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50話 コンビ結成

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 ピンポーン

 という凡々としたインターホンの音を聞きながら、私は自分のストーキング(とは認めたくないけれど)スキルが上がっていることを自覚する。
 なぜならことり先生の部屋の明かりが、カーテンの隙間から漏れているのを、外から確認してから凸してきているからだ! って自慢出来ることは何もない。むしろ反省するべきである。得意の凸だ、とか言っている場合ではない。

 鍵を開けるだけにしてはやたらと金属音が多いな、と思ってドアが開くのを待っていると、細く開いたドアからことりさんの顔が覗いた。
 
「夜中に男の部屋に凸るの止めたほうがいいですよ」

 呆れたように言いながらも、穏やかな表情に見える。

「先日はお手紙ありがとうございました。漫画も読みました。別にくじらに丸呑みされたい性癖は無いので、そこだけは訂正させて頂きますけど」

「そうでしたか。合いませんでしたか?」

「……全部読んだということだけは言っておきます。でも性癖ではないです! ってそんなことを言いに来たんじゃないんです、入れてください」

 言いながら、さり気なく靴をドアの隙間に滑り込ませる。

「入れられるわけないでしょう。僕はオトコノコですので。はあ、駅まで送りますから大人しく外で待っててください」
 
 ドアを閉じかけたところで、私の靴が挟まれる。その感触に驚いたことりさんが反射的にドアを押し開けると、ガチン! という金属音がした。
 見ると、チェーンがかけられている。
 インターホンを押したあと、鍵の音だけではない金属音がしていたのはチェーンをかけていたからか。防犯意識が高い! 私の凸をさとっての対応だな。

「待ってください! 私は別に手紙のお礼と漫画の感想だけ伝えに来たわけじゃないんです。大事なお知らせがあるんですから入れてくださいってば」

「無理ですって」

「じゃ、これだけ、ちょっとだけ。先っちょだけ」

 ドアを右手で抑えてチェーンの長さいっぱいのところまでドアを引く。
 左手でバッグを漁ると、あるものを取り出して、そのまま左腕の肘上までをドアの間から室内に滑りこませた。

「先っちょとか言いながら肘まで入れてるじゃないですか! 挟んだら危ないのでやめてください! KYT危険予知訓練とかしてないんですか!」

「新米編集者がKYT危険予知訓練なんてしてるわけないでしょう! それよりも、ふふ、半分まで入りましたよ……! 女の細腕を舐めたらいけませんよ。ていうのはどうでも良いとして、早くこれ、割ってください」

 そう言って左腕を上下させると、左手から下がったソレが揺れる。

「なんですかこれ、金色の、玉?」

「くす玉ですよ。いいからこの紐を引いて、割っちゃってください!」

 私の手には、手作りのミニくす玉が下げられていたのだ。
 ことりさんが腰を丸めて、くす玉の紐をしげしげと眺めている。どこか動物めいた動きがおかしいが、観察し続けているわけにはいかない。伸ばした腕が震えだしている。

「早くッ! 早く割ってぇ!」

「は、は、はい!」

 私の悲鳴とともに、やっと紐が引かれる。
 手作りのくす玉はもっさりとした動作で左右に割れて、中からは金銀の折り紙を切って作った紙吹雪がこぼれる。そして真ん中に垂れ下がる細い幕には、私の手書きの文字が踊っている。

『祝・編集長特別賞受賞』

 眼鏡のつるを中指で上げながら、ことりさんがしげしげと文字を眺めている。

「なんですか、これ」

「受賞内定のお知らせです! おめでとうございます! ちなみに、もうひとつお知らせがあります。あ、これ持っておいてください」

 くす玉をことりさんに渡すと、私はもう一つのくす玉をバッグから取り出した。「四次元ポケットですか?」という言葉は無視して、そちらもまたドアの隙間から差し込む。
 無言で振って見せると、ことりさんは二つ目のくす玉も受け取って、素直に紐をひく。ツッコミを一旦放棄したようだ。
 またももっさりとした動作で割られたくす玉の中には……。

 『担当決定! 奔馬鹿ノ子』

 とある。
 ことりさんは何度か目を瞬いたあと、「え? え? ホントに? え?」とひとしきり驚いた。くす玉を放り投げて、ドアを全開にしようとしたところで、ガチン! という音ともにチェーンに阻まれる。

 ホラー映画みたいにドアの隙間に顔寄せたことりさんが、頬を紅潮させて言った。

「担当、して下さるんですか?!」

「勝ち取りましたよ。あ、でも小さい文字も読んでくださいね。社会で騙されないために必要なスキルですよ。ホラ、くす玉拾って」

 言われたとおりにことりさんがくす玉を拾って、ドアの内側に戻ってくる。
 ことりさんが目をこらして見ている垂れ幕には、正しくはこう書いてある。

『担当決定! 奔馬鹿ノ子 ※サブ担当です』

「サブ……? メインの方はほかに居るんですね」

「聞いて驚け、怖~い編集長がメイン担当です。心強いでしょ?」

「色んな意味で強そうな人でしたけど、え、僕ちゃんと会話出来るかな。怒られません?」

「どうでしょう? ま、私がスーパーサブなので大丈夫です」

 ドアから一歩離れて、右手を真っ直ぐ前に差し出した。
 軽く首をかしげた後、ことりさんはドアを締めた。内側でチェーンを外される音がする。

 ドアが開いて、やっとことりさんの全身が現れた。
 スウェット姿のことりさんが、サンダルを突っかけて外に出てくる。
 私たちはアパートの外通路で、かたい握手を交わした。
 
「改めて、よろしくお願いします。鹿ノ子さん」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ことり先生!」

「なんだかまだ、その呼ばれ方は実感が湧かないですね」

 ことりさんが後頭部を掻きながら言う。

「私こそ、サブとは言え、担当を名乗るのもおかしいひよっこです。でもやる気と伸びしろは無限です。それは、ことりさんの作品も一緒ですよね」

 ぎゅ、と、握る手に力を込める。ことりさんからも、握り返される。
 これから私たちは、最高のコンビになれるっていう予感があった。
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