上 下
91 / 148
【第二章】赤い地球

第九十一話……ジョー・ウハン星系の悲劇

しおりを挟む
――ジョー・ウハン星系。

 カリバーン帝国から一度グングニル共和国に寝返った地方星系であり、再びカリバーン帝国に身を寄せようとしていた。



 そもそも、勢力圏境の星系は戦略的な緩衝地帯とされることも多く、絶えず有利な立場を得るべく身を処す必要があったのである。



 カリバーン帝国のリーゼンフェルト大将は、ジョー・ウハン星系に20年間の租税免除と兵役免除を約束していた。



 リーゼンフェルト大将が率いる100隻余の艦隊は、グングニル共和国との国境を越え、ジョー・ウハン星系外縁に到達。



 ……これを待ち構えていた共和国艦隊80余隻と相対しようとしていた。







☆★☆★☆



「諸君! 共和国艦隊に初戦を優勢に戦えば、当星系はすぐに降伏するだろう!」

「……半ば勝ったような戦だが、油断せぬように!」



 リーゼンフェルト大将の訓示が終わる。

 ハンニバルのスタッフは装甲服を着て、臨戦態勢に備えていた。





――情報士官より知らせが届く。



「敵、捕捉! 位置はP-281地点です!」

「砲撃戦用意!」



「予定通りだな」

「……ですわね」



 今回、敵星系から事前に情報が得られていた。

 敵の陣容や布陣もほぼわかっていたのだ。



 私の率いる第六戦隊は艦隊右翼の一部を任せられていた。

 ハンニバル以下、巡洋艦1隻、駆逐艦2隻、ミサイル艦2隻、ビーム砲艦2隻の小艦隊だった。





「全艦、砲撃開始!」

「全砲門開けポコ!」



 タヌキ砲術長の命令一下、存在の限界まで白熱した円柱が漆黒の宇宙を切り裂く。

 大口径の砲身から、悪魔の化身である大量のガンマ線が吐き出された。





「初弾命中!」

「敵巡洋艦大破!」



「次弾装填急げ!」

「了解!」



 準備周到な物資の補給作戦が敷かれ、敵の情報もあったので我が戦隊は優位に立っていた。



 開戦わずか30分で、ハンニバルは2隻の敵艦を沈め、さらに3隻を大破させる戦果を挙げていた。





「総司令部から伝達、『右翼部隊は包囲網を拡げろ!』、とのことです!」



「了解!」



 我が第六戦隊は本隊より距離をとり、翼端を伸ばして敵の側面に回り込もうとしていた。



 ……しかし、





「敵艦隊、撤退していきます!」



 敵は不利を感じ取り、あっさりと星系内の小惑星帯に引き籠ってしまった。

 こちらも慎重になり、追撃は行われなかった……。





「ジョー・ウハン星系より通信、『ワレ降伏ス!』とのことです!」



 星系降伏の連絡が入る。

 総司令部は歓声に包まれた。





「お、終わったポコ?」

「……さぁねぇ?」



 ……私は懐疑的だった。

 上手くいきすぎているというのが理由であって、おおよそ論理的ではないのであるが……。







 我々は小惑星に隠れる敵艦隊をけん制しながら、ジョー・ウハン星系の各惑星の制圧にかかる。

 降伏していたので、ほとんど手間はかからない。



 私はハンニバルの艦橋から、惑星に降下する陸戦部隊を眺めていた。







 ……事件は起こる。





「大出量エネルギー確認!」



「電磁障壁出力最大!!」

「全艦、回避行動!」



 大質量を伴った熱光子線は、帝国艦隊ではなくジョー・ウハン星系の各惑星に降り注いだ。







☆★☆★☆



――星間交戦法第6条。

 抗戦の意思のない惑星に対する、宇宙空間からの砲撃を一切禁止する。

 とくに熱線を生じさせるものは厳にこれを禁止する。





 人類が9割以上の人口と耕作面積を焼き失った、星系間熱核戦争の反省からの条約が、あっさりと破られた。





 惑星に降り立ったカリバーン帝国の惑星地上軍もろとも、惑星の地表は高温の爆風にて吹き飛んだ……。





「!?」

「ば……、馬鹿な!?」



 私は思わず声を荒げる。

 ここの星系は防御衛星などを伴っていなかった。

 つまり丸腰である。



 ……わずか数時間前までの味方の星系を無残に焼き殺したのだ。





 眼下の惑星が赤く染まっていた。

 地上の悲劇は言うまでもない……。





「第七師団全滅! ハインツ師団長戦死!」

「第六連隊司令部応答なし!」



「生き残っている地上部隊を探し出せ!」



 第六戦隊はハンニバル以下全艦で救助活動を開始した。



 ……我々占領軍は油断していた。

 まさか、非武装惑星に敵艦隊が遠距離射撃してくるとは、思うだにしなかったのだ……。





 この日の帝国軍の惑星地上軍の被害は、死傷者19万という前代未聞の数字にのぼった。

 この人たちの家族を含めると、信じられない数の悲劇が産まれたのだった。



 ……民間の死傷者は数えたくもない惨状である。







☆★☆★☆



 その後、共和国艦隊はすぐに撤退。

 長距離跳躍にて姿を消した。



 後に残った帝国軍の艦艇はほぼ無傷だったが、この作戦に参加した地上部隊はほぼ全壊してしまった。







 カリバーン帝国軍は、惑星地上で作戦行動のできる部隊の約25%を喪失。

 組織の人員の25%を一度に失うということは、その組織の壊滅を意味している。



 防御戦力も考えると25%という数字がいかに大きいかが判るだろう。







☆★☆★☆



 確かに、帝国軍は勝利した。



 但し、得られたのは、病院が一杯となる凄まじい数の負傷兵と、廃墟と化した飢える民衆溢れる星系だったのだが……。





 後日、カリバーン帝国のリーゼンフェルト提督はTVでの記者会見を開き、艦隊戦に勝利し、敵星系を奪取することに成功したと大々的に発表した。



 それは、全く嘘では無かったのだが……。

 同時に、関係者に被害に関する緘口令も布かれた。



 報道に帝国民は歓喜し、戦勝パレードも各地で行われた。

 併せて、飲食店や商店街は非常に活気があふれた。







