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第八話 あやのの家で
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あやのが忙しいから、いっそ家に会いに行こうという計画もグループメッセージでは並行して続けられていた。
そして小枝子とミナで、あやのの家を訪れる流れになり、今小枝子がタイキを抱いている。
新たに誘ったのが小枝子だけなのは、人があまり多すぎると迷惑になるだろうとの配慮だ。
萌加はうるさくなりそうだし、アツシ先輩とのデートの予定もあるだろう。裕太は赤ちゃんが怖い、と言って来なかった。結果として小枝子が残ったのは都合が良かった。
小枝子は騒ぐこともないし、他の家の事情に踏み込むこともない。明らかにあやのの母親が疲れた顔をしていても、何も言わない。
「みんなでタイキ見てるし、ミルクの時間も分かってるから、ママ寝てなよ」
とあやのが言うときの、微妙な空気にも気付かない部類の人間ではないはずだが、やはり何も言わないし顔にも出さない。
何より六歳離れた弟が居るので、赤ん坊に慣れていた。
「あやのが居ないときに話したんだけど、あたし、ホントは見えるんだよね。もえが最初に信じてくれたんだけど、そのせいで怖い思いさせちゃったから、やっぱり話すべきじゃなかったのかも。さえちゃんも聞きたくないっぽかったし。反省してるんだ」
「さえちゃんは確かに、資料館も怖がってたもんね。でもうちはラインで言った通りにちょっとワクワクしたんだ。なんかいつもの街とか学校が違って見える気がしてくるし、実際見えたらいいな。なんて言ったら困ってるミナに悪いけど、想像するとなんだろう、ロマンがある? みたいな感じがする」
あはは、と小枝子は曖昧に笑って、「お姉ちゃんたち怖い話してるねえ」とタイキに話しかけながら揺れ続けている。
その姿が大人っぽくて、やっぱり内地の人は違うのかなとか、転勤族だからなのかとか、幾度目か分からないことを思いながらも、ミナはあやのを楽しませる言葉を考えている。
「あたしからしたら、見えない方がずっと良いよ。旧校舎どころじゃなくて、グラウンドも霊だらけでイヤになっちゃう。授業中なんとなく外見たら、行進してることだってあるんだから。時間なんか関係ないんだよ、昼間にも居るんだから」
「うわあすごい! ね、ね、旧校舎見に行きたくない? 松でも良いけど、みんなで行くなら断然旧校舎が盛り上がると思う!」
「マジで? 時間大丈夫なの?」
「夕方一時間くらいなら、今日はミナとさえちゃんが来てくれたからみんなでタイキ見てあげられたし、行けるんじゃないかなあ」
あ、ミルク準備しなくちゃ。と言い残してあやのはリビングに駆けていく。
「ね、今の話、本気?」
ゆらゆらとゆれる声が、あやのを見送ったミナの背後、すぐ近くから聞こえた。同時に肩甲骨のあたりを、赤ん坊の発するエネルギーが遠赤外線ヒーターみたいに暖めた。
振り向くと、開けたままの窓からドアへと冷たい風の抜ける部屋のなか、小枝子だけがじんわりと汗ばみながら、揺れている。
「腕疲れたしょ。代わる」
ミナの差し出した腕にタイキを預けると、小枝子は少々 大袈裟に襟元を仰いだ。筒型の木綿のワンピースの、タイキの抱かれていた胸のあたりだけ、どちらのものとも知れない汗の跡で色を濃くしている。
あるいは 涎かもしれない。
あやのが喜ぶものだからつい二人で話を進めてしまったけれど、その場に居る小枝子を放って話を続けてしまっていた。気まずさから、ミナはタイキを縦に大きく揺らして、ことさらにおどけた顔であやしてみせた。
小さすぎる赤ん坊はあやされる意味が分からないまま、揺られるままでいる。汗のにおいと一緒に、蒸れた尿のにおいがした。オムツの替え時なのかもしれない。
「可愛いけど、ずっとお世話してるあやのちゃんは大変だね。楽しみな予定が出来るなら、それはみんなで付き合いたいけど……結局肝試しみたいなことでしょ? ミナちゃん、盆踊りどころじゃなく気分悪くなっちゃうんじゃないの」
なるほど小枝子の言うことは筋が通っていた。それにあやのとミナをあくまで労っての発言の形になっている。だからこそ、完璧な形をとろうとする小枝子に反発する気持ちも生まれた。
あやのが楽しめるんならそれでいいし、自分が行きたくないというのを言わないのもずるいし、最初のミナの嘘を正確に覚えてついてくるところも面白くない。
それにあんた、オムツの替え時も気付かなかったんじゃないの、とも思う。
「ちょっとオムツ替えないといけないっぽいから、あやののところ行ってくるね。おしっこでぱんぱんみたいだけど、気付かなかった? それにね、」
タイキが猫とカエルのあいの子の声を上げ始めた。お腹が空いているのかもしれない。
「それにね、あたしは旧校舎の人達はもう見慣れてるの。お盆はね、知らない人達が早足でどんどん歩いていくから、人波で揉まれる感じで気持ち悪いんだ」
