上 下
7 / 43
絹毛の姫様

#07

しおりを挟む
 
 王宮内の説明を一通り受け、役職の持ち場と仕事場へ挨拶をして周った。
 リュシアを出迎えるために時間を作ってくれたことに感謝を伝え、細々とした行事を終えると、執政官と侍従長が交互に安堵の息を零した。

「これで、本日の行事は終わりです、あとは陛下との閨だけです」
「はい、分かりました」

 エグモントは眉を下げながら、本来ならば、新星が輝き始めてから閨事を行うのが決まりらしく、それまでの時間は自室に籠り、体を清めるのだと聞かされた。
 だが、先ほどダーヴィンが食事を一緒に取ると言っていたことに対して、大きな吐息を吐き出したエグモントは、「決まり事を何一つ守ってくれませんね」と愚痴を溢した。

「もしかして、一緒に食事を取る日程は組まれてないのですか?」
「ええ、陛下との食事は行事には含まれておりません」

 エグモントは付け加えるように口を開くと、最近は特に外交の申請書が多く、目を通すだけでも一苦労で、食事は公務の合間に済ませていると教えてくれる。だから陛下は食事の席に着いても召し上がらないだろうと言う。
 
「リュシア様には出来る限り体を休めて頂きたかったのですが、休む暇すらなくて申し訳ありません」
「はい、大丈夫です。僕は陛下にお仕えするためなら、どんなことでも受け入れます」
「そうですか、イリラノス家は徹底してリュシア様を教育されたようですね。それなのに……、我が王ときたら……」

 頭を横に振ると、エグモントは「私は陛下の教育を間違えたかも知れません」と苦笑した。
 陛下の子供の頃を知っていると聞かされて、リュシアは色々聞いて見たくなった。
 
「エグモント執政官は陛下の幼少時代を沢山ご存じなのですね」
「もちろんです。子供の頃は今とは違い人見知りで、おとなしい御方でしたよ」
 
 人見知りだったと聞き、「本当ですか?」とリュシアは思わず聞き返した。
 エグモントが初めてダーヴィンに挨拶した時、返事もしてくれず、直ぐに部屋から出て行ってしまったと苦笑し、それこそ打ち解けるのに数年かかったと教えられた。
 今のダーヴィンからは想像も付かない幼少期の話を聞かされて、意外だと思っていると、くすりと微笑したエグモントは頬を緩める。

「恥ずかしいとか、そう言った意味合いで人見知りだったわけでは無いのですよ。大人が全員自分にかしずく姿に恐怖を抱いていたようで、そんな大人の姿を見たくなかったのでしょうね」
「あ、それは少し分かります」

 その気持ちならリュシアにも理解出来た。
 何処へ出かけても、皆がリュシアを陛下の側妻として見る。何か粗相があってはいけないと怖がり、恐々ともてなす姿を見て自分の方が怖くなってしまい、泣いたことがあると言えば、執政官はコクと頷き微笑んだ。

「そうですか、リュシア様は陛下と同じように、大切に育てられたでしょうから、気持ちが理解出来るのでしょう」
「そうだと良いのですが」

 実際に理解は難しいとリュシアは思った。
 ただ、一回り以上も年の離れたダーヴィンにも、幼き頃に自分と同じような体験をしていたと知り、彼が少しだけ近しい人に思えた――。
 
 自分が暮らすことになる離宮へ足を踏み入れ、部屋に入った途端、リュシアは口がパカっと開いた。
 目の前には謁見の間のような広々とした空間が広がっており、ここは貴賓きひん室も兼ね備えていると教えられる。奥のテラス付近には談話ように、豪華な応接セットがあるのが見え、身分不相応な部屋を与えられて、リュシアは思わず身体が硬直してしまう。
 左側の扉は普段過ごす部屋で、寝室や衣裳室などがあり、希望があれば好み応じて作り変えると言われる。

