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1巻
1-2
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「おい! クズ、早くかかってこいよ。またあの時みたいに、ボコボコにしてやる」
ヨウスは陰湿な顔をしながらアレクを挑発する。
アレクは挑発に対して苛立ちを覚えながら、かつてヨウスと戦った際の記憶を探った。
やられた記憶からわかったことは、能力の差は歴然とあり、このままでは死んでしまう可能性があるということだった。
「おい! クズ、怖気付いて足も動かないのか? なら俺から行ってやるよ」
そう言うとヨウスは、アレクに向かって走り出す。
前世で剣など握ったことのないアレクは咄嗟に構えるが、ヨウスの攻撃に対応できずに横っ腹へ見事に攻撃を受けてしまう。
「グフォ……ゲホンゲホン」
アレクはもろに剣を受けて、その場に蹲って脇腹を押さえて動けないでいる。
「汚い顔しやがって」
「ぐはっ……」
ヨウスは蹲るアレクの顔面に蹴りを入れる。子供の蹴りなので、さっきのように吹き飛ぶことはないが、それなりに痛い。しかも口の中を切ってしまい、口から血を流す。
「ブッハハハハ、見ろよ。この顔。オラオラ、どうした? 立てよ」
蹲るアレクを何度も何度も木剣で殴るヨウス。アレクは致命傷を避けるために、背中を丸めて手で頭を守る。
「今日はこの辺にしといてやる。次は呼んだらすぐ来いよ! わかったな。ブッハハハ」
それだけ言うと、ヨウスとアミーヤとチェスターはその場から去っていく。その際に、アミーヤは「いい気味ですわ」と言っていた。
「おい! 訓練の邪魔だ」
「うっ……ぐはぁっ」
グレッグ団長が、アレクを担ぎ上げて訓練場の外へと投げる。
アレクは地面に打ちつけられた衝撃で気絶してしまった。
◆ ◇ ◆
「うっ……ここは? あ! そうか……ボコボコにされて、訓練所から放り出されてそのまま気絶していたのか? にしても痛てぇ~」
目を覚ましたそこは訓練場近くの地面だった。
アレクはなんとか痛みに耐えながら仰向けになる。空を見ると、満天の星空と綺麗なまんまるのお月様が目に入った。
「異世界の夜空って綺麗だな……あぁ~死ななくてよかった。二度目の人生、もし速攻で死んでいたら笑えなかったな。アハハハ」
アレクは夜空を見上げて呟く。それからしばらくぼぉーっとゆっくりしてから、痛みに耐えながら立ち上がった。
すると、背後からナタリーの声が聞こえてきた。
「アレク様~、アレク様~」
ナタリーは、心配でアレクを捜しに来たようだ。
「ナタリー、こっちだこっち! 悪いけど、肩を貸してもらっていいかな?」
アレクはボロボロの体で手を振る。
「アレク様~。こんなお姿になって……すぐにポーションをお飲みください」
ナタリーは酷い姿になったアレクを見て、今にも泣き出しそうになる。
アレクはナタリーからポーションを受け取ると、ゴクリと飲み干す。
すると、それだけで打撲や顔の腫れは綺麗に治ったのだが、チェスターに蹴られた腹の痛みとヨウスから剣で殴られた横っ腹の痛みは消えなかった。
「ナタリー助かった。ありがとう。じゃあ、帰るか」
アレクはそう言って、痛む腹を押さえながら歩き出す。
「アレク様、本当に大丈夫ですか? 私、心配で心配で……」
手で顔を覆いながら、涙を流して悲しむナタリー。
「大丈夫だ。心配させて悪かったな。来てくれて助かった。お互い休もう」
傍から見れば、アレクの対応はかなりぶっきらぼうなものだ。
アレクにもナタリーが心配して悲しんでくれているのはわかるのだが、転生してから最低な人間にしか会っていないので、どうしても信用しきれない。自分でも最低だとはわかっているが、どうすることもできないのだ。
「は、はい! 部屋まで付き添います」
ナタリーは涙を拭う。
普段と雰囲気や言葉遣いの違うアレクに圧倒されたのと、今どんな言葉を投げかけたところで前のような優しいアレクには戻ってくれないと感じて、ナタリーは素直に従うことにした。いつか前のようなアレクになると信じて。
部屋へ戻ったアレクは、ベッドに横になる。
ナタリーは悲しそうな顔をして、「失礼いたします」とすぐ部屋を出ていった。
「クソッ! 絶対に許さない! いつか必ずこの報いを受けさせてやる」
一人残されたアレクは、弱く情けない自分と、伯爵家の腐った人間に腹を立てていた。そして、元のアレクの無念も感じ、彼が受けた仕打ちも合わせて、やつらに倍にして返してやると心に誓ったのであった。
それからしばらく寝ていたのだが、チェスターとヨウスから受けた暴力で、胃の辺りと脇腹がとてつもなく痛くて起きてしまった。
服をたくし上げると、脇腹は少し腫れて青紫色になっていた。打撲が治るポーションを飲んでも治らないということは、骨にヒビが入ったか、折れているのであろう。
そう思いつつアレクはふと外に目をやり、まだ外が真っ暗で、数時間しか寝ていないことに気付いた。そして、今が自分のスキルを確認する絶好の機会であることを認識した。
「〈全知全能薬学〉」
そう口にすると、目の前に無数の薬の名前が羅列されて浮かび上がった。
よく見ると、わかりやすく『あいうえお』順に並べ変えることが可能で、しかもタッチパネルのように触って選べた。
適当に操作をしていると、難病完治薬など、地球にはない治療薬も存在していることがわかった。
「『ハイポーション』と『成長二倍薬』と『攻撃力成長薬』に『魔力強化薬』だって……」
アレクは今の自分に必要な薬を見つけ、そう呟いた。