タイキを抱えて急ぎリビングに向かうミナの後ろで、「弟はおしっこしたらすぐ泣くタイプだったの」と小枝子が言い返すのが聞こえた。
そして小枝子とミナで、あやのの家を訪れる流れになり、今小枝子がタイキを抱いている。
新たに誘ったのが小枝子だけなのは、人があまり多すぎると迷惑になるだろうとの配慮だ。
萌加はうるさくなりそうだし、アツシ先輩とのデートの予定もあるだろう。裕太は赤ちゃんが怖い、と言って来なかった。結果として小枝子が残ったのは都合が良かった。
小枝子は騒ぐこともないし、他の家の事情に踏み込むこともない。明らかにあやのの母親が疲れた顔をしていても、何も言わない。
「みんなでタイキ見てるし、ミルクの時間も分かってるから、ママ寝てなよ」
とあやのが言うときの、微妙な空気にも気付かない部類の人間ではないはずだが、やはり何も言わないし顔にも出さない。
何より六歳離れた弟が居るので、赤ん坊に慣れていた。
「あやのが居ないときに話したんだけど、あたし、ホントは見えるんだよね。もえが最初に信じてくれたんだけど、そのせいで怖い思いさせちゃったから、やっぱり話すべきじゃなかったのかも。さえちゃんも聞きたくないっぽかったし。反省してるんだ」
「さえちゃんは確かに、資料館も怖がってたもんね。でもうちはラインで言った通りにちょっとワクワクしたんだ。なんかいつもの街とか学校が違って見える気がしてくるし、実際見えたらいいな。なんて言ったら困ってるミナに悪いけど、想像するとなんだろう、ロマンがある? みたいな感じがする」
あはは、と小枝子は曖昧に笑って、「お姉ちゃんたち怖い話してるねえ」とタイキに話しかけながら揺れ続けている。
その姿が大人っぽくて、やっぱり内地の人は違うのかなとか、転勤族だからなのかとか、幾度目か分からないことを思いながらも、ミナはあやのを楽しませる言葉を考えている。
「あたしからしたら、見えない方がずっと良いよ。旧校舎どころじゃなくて、グラウンドも霊だらけでイヤになっちゃう。授業中なんとなく外見たら、行進してることだってあるんだから。時間なんか関係ないんだよ、昼間にも居るんだから」
「うわあすごい! ね、ね、旧校舎見に行きたくない? 松でも良いけど、みんなで行くなら断然旧校舎が盛り上がると思う!」
「マジで? 時間大丈夫なの?」
「夕方一時間くらいなら、今日はミナとさえちゃんが来てくれたからみんなでタイキ見てあげられたし、行けるんじゃないかなあ」
あ、ミルク準備しなくちゃ。と言い残してあやのはリビングに駆けていく。
「ね、今の話、本気?」
ゆらゆらとゆれる声が、あやのを見送ったミナの背後、すぐ近くから聞こえた。同時に肩甲骨のあたりを、赤ん坊の発するエネルギーが遠赤外線ヒーターみたいに暖めた。
振り向くと、開けたままの窓からドアへと冷たい風の抜ける部屋のなか、小枝子だけがじんわりと汗ばみながら、揺れている。
「腕疲れたしょ。代わる」
ミナの差し出した腕にタイキを預けると、小枝子は少々 大袈裟に襟元を仰いだ。筒型の木綿のワンピースの、タイキの抱かれていた胸のあたりだけ、どちらのものとも知れない汗の跡で色を濃くしている。
あるいは 涎かもしれない。
あやのが喜ぶものだからつい二人で話を進めてしまったけれど、その場に居る小枝子を放って話を続けてしまっていた。気まずさから、ミナはタイキを縦に大きく揺らして、ことさらにおどけた顔であやしてみせた。
小さすぎる赤ん坊はあやされる意味が分からないまま、揺られるままでいる。汗のにおいと一緒に、蒸れた尿のにおいがした。オムツの替え時なのかもしれない。
「可愛いけど、ずっとお世話してるあやのちゃんは大変だね。楽しみな予定が出来るなら、それはみんなで付き合いたいけど……結局肝試しみたいなことでしょ? ミナちゃん、盆踊りどころじゃなく気分悪くなっちゃうんじゃないの」
なるほど小枝子の言うことは筋が通っていた。それにあやのとミナをあくまで労っての発言の形になっている。だからこそ、完璧な形をとろうとする小枝子に反発する気持ちも生まれた。
あやのが楽しめるんならそれでいいし、自分が行きたくないというのを言わないのもずるいし、最初のミナの嘘を正確に覚えてついてくるところも面白くない。
それにあんた、オムツの替え時も気付かなかったんじゃないの、とも思う。
「ちょっとオムツ替えないといけないっぽいから、あやののところ行ってくるね。おしっこでぱんぱんみたいだけど、気付かなかった? それにね、」
タイキが猫とカエルのあいの子の声を上げ始めた。お腹が空いているのかもしれない。
「それにね、あたしは旧校舎の人達はもう見慣れてるの。お盆はね、知らない人達が早足でどんどん歩いていくから、人波で揉まれる感じで気持ち悪いんだ」
タイキを抱えて急ぎリビングに向かうミナの後ろで、「弟はおしっこしたらすぐ泣くタイプだったの」と小枝子が言い返すのが聞こえた。
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