婚約令嬢の侍女調教

和泉/Irupa-na

文字の大きさ
上 下
42 / 65
第五章 贅を尽くされた部屋

ヘイヴェン侯爵令嬢(1)

しおりを挟む
「——本日から当家のサロンに、一人目の令嬢が加入致します。我が家の長男テオルースとの婚約を控え、現在は行儀見習いとして暮らしております、セレンティア・リグレット侯爵令嬢です」

「ご紹介に預かりました、セレンティアです。素敵な皆さまの末席に加えさせて頂き、とても嬉しく思います。レイチェル夫人に礼儀作法のご指導を頂いて間もない、不慣れな者ではございますが…、どうぞ皆さま、よろしくお願いします」

 カースティ補佐官に手を引かれ、多数の来賓が集うサロンに向けて精一杯のお辞儀と笑顔で返す。
 完璧なマナーと呼ぶにはまだ遠かったが、それなりの歓声と拍手で迎えられたようだ。

「テオルースとの出会いは偶然でしたが、実はセレンティアは、私の従姉妹でしてよ…。
 亡くなられた前のリグレット侯爵夫人は、私の伯母でかつては辺境伯の子女。私が、公爵家に嫁いでからは疎遠になってしまい、当家で再会するまではセレンも気付かないままでしたの。二人の愛が、離れ離れとなっていた、可愛い従姉妹の姫君と私を出合わせてくれたわ」

「レイチェル夫人は、私の事をセレンと呼んで小さい頃から可愛がって下さって…。私も、リリーチェ姉さまとお呼びしてずっと慕っておりました。
 テオルース様とのご縁での、まさかの再会に驚きましたが、これも亡き母が巡りあわせて下さったのではと思っております…」

 夫人の従姉妹というエピソードは強く来賓の心を掴んだようで、セレンティアは貴族たちに亡き母への労りの言葉や辺境伯夫人の話を次々と投げかけられる。
 貧乏な伯爵家の娘、成り上がりの侯爵令嬢と蔑む者は誰もなく、有力な公爵夫人に愛された従姉妹。という称号に、人々は何とかセレンティアを取り込もうと巧みな話術を繰り返した。

「……さて、本日はもう一人の令嬢を皆さまにご紹介致します。セレンと同い年の、お若い娘さんでしてよ。二人が当家のサロンの若い息吹となり、カスティアベルン陛下を支える要になれるように、皆さまのご支援をお待ちしておりますわ…」

 ディリー専任家令にエスコートされ、長い薄赤色の髪をした女性が姿を見せた。年齢にしては大人びているようで、吸い込まれるような深い琥珀色の瞳が妖しく誘う。
 新規加入者を屋敷の者がエスコートするのが慣習のようだが、カースティ補佐官の次の位ともなるとかなりの重要人物と感じ取れた。

「……ルターニア・ヘイヴェンと申します。皆さまにお会い出来る日を、ずっと心待ちにしておりました。どうぞ、末長くお付き合い下さいますよう、お願い致します」

 セレンティアよりも丁寧で気品のある仕草で、ルターニアは挨拶と自己紹介を終えた。
 だが、いつまでも笑顔はなく。どこか陰りのある表情がセレンティアの心を奪う。

「ヘイヴェン侯爵と聞いて、驚かれた方も多いかと思われますが…。彼女は紛れもなく、元老院の中枢であるヘイヴェン家の御息女です。
 元老院で王家に関する庶務をお若いながら担っておられますが、カスティアベルン王女の才に感銘を受け、ご実家の派閥とは異なる第一王女派に加入する事を決意されました。もちろん、この事は内密の話ですので、屋敷の外を出られましたら無関係の令嬢として振る舞って下さいませ」

 大きな拍手と歓声が沸き起こり、ルターニアの周りにはたくさんの来賓が押し寄せる。
 ヘイヴェン侯爵家と言えば、王位継承に携わる重要な職務を代々勤め上げてきた名門。移民の出身ではあるが、最近では元老院の要職に就き、王位継承権を選定出来る地位にまで辿り着いたらしい。

 この国は二院制をとっており、政治や経済を受け持つ貴族院。宗教や祭典などの行事や、王位継承に関する事を受け持つ元老院と分かれている。
 審査こそ厳しいが出入りが比較的容易い貴族院に比べて、王家の管理者でもある元老院は基本的に世襲で続いており、引退した神官職や離脱した王族以外では追加も許容されない閉じられた機関。

 そんな秘匿された職務を担う令嬢が、第一王女派閥の代表格である公爵家のサロンに仲間入りをするともなれば、セレンティアより高座に置いて熱烈な歓迎をしてもおかしくない。ただ、当の彼女は全く関心が無いようで、無表情のまま指示された隅の席に腰掛けた。

 セレンティアに用意された座席は、レイチェル夫人の右隣り。反対側の席は、経済の要と言われていたディルーク卿だ。
 元老院の令嬢ならば、もう少し良い席を用意されるべきだろうが、この様子だとルターニアから辞退したのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...