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第五章 贅を尽くされた部屋
ヘイヴェン侯爵令嬢(1)
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「——本日から当家のサロンに、一人目の令嬢が加入致します。我が家の長男テオルースとの婚約を控え、現在は行儀見習いとして暮らしております、セレンティア・リグレット侯爵令嬢です」
「ご紹介に預かりました、セレンティアです。素敵な皆さまの末席に加えさせて頂き、とても嬉しく思います。レイチェル夫人に礼儀作法のご指導を頂いて間もない、不慣れな者ではございますが…、どうぞ皆さま、よろしくお願いします」
カースティ補佐官に手を引かれ、多数の来賓が集うサロンに向けて精一杯のお辞儀と笑顔で返す。
完璧なマナーと呼ぶにはまだ遠かったが、それなりの歓声と拍手で迎えられたようだ。
「テオルースとの出会いは偶然でしたが、実はセレンティアは、私の従姉妹でしてよ…。
亡くなられた前のリグレット侯爵夫人は、私の伯母でかつては辺境伯の子女。私が、公爵家に嫁いでからは疎遠になってしまい、当家で再会するまではセレンも気付かないままでしたの。二人の愛が、離れ離れとなっていた、可愛い従姉妹の姫君と私を出合わせてくれたわ」
「レイチェル夫人は、私の事をセレンと呼んで小さい頃から可愛がって下さって…。私も、リリーチェ姉さまとお呼びしてずっと慕っておりました。
テオルース様とのご縁での、まさかの再会に驚きましたが、これも亡き母が巡りあわせて下さったのではと思っております…」
夫人の従姉妹というエピソードは強く来賓の心を掴んだようで、セレンティアは貴族たちに亡き母への労りの言葉や辺境伯夫人の話を次々と投げかけられる。
貧乏な伯爵家の娘、成り上がりの侯爵令嬢と蔑む者は誰もなく、有力な公爵夫人に愛された従姉妹。という称号に、人々は何とかセレンティアを取り込もうと巧みな話術を繰り返した。
「……さて、本日はもう一人の令嬢を皆さまにご紹介致します。セレンと同い年の、お若い娘さんでしてよ。二人が当家のサロンの若い息吹となり、カスティアベルン陛下を支える要になれるように、皆さまのご支援をお待ちしておりますわ…」
ディリー専任家令にエスコートされ、長い薄赤色の髪をした女性が姿を見せた。年齢にしては大人びているようで、吸い込まれるような深い琥珀色の瞳が妖しく誘う。
新規加入者を屋敷の者がエスコートするのが慣習のようだが、カースティ補佐官の次の位ともなるとかなりの重要人物と感じ取れた。
「……ルターニア・ヘイヴェンと申します。皆さまにお会い出来る日を、ずっと心待ちにしておりました。どうぞ、末長くお付き合い下さいますよう、お願い致します」
セレンティアよりも丁寧で気品のある仕草で、ルターニアは挨拶と自己紹介を終えた。
だが、いつまでも笑顔はなく。どこか陰りのある表情がセレンティアの心を奪う。
「ヘイヴェン侯爵と聞いて、驚かれた方も多いかと思われますが…。彼女は紛れもなく、元老院の中枢であるヘイヴェン家の御息女です。
元老院で王家に関する庶務をお若いながら担っておられますが、カスティアベルン王女の才に感銘を受け、ご実家の派閥とは異なる第一王女派に加入する事を決意されました。もちろん、この事は内密の話ですので、屋敷の外を出られましたら無関係の令嬢として振る舞って下さいませ」
大きな拍手と歓声が沸き起こり、ルターニアの周りにはたくさんの来賓が押し寄せる。
ヘイヴェン侯爵家と言えば、王位継承に携わる重要な職務を代々勤め上げてきた名門。移民の出身ではあるが、最近では元老院の要職に就き、王位継承権を選定出来る地位にまで辿り着いたらしい。
この国は二院制をとっており、政治や経済を受け持つ貴族院。宗教や祭典などの行事や、王位継承に関する事を受け持つ元老院と分かれている。
審査こそ厳しいが出入りが比較的容易い貴族院に比べて、王家の管理者でもある元老院は基本的に世襲で続いており、引退した神官職や離脱した王族以外では追加も許容されない閉じられた機関。
そんな秘匿された職務を担う令嬢が、第一王女派閥の代表格である公爵家のサロンに仲間入りをするともなれば、セレンティアより高座に置いて熱烈な歓迎をしてもおかしくない。ただ、当の彼女は全く関心が無いようで、無表情のまま指示された隅の席に腰掛けた。
