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第六章 決別の選択肢
鞭打ちの作法(1)
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「——当家のサロンでのお茶会は、ご満足頂けましたでしょうか?」
手荷物を外套預け係から受け取っていると、カースティ補佐官が見送りに現れた。ターニアとは顔見知りだったようで、軽い会釈の後は親しげに談笑していた。
「ええ、とても楽しめましたわ…。最初は緊張してしまいましたけれど、ターニア様ともお近づきになれて、良い時間を過ごせました」
預け係からは土産の冷菓子が入ったガラスの小箱を手渡され、思わず動揺を隠せなかった。
朱蜜とワインを練り合わせた白桃の形をした冷たい貴重な菓子を、すぐにでも味わいたくなり焦ってしまう。
「それは結構な事でした。サロンでは年配の者が多いため、お若いルターニア様の事は奥さまも気にかけておいででしたから…、お二人が仲睦まじくされていて、胸をなで下ろされたと思います。
……さて、このまま本日のお部屋までご案内させて頂きたいのですが、先にディルーク卿から皆さまへのお誘いを頂戴しております。せっかくの手土産を寝室で素気なく味わうより、皆さまで熱い紅茶と共にお召し上がり頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
「ええ、私たちの番は最後のようですし…、部屋で時間を持て余すよりも、卿からの招待を預かりたいですわ」
セレンティアが了承すると、ターニアも会釈で答えた。補佐官とディルーク卿は旧知の間柄だったようで、道すがらに公爵家の侍従以前に貴族としての繋がりが深い事などを教えてくれる。
彼も、ウォムの名を冠する上位の貴族。本来ならばこちらが礼を尽くさなくてはならない相手である。それを配下として自由に動かせるのはレイチェル公爵家の手腕であり、貴族としての楽しみでもあった。
「ディルーク卿のお部屋は、セレンティア様たちの階と同じ三階です。異国からのお連れもお待ちとの事で、お披露目も兼ねて交流されたいそうですよ」
豪華なガスランプに照らされた別棟へと案内され、緊張が再び宿った。さすがに殿方の部屋を夜に訪ねるのには抵抗が有ったが、カースティ補佐官も本来の貴族として同伴するとの事で随分と気持ちも楽になった。
軽いノックの後で扉が開かれ、ゲストの部屋としてはかなり広い室内へと招かれる。室内廊下には数多くの花々が飾られており、バスルームには洗面台まで設けられていた。奥に進むと、セレンティアの自室より少し広い空間となっていて、イスに腰掛けたディルーク卿と焦げ茶色の髪を結えた女性が出迎える。
「……夜も遅くに突然のお誘いをして、大変申し訳ない。カースティと久しぶりに語りたいと思って居たのだが、お二人の見送りに向かったと聞いて……、どうせならこの老いぼれの夜酒に付き合っては貰えないかと、失礼ながらお伺いしたのだよ」
「こちらこそ、サロンではディルーク卿とお話をする前に席を勝手に離れてしまい…、とても申し訳なく思っておりましたの」
続きの部屋から給仕係の少女が現れ、熱い紅茶を載せたソーサーと追加のイスが運ばれてくる。手土産の冷菓を少女に渡し、小皿に盛り付けて貰い、ようやくセレンティアは待ち焦がれた冷菓子を口に出来た。
甘い蜜の味と氷の冷たさの中に、ワインの苦味が加わり、熱い紅茶が更に美味しく浸る。
ディルーク卿は若い頃は王宮の近衛に所属していたらしく、その頃に騎士団に所属していたカースティ補佐官と親しくなったらしい。
その後の戦乱で脚を悪くされてからは引退して、領地の拡大と貿易に手を出したとの事だった。確かに、サロンでは軽く足を引き摺って歩いていたようだし、リリーマルグリットと紹介された異国の女性も気遣っておられるみたいだ。
「先程のお茶会では、セレンティア様にお会い出来た事も喜ばしいが、まさか。ヘイヴェン侯爵家のご令嬢がおいでになられるとは…。一時期は、先代の陛下がお住まいになられた際に、居城をお守りする任に就いていたので、ヘイヴェン家の方のお噂は聞き及んでおりました」
「居城の護衛は、大変な任務と伺っております。私もそのような栄誉あるお勤めを果たされた方と巡り会えて、大変喜ばしく思いますわ…」
無口な居城の護衛は、その名の通り一切会話をしてはいけないそうで、居城の入り口を守護する間だけは一言でも言葉を発すると、その場で自害しなくてはならない、大変厳しい職務らしい。