「薬の種類によってはその場しのぎではなくて、それを飲んで鍛えて適度な睡眠を取ることでステータスが上昇するとは……試しに、『ハイポーション』と『攻撃力成長薬』を作製して飲んでみよう。それで回復してから筋トレをしてみるか」
アレクは、そこら辺にあった器を用意すると、〈薬素材創造〉で必要な素材を創造することにした。
必要な素材の名前を頭に浮かべるだけで、目の前に必要な素材が出現した。
それから器に素材を載せて、手をかざして〈調合〉を使う。初めて使うにもかかわらずどうやれば完成するのかが、何故か自然とわかった。これも、アリーシャの言っていた『強化』のおかげなのだろうとアレクは思う。
出来上がったのは、濃い青色の液体と無色透明な液体であった。アレクは、不安を感じながらもスキルを信じて濃い青色の『ハイポーション』の方から飲み干す。
すると回復薬では治らなかった痛みが引いて、腫れも青紫の部分も治った。
次に、無色透明な液体である『攻撃力成長薬』を飲んでみる。しかし、先ほどと違い瞬時に何か変化があるわけではなかった。
アレクはとりあえず腕立て伏せをしてみた。子供だからか、普段運動もしていないせいなのか、二十回程度で仰向けになり息も絶え絶えとなる。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……弱すぎるぞこの体……前世の全盛期だと日課で百回くらいこなしていたのに。これは、ちゃんとトレーニングメニューを考えないとな。まだ体は動くし、次は腹筋だな」
案の定腹筋も、二十回程度で音を上げてしまう。
そして這いつくばりながら、〈全知全能薬学〉で見つけた『睡眠持続回復薬』を作って飲む。これは、睡眠による身体回復の効果を通常の三倍ほどにする薬だ。
普通、身体回復を望むなら回復薬でいいのだが、アレクは筋トレ後は回復薬を使用しないようにしようと決めていた。
何故なら、回復薬は全てを元に戻すため、筋トレの効果すら失われて意味をなくすからだ。つまり超回復――傷付いた筋肉が回復する際に元よりも大きくなる現象――に必要な筋組織の損傷が、全て治って意味を成さなくなるからである。
さっきまで寝ていたので寝られるか不安になりつつも、這いつくばりながらベッドへと向かい布団に潜り込むアレク。その心配は杞憂に終わり、いつの間にか眠りについていた。
「んん? ふわぁ~もう朝かぁぁ」
気付くと外は明るくなり、朝を迎えていた。
アレクは体を起き上がらせるが、一切筋肉痛もなく、昨日より快調なくらいだ。早速、ステータスを確認する。
「〈ステータス〉」
名 前:アレク・フォン・バーナード(伯爵家次男)
年 齢:十歳
種 族:人間
H P:100 M P:10
攻撃力:20 防御力:17
素早さ:7 精神力:200
スキル:全知全能薬学 調合(EX) 薬素材創造(EX) 診断 鑑定
魔 法:なし(四大属性の素質あり)
「え? 昨日ちょっと腕立てと腹筋をしただけで、攻撃力と防御力が10も上がってるだと……! これが薬の力か……マジのチートじゃねぇか!」
アレクは伯爵家に復讐するために、薬の力を利用して自身の肉体を鍛えると誓ったのだった。
◆ ◇ ◆
それから十日後。
腹筋・背筋・腕立て百回を軽くこなせるようになり、HPと攻撃力と防御力と素早さをそれぞれ200まで上げることができた。そして何故かはわからないが、成長薬をどれだけ使ってもこれ以上ステータスを上げられないとわかった。
そんなアレクは、そろそろこの伯爵家ともおさらばしようかと考えていた。
また、この十日間、体を鍛えることしかしていないので、今日は伯爵家を散歩しながらどれだけ嫌われているのか探ってみようとも思っていた。
そんな折、トントントンとアレクの部屋のドアがノックされる。
「アレク様、入ってもよろしいでしょうか?」
ドアの向こうにいるのは、ナタリーだった。
アレクはスキルを見られては困るので、十日間、決まった時間に体を拭くお湯と、食事を持ってくること以外、ナタリーの入室を制限していた。
「どうぞ」
アレクがそう言うと、お盆に食事を載せたナタリーが部屋に入ってくる。
「アレク様、朝食をお持ちいたしました。それでは失礼いたします」
ナタリーは、用が済んだらすぐ出ていくようにとアレクに言われていたため、退出しようとする。
彼女はアレクに嫌われてしまったため、遠ざけられているのだと勘違いをしていた。
「ナタリー、少し待ってくれ。朝食が済み次第、屋敷を歩いて回るから、服を用意してくれないか?」
この十日間、呼び止められることのなかったナタリーは驚いて「ふぇ⁉」と変な声を出す。
だが、長年勤めているメイドだけあって、すぐに平常心を取り戻す。
「わかりました。アレク様に似合う服をご用意いたします。ですが、屋敷を歩かれるのは……」
屋敷にいる家族から使用人まで、アレクが全てに疎まれていることを知っているナタリーは、アレクに部屋から出てほしくないと思っている。もう、あのような死にかけの惨状や罵倒される姿を見たくないのだ。
それに、ディランから呼び出される以外は、本館に入ってくるなとの言い付けがあった。そのためナタリーは、許可もなく屋敷を歩くなんて、自分から殴られに行くようなものだと、心配していた。
「心配しなくて大丈夫だからさ。その代わり、ナタリーは何が起きても俺の味方でいてほしい。それから、食事、凄くおいしいよ。いつもありがとう」
この十日間、ナタリーだけが部屋にやってきて世話をしていた。
