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忘れられた番

#29

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 数日が経ち、自分の記憶は相変わらず戻らないままだったが、ウリックとの距離感は何となく縮んだような気がした。
 今日は子供が生まれる兆しを感じて、お腹の張りと痛みが酷くて、ずっと寝台の上に寝たきりだった。

「リュシア、大丈夫か? 何か食べたい物は?」
「ううん、ない……」
「そ、そうか」

 ウリックは落ち着かないのか、ずっと部屋の中をウロウロしている。
 傍で動き回られるとリュシアの方が落ち着かなくなるので、彼に座るように促していると、薬の調合をし終えたゲルマンから数種類の薬を手渡された。
  
「苦いからな、一気に飲め」
「分かりました」
 
 手渡された液体と粉薬を一気に流し込み、ふぅと一息付くと、

「数十分で眠たくなる。気が付いたら子供が生まれているから驚かないようにな」

 ゲルマンにニカっと笑顔を見せられ、コクリと頷いた。
 自分の子供が生まれるなんて、何だか信じられない気分だったが、実際に腹を擦ると、子供からの返事なのか、トンっと張って来るので、居ることは間違いないのだと思う。

「ほら、そろそろ横になれ」
「うん」

 ウリックに促されて、寝台へ身を沈める。

「数を数えてやろうか?」
「自分で数えれるよ」
「そ、それもそうか……」

 何だか、ずっと落ち着かない様子のウリックを見て、彼が結婚して奥さんが子供を産む時は、大騒ぎしそうな姿が想像出来てしまい、くすっと笑みを零した。

 ――……一、二、三、四、……。

 どうして眠る時、数を数えるのだろう……、と、どうでもいいことを思い浮かべていると徐々に思考も微睡んでいく、深い闇を彷徨い、ゲルマンの言う通り、目が覚めると子供が生まれていた――。
 小さな手を一生懸命動かす我が子の姿に、リュシアは片時も目が離せなかった。
 しばらく子供を眺め、新しい生命の誕生に感激していると、ゲルマンが乳母を連れて来てくれた。

「まあ……、可愛らしい男の子ね」
「ありがとうございます」 

 生まれたばかりで、まだしわしわな子供相手に、お世辞を言う乳母を見て、優しそうな人で良かったとリュシアは笑みを浮かべた。
 乳母を引き受けてくれた人は三ヶ月の子がいると言う。毎日飲ませているが、それでも乳が張ってしまうらしく、飲んでくれるのはありがたいと言う話だった。
 乳母が居ない時は穀粉で代用できると聞き、国を出る時はしばらく代用乳で我慢してもらうしかないけど、自分で出してあげられないのが、とても残念だった。
 やっぱり出ないのかな? と自分の胸を覗き込み、むにゅっと触った。

「な、何をしてんだ」
「あ、えーっと、お乳出ないかなって……」
「……で、出るのか?」
「ううん、出なかった」

 複雑な表情でこちらを見るウリックが、何かを思い出したように、「魔法使えそうか?」と、こそっと聞いて来る。

「魔法……?」
「確か受巣持ちは、子を産むと魔法が使えるようになるって聞いた」
「そうなの? どうやって使うんだろう」
「取りあえず手を貸せ、風の従属を使う、魔法使い同士なら吸収されるだけで従属契約にはならない」

 よく分からないけど、リュシアは言われた通り、はい、とウリックに手を出せば、ぎゅっと握られた彼の手から、そよ風のように爽やかな何かが流れ込んでくる。けれど、それと同時に頭が割れそうになる。

「やっ……、や、めて」
「あ、悪い! って言うか……、お前の……」

 真っ青な顔をしたウリックが、口元を抑え、「一体誰が……」と一言ひとこと言ったあと、ぶるぶると頭を横に振った。
 彼の様子を見て、やはり魔法が使えないのかも、とリュシアは思った。
 実は、ウリックから自分は風魔法の一族に生まれたと説明をされたが、それに関して、まったく実感が湧いてなかったので、使えないからといって特に落ち込むこともなかった。
 だが、ウリックは呆然と立ち尽くし、「こんなこと出来るのは陛下くらいだ」と寝ているリュシアを見下ろして言う。

