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第七話 楽しませるための嘘
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――証拠写真でもないと信じらんないよ
萌加の 怒濤のメッセージの連なりに挟まる形で、裕太のアイコンが呟く。
――戸川の話聞いて思い込んだだけだろ? 普通のおっさんだよ
――正直あれも想像みたいなもんだと思うし 歴史好きだから
萌加が連ねる「でも」とか「ええー」だとかの短い吹き出しを、裕太の長い吹き出しが力づくで抑えようとしているみたいに見える。
――本当だったら怖いし嘘であって欲しい気持ちもある…
じっと様子を見守っていたらしい小枝子が放つ一言は、萌加とミナのどちらに向けられているのだろうか。
そもそも小枝子は集団全体としての気分の移り変わりに敏感なところがある。
小枝子がはっきり発言したということと、裕太の長い吹き出しが萌加を圧倒しつつある景色には、積極的に相関がある。
とまで考えていたところで、萌加の吹き出しが猛烈な勢いで放たれ始めた。
嘘を嫌う萌加に、「嘘であって欲しい」は禁句なのだ。小枝子は人の心の 機微には詳しいが、なにしろ萌加との付き合いが短い。
――もえちゃんの事と違うよ
ごめんね、と宇宙人のキャラクターが汗をかくスタンプには【さえ】と名前が入っている。
名前入りスタンプという文化はミナ達には無かった。可愛いね、と言ったら、転勤族だから名前覚えてもらいやすいのがいいの、と返ってきて、それがやけに大人っぽく聞こえたのを覚えている。
と 悠長に思い出している場合ではなくて、小枝子の発言はつまりミナを嘘つき呼ばわりしているということだ。
裕太の「想像みたいなもん」「歴史好きだから」もはっきりとミナに向けられたもので、嘘と決めつけているも同然だ。
実際、嘘なわけだが、それを指摘される流れはきっぱり、くっきり、まざまざ、何でも良いがとにかくばっちりと不快だった。
――怖がらせてごめんだけど見えちゃうのは本当だよ
まず短めの吹き出しで 牽制する。それから長文の作成に入った。
――嘘だって思われるから今まで言わなかったの。結構勇気出して言ったんだけど。もえまで見えるようになっちゃうなんて思わなかった。怖い思いさせてもえにはホントごめん。さえちゃんも怖いよねごめん。
ずるい返信だ、と思いながらも、さり気なく流れを変えるには謝るふりをしながら正当性を主張するしかなかった。黙っていては嘘つきあつかいに終わってしまう。
送信してみると、すぐに既読が4件ついた。送信者であるミナを除く四人が読んだということで、つまり今、グループメッセージのメンバー全員がこの流れを見守っているということだ。
あやのが読んでいるということだ。
ミナはずるい返信をして良かったと反射的に思った。あやのの前で嘘つき呼ばわりされて、それをあやのはただ見守るしかなかったという状況だったのだ。
振り返ってみるとそれは本当に恐ろしいことであると思えた。
慌てて再度、 怒濤のメッセージ画面を見返すと、始めの萌加の「見た」発言のところで「びっくり」という企業キャラクターのパンダの無料スタンプが貼られていた。
ミナとあやの二人だけのおそろいで使っているキャラクターのスタンプでも、あやのがよくミナに送ってくるマニアックな漫画のスタンプでも無いので、流し見している時には気付けなかった。
スタンプから感情は細かく読めないが、この話を興味深く追っているのは間違いがなさそうだった。
――ミーナが嘘つきなんて思わないよ! もえはちゃんと見た! ごめんもいらない
泣き顔の顔文字をつけて萌加が答えるのがほほえましい、だってミナは見たことなど無い。
――うちもミナは嘘なんかつかないと思うよ。
――あーやマジそれ!
青空に向けて二つの腕が伸びて、ピースしているアイコンが喋りだす。ミナとあやのの腕だ。あやのがアイコンに使っている写真だ。
五年生の夏にあやのの家族と一緒に海に行った時に撮ったものだ。
夏といえども海は冷たく、泳ぐよりもジンギスカンが主な目的だった。
新しい水着を買ったというあやのが、無理に腰まで入って、唇を蒼くして上がってきたのを覚えている。
「だから言ったしょ」と言う母親に 膨れてみせるあやのを、肉の煙でいぶされながらあやのの父親が笑って見ていたのもよく覚えている。
いい家族だったはずなのだ。
それよりも、とミナは思う。
あやのの援護は心からのものだと思えた。
萌加が興奮のままに送ったメッセージと、挟まれる裕太と小枝子の言葉だけで、なんと把握したものかと見守っていたのだろう。
そこでミナ自身が告白をしたことにより、当然のものとしてミナの言葉を信じてくれた。
そういう理解でいいはずだと励まされたのは、続くあやののメッセージによるものもあった。
――怖いし、言って良いのか分からないけど、見えるのは羨ましいかも。ちょっとワクワクするの、無い?