セレンティアに用意された座席は、レイチェル夫人の右隣り。反対側の席は、経済の要と言われていたディルーク卿だ。
元老院の令嬢ならば、もう少し良い席を用意されるべきだろうが、この様子だとルターニアから辞退したのかもしれない。
「ご紹介に預かりました、セレンティアです。素敵な皆さまの末席に加えさせて頂き、とても嬉しく思います。レイチェル夫人に礼儀作法のご指導を頂いて間もない、不慣れな者ではございますが…、どうぞ皆さま、よろしくお願いします」
カースティ補佐官に手を引かれ、多数の来賓が集うサロンに向けて精一杯のお辞儀と笑顔で返す。
完璧なマナーと呼ぶにはまだ遠かったが、それなりの歓声と拍手で迎えられたようだ。
「テオルースとの出会いは偶然でしたが、実はセレンティアは、私の従姉妹でしてよ…。
亡くなられた前のリグレット侯爵夫人は、私の伯母でかつては辺境伯の子女。私が、公爵家に嫁いでからは疎遠になってしまい、当家で再会するまではセレンも気付かないままでしたの。二人の愛が、離れ離れとなっていた、可愛い従姉妹の姫君と私を出合わせてくれたわ」
「レイチェル夫人は、私の事をセレンと呼んで小さい頃から可愛がって下さって…。私も、リリーチェ姉さまとお呼びしてずっと慕っておりました。
テオルース様とのご縁での、まさかの再会に驚きましたが、これも亡き母が巡りあわせて下さったのではと思っております…」
夫人の従姉妹というエピソードは強く来賓の心を掴んだようで、セレンティアは貴族たちに亡き母への労りの言葉や辺境伯夫人の話を次々と投げかけられる。
貧乏な伯爵家の娘、成り上がりの侯爵令嬢と蔑む者は誰もなく、有力な公爵夫人に愛された従姉妹。という称号に、人々は何とかセレンティアを取り込もうと巧みな話術を繰り返した。
「……さて、本日はもう一人の令嬢を皆さまにご紹介致します。セレンと同い年の、お若い娘さんでしてよ。二人が当家のサロンの若い息吹となり、カスティアベルン陛下を支える要になれるように、皆さまのご支援をお待ちしておりますわ…」
ディリー専任家令にエスコートされ、長い薄赤色の髪をした女性が姿を見せた。年齢にしては大人びているようで、吸い込まれるような深い琥珀色の瞳が妖しく誘う。
新規加入者を屋敷の者がエスコートするのが慣習のようだが、カースティ補佐官の次の位ともなるとかなりの重要人物と感じ取れた。
「……ルターニア・ヘイヴェンと申します。皆さまにお会い出来る日を、ずっと心待ちにしておりました。どうぞ、末長くお付き合い下さいますよう、お願い致します」
セレンティアよりも丁寧で気品のある仕草で、ルターニアは挨拶と自己紹介を終えた。
だが、いつまでも笑顔はなく。どこか陰りのある表情がセレンティアの心を奪う。
「ヘイヴェン侯爵と聞いて、驚かれた方も多いかと思われますが…。彼女は紛れもなく、元老院の中枢であるヘイヴェン家の御息女です。
元老院で王家に関する庶務をお若いながら担っておられますが、カスティアベルン王女の才に感銘を受け、ご実家の派閥とは異なる第一王女派に加入する事を決意されました。もちろん、この事は内密の話ですので、屋敷の外を出られましたら無関係の令嬢として振る舞って下さいませ」
大きな拍手と歓声が沸き起こり、ルターニアの周りにはたくさんの来賓が押し寄せる。
ヘイヴェン侯爵家と言えば、王位継承に携わる重要な職務を代々勤め上げてきた名門。移民の出身ではあるが、最近では元老院の要職に就き、王位継承権を選定出来る地位にまで辿り着いたらしい。
この国は二院制をとっており、政治や経済を受け持つ貴族院。宗教や祭典などの行事や、王位継承に関する事を受け持つ元老院と分かれている。
審査こそ厳しいが出入りが比較的容易い貴族院に比べて、王家の管理者でもある元老院は基本的に世襲で続いており、引退した神官職や離脱した王族以外では追加も許容されない閉じられた機関。
そんな秘匿された職務を担う令嬢が、第一王女派閥の代表格である公爵家のサロンに仲間入りをするともなれば、セレンティアより高座に置いて熱烈な歓迎をしてもおかしくない。ただ、当の彼女は全く関心が無いようで、無表情のまま指示された隅の席に腰掛けた。
セレンティアに用意された座席は、レイチェル夫人の右隣り。反対側の席は、経済の要と言われていたディルーク卿だ。
元老院の令嬢ならば、もう少し良い席を用意されるべきだろうが、この様子だとルターニアから辞退したのかもしれない。
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