食事も料理長がアレクへの嫌がらせで作ろうとしないので、ナタリーが作ってくれている。アレクはすでにナタリーのことをこの屋敷で唯一信用できる人物だと認識するようになっていた。
「はい! 私は、いつでもアレク様の味方です。ですが最近、アレク様が別人になられたのではと思う時があります。もし、不安になることがあれば、いつでも聞きますのでお話しくださいね」
「俺は、何も変わっていない……いや、やっぱり変わったのかな? このままじゃいけないって思うようになったんだ」
ナタリーは安心をすると同時に、何があっても味方でいないと駄目だなと思い、今まで以上にアレクに尽くそうと決意した。
「はい! アレク様。カッコいい服に着替えましょう」
「ああ」
アレクはそう返答しつつ、これからのことを考える。
(じゃあ服を着替えて、鍛えた能力を試すとしますか)
そして、伯爵家の子供にしては粗末な服しかないクローゼットから選ばれたものに着替える。
粗末とはいえ前世では着たことのない貴族が着る服なので、ナタリーに着替えさせてもらう。
すると、短期間で筋肉が付き男らしくなったアレクの体を目の当たりにして、ナタリーは顔を赤くしてしまった。
「ナタリー、着替えありがとう……どうした? 顔が真っ赤だけど、体調でも悪いのか?」
ナタリーは、十四歳の時にアレクの専属使用人になり、今や二十四歳。栗毛のボブカットで可愛い顔立ちのため、男性から告白されることはあったが、アレクに仕えることを第一に考えていたため、恋愛の経験はなく男性経験もない。
そんなナタリーは、初めて男性らしい体を見て興奮してしまっていた。どうにか赤くなった顔を隠そうと必死になるナタリー。
「え、え、えっと……大丈夫です! 暑いからですかね⁉ 本当に大丈夫ですから、気にしないでください」
焦るナタリーを見て、アレクはこれ以上ツッコまないことにした。
「そ、そうか。まぁ無理はするなよ。じゃあ、戦場に行くとするか」
ナタリーはその声でハッとなり、急いでドアを開ける。
アレクはゆっくり歩き、優雅に廊下を闊歩する。
アレクとナタリーは、今本館へと足を踏み入れた。
「アレク様、ここより先は旦那様と奥様、それにヨウス様と使用人がおります。本当に行かれるのですか?」
「気にすることはない。父がおかしいだけで、俺はれっきとした伯爵家次男だぞ。さぁ行こうじゃないか」
粗末な作りの別館とは違い、綺麗できらびやかな廊下に、趣味の悪い高そうな壺や絵画が飾られている。
使用人はアレクに気付くと思わず二度見をして、何故いるのかという表情をする。
使用人も綺麗なメイド服を着ており、ナタリーとは大違いであった。それを見てアレクは、ナタリーをいつか幸せにしたいと思うのであった。
「無駄に金をかけてるな……」
アレクはワザと周りに聞こえる声でそう言いながら歩く。すると父の犬でもある筆頭執事のチェスターが前からやってきた。
「何故お前が本館にいる? お前のようなやつが入っていい場所ではない!」
見下したように、ニヤニヤしながら話すチェスター。
「ほう、妾の子だからといってそんな口を利いてもいいのか? 俺は伯爵家の息子だ! まだ除籍された覚えはないんだが、よくそんなことが言えるな! お仕置きをしてやるよ。よく俺にしたもんな、罵倒しながら殴る蹴る、それに……つい最近のお返しもさせてもらおう」
アレクはそう言って、子供とは思えない素早い動きでチェスターの腹を殴る。その衝撃で吹っ飛び、気絶するチェスター。
何故、アレクが大人を吹き飛ばして気絶させるほどのパンチを撃てたのか。
それは筋トレにより筋力がアップしたからだけではなく、『武功』によるものであった。
武功とは、アレクが十日間鍛えている間に見つけた異世界の技である。
薬の閲覧を続けていく中で、『武功習得薬』なる薬を見つけたアレクは、その説明を読み「これは使えるぞ」と考えた。
武功は、『気』を巡らせて体を強化する技で、アレクは筋トレと並行して『武功習得薬』を飲んで、体内に武功の元になる気を誕生させて訓練を積んでいたのだ。アレクが身に付けたのはレベル1の武功であったが、それでも大の大人を吹き飛ばすには充分だった。
「弱いな。一発で気絶したのか……なら起こして続きをするかね」
そう言いながら、チェスターのもとに歩き出す。
ありえない光景に、ナタリーは口を大きく開けてポカーンと呆気に取られている。
さらに、周りのメイドも同じ表情で見ていた。
しかし数秒後、ようやく何が起きたのか理解したのか、「キャー‼」と悲鳴を上げた。
「うるさいな、黙れよ! チェスターが俺を殴っていた時は笑って見ていただろ? 何故怯える⁉」
アレクは人が変わったようにそう毒づくと、チェスターに近づきながらその大声で叫んだメイドに向かって言う。メイドは恐怖からへたり込んでしまった。
「ほらチェスター、起きろよ! 寝るにはまだ早いじゃないか」
アレクはチェスターにされたように、バチーンバチーンバチーンと両頬を平手打ちする。
だが、完全に伸びてしまったチェスターが目を覚ますことはなかった。
「貴様、何をやっている! 貴様が来ていい場所ではないぞ! 薄汚い妾の子が!」
そこに、ヨウスがやってきた。
アレクは、あ~また面倒なのが来たなと思う。それに、チェスターにしろヨウスにしろ、第一声は「妾の子」。まるで同じことしか言えないロボットだ、と考えうんざりした。
「ヨウス、何を言っているんだ? 俺は伯爵家の息子なんだから、いても普通だよな? それにチェスターは俺を罵倒した。だから、ヨウスやチェスターが俺にするように罰を与えたんだ。何か間違っているかい? 兄さん?」