生真面目に句読点をつけるあやのの打つ文章が好きだ、とまず思う。遅れて感動が来る。
ずっと沈んでいて、グループメッセージを開く余裕もなく、ミナとのやり取りも減りつつあったあやのが、「ワクワクする」と言ってくれている。
萌加の見たものは思い込みだろうし、ミナの言葉は単純に嘘なのだが、それがあやのを楽しませるならそれは一概に責められるものではないだろうと、言葉に自信がつく。
そしてあやのの信じる限り、信じさせ続けてあげたいし、それが正しいと見なすことにした。
萌加の 怒濤のメッセージの連なりに挟まる形で、裕太のアイコンが呟く。
――戸川の話聞いて思い込んだだけだろ? 普通のおっさんだよ
――正直あれも想像みたいなもんだと思うし 歴史好きだから
萌加が連ねる「でも」とか「ええー」だとかの短い吹き出しを、裕太の長い吹き出しが力づくで抑えようとしているみたいに見える。
――本当だったら怖いし嘘であって欲しい気持ちもある…
じっと様子を見守っていたらしい小枝子が放つ一言は、萌加とミナのどちらに向けられているのだろうか。
そもそも小枝子は集団全体としての気分の移り変わりに敏感なところがある。
小枝子がはっきり発言したということと、裕太の長い吹き出しが萌加を圧倒しつつある景色には、積極的に相関がある。
とまで考えていたところで、萌加の吹き出しが猛烈な勢いで放たれ始めた。
嘘を嫌う萌加に、「嘘であって欲しい」は禁句なのだ。小枝子は人の心の 機微には詳しいが、なにしろ萌加との付き合いが短い。
――もえちゃんの事と違うよ
ごめんね、と宇宙人のキャラクターが汗をかくスタンプには【さえ】と名前が入っている。
名前入りスタンプという文化はミナ達には無かった。可愛いね、と言ったら、転勤族だから名前覚えてもらいやすいのがいいの、と返ってきて、それがやけに大人っぽく聞こえたのを覚えている。
と 悠長に思い出している場合ではなくて、小枝子の発言はつまりミナを嘘つき呼ばわりしているということだ。
裕太の「想像みたいなもん」「歴史好きだから」もはっきりとミナに向けられたもので、嘘と決めつけているも同然だ。
実際、嘘なわけだが、それを指摘される流れはきっぱり、くっきり、まざまざ、何でも良いがとにかくばっちりと不快だった。
――怖がらせてごめんだけど見えちゃうのは本当だよ
まず短めの吹き出しで 牽制する。それから長文の作成に入った。
――嘘だって思われるから今まで言わなかったの。結構勇気出して言ったんだけど。もえまで見えるようになっちゃうなんて思わなかった。怖い思いさせてもえにはホントごめん。さえちゃんも怖いよねごめん。
ずるい返信だ、と思いながらも、さり気なく流れを変えるには謝るふりをしながら正当性を主張するしかなかった。黙っていては嘘つきあつかいに終わってしまう。
送信してみると、すぐに既読が4件ついた。送信者であるミナを除く四人が読んだということで、つまり今、グループメッセージのメンバー全員がこの流れを見守っているということだ。
あやのが読んでいるということだ。
ミナはずるい返信をして良かったと反射的に思った。あやのの前で嘘つき呼ばわりされて、それをあやのはただ見守るしかなかったという状況だったのだ。
振り返ってみるとそれは本当に恐ろしいことであると思えた。
慌てて再度、 怒濤のメッセージ画面を見返すと、始めの萌加の「見た」発言のところで「びっくり」という企業キャラクターのパンダの無料スタンプが貼られていた。
ミナとあやの二人だけのおそろいで使っているキャラクターのスタンプでも、あやのがよくミナに送ってくるマニアックな漫画のスタンプでも無いので、流し見している時には気付けなかった。
スタンプから感情は細かく読めないが、この話を興味深く追っているのは間違いがなさそうだった。
――ミーナが嘘つきなんて思わないよ! もえはちゃんと見た! ごめんもいらない
泣き顔の顔文字をつけて萌加が答えるのがほほえましい、だってミナは見たことなど無い。
――うちもミナは嘘なんかつかないと思うよ。
――あーやマジそれ!
青空に向けて二つの腕が伸びて、ピースしているアイコンが喋りだす。ミナとあやのの腕だ。あやのがアイコンに使っている写真だ。
五年生の夏にあやのの家族と一緒に海に行った時に撮ったものだ。
夏といえども海は冷たく、泳ぐよりもジンギスカンが主な目的だった。
新しい水着を買ったというあやのが、無理に腰まで入って、唇を蒼くして上がってきたのを覚えている。
「だから言ったしょ」と言う母親に 膨れてみせるあやのを、肉の煙でいぶされながらあやのの父親が笑って見ていたのもよく覚えている。
いい家族だったはずなのだ。
それよりも、とミナは思う。
あやのの援護は心からのものだと思えた。
萌加が興奮のままに送ったメッセージと、挟まれる裕太と小枝子の言葉だけで、なんと把握したものかと見守っていたのだろう。
そこでミナ自身が告白をしたことにより、当然のものとしてミナの言葉を信じてくれた。
そういう理解でいいはずだと励まされたのは、続くあやののメッセージによるものもあった。
――怖いし、言って良いのか分からないけど、見えるのは羨ましいかも。ちょっとワクワクするの、無い?
生真面目に句読点をつけるあやのの打つ文章が好きだ、とまず思う。遅れて感動が来る。
ずっと沈んでいて、グループメッセージを開く余裕もなく、ミナとのやり取りも減りつつあったあやのが、「ワクワクする」と言ってくれている。
萌加の見たものは思い込みだろうし、ミナの言葉は単純に嘘なのだが、それがあやのを楽しませるならそれは一概に責められるものではないだろうと、言葉に自信がつく。
そしてあやのの信じる限り、信じさせ続けてあげたいし、それが正しいと見なすことにした。
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