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絹毛の姫様

#07

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 王宮内の説明を一通り受け、役職の持ち場と仕事場へ挨拶をして周った。
 リュシアを出迎えるために時間を作ってくれたことに感謝を伝え、細々とした行事を終えると、執政官と侍従長が交互に安堵の息を零した。

「これで、本日の行事は終わりです、あとは陛下との閨だけです」
「はい、分かりました」

 エグモントは眉を下げながら、本来ならば、新星が輝き始めてから閨事を行うのが決まりらしく、それまでの時間は自室に籠り、体を清めるのだと聞かされた。
 だが、先ほどダーヴィンが食事を一緒に取ると言っていたことに対して、大きな吐息を吐き出したエグモントは、「決まり事を何一つ守ってくれませんね」と愚痴を溢した。

「もしかして、一緒に食事を取る日程は組まれてないのですか?」
「ええ、陛下との食事は行事には含まれておりません」

 エグモントは付け加えるように口を開くと、最近は特に外交の申請書が多く、目を通すだけでも一苦労で、食事は公務の合間に済ませていると教えてくれる。だから陛下は食事の席に着いても召し上がらないだろうと言う。
 
「リュシア様には出来る限り体を休めて頂きたかったのですが、休む暇すらなくて申し訳ありません」
「はい、大丈夫です。僕は陛下にお仕えするためなら、どんなことでも受け入れます」
「そうですか、イリラノス家は徹底してリュシア様を教育されたようですね。それなのに……、我が王ときたら……」

 頭を横に振ると、エグモントは「私は陛下の教育を間違えたかも知れません」と苦笑した。
 陛下の子供の頃を知っていると聞かされて、リュシアは色々聞いて見たくなった。
 
「エグモント執政官は陛下の幼少時代を沢山ご存じなのですね」
「もちろんです。子供の頃は今とは違い人見知りで、おとなしい御方でしたよ」
 
 人見知りだったと聞き、「本当ですか?」とリュシアは思わず聞き返した。
 エグモントが初めてダーヴィンに挨拶した時、返事もしてくれず、直ぐに部屋から出て行ってしまったと苦笑し、それこそ打ち解けるのに数年かかったと教えられた。
 今のダーヴィンからは想像も付かない幼少期の話を聞かされて、意外だと思っていると、くすりと微笑したエグモントは頬を緩める。

「恥ずかしいとか、そう言った意味合いで人見知りだったわけでは無いのですよ。大人が全員自分にかしずく姿に恐怖を抱いていたようで、そんな大人の姿を見たくなかったのでしょうね」
「あ、それは少し分かります」

 その気持ちならリュシアにも理解出来た。
 何処へ出かけても、皆がリュシアを陛下の側妻として見る。何か粗相があってはいけないと怖がり、恐々ともてなす姿を見て自分の方が怖くなってしまい、泣いたことがあると言えば、執政官はコクと頷き微笑んだ。

「そうですか、リュシア様は陛下と同じように、大切に育てられたでしょうから、気持ちが理解出来るのでしょう」
「そうだと良いのですが」

 実際に理解は難しいとリュシアは思った。
 ただ、一回り以上も年の離れたダーヴィンにも、幼き頃に自分と同じような体験をしていたと知り、彼が少しだけ近しい人に思えた――。
 
 自分が暮らすことになる離宮へ足を踏み入れ、部屋に入った途端、リュシアは口がパカっと開いた。
 目の前には謁見の間のような広々とした空間が広がっており、ここは貴賓きひん室も兼ね備えていると教えられる。奥のテラス付近には談話ように、豪華な応接セットがあるのが見え、身分不相応な部屋を与えられて、リュシアは思わず身体が硬直してしまう。
 左側の扉は普段過ごす部屋で、寝室や衣裳室などがあり、希望があれば好み応じて作り変えると言われる。

「作り変えるなんて……」
「ですが、一生をここで過ごすのですから、そのうち不満も出て来ると思いますので、その時は遠慮なさらず仰って下さい」

 エグモント執政官から、にこやかに笑みを向けられたが、はい、とは返事は出来なかった。
 話のついでに、右側の扉が閨室だと説明を受け、陛下が訪ねてきた時は右側の部屋を使うように言われて、リュシアは恥ずかしさを堪えながら、ねやに関して聞いた。

「勉強はして来たのですが、閨事に関しては未経験です。何か気を付けることはありますか?」
「特には御座いません」

 自然に身を任せればいいと教えられ、陛下もそれをお望みでしょうと言われる。
 リュシアとしては無礼な振る舞いにならないように色々と知りたかったが、陛下に任せておくのが一番いいと知り、余計なことは考えないようにした。
 
「それから、こちらの二人がリュシア様の専属の侍女と従者になります」

 二人の男女がリュシアの前に立ち順番に挨拶をしてくれた。
 胡桃色に近い瞳と髪色を保有しており、それだけで、二人が土魔法使いの一族なのだと分かった。

「誠心誠意お仕え致します」
 
 声を揃えて宣言する侍女と従者に名前を聞けば、侍女は「カルメンです」と慌てたように腰を折る。
 並びにいた従者も「セレスと申します」と腰を折り、優雅に頭を下げた。動作だけを見ればセレスの方が格上の家系なのだと感じる。
 コホンと咳払いをしたエグモントは「どうせ誰かから耳に入るでしょうから」と言い、セレスは自身の息子だと教えてくれる。

「それと、これも誰かから耳に入ると思いますので、言っておきます。うちの息子は、今まで陛下の側近の書記官として仕えておりました」
「え……、そんな、じゃあ従者なんて……」

 リュシアの言葉を遮るようにエグモントは首を横へ振ると。

「いいえ、リュシア様に近衛兵は付けられませんので、陛下としても一番信頼のおける人間をリュシア様に、と配慮したのです」
 
 先程の立ち振る舞いで、セレスが従者らしくないと感じていたが、まさか陛下の書記官だったなんて、とリュシアは目を丸くした。
 そんな人が自分の従者になるなど信じられず、本当に良いのだろうか? と逆に不安になる。

「あの、僕の従者になんて勿体ない人だと思うのですが……」
「お気になさらず、行く末は国全体を見渡せる人間になってもらう必要がありますし、息子も納得しております」

 エグモントにそう言われたが、納得しているからと言っても、当人の心の中までは分からないし、そうとは限らない。
 出来れば従者とかではなく、普通に会話をして見たいと思ったが、きっと叶わないのだろうと思う。エグモント執政官は厳しそうだし、その息子となれば礼儀正しいだけでは無く、難しい一面もありそうだと感じる。
 だから、リュシアの申し出は『申し訳ございませんがお断りします』と素っ気なく言われそうだと、簡単に答えが導き出された――。
 離宮の説明と、離宮に仕える人間達の説明を終えると、執政官と侍従長は部屋から出て行った。
 すかさず、カルメンが一歩前へ出ると、屈託の無い笑みを浮かべ「しばらくお部屋でお休みください」と言うのを聞き、リュシアは素直に頷いた。

「何か御用があれば、こちらの呼び鐘を鳴らして下さい」

 扉のすぐ横にある垂れ紐にカルメンが視線を移し、大きく頭を下げると二人とも部屋を出て行った。
 一人にされて急に胸がどきどきと苦しくなる。今頃になって緊張がぶり返してきたようで、ぶるぶると膝が震えてしまう。リュシアは強く握りしめた拳でコツンっと叩いて落ち着かせた。
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