 ……しかし、この悲劇により、星系の裏切り行為は、星系側にも高くつくと認識されるようになった。



 星系の自主独立やデモに対しても厳しい時代が訪れようとしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したのは俺だけじゃないらしい。〜同時に異世界転生した全く知らない4人組でこの世界を生き抜きます(ヒキニートは俺だけ)〜

カツラノエース
ファンタジー
「お、おい......これはどういうことだ......?」 痩せ型ヒキニートの伊吹冬馬は、今自分が居る場所に酷く混乱していた。 それもそのはず、冬馬は先程まで新作エロゲを買いに行っている途中だったからだ。 なのに今居る場所は広大な大地が広がる草原......そして目の前には倒れている3人の美少女。 すると、たちまちそんな美少女たち3人は目を覚まし、冬馬に対して「ここに誘拐してきたのか!」と、犯罪者扱い。 しかし、そんな4人にはある共通点があった。 それは、全員がさっき死ぬような体験をしたという事。 「まさか......ここ、異世界?」 見た目も性格も全然違う4人の異世界転生スローライフが今始まる。 完結まで書いたので、連続で投稿致します。

スキルガチャで異世界を冒険しよう

つちねこ
ファンタジー
異世界に召喚されて手に入れたスキルは「ガチャ」だった。 それはガチャガチャを回すことで様々な魔道具やスキルが入手できる優れものスキル。 しかしながら、お城で披露した際にただのポーション精製スキルと勘違いされてしまう。 お偉いさん方による検討の結果、監視の目はつくもののあっさりと追放されてしまう事態に……。 そんな世知辛い異世界でのスタートからもめげることなく頑張る主人公ニール(銭形にぎる)。 少しずつ信頼できる仲間や知り合いが増え、何とか生活の基盤を作れるようになっていく。そんなニールにスキル「ガチャ」は少しづつ奇跡を起こしはじめる。

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・ 気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました! 2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・ だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・ 出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!  ♢ ♢ ♢ 所謂、異世界転生ものです。 初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。 内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。 「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。 ※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

異世界の錬金術師 〜数百年後のゲームの世界で目覚めた僕は、最強の女の子として頑張ります〜

フユリカス
ファンタジー
『レベルが999になりました』――アルケミスト・オンライン、通称『AOL』と呼ばれるフルダイブ型のMMORPGでいつものように遊んでいた僕の元に、レベルカンストの報酬として『転生玉』が送られてきた。 倉庫代わりに使ってるサブキャラの『ソーコ』に送ってログアウトすると……。 目が覚めると、なんとそこはゲームの世界! しかも僕は女キャラのソーコになっていて、数百年過ぎてるから錬金術師が誰もいない!? これは数百年後のゲームの世界に入ってしまった、たったひとりの錬金術師の少女?の物語です。 ※小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。小説家になろうでは先行投稿しています。

お布団から始まる異世界転生 ~寝ればたちまちスキルアップ、しかも回復機能付き!?~

雨杜屋敷
ファンタジー
目覚めるとそこは異世界で、俺は道端でお布団にくるまっていた 思わぬ″状態″で、異世界転生してしまった俺こと倉井礼二。 だがしかし! そう、俺には″お布団″がある。 いや、お布団″しか″ねーじゃん! と思っていたら、とあるスキルと組み合わせる事で とんだチートアイテムになると気づき、 しかも一緒に寝た相手にもその効果が発生すると判明してしまい…。 スキル次第で何者にでもなれる世界で、 ファンタジー好きの”元おじさん”が、 ①個性的な住人たちと紡ぐ平穏(?)な日々 ②生活費の為に、お仕事を頑張る日々 ③お布団と睡眠スキルを駆使して経験値稼ぎの日々 ④たしなむ程度の冒険者としての日々 ⑤元おじさんの成長 等を綴っていきます。 そんな物語です。 (※カクヨムにて重複掲載中です)

宇宙打撃空母クリシュナ ――異次元星域の傭兵軍師――

黒鯛の刺身♪
SF
 半機械化生命体であるバイオロイド戦闘員のカーヴは、科学の進んだ未来にて作られる。  彼の乗る亜光速戦闘機は撃墜され、とある惑星に不時着。  救助を待つために深い眠りにつく。  しかし、カーヴが目覚めた世界は、地球がある宇宙とは整合性の取れない別次元の宇宙だった。  カーヴを助けた少女の名はセーラ。  戦い慣れたカーヴは日雇いの軍師として彼女に雇われる。  カーヴは少女を助け、侵略国家であるマーダ連邦との戦いに身を投じていく。 ――時に宇宙暦880年  銀河は再び熱い戦いの幕を開けた。 ◆DATE 艦名◇クリシュナ 兵装◇艦首固定式25cmビーム砲32門。    砲塔型36cm連装レールガン3基。    収納型兵装ハードポイント4基。    電磁カタパルト2基。 搭載◇亜光速戦闘機12機(内、補用4機)    高機動戦車4台他 全長◇300m 全幅◇76m (以上、10話時点) 表紙画像の原作はこたかん様です。

処理中です...