少し口調を変えて、最後にはワザと兄さんと呼び、ニヤリと笑うアレク。
それを聞いて怒りが頂点に達したヨウスは、アレクに殴りかかる。
アレクは、沸点の低いやつらだなぁと思いながら軽く避けてヨウスの腹を殴り、また吹き飛ばす。
「はぁ~弱い……って、少しやりすぎたかな?」
アレクの元の体の持ち主の恨みもプラスした勢いで蹴ったため、吹き飛んだヨウスはドアをぶち破って気絶してしまった。
メイドの悲鳴とドアがぶち破られた音を聞いて、父と義母が走ってくる。
「こ、これは、どういうことだ! 誰か説明しろ!」
慌てた様子で、何があったか聞くディラン。
「コイツが……」
アレクを指差しながら、使用人が言う。アレクは、よく主人の前で、息子をコイツ扱いできるな……と思う。
「これは、お前がやったのか⁉ それに、何故ここにいる! 答えよ!」
ディランはアレクを睨みつけながら問いただす。アミーヤはヨウスに駆け寄り、その酷い有様に泣き叫んでいた。
「父上、私は妾の子ではありますが、除籍されていないので、伯爵家令息です。何故ここにいてはいけないのですか? チェスターは伯爵家の令息である私を馬鹿にする発言をしたり、日頃から私に暴力を与えたりしてきました。ですので、罰を与えたのです。兄上は、そうした現状を説明すると殴りかかってきたので、返り討ちにしたまでのこと。正当防衛です」
アレクは敬語を使い、一から十までしっかり説明する。
それを聞いたディランは歯を食いしばりながら、なんとも言えない表情をした。まさか、気弱で非力なアレクが、このような物言いをしたうえ、二人を気絶させてしまうとは思っていなかったのだ。
「くっ……とりあえず、アレクは自室へ戻り謹慎だ! 私が呼ぶまで部屋から出ることは許さん! それから使用人達は、すぐに回復ポーションと、回復魔法を使える者の手配をしろ! ヨウスとチェスターを寝室まで運ぶのだ!」
アレクはもう十分かと思い、そのまま別館に戻るのであった。
◆ ◇ ◆
ディランから謹慎を言い渡されたアレクは、武功の訓練と、どんな薬が作れるのかを確認していた。
「『武功レベル2突破薬』……レベル1でもあんなに強かったものをレベル2にするなんて、凄そうな薬だけど、薬で無理矢理レベル上げして大丈夫なのだろうか……でも、もしここから力ずくで逃げ出さないといけない事態になれば、騎士やグレッグ団長に勝たないといけないしな。作って飲んでみるか」
「〈全知全能薬学〉」
タッチパネルで『武功レベル2突破薬』を選択すると、効果と必要素材が表示される。
必要素材は、『マッドパンダの乾燥させた肝臓』と『功雷人参』と『精製水』である。
「〈薬素材創造〉」
すぐに〈薬素材創造〉で必要素材を出し、ナタリーに用意してもらっておいた器へ置く。
「〈調合〉」
素材が光ったと思ったら、次の瞬間にはぶくぶく泡を立てた真っ赤な液体が完成していた。
「これを飲むのは勇気がいるぞ。でも、ここから抜け出すためなら仕方ないよな」
そう言って、一気にそれを飲み干すアレク。味はとにかく苦い。この世の物とは思えないほどの苦さだ。
「うぇ~不味い。ってなんか体が熱くなってきたような……? ……ぐぁぁぁぁ!? 体が焼ける……ぐぁぁぁぁ……」
アレクは体にマグマを流し込まれたかのような感覚に陥り、耐えきれずのたうち回る。
そして、意識が途絶えて気絶してしまった。
「うっ……ぷはぁ~、はぁはぁはぁ……」
数時間、意識を失っていたアレクは目を覚ました。
薬を飲んだ時の衝撃を思い出し、自然と呼吸が荒くなってしまう。
「あれは、二度と飲まないぞ。次飲んだら死ぬような気がする。それはそうと、あんな辛い思いをしたんだから、武功レベルは上がっているんだよな……? 〈ステータス〉!」
名 前:アレク・フォン・バーナード(伯爵家次男)
年 齢:十歳
種 族:人間
H P:200 M P:10
攻撃力:200 防御力:200
素早さ:200 精神力:200
スキル:全知全能薬学 調合(EX) 薬素材創造(EX) 診断 鑑定
魔 法:なし(四大属性の素質あり)
武 功:レベル2
「よっしゃあ! 死にそうになった甲斐があったな。でもこれ以上は何故か成長できないし、戦いに役立ちそうな薬と、回復ポーションを探してみようかな」
これ以上ステータスの成長が見込めないと判断したアレクは、〈全知全能薬学〉で役立ちそうな薬を閲覧することにしたのだった。
◆ ◇ ◆
『武功レベル2突破薬』を飲み倒れた日から、アレクは自室で薬のレシピを閲覧するだけに留めていた。
何故薬を作らないかというと、先日の件でアレクに対し憎しみを抱いているであろうチェスターやヨウスがいきなりやってきかねないからである。
「ナタリー、暇で暇で仕方ないんだけど……」
アレクは自室の床に寝転がりながら言う。
「アレク様、床に寝るなんてはしたないですよ。それに、あんなことしたら謹慎になるのは当たり前です! それ以前に、私はアレク様があんなに強い理由を知りたいですけれどね」
今日で謹慎は二週間を迎えていた。いつも通り身の回りの世話はナタリーに任せており、薬を閲覧するのに飽きた際は、話し相手になってもらっている。そのおかげかナタリーとも少し打ち解けて、前よりも砕けた感じで話すようになっていた。
「だって、仕方ないだろ。あんな態度をされたら許せないよ。そろそろ呼び出しに来ないかな?多分アミーヤがずっと怒っていて、俺の処遇について揉めているんだろうな」
アレクは焦る様子もなく、のんびりした雰囲気で話す。ナタリーはそれを見て、やれやれと呆れる。
