46 / 49
愛執の中
#45
しおりを挟む翌日、潮の香りに煽られながら、船着き場で見慣れた男と挨拶を交わした。
「じゃあ、俺はここまでだ」
「今まで、ありがとうございました」
アダムはレナルドに礼を言い、ビビアンから大き目の宝石を受け取ると、それを渡した。
「お? いいのか?」
「はい、これからは旅の案内係のような、お仕事するといいですね?」
「んー、それも良さそうだな」
レナルドが宝石を懐に収めると、少し照れ臭そうに辛気臭いのは嫌いだと言い、足早に離れて行った。
アダムが船に乗る準備を終え、シドを見ると訝し気に船の甲板を見つめ、また、あの気持ち悪い思いをするのかと言うが、これに乗らないと山を越えることになると説明した。
「ほぅ、飛べばあっと言う間に到着出来そうだな」
教えた山岳地帯を見ながら目を輝かせた。
「だ、ダメですよ?!」
「分かっている」
「半日程度で着きますから、安心して下さい」
少し憂鬱そうな顔を見せると、シドは仕方なく船へと乗り込んだ――。
何時ぶりだろうか、船から見える自分の住む町にアダムの胸が高鳴る。少しだけ大きく揺れた船が、無事に町の船着き場へと到着し、アダムは足元を確認した。
この土地へ帰って来れた事を噛みしめるように、一歩一歩と歩みを進めた。
アダムが出って行った時から、町の様子も変わっていないことに安堵し、歩みを進める。やっと自分の家へと戻る事が出来ると、アダムは教会までの道のりを早歩きで進んだ。
――もう少しで見えて来る……。
教会の建物が見えた瞬間、ポロポロと涙が溢れて来た。隣に来たビビアンがそっと手布を渡してくれた。
「アダム様」
「ごめん……」
「いいえ、謝る事など御座いません」
「っ……ぅ」
ポンとシドの手がアダムの肩に降りると、ゆっくりと歩行を促した。教会の前までくると、アダムに気が付いた子供達が、大騒ぎしながら駆け寄って来た。その騒ぎにレナード神父も教会から出て来ると、涙を流してアダムの帰還を喜んだ。
「今まで……どうしていたんだい?」
レナード神父はアダムを抱きしめると、当然の質問をした。何処まで話して良いのか分からずにいると、クリフがディガ国のことは伏せながら、大波と砂漠での災害に出会い、トラブルに巻き込まれて骨折をしたことなどを説明した。
「そんなに大変な目に遭っていたなんて……可哀想に、おいで……」
レナード神父が、もう一度アダムを抱きしめてくれた。
「長く留守にして、ごめんなさい」
「無事でよかったよ」
アダムの頭の上から温かい雫がポタリと落ちて来ると、本当に心配をさせていたのだと感じ、アダムの目頭が更に熱くなった――。
レナード神父が、取りあえず教会の奥隣りにある住居へと皆を招待した。アダムが皆の為に飲み物を用意している最中。ふと、クリフがこの町を統治している、ブラウエルス公爵に会うには、どうしたらいいのかと尋ねる。神父が不思議な顔を見せながら、その問いに答えた。
「それならば、私から話をすれば、お会い出来ると思いますが……、どうしてですか?」
「お仕事を頂こうかと思いまして」
「仕事?」
「町周辺の治安維持はどうされているのでしょう? 見た所、深い森林が多そうですし、大型の獣に困っているのでは?」
「ええ、確かに月に一度、帝都から騎士団が派遣されてきます」
その話を聞き、クリフはニッコリ微笑みながら、その仕事をまるっと自分達が引き受けると言い出した。
レナード神父とクリフは、話し合いの結果、明日もう一度マズラの街へと行く事になったようだった――。
アダムの勤める教会は古い建物だが、掃除が行き届いており、夕刻は訪ねて来る人も居らず、静粛に包まれていた。
ゆっくりと祭壇に近付くと、アダムは久しぶりに祭壇で祈りを唱えた。
――……。
祈り終え、振り返るとシドが長椅子に座っていた。アダムを見つめ微笑むと、ポンポンと隣の席を叩く。
懐かしい彼の仕草に笑顔が自然と零れ、シドの元へ向かった。ここでは必要以上に、引っ付いたり出来ないとシドに伝えると、首を傾けながら彼が口を開いた。
「おかしいな? 先程、あの男に抱き付いていただろう?」
「っ、神父様は、僕の父親代わりの御方です」
「だが、雄には違いない」
「そ、そうですけど」
「いいから、こちらに」
シドの隣に座ると頬に唇が触れる。大きな手がアダムの手に乗せられ、彼を見つめた。自然と胸が熱くなり、また涙が込み上げて来る。
「アダム……」
「はい」
「長い間、辛かっただろう」
「いい、えっ……」
「別に泣きたかったら、泣いても構わない」
「っぅ……」
温かい手に優しく頭を撫でられ、アダムは彼の胸で子供の様に泣いた。顔を両手で持ち上げられると、涙を全てシドが舐め取り、見つめながらお前は泣き虫だと揶揄うが、アダムは何を言われても気にもならなかった――。
その日は皆で教会に泊まる事になり、子供達は最初は恐々と接していたが、シドは意外にも懐かれてしまったようだった。
彼の口調は決して、子供に好かれるような言葉使いでは無いのに、不思議思っていると、理由が判明した。
一人の子供がシドの膝に乗ると、頭に乗せていたターバンを剥ぎ取った。
「シドさん! 耳……が」
「ん? ああ、まあ別に構わない」
