上 下
2 / 15

2話

しおりを挟む
 まず、リゼが気が付いたのは身体に違和感がないことだ。鉛のように重く感じていた身体も、針を刺すような皮膚の痛みもない。視界が暗くもないし、なんだか人間に戻ったような。そこまで考えて、リゼは自分の身体が人間に——元に戻っていることに気が付いた。
「人間に……、戻ってます! お父様っ!」
 父であるアリステルに明るい声でそう言うとアリステルは『……湖を見てみろ』と顎で指した。なんだろうと湖を覗き込もうとするが、両脇を男聖に掴まれていることに気が付いた。
「あ、あの」
「ああ、すまん。病み上がりはちょっと心配だな、これで見えるか?」
 そのまま男聖に抱えられたまま湖のほとりまで連れていかれると自分の姿が鏡の如く水面に映る。その姿を見てうんざりした。長い白髪に丸い大きな瞳。それを縁取る長いまつげ。体格はこのように成人男性になら抱えられてしまうくらい小柄だし、「あの男」が言うように女の子と間違えられても何も言えない。せめて髪の毛は切ってしまいたいのだが、父はリゼが伴侶を見つけるまで男らしくするのを良しとしないのだ。リゼはΩだが、Ω性でも男、しかも父が気に入るような——選択肢は多い方がいい。多くの男に気に入られるよう身なりだけでも、と、女のようにと髪を伸ばしていたがそれが原因の逆恨みで呪いをかけられて死にかけたら元も子もないだろう。
「きみの元の姿は知らないがちゃんと治ったか?」
 抱えてくれている男聖が申し訳なさそうに言う。そういえばわざわざ異世界から呼び出したうえ、無理やりキスまでさせたのにお礼すら言っていない。リゼは自分の身勝手さに落ち込んだが、すぐに持ち直して「おろしていただけますか?」と言って彼と向き合った。
「遥々この世界に来ていただいた上、助けてくださってありがとうございました。えっと」
「トモだ。如月トモ」
「トモ様……」
 彼は顔を見るためにリゼが見上げてしまうくらいの長身の男で、整った身体と顔をしていた。無造作で長い前髪に隠れているが、切れ長の目はクールで色っぽく、異国のシンプルで飾らない服装がセクシーさを助長させている。どこか愁いを帯びたアンニュイな表情も素敵だ。正直に言おう。彼はリゼの恋愛対象の好みとしてドストライクだった。元々Ω性なこともあるからか男性の方が好きなリゼだったが、言い寄ってくるのは「あの男」のようなイロモノばかり。せめてまともなαを……。と思っているところにこれだ。リゼはこれから出産適齢期と言われる年代になる。本当にはっきり言ってしまえば番になってほしい。
「父親になることを前提にセックスしていただけませんか?」
「悪い俺勃起しないんだ」
 口から勝手に出た言葉は彼のはっきりした一言によって撃沈した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

フェロモンで誘いたいかった

やなぎ怜
BL
学校でしつこい嫌がらせをしてきていたαに追われ、階段から落ちたΩの臣(おみ)。その一件で嫌がらせは明るみに出たし、学校は夏休みに入ったので好奇の目でも見られない。しかし臣の家で昔から同居しているひとつ下のαである大河(たいが)は、気づかなかったことに責任を感じている様子。利き手を骨折してしまった臣の世話を健気に焼く大河を見て、臣はもどかしく思う。互いに親愛以上の感情を抱いている感触はあるが、その関係は停滞している。いっそ発情期がきてしまえば、このもどかしい関係も変わるのだろうか――? そう思う臣だったが……。 ※オメガバース。未成年同士の性的表現あり。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

処理中です...