「確かにアレク様に対するあの態度は許せませんが、やりすぎです。それから、いくら酷くても母親なのですから、呼び捨てにしてはいけませんよ」
ヨウスは陰湿な顔をしながらアレクを挑発する。
アレクは挑発に対して苛立ちを覚えながら、かつてヨウスと戦った際の記憶を探った。
やられた記憶からわかったことは、能力の差は歴然とあり、このままでは死んでしまう可能性があるということだった。
「おい! クズ、怖気付いて足も動かないのか? なら俺から行ってやるよ」
そう言うとヨウスは、アレクに向かって走り出す。
前世で剣など握ったことのないアレクは咄嗟に構えるが、ヨウスの攻撃に対応できずに横っ腹へ見事に攻撃を受けてしまう。
「グフォ……ゲホンゲホン」
アレクはもろに剣を受けて、その場に蹲って脇腹を押さえて動けないでいる。
「汚い顔しやがって」
「ぐはっ……」
ヨウスは蹲るアレクの顔面に蹴りを入れる。子供の蹴りなので、さっきのように吹き飛ぶことはないが、それなりに痛い。しかも口の中を切ってしまい、口から血を流す。
「ブッハハハハ、見ろよ。この顔。オラオラ、どうした? 立てよ」
蹲るアレクを何度も何度も木剣で殴るヨウス。アレクは致命傷を避けるために、背中を丸めて手で頭を守る。
「今日はこの辺にしといてやる。次は呼んだらすぐ来いよ! わかったな。ブッハハハ」
それだけ言うと、ヨウスとアミーヤとチェスターはその場から去っていく。その際に、アミーヤは「いい気味ですわ」と言っていた。
「おい! 訓練の邪魔だ」
「うっ……ぐはぁっ」
グレッグ団長が、アレクを担ぎ上げて訓練場の外へと投げる。
アレクは地面に打ちつけられた衝撃で気絶してしまった。
◆ ◇ ◆
「うっ……ここは? あ! そうか……ボコボコにされて、訓練所から放り出されてそのまま気絶していたのか? にしても痛てぇ~」
目を覚ましたそこは訓練場近くの地面だった。
アレクはなんとか痛みに耐えながら仰向けになる。空を見ると、満天の星空と綺麗なまんまるのお月様が目に入った。
「異世界の夜空って綺麗だな……あぁ~死ななくてよかった。二度目の人生、もし速攻で死んでいたら笑えなかったな。アハハハ」
アレクは夜空を見上げて呟く。それからしばらくぼぉーっとゆっくりしてから、痛みに耐えながら立ち上がった。
すると、背後からナタリーの声が聞こえてきた。
「アレク様~、アレク様~」
ナタリーは、心配でアレクを捜しに来たようだ。
「ナタリー、こっちだこっち! 悪いけど、肩を貸してもらっていいかな?」
アレクはボロボロの体で手を振る。
「アレク様~。こんなお姿になって……すぐにポーションをお飲みください」
ナタリーは酷い姿になったアレクを見て、今にも泣き出しそうになる。
アレクはナタリーからポーションを受け取ると、ゴクリと飲み干す。
すると、それだけで打撲や顔の腫れは綺麗に治ったのだが、チェスターに蹴られた腹の痛みとヨウスから剣で殴られた横っ腹の痛みは消えなかった。
「ナタリー助かった。ありがとう。じゃあ、帰るか」
アレクはそう言って、痛む腹を押さえながら歩き出す。
「アレク様、本当に大丈夫ですか? 私、心配で心配で……」
手で顔を覆いながら、涙を流して悲しむナタリー。
「大丈夫だ。心配させて悪かったな。来てくれて助かった。お互い休もう」
傍から見れば、アレクの対応はかなりぶっきらぼうなものだ。
アレクにもナタリーが心配して悲しんでくれているのはわかるのだが、転生してから最低な人間にしか会っていないので、どうしても信用しきれない。自分でも最低だとはわかっているが、どうすることもできないのだ。
「は、はい! 部屋まで付き添います」
ナタリーは涙を拭う。
普段と雰囲気や言葉遣いの違うアレクに圧倒されたのと、今どんな言葉を投げかけたところで前のような優しいアレクには戻ってくれないと感じて、ナタリーは素直に従うことにした。いつか前のようなアレクになると信じて。
部屋へ戻ったアレクは、ベッドに横になる。
ナタリーは悲しそうな顔をして、「失礼いたします」とすぐ部屋を出ていった。
「クソッ! 絶対に許さない! いつか必ずこの報いを受けさせてやる」
一人残されたアレクは、弱く情けない自分と、伯爵家の腐った人間に腹を立てていた。そして、元のアレクの無念も感じ、彼が受けた仕打ちも合わせて、やつらに倍にして返してやると心に誓ったのであった。
それからしばらく寝ていたのだが、チェスターとヨウスから受けた暴力で、胃の辺りと脇腹がとてつもなく痛くて起きてしまった。
服をたくし上げると、脇腹は少し腫れて青紫色になっていた。打撲が治るポーションを飲んでも治らないということは、骨にヒビが入ったか、折れているのであろう。
そう思いつつアレクはふと外に目をやり、まだ外が真っ暗で、数時間しか寝ていないことに気付いた。そして、今が自分のスキルを確認する絶好の機会であることを認識した。
「〈全知全能薬学〉」
そう口にすると、目の前に無数の薬の名前が羅列されて浮かび上がった。
よく見ると、わかりやすく『あいうえお』順に並べ変えることが可能で、しかもタッチパネルのように触って選べた。
適当に操作をしていると、難病完治薬など、地球にはない治療薬も存在していることがわかった。
「『ハイポーション』と『成長二倍薬』と『攻撃力成長薬』に『魔力強化薬』だって……」
アレクは今の自分に必要な薬を見つけ、そう呟いた。
「薬の種類によってはその場しのぎではなくて、それを飲んで鍛えて適度な睡眠を取ることでステータスが上昇するとは……試しに、『ハイポーション』と『攻撃力成長薬』を作製して飲んでみよう。それで回復してから筋トレをしてみるか」