「作り変えるなんて……」
「ですが、一生をここで過ごすのですから、そのうち不満も出て来ると思いますので、その時は遠慮なさらず仰って下さい」

 エグモント執政官から、にこやかに笑みを向けられたが、はい、とは返事は出来なかった。
 話のついでに、右側の扉が閨室だと説明を受け、陛下が訪ねてきた時は右側の部屋を使うように言われて、リュシアは恥ずかしさを堪えながら、ねやに関して聞いた。

「勉強はして来たのですが、閨事に関しては未経験です。何か気を付けることはありますか?」
「特には御座いません」

 自然に身を任せればいいと教えられ、陛下もそれをお望みでしょうと言われる。
 リュシアとしては無礼な振る舞いにならないように色々と知りたかったが、陛下に任せておくのが一番いいと知り、余計なことは考えないようにした。
 
「それから、こちらの二人がリュシア様の専属の侍女と従者になります」

 二人の男女がリュシアの前に立ち順番に挨拶をしてくれた。
 胡桃色に近い瞳と髪色を保有しており、それだけで、二人が土魔法使いの一族なのだと分かった。

「誠心誠意お仕え致します」
 
 声を揃えて宣言する侍女と従者に名前を聞けば、侍女は「カルメンです」と慌てたように腰を折る。
 並びにいた従者も「セレスと申します」と腰を折り、優雅に頭を下げた。動作だけを見ればセレスの方が格上の家系なのだと感じる。
 コホンと咳払いをしたエグモントは「どうせ誰かから耳に入るでしょうから」と言い、セレスは自身の息子だと教えてくれる。

「それと、これも誰かから耳に入ると思いますので、言っておきます。うちの息子は、今まで陛下の側近の書記官として仕えておりました」
「え……、そんな、じゃあ従者なんて……」

 リュシアの言葉を遮るようにエグモントは首を横へ振ると。

「いいえ、リュシア様に近衛兵は付けられませんので、陛下としても一番信頼のおける人間をリュシア様に、と配慮したのです」
 
 先程の立ち振る舞いで、セレスが従者らしくないと感じていたが、まさか陛下の書記官だったなんて、とリュシアは目を丸くした。
 そんな人が自分の従者になるなど信じられず、本当に良いのだろうか? と逆に不安になる。

「あの、僕の従者になんて勿体ない人だと思うのですが……」
「お気になさらず、行く末は国全体を見渡せる人間になってもらう必要がありますし、息子も納得しております」

 エグモントにそう言われたが、納得しているからと言っても、当人の心の中までは分からないし、そうとは限らない。
 出来れば従者とかではなく、普通に会話をして見たいと思ったが、きっと叶わないのだろうと思う。エグモント執政官は厳しそうだし、その息子となれば礼儀正しいだけでは無く、難しい一面もありそうだと感じる。
 だから、リュシアの申し出は『申し訳ございませんがお断りします』と素っ気なく言われそうだと、簡単に答えが導き出された――。
 離宮の説明と、離宮に仕える人間達の説明を終えると、執政官と侍従長は部屋から出て行った。
 すかさず、カルメンが一歩前へ出ると、屈託の無い笑みを浮かべ「しばらくお部屋でお休みください」と言うのを聞き、リュシアは素直に頷いた。

「何か御用があれば、こちらの呼び鐘を鳴らして下さい」

 扉のすぐ横にある垂れ紐にカルメンが視線を移し、大きく頭を下げると二人とも部屋を出て行った。
 一人にされて急に胸がどきどきと苦しくなる。今頃になって緊張がぶり返してきたようで、ぶるぶると膝が震えてしまう。リュシアは強く握りしめた拳でコツンっと叩いて落ち着かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。 ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。 要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」 そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。 要「今日はやたら素直だな・・・。」 美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」 いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

田中さんと僕

マイユニ
BL
いつも決まった時間に指名してくれる男がいる。 その人の名前は田中さん。 初めて出会った時、彼はとんでもない間違いをしていて僕達はそれが最初で最後になるはずだった。 なのに指名は続き、いつの間にか当たり前になっていた。 なぜ僕を指名してくれるのか? 僕は彼の希望に応えられているわけではないのに。 田中さんのことが少しずつ気になり始めるが、僕には誰にも話していない過去があり……。 これはありえない間違いから始まった田中さんと僕の物語。 *はR18シーンありです。 そんなに濃厚ではないですが、一応背後注意です。

