上 下
7 / 29

第七話……反撃

しおりを挟む
――天正二年(1574)一月下旬。



 勝頼率いる一万の武田軍は岩村城に入城を果たす。





「ご陣代自らの御出馬による後詰、誠にかたじけなし!」



「後詰を致すは、大将の義務じゃ! 礼には及ばぬわ!」



 信玄の遺言を破ってまで援軍に駆け付けた勝頼に、城将である秋山信友は感激。

 この援軍には占領地の城代など、各地の諸将も胸を撫でおろした。





 勝頼は次に、秋山信友を先陣に立て、岩村城の西に位置する織田方の明智城に向け軍を進めた。



 これに対し、信長も軍を明智城に同じく向ける。

 ……が、山中での2万の織田の大軍の行軍は、遅々として進まない。





「かかれ!」

「鉄砲放て!」



 山道にて長蛇のごとく細くなった織田軍の両脇から、突如伏兵である馬場隊と山県隊が襲い掛かった。





「退くな! 掛かれい!」



 織田信忠が号令するも、織田勢の動揺は収まらない。

 もともとが甲斐信濃といった山国で培われた武田軍の山岳地での戦いは、織田勢に対し一日の長があった。

 馬場、山県の指揮の冴えも円熟の極みにあった。





「ええい! 不甲斐ない奴らめ!」



 信忠は歯噛みするが、織田勢の劣勢は続き、遂には総崩れとなった。





「追い打ちを掛けよ!」

「信長を討ち取れ!」



 併せて二千といった数の馬場隊と山県隊に押しまくられ、遂には織田軍二万は撤退することとなる。



 その隙に、勝頼率いる本隊は明智城攻略に成功。

 勢いをかって、周囲の砦もことごとく陥落せしめた。



 こうして東美濃の要衝は、武田の旗で覆いつくされた。





「「「えいえいえい!」」」



 信玄亡き後、武田勢は久々の勝利の勝鬨となった。







☆★☆★☆



「次は家康じゃ!」



 勝頼の本体は、馬場隊と山県隊と合流。

 さらに南進し、徳川領である三河国に侵入した。



 勝頼は足助城など、北三河の城を次々と落とし、残るは長篠城のみとなった。





「謙信殿に使いを出せ!」



 織田軍に頼めぬ立場となった家康は、なりふり構わず上杉謙信に武田攻撃を依頼。

 それに呼応して、上杉勢は上野国に姿を現した。





「そのような用兵、陽動にすぎぬ! 無視せよ!」



 徳川攻めを進めようとする勝頼に対し、



「陣代殿は謙信の恐ろしさを知らぬのです!」

「諏訪殿、御撤退を!」



 謙信を恐れる老臣や親類衆たちは、口々に撤兵を主張した。



 家康を潰す絶好の好機であったが、所詮勝頼は陣代。

 父信玄のような命令を下す地位には無かった。



 結果として、武田勢は甲斐へと撤退した。





「あと少しで、三河の国を攻略できたものを!」



 勝頼と同じ台詞を吐いたのは信長。

 その面持ちは正反対のものではあったのだが……。



 ……武田家は再び、千載一遇の好機を逃した。



 勝頼の真の敵は、信長でも家康でも謙信でもなく、老臣や親類衆であったのかもしれない。







☆★☆★☆



人物コラム『秋山信友』



信玄の時代には伊那郡代を務め、織田家との外交交渉にも注力。

後、南信濃の兵等を率い、東美濃への侵攻を主導した。

岩村城攻略に際し、織田信長の叔母を妻としたため、信長に酷く恨まれたとも伝わる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

新説・川中島『武田信玄』 ――甲山の猛虎・御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
新羅三郎義光より数えて19代目の当主、武田信玄。 「御旗盾無、御照覧あれ!」 甲斐源氏の宗家、武田信玄の生涯の戦いの内で最も激しかった戦い【川中島】。 その第四回目の戦いが最も熾烈だったとされる。 「……いざ!出陣!」 孫子の旗を押し立てて、甲府を旅立つ信玄が見た景色とは一体!? 【注意】……沢山の方に読んでもらうため、人物名などを平易にしております。 あくまでも一つのお話としてお楽しみください。 ☆風林火山(ふうりんかざん)は、甲斐の戦国大名・武田信玄の旗指物(軍旗)に記されたとされている「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の通称である。 【ウィキペディアより】 表紙を秋の桜子様より頂戴しました。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。 第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

鬼が啼く刻

白鷺雨月
歴史・時代
時は終戦直後の日本。渡辺学中尉は戦犯として囚われていた。 彼を救うため、アン・モンゴメリーは占領軍からの依頼をうけろこととなる。 依頼とは不審死を遂げたアメリカ軍将校の不審死の理由を探ることであった。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

処理中です...