アレクは、そこら辺にあった器を用意すると、〈薬素材創造〉で必要な素材を創造することにした。
必要な素材の名前を頭に浮かべるだけで、目の前に必要な素材が出現した。
それから器に素材を載せて、手をかざして〈調合〉を使う。初めて使うにもかかわらずどうやれば完成するのかが、何故か自然とわかった。これも、アリーシャの言っていた『強化』のおかげなのだろうとアレクは思う。
出来上がったのは、濃い青色の液体と無色透明な液体であった。アレクは、不安を感じながらもスキルを信じて濃い青色の『ハイポーション』の方から飲み干す。
すると回復薬では治らなかった痛みが引いて、腫れも青紫の部分も治った。
次に、無色透明な液体である『攻撃力成長薬』を飲んでみる。しかし、先ほどと違い瞬時に何か変化があるわけではなかった。
アレクはとりあえず腕立て伏せをしてみた。子供だからか、普段運動もしていないせいなのか、二十回程度で仰向けになり息も絶え絶えとなる。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……弱すぎるぞこの体……前世の全盛期だと日課で百回くらいこなしていたのに。これは、ちゃんとトレーニングメニューを考えないとな。まだ体は動くし、次は腹筋だな」
案の定腹筋も、二十回程度で音を上げてしまう。
そして這いつくばりながら、〈全知全能薬学〉で見つけた『睡眠持続回復薬』を作って飲む。これは、睡眠による身体回復の効果を通常の三倍ほどにする薬だ。
普通、身体回復を望むなら回復薬でいいのだが、アレクは筋トレ後は回復薬を使用しないようにしようと決めていた。
何故なら、回復薬は全てを元に戻すため、筋トレの効果すら失われて意味をなくすからだ。つまり超回復――傷付いた筋肉が回復する際に元よりも大きくなる現象――に必要な筋組織の損傷が、全て治って意味を成さなくなるからである。
さっきまで寝ていたので寝られるか不安になりつつも、這いつくばりながらベッドへと向かい布団に潜り込むアレク。その心配は杞憂に終わり、いつの間にか眠りについていた。
「んん? ふわぁ~もう朝かぁぁ」
気付くと外は明るくなり、朝を迎えていた。
アレクは体を起き上がらせるが、一切筋肉痛もなく、昨日より快調なくらいだ。早速、ステータスを確認する。
「〈ステータス〉」
名 前:アレク・フォン・バーナード(伯爵家次男)
年 齢:十歳
種 族:人間
H P:100 M P:10
攻撃力:20 防御力:17
素早さ:7 精神力:200
スキル:全知全能薬学 調合(EX) 薬素材創造(EX) 診断 鑑定
魔 法:なし(四大属性の素質あり)
「え? 昨日ちょっと腕立てと腹筋をしただけで、攻撃力と防御力が10も上がってるだと……! これが薬の力か……マジのチートじゃねぇか!」
アレクは伯爵家に復讐するために、薬の力を利用して自身の肉体を鍛えると誓ったのだった。
◆ ◇ ◆
それから十日後。
腹筋・背筋・腕立て百回を軽くこなせるようになり、HPと攻撃力と防御力と素早さをそれぞれ200まで上げることができた。そして何故かはわからないが、成長薬をどれだけ使ってもこれ以上ステータスを上げられないとわかった。
そんなアレクは、そろそろこの伯爵家ともおさらばしようかと考えていた。
また、この十日間、体を鍛えることしかしていないので、今日は伯爵家を散歩しながらどれだけ嫌われているのか探ってみようとも思っていた。
そんな折、トントントンとアレクの部屋のドアがノックされる。
「アレク様、入ってもよろしいでしょうか?」
ドアの向こうにいるのは、ナタリーだった。
アレクはスキルを見られては困るので、十日間、決まった時間に体を拭くお湯と、食事を持ってくること以外、ナタリーの入室を制限していた。
「どうぞ」
アレクがそう言うと、お盆に食事を載せたナタリーが部屋に入ってくる。
「アレク様、朝食をお持ちいたしました。それでは失礼いたします」
ナタリーは、用が済んだらすぐ出ていくようにとアレクに言われていたため、退出しようとする。
彼女はアレクに嫌われてしまったため、遠ざけられているのだと勘違いをしていた。
「ナタリー、少し待ってくれ。朝食が済み次第、屋敷を歩いて回るから、服を用意してくれないか?」
この十日間、呼び止められることのなかったナタリーは驚いて「ふぇ⁉」と変な声を出す。
だが、長年勤めているメイドだけあって、すぐに平常心を取り戻す。
「わかりました。アレク様に似合う服をご用意いたします。ですが、屋敷を歩かれるのは……」
屋敷にいる家族から使用人まで、アレクが全てに疎まれていることを知っているナタリーは、アレクに部屋から出てほしくないと思っている。もう、あのような死にかけの惨状や罵倒される姿を見たくないのだ。
それに、ディランから呼び出される以外は、本館に入ってくるなとの言い付けがあった。そのためナタリーは、許可もなく屋敷を歩くなんて、自分から殴られに行くようなものだと、心配していた。
「心配しなくて大丈夫だからさ。その代わり、ナタリーは何が起きても俺の味方でいてほしい。それから、食事、凄くおいしいよ。いつもありがとう」
この十日間、ナタリーだけが部屋にやってきて世話をしていた。
食事も料理長がアレクへの嫌がらせで作ろうとしないので、ナタリーが作ってくれている。アレクはすでにナタリーのことをこの屋敷で唯一信用できる人物だと認識するようになっていた。
