨が降りしきる中、設楽ヶ原に一万二千の兵でむかっていた。





――前夜



「勝頼様、この書状をご覧ください!」



 昨日の軍議で、御親類衆が野戦での決戦を進めるのには理由があった。



 織田家の重臣佐久間盛信が、武田に内応したいとのことだったのだ。



 この佐久間信盛、先の三方ヶ原の戦いで戦わずに逃走。

 このことで信長から酷い叱責を受け、織田家に居場所がないとのことだった。





「……ううむ」



「ここで戦わねばいつ戦うのです?」



 織田家と武田家の国力差は大きい。

 これよりさらに時が経てば、こちらに寝返ってくれるものなど皆無になるはずだった。



 例え裏切りがなくとも、今のうちに野戦で叩ける機会があれば、それを活かしたいという理由のみで言えば、武田家中に反対するものはいなかったのだ。



 このような複雑な思惑が絡み合い、無敵で鳴らす武田軍団は設楽ヶ原に着陣。



 前方には連吾川、後背にも寒狭川。

 まさに死中に活路を求めた、文字通りの背水の陣であった。





 ……が、布陣し終わった未明。





「なんだ? あの数は!?」



 前方に現れた織田方の旗の数は、予想を超えるものがあった。

 しかも、設けられていた柵も無数に拡がっており、まさに要塞群の様相を呈していたのだ。





「敵兵の数はおよそ3万5千と思われます!」



「……うむ!」



 本陣で物見の報告を受ける勝頼。

 事前の報告では、織田徳川あわせても2万までと見積もっていたのだ。





「ご陣代様、如何なさいますか?」



 家臣にに問われる。

 ……が、今更だ。



 もはや川を渡って背水の陣を敷いたのだ。

 ここで戦わずに逃げても、追い打ちを食らうだけだった。



 退きながらに戦うのは、最も難しいことなのだ。

 なおかつ、勝頼は家宝である御旗盾無鎧に必勝を祈願したのだ。



 誰にも戦いを回避する手段は無かった。





「……わしが死んでも困る者などおるまい」



 小さな声で勝頼は呟く。

 所詮、勝頼は陣代。

 もし討ち死にしたとて、一族衆から替えは幾らでも出せたのだ。



 ……ならば! 見敵必殺!





「最左翼の山県隊と、最右翼の馬場隊に攻撃命令を出せ!」



「ははっ!」



 勝頼の命令を受け、伝令である百足衆が諸隊にひた走る。

 こうして戦いは始まったのだ。





――ドンドンドン



 武田の陣太鼓が山々に響き渡る。



 しかし、ここで武田側に痛恨の事態が訪れる。





「……あ、雨が止んだだと!?」



 勝頼は絶句する。



 武田軍がまさに攻撃に入ろうかという時。

 夜分から降っていた雨が、突然小雨になり、遂には止んだのだ。



 これを知っていたかのように、織田徳川勢は柵の向こうから無数の鉄砲を構えて待ち構えていたのだった。

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