[完結]亡国の皇子は華と剣を愛でる 

小葉石
BL
  今は亡き国の皇子は皇太子妃となる異母妹の侍従。幼い時から、嫌生まれた時からの扱いに一切の不満はないのだが、彼を愛する家族からは不満爆発。  思いもよらず、運命の様に心通じた伴侶も得て、本人にとっては日々充実。  外野が自分達を放置していてくれさえしたら… R18 際どい話には*付けてますのでよろしくお願いします。 ※完結はしていますが、所々気になる所に修正を入れてます。

僕の患者に迫られています 年下バスケ選手のファストブレイク(速攻)

羽多奈緒
BL
【あらすじ】 理学療法士の樹生は隠れゲイ。勤務先の整形外科に運び込まれた社会人バスケ選手・翔琉のリハビリ担当に指名される。元患者で同じ社会人バスケ選手、しかも同じ怪我だった元カレとの苦い別れを思い出し、樹生は翔琉に冷たい態度を取る。二人の初対面は最悪の第一印象だった。しかし、リハビリ開始後は高いプロ意識に気づき互いに敬意を抱く。早期の競技復帰を強く望む翔琉に乞われ、樹生はプライベートでも彼のトレーナーを務めることに。 プールに転落した樹生を翔琉が救ったことで二人は距離を縮める。翔琉は幼い頃、小児喘息の末弟がプール遊びの後発作で死んだことに責任を感じていた。樹生は翔琉の純粋で優しい内面に強く惹かれるが、同棲中の彼女の存在を知り恋心を抑え込む。 翔琉は復帰初戦で対戦した樹生の元カレを殴り退場になる。「アイツと付き合っていたのか」と尋ね、口籠る樹生に翔琉は熱っぽく口づけ恋心を告白。翌日「次の対戦で元カレよりも得点したら自分と付き合って」と改めて訴える。 恋を賭けた試合の行方は――。 【主要登場人物】 受け:滝沢樹生(28歳) 身長173センチ、65キロ 理学療法士。隠れゲイ 子どもの頃から喘息持ちで運動音痴だったが故に、スポーツマンタイプの男性が好き。恋愛に関しては奥手。妹が一人いる。 攻め:岡田翔琉(25歳) 身長189センチ 社会人バスケ「東菱電機レッドサンダーズ」所属選手。ポジションはスモールフォワード。大学卒業後リーグ参戦二年目で得点王に輝くなど将来を嘱望される。試合や真剣な練習の時は、不愛想で無表情。 三人兄弟の長男。末弟を幼い頃に亡くしている。 ※この作品はエブリスタ、fujossy、Pixivにも掲載しています。 ※ステキな表紙絵は、AZUREさん @azure_suite に描いていただきました❤️ https://estar.jp/users/43480274 https://www.pixiv.net/users/57920329

傷心オメガ、憧れのアルファを誘惑

金剛@キット
BL
婚約者に浮気をされ、婚約解消されたエントラーダ伯爵令息アデレッソスΩは、30歳年上のβ、裕福な商人コンプラ―ル男爵との婚約話が持ち上がった。 そこでアデレッソスは、子供の頃から憧れていた騎士、ジェレンチ公爵デスチーノαの寝室に忍び込み、結婚前の思い出作りに抱いて欲しいと懇願する。 デスチーノαは熱意に負け、アデレッソスΩを受け入れようとするが… アデレッソスには、思い出作り以外にもう一つ、父親に命令され、どうしてもデスチーノに抱かれなければいけない事情があった。 30歳年上の婚約者には子種が無く、アルファの子を身籠ることが結婚の条件だった。 父の命令と恋心から、愛するデスチーノにたくさんウソをついたアデレッソスは、幸せを掴むことができるのか? ※お話に都合の良い、イチャイチャ多めの、ユルユルオメガバースです。 😘R18濃厚です。苦手な方はご注意ください!

処理中です...