「はい! 私は、いつでもアレク様の味方です。ですが最近、アレク様が別人になられたのではと思う時があります。もし、不安になることがあれば、いつでも聞きますのでお話しくださいね」
「俺は、何も変わっていない……いや、やっぱり変わったのかな? このままじゃいけないって思うようになったんだ」
ナタリーは安心をすると同時に、何があっても味方でいないと駄目だなと思い、今まで以上にアレクに尽くそうと決意した。
「はい! アレク様。カッコいい服に着替えましょう」
「ああ」
アレクはそう返答しつつ、これからのことを考える。
(じゃあ服を着替えて、鍛えた能力を試すとしますか)
そして、伯爵家の子供にしては粗末な服しかないクローゼットから選ばれたものに着替える。
粗末とはいえ前世では着たことのない貴族が着る服なので、ナタリーに着替えさせてもらう。
すると、短期間で筋肉が付き男らしくなったアレクの体を目の当たりにして、ナタリーは顔を赤くしてしまった。
「ナタリー、着替えありがとう……どうした? 顔が真っ赤だけど、体調でも悪いのか?」
ナタリーは、十四歳の時にアレクの専属使用人になり、今や二十四歳。栗毛のボブカットで可愛い顔立ちのため、男性から告白されることはあったが、アレクに仕えることを第一に考えていたため、恋愛の経験はなく男性経験もない。
そんなナタリーは、初めて男性らしい体を見て興奮してしまっていた。どうにか赤くなった顔を隠そうと必死になるナタリー。
「え、え、えっと……大丈夫です! 暑いからですかね⁉ 本当に大丈夫ですから、気にしないでください」
焦るナタリーを見て、アレクはこれ以上ツッコまないことにした。
「そ、そうか。まぁ無理はするなよ。じゃあ、戦場に行くとするか」
ナタリーはその声でハッとなり、急いでドアを開ける。
アレクはゆっくり歩き、優雅に廊下を闊歩する。
アレクとナタリーは、今本館へと足を踏み入れた。
「アレク様、ここより先は旦那様と奥様、それにヨウス様と使用人がおります。本当に行かれるのですか?」
「気にすることはない。父がおかしいだけで、俺はれっきとした伯爵家次男だぞ。さぁ行こうじゃないか」
粗末な作りの別館とは違い、綺麗できらびやかな廊下に、趣味の悪い高そうな壺や絵画が飾られている。
使用人はアレクに気付くと思わず二度見をして、何故いるのかという表情をする。
使用人も綺麗なメイド服を着ており、ナタリーとは大違いであった。それを見てアレクは、ナタリーをいつか幸せにしたいと思うのであった。
「無駄に金をかけてるな……」
アレクはワザと周りに聞こえる声でそう言いながら歩く。すると父の犬でもある筆頭執事のチェスターが前からやってきた。
「何故お前が本館にいる? お前のようなやつが入っていい場所ではない!」
見下したように、ニヤニヤしながら話すチェスター。
「ほう、妾の子だからといってそんな口を利いてもいいのか? 俺は伯爵家の息子だ! まだ除籍された覚えはないんだが、よくそんなことが言えるな! お仕置きをしてやるよ。よく俺にしたもんな、罵倒しながら殴る蹴る、それに……つい最近のお返しもさせてもらおう」
アレクはそう言って、子供とは思えない素早い動きでチェスターの腹を殴る。その衝撃で吹っ飛び、気絶するチェスター。
何故、アレクが大人を吹き飛ばして気絶させるほどのパンチを撃てたのか。
それは筋トレにより筋力がアップしたからだけではなく、『武功』によるものであった。
武功とは、アレクが十日間鍛えている間に見つけた異世界の技である。
薬の閲覧を続けていく中で、『武功習得薬』なる薬を見つけたアレクは、その説明を読み「これは使えるぞ」と考えた。
武功は、『気』を巡らせて体を強化する技で、アレクは筋トレと並行して『武功習得薬』を飲んで、体内に武功の元になる気を誕生させて訓練を積んでいたのだ。アレクが身に付けたのはレベル1の武功であったが、それでも大の大人を吹き飛ばすには充分だった。
「弱いな。一発で気絶したのか……なら起こして続きをするかね」
そう言いながら、チェスターのもとに歩き出す。
ありえない光景に、ナタリーは口を大きく開けてポカーンと呆気に取られている。
さらに、周りのメイドも同じ表情で見ていた。
しかし数秒後、ようやく何が起きたのか理解したのか、「キャー‼」と悲鳴を上げた。
「うるさいな、黙れよ! チェスターが俺を殴っていた時は笑って見ていただろ? 何故怯える⁉」
アレクは人が変わったようにそう毒づくと、チェスターに近づきながらその大声で叫んだメイドに向かって言う。メイドは恐怖からへたり込んでしまった。
「ほらチェスター、起きろよ! 寝るにはまだ早いじゃないか」
アレクはチェスターにされたように、バチーンバチーンバチーンと両頬を平手打ちする。
だが、完全に伸びてしまったチェスターが目を覚ますことはなかった。
「貴様、何をやっている! 貴様が来ていい場所ではないぞ! 薄汚い妾の子が!」
そこに、ヨウスがやってきた。
アレクは、あ~また面倒なのが来たなと思う。それに、チェスターにしろヨウスにしろ、第一声は「妾の子」。まるで同じことしか言えないロボットだ、と考えうんざりした。
「ヨウス、何を言っているんだ? 俺は伯爵家の息子なんだから、いても普通だよな? それにチェスターは俺を罵倒した。だから、ヨウスやチェスターが俺にするように罰を与えたんだ。何か間違っているかい? 兄さん?」
少し口調を変えて、最後にはワザと兄さんと呼び、ニヤリと笑うアレク。
それを聞いて怒りが頂点に達したヨウスは、アレクに殴りかかる。
アレクは、沸点の低いやつらだなぁと思いながら軽く避けてヨウスの腹を殴り、また吹き飛ばす。