最も、過去にそんな失態を犯した護衛兵は居ないらしいが、国王にそれだけ密接になる仕事に選ばれるとは…、ディルーク卿は、かなりの高位な貴族となるだろう。
手荷物を外套預け係から受け取っていると、カースティ補佐官が見送りに現れた。ターニアとは顔見知りだったようで、軽い会釈の後は親しげに談笑していた。
「ええ、とても楽しめましたわ…。最初は緊張してしまいましたけれど、ターニア様ともお近づきになれて、良い時間を過ごせました」
預け係からは土産の冷菓子が入ったガラスの小箱を手渡され、思わず動揺を隠せなかった。
朱蜜とワインを練り合わせた白桃の形をした冷たい貴重な菓子を、すぐにでも味わいたくなり焦ってしまう。
「それは結構な事でした。サロンでは年配の者が多いため、お若いルターニア様の事は奥さまも気にかけておいででしたから…、お二人が仲睦まじくされていて、胸をなで下ろされたと思います。
……さて、このまま本日のお部屋までご案内させて頂きたいのですが、先にディルーク卿から皆さまへのお誘いを頂戴しております。せっかくの手土産を寝室で素気なく味わうより、皆さまで熱い紅茶と共にお召し上がり頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
「ええ、私たちの番は最後のようですし…、部屋で時間を持て余すよりも、卿からの招待を預かりたいですわ」
セレンティアが了承すると、ターニアも会釈で答えた。補佐官とディルーク卿は旧知の間柄だったようで、道すがらに公爵家の侍従以前に貴族としての繋がりが深い事などを教えてくれる。
彼も、ウォムの名を冠する上位の貴族。本来ならばこちらが礼を尽くさなくてはならない相手である。それを配下として自由に動かせるのはレイチェル公爵家の手腕であり、貴族としての楽しみでもあった。
「ディルーク卿のお部屋は、セレンティア様たちの階と同じ三階です。異国からのお連れもお待ちとの事で、お披露目も兼ねて交流されたいそうですよ」
豪華なガスランプに照らされた別棟へと案内され、緊張が再び宿った。さすがに殿方の部屋を夜に訪ねるのには抵抗が有ったが、カースティ補佐官も本来の貴族として同伴するとの事で随分と気持ちも楽になった。
軽いノックの後で扉が開かれ、ゲストの部屋としてはかなり広い室内へと招かれる。室内廊下には数多くの花々が飾られており、バスルームには洗面台まで設けられていた。奥に進むと、セレンティアの自室より少し広い空間となっていて、イスに腰掛けたディルーク卿と焦げ茶色の髪を結えた女性が出迎える。
「……夜も遅くに突然のお誘いをして、大変申し訳ない。カースティと久しぶりに語りたいと思って居たのだが、お二人の見送りに向かったと聞いて……、どうせならこの老いぼれの夜酒に付き合っては貰えないかと、失礼ながらお伺いしたのだよ」
「こちらこそ、サロンではディルーク卿とお話をする前に席を勝手に離れてしまい…、とても申し訳なく思っておりましたの」
続きの部屋から給仕係の少女が現れ、熱い紅茶を載せたソーサーと追加のイスが運ばれてくる。手土産の冷菓を少女に渡し、小皿に盛り付けて貰い、ようやくセレンティアは待ち焦がれた冷菓子を口に出来た。
甘い蜜の味と氷の冷たさの中に、ワインの苦味が加わり、熱い紅茶が更に美味しく浸る。
ディルーク卿は若い頃は王宮の近衛に所属していたらしく、その頃に騎士団に所属していたカースティ補佐官と親しくなったらしい。
その後の戦乱で脚を悪くされてからは引退して、領地の拡大と貿易に手を出したとの事だった。確かに、サロンでは軽く足を引き摺って歩いていたようだし、リリーマルグリットと紹介された異国の女性も気遣っておられるみたいだ。
「先程のお茶会では、セレンティア様にお会い出来た事も喜ばしいが、まさか。ヘイヴェン侯爵家のご令嬢がおいでになられるとは…。一時期は、先代の陛下がお住まいになられた際に、居城をお守りする任に就いていたので、ヘイヴェン家の方のお噂は聞き及んでおりました」
「居城の護衛は、大変な任務と伺っております。私もそのような栄誉あるお勤めを果たされた方と巡り会えて、大変喜ばしく思いますわ…」
無口な居城の護衛は、その名の通り一切会話をしてはいけないそうで、居城の入り口を守護する間だけは一言でも言葉を発すると、その場で自害しなくてはならない、大変厳しい職務らしい。
最も、過去にそんな失態を犯した護衛兵は居ないらしいが、国王にそれだけ密接になる仕事に選ばれるとは…、ディルーク卿は、かなりの高位な貴族となるだろう。
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