「なに? どうしたの?」
「お前の魔力は閉じ込められている」
「え……」

 ウリックは顎に手を置き、「何のために……?」と考え込んでいる。彼は、リュシアの記憶が戻らないのは、魔力が閉じ込められているせいかも知れないと言う。
 それを聞き、何か複雑な過去が自分にはあるのかも? とウリックに言って見たが、それに関しては、鼻で笑い飛ばされる。

「お前に複雑な過去なんてあるわけないだろ」
「そうかなぁ……」
「大丈夫、俺が知る限り、お前は世間知らずの坊ちゃんだ」

 腕組をしながら仰け反ると、ウリックは自信満々にそう言って来る。

「僕の記憶がないからって適当なこと言ってる……」
「安心しろ、全て本当のことだ。まあ、とにかく体内に残っている神聖魔法に関しては、陛下に聞いて見ないとな……、どんな意図があるにせよ、放っておいて良いことはない」

 どちらにしても、リュシアの魔法に関しては、国に帰ってからでないと解明出来ないと言われて、唯でさえ帰りたくないと思っていたのに、魔法が閉じ込められていると聞き、妙な胸のざわつきを感じて余計に帰りたくなくなった。
 ふと、視界に乳母と自分の子が映り、国に帰ったら子供はどうなるのだろうと、考えることが次から次へと増えて、リュシアは不安に思う。
 ごちゃごちゃと頭の中に上手く積み上げられない積み木が増えて行くようだった。
 乳母の胸に縋り付く我が子を眺め、リュシアは思っていることを言葉にする。

「あの子は将来、国王陛下になるのかな」
「そりゃ、今の所、子供はお前の子だけだし、……って、名前どうするんだ?」
「あ……、考えてなかった」

 うっかりしていたとウリックに言えば、「やっぱり、記憶がなくても、お前は、お前だな」と得気に言われて、どういう意味なのかは分からないけど、馬鹿にされていることだけは分かった。
 実際、名前を考えてなかったのは事実なので、言われても仕方ないかと思いながら、子供の名前を自分が決めてもいいのだろうか? と悩んでいると、

「俺が名付け親になってやろうか?」
「えー、なんか嫌だ……、やっぱり国に帰ってからにした方がいいかな?」
「それまで、赤ん坊を何て呼ぶつもりだ?」

 そう言われると、自分の子なのに、赤ちゃんとか、坊やと呼ぶのも変だと思う。取りあえず、父親の名前から一文字を貰うのが妥当な気がして、「陛下の名前から一文字もらえばいいかな?」と聞けば、ウリックは無難な選択だと頷いた。

「じゃあ、ダリウスとか……どうかな?」
「両親の名前が一文字づつ入ってるから、いいんじゃないか……、あ、俺の名前も入ってる!」
 
 ニコーっと嬉しそうにするウリックを見て、リュシアは考え直した方がいいかも知れないと思う。

「やっぱり、違う名に……」
「ああっ? いい名前じゃないか! なぁ、ダーリーウース」

 選択を間違えたかも知れないと思うけど、妙にしっくりくる名前だったので、そのままダリウスと命名することにした。
 しばらくして、ゲルマンが戻って来ると、リュシアに腹を見せろと言ってくる。服をたくし上げ、切り裂いた腹を見せると、目を瞠った彼が呟く。

「凄いな、もう、傷が薄くなってる……」
「そうですか」

 ひょいっと覗き込んで来るウリックが、リュシアの体内には神聖魔法が残っているから、その程度の外傷は直ぐ治るとゲルマンに言うと、なるほどな、とリュシアの腹を見て短い溜息を吐いた。
  
「これなら、あとは子供の状態さえ落ち着けば、国に帰ることが出来るだろう」
「そうですか」

 国に帰ってもいいと言われても、素直に頷けなくなくて、リュシアは複雑な気持ちのまま、ゲルマンの注意事項を聞いた――――。
 
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