「はぁ~弱い……って、少しやりすぎたかな?」
アレクの元の体の持ち主の恨みもプラスした勢いで蹴ったため、吹き飛んだヨウスはドアをぶち破って気絶してしまった。
メイドの悲鳴とドアがぶち破られた音を聞いて、父と義母が走ってくる。
「こ、これは、どういうことだ! 誰か説明しろ!」
慌てた様子で、何があったか聞くディラン。
「コイツが……」
アレクを指差しながら、使用人が言う。アレクは、よく主人の前で、息子をコイツ扱いできるな……と思う。
「これは、お前がやったのか⁉ それに、何故ここにいる! 答えよ!」
ディランはアレクを睨みつけながら問いただす。アミーヤはヨウスに駆け寄り、その酷い有様に泣き叫んでいた。
「父上、私は妾の子ではありますが、除籍されていないので、伯爵家令息です。何故ここにいてはいけないのですか? チェスターは伯爵家の令息である私を馬鹿にする発言をしたり、日頃から私に暴力を与えたりしてきました。ですので、罰を与えたのです。兄上は、そうした現状を説明すると殴りかかってきたので、返り討ちにしたまでのこと。正当防衛です」
アレクは敬語を使い、一から十までしっかり説明する。
それを聞いたディランは歯を食いしばりながら、なんとも言えない表情をした。まさか、気弱で非力なアレクが、このような物言いをしたうえ、二人を気絶させてしまうとは思っていなかったのだ。
「くっ……とりあえず、アレクは自室へ戻り謹慎だ! 私が呼ぶまで部屋から出ることは許さん! それから使用人達は、すぐに回復ポーションと、回復魔法を使える者の手配をしろ! ヨウスとチェスターを寝室まで運ぶのだ!」
アレクはもう十分かと思い、そのまま別館に戻るのであった。
◆ ◇ ◆
ディランから謹慎を言い渡されたアレクは、武功の訓練と、どんな薬が作れるのかを確認していた。
「『武功レベル2突破薬』……レベル1でもあんなに強かったものをレベル2にするなんて、凄そうな薬だけど、薬で無理矢理レベル上げして大丈夫なのだろうか……でも、もしここから力ずくで逃げ出さないといけない事態になれば、騎士やグレッグ団長に勝たないといけないしな。作って飲んでみるか」
「〈全知全能薬学〉」
タッチパネルで『武功レベル2突破薬』を選択すると、効果と必要素材が表示される。
必要素材は、『マッドパンダの乾燥させた肝臓』と『功雷人参』と『精製水』である。
「〈薬素材創造〉」
すぐに〈薬素材創造〉で必要素材を出し、ナタリーに用意してもらっておいた器へ置く。
「〈調合〉」
素材が光ったと思ったら、次の瞬間にはぶくぶく泡を立てた真っ赤な液体が完成していた。
「これを飲むのは勇気がいるぞ。でも、ここから抜け出すためなら仕方ないよな」
そう言って、一気にそれを飲み干すアレク。味はとにかく苦い。この世の物とは思えないほどの苦さだ。
「うぇ~不味い。ってなんか体が熱くなってきたような……? ……ぐぁぁぁぁ!? 体が焼ける……ぐぁぁぁぁ……」
アレクは体にマグマを流し込まれたかのような感覚に陥り、耐えきれずのたうち回る。
そして、意識が途絶えて気絶してしまった。
「うっ……ぷはぁ~、はぁはぁはぁ……」
数時間、意識を失っていたアレクは目を覚ました。
薬を飲んだ時の衝撃を思い出し、自然と呼吸が荒くなってしまう。
「あれは、二度と飲まないぞ。次飲んだら死ぬような気がする。それはそうと、あんな辛い思いをしたんだから、武功レベルは上がっているんだよな……? 〈ステータス〉!」
名 前:アレク・フォン・バーナード(伯爵家次男)
年 齢:十歳
種 族:人間
H P:200 M P:10
攻撃力:200 防御力:200
素早さ:200 精神力:200
スキル:全知全能薬学 調合(EX) 薬素材創造(EX) 診断 鑑定
魔 法:なし(四大属性の素質あり)
武 功:レベル2
「よっしゃあ! 死にそうになった甲斐があったな。でもこれ以上は何故か成長できないし、戦いに役立ちそうな薬と、回復ポーションを探してみようかな」
これ以上ステータスの成長が見込めないと判断したアレクは、〈全知全能薬学〉で役立ちそうな薬を閲覧することにしたのだった。
◆ ◇ ◆
『武功レベル2突破薬』を飲み倒れた日から、アレクは自室で薬のレシピを閲覧するだけに留めていた。
何故薬を作らないかというと、先日の件でアレクに対し憎しみを抱いているであろうチェスターやヨウスがいきなりやってきかねないからである。
「ナタリー、暇で暇で仕方ないんだけど……」
アレクは自室の床に寝転がりながら言う。
「アレク様、床に寝るなんてはしたないですよ。それに、あんなことしたら謹慎になるのは当たり前です! それ以前に、私はアレク様があんなに強い理由を知りたいですけれどね」
今日で謹慎は二週間を迎えていた。いつも通り身の回りの世話はナタリーに任せており、薬を閲覧するのに飽きた際は、話し相手になってもらっている。そのおかげかナタリーとも少し打ち解けて、前よりも砕けた感じで話すようになっていた。
「だって、仕方ないだろ。あんな態度をされたら許せないよ。そろそろ呼び出しに来ないかな?多分アミーヤがずっと怒っていて、俺の処遇について揉めているんだろうな」
アレクは焦る様子もなく、のんびりした雰囲気で話す。ナタリーはそれを見て、やれやれと呆れる。
「確かにアレク様に対するあの態度は許せませんが、やりすぎです。それから、いくら酷くても母親なのですから、呼び捨てにしてはいけませんよ」
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