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愛しの番
#26
しおりを挟む執務室で必要書類を片付け終えたエグモントは、一息付くと窓の外へ目をやった。
ダーヴィン陛下の側妻であるリュシア行方が分からなくなってから、半年以上が経っており、自分の息子のセレスの行方まで分からなくなっていた。
あの日、リュシアが行方知れずになった前日、息子から自分に〝番〟がいると告白され、その相手がよりによって側妻であるリュシアだと聞かされた。
陛下や当人に、そのことを伝えたのかと問い質したが、セレスは首を横に振り、平然と、『お仕えする方に慕情は抱きませんし、お伝えする気はありません』と言った。
それを聞き、我が息子ながら冷静な人間だと思ったが、こんなに長い期間リュシアを探して国を出ていることを考えると、もしかして……、と拭えない嫌な予感が渦巻いた――。
一通りの書類を整えると、エグモントはダーヴィンの公務室へ向かうことにした。
執務室から公務室までの距離は、それほど遠くはないが、中庭の庭園を挟んでいるため、考え事が多い時などは、中庭園で気を落ち着けることもあった。
エグモントは一旦、中庭で衣類などを正すと、そのまま迷わず公務室へ向かい、軽く咳払いをすると扉を叩いた。
「入れ」
室内から短く返事が返って来ると、エグモントは足を踏み入れた。
机の書類から目を離すことなく、ダーヴィンの口から、いつもと同じことを聞かれる。
「何か手掛かりは?」
「残念ながら……」
「そうか……」
リュシアが国を出た時、最初こそ荒れ狂っていたが、ようやく熱が冷めて来たのか、近頃は手掛かりがあったかどうかだけ確認すると、言葉短く了承することが多くなって来た。
表情はいつもと変わらずか、とエグモントは胸を撫でおろす。
公務も乱れることなく進めているのを見ると、リュシアのことは半分は諦めたのかも知れないと思う。
元々、彼には妃がいる。それに心の奥底には、忘れることが出来ない女性がいつまでも住み着いているのだから、側妻に固執する要因はないように思える。
唯一あるとすれば、あの健気な眼差しだろうな、とリュシアのいじらしい姿を思い出す。
――確かに、リーズ様に似てらっしゃる……。
一途にダーヴィンに慕う姿はそっくりで、妃であるイメルダには決してない物だった。
エグモントは持っていた書類をダーヴィンに手渡し、部屋を出ようと扉を開けた瞬間、妙に騒がしい気配を下層から感じて小首を傾げる。
その異変はダーヴィンにも伝わったようで、「何事だ?」と聞かれる。
「分かりません、確認してまいり……ま……」
急いで確認しに行くつもりだったが、エグモントは自分の息子が目の前に現れたことで言葉を失った。
「父上、ただいま戻りました」
淡々と挨拶をする息子を見て、エグモントも安堵の気持ちが込み上げ、「無事で良かった」と本心が零れた。
それにしても、しばらく見ない間に随分と逞しくなったと感じた。もちろん体付きは言うまでもなく、顔つきと言うか雰囲気が男らしくなったと思った。
「父上申し訳ありません、リュシア様を見つけることが出来ませんでした」
そうか、と言葉をかける前に、自分の背後にいる男の声が先に発せられた。
「セレス、随分と長い間、ご苦労だった」
ダーヴィンがセレスに向かって労いの言葉をかけると、すぐに家臣らしい態度で跪き、「とんでもございません」と返事をした。
器用に片方の眉を上げたダーヴィンが、しばしの沈黙のあと口を開き、立ち上がるとセレスへと歩み寄り、リュシアの行方について口を動す。
「それで、手掛かりは無かったと?」
「はい、申し訳ございません……」
大きな溜息を吐くダーヴィンが、何故か同じことを聞いた。
「本当に手掛かりはなかったのか?」
「……申し訳ありません」
「分かった」
妙な空気が漂ったが、今は無事に帰って来た息子を労ってやりたかった。
エグモントは、長い間ご苦労だった、と肩に手を置いた。
セレスは目を伏せると、リュシアを探し出せなかった責任を取り、この国から除籍し、サザンディオへと向かわせてくれと言った。
「除籍? 何を馬鹿なことを」
「父上、リュシア様が国を出た日、私が側でお仕えしていれば、このようなことにはなりませんでした」
「だからと言って除籍などする必要はない」
「いいえ」
言い出したら聞かない子だと分かっている。確かに失態を犯したかも知れないが、それでも、この国を出て除籍などするほどではない。
「責任感を背負うのは構わないが、除籍などは必要ない、させるつもりはない。取りあえず、今日は家に戻って休みなさい」
「……分かりました」
力なく王宮を出て行くセレスを見て、本当は何かあったのではないか、と疑心が湧いた。
「お騒がせして申し訳ありません」
ダーヴィンに謝罪をし、エグモントは公務室を出ようとした。
「待て……、セレスを牢へ入れろ」
「な! 陛下! どういうことですか?」
「お前達親子は……、俺に報告してないことがあるだろう?」
漆黒の瞳が光なく、さらに黒く堕ちるのを見て、エグモントはぞっとした。
「どうした……? 報告義務を怠るとはエグモントらしくないな」
皮肉を言いながら、口の端をクイと上げたダーヴィンが、じっとこちらを見つめて来る。
もしかすると、セレスがリュシアの〝番〟だと気が付いているのかも知れないと思った。
表情なく口を開いたダーヴィンから、「お前の息子から、俺の魔力が微量だが感じた」と言われ、それはつまり、どういうことなのだろうか、とエグモントは頭を悩ませた。
「何故、お前の息子から俺の魔力が感じられるのか、それを本人に問う」
「それは、陛下の勘違いでは……」
「勘違いか……、それも調べれば分かることだ。で、お前から報告することは無いのか?」
セレスがリュシアの番だと言うべきなのか……、と喉の奥をエグモントが鳴らしているとダーヴィンが、「言いたくないのであればいい」と溜息を漏らした。
決して君主に隠し事や、裏切りの気持ちを持っているわけではない、ただ、伝えることが必ず正解とも思えなかった。それだけのことだった――。
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