「でも!」
「皆、飾りだと思っているから大丈夫だ」
シドは特に気にもせず、耳を触らせていたが、アダムは気が気では無かった。耳飾りで通じるのは本当に子供だけだ。
眉を下げ子供の相手をするシドの姿を見ながら、今まで見たことの無い一面に、思わずアダムも顔が綻んでしまうが、やはり子供達には厳しく礼儀を教えなくてはいけないと、今後はそんなことはしていけないと注意した。
「厳しいことを言うな」
「いいえ、礼儀は人として一番重要なことです」
「なるほどな? 思ったのだが、ここで全員寝るのか?」
「そうです」
「アダムもか?」
「はい、僕もここで寝ます」
少し驚いた顔を見せると。
「成人を迎えた男が、こんな生活をしているとはな」
「今まで当たり前のことでした」
「まずは住む場所から改善しなくてはな」
改善など必要はないと伝えたが、子供達を膝に乗せながら、個人の部屋も無いのは良くない。と父親にでもなったかのような台詞を彼が言いながら、何やら考え込んでいた。
レナード神父が皆に就寝を言い渡す頃、シドも子供達も遊び疲れたのか、寄り添うように眠りに付いていた。
「アダム、少しこちらに」
「はい」
「彼達は、獣人なのかい?」
「はい、実は……」
アダムはクリフが折角、伏せていた素性を話してしまった。それも仕方がない、シドは子供達に獣耳を晒してしまっている。きっと、誰かが神父に獣耳の話をしたのだろう。どちらにしても、レナード神父には時期を見て説明をしようとアダムは考えていた。
「登録をした日に、砂漠の獣人の国へと飛ばされたのです」
「そうか、随分世話になったようだし、悪い人達ではないのは分かったよ」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「いいや、迷惑と言うより、このまま人間と一緒にいて彼達は大丈夫なのかい?」
それを聞かれ、アダムも同じことを考えていると神父に伝えた。答えが出ないままだと言うと、レナード神父は、彼達が好奇の目に晒されるのは可哀想だと言い、アダムもそれに頷いた。
「今日は、もう休みなさい」
「はい、神父様、おやすみなさい」
レナード神父に就寝の挨拶を終え、部屋へと戻ると靡くケースメントが目入った。窓が開いている事に気が付き、窓辺へと近付くと、久しぶりの懐かしい景色を見つめた。
――変わってない……。
大きな安堵の息を吐き窓を閉めると、そっとシドの横へ寄り添い眠りに付いた。
5
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜
有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)
甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。
ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。
しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。
佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて……
※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>
くんか、くんか Sweet ~甘くて堪らない、君のフェロモン~
天埜鳩愛
BL
爽やかスポーツマンα × 妄想巣作りのキュートΩ☆ お互いのフェロモンをくんかくんかして「甘い❤」ってとろんっとする、可愛い二人のもだきゅんラブコメ王道オメガバースです。
オメガ性を持つ大学生の青葉はアルバイト先のアイスクリームショップの向かいにあるコーヒーショップの店員、小野寺のことが気になっていた。
彼に週末のデートを誘われ浮かれていたが、発情期の予兆で休憩室で眠ってしまう。
目を覚ますと自分にかけられていた小野寺のパーカーから香る彼のフェロモンに我慢できなくなり、発情を促進させてしまった!
他の男に捕まりそうになった時小野寺が駆けつけ、彼の家の保護される。青葉はランドリーバスケットから誘われるように彼の衣服を拾い集めるが……。
ハッピーな気持ちになれる短編Ωバースです
魔法の盟約~深愛なるつがいに愛されて~
南方まいこ
BL
西の大陸は魔法使いだけが住むことを許された魔法大陸であり、王国ベルヴィルを中心とした五属性によって成り立っていた。
風魔法の使い手であるイリラノス家では、男でも子が宿せる受巣(じゅそう)持ちが稀に生まれることがあり、その場合、王家との長きに渡る盟約で国王陛下の側妻として王宮入りが義務付けられていた。
ただ、子が生める体とはいえ、滅多に受胎すことはなく、歴代の祖先の中でも片手で数える程度しか記録が無かった。
しかも、受巣持ちは体内に魔力が封印されており、子を生まない限り魔法を唱えても発動せず、当人にしてみれば厄介な物だった。
数百年ぶりに生まれた受巣持ちのリュシアは、陛下への贈り物として大切に育てられ、ようやく側妻として宮入りをする時がやって来たが、宮入前に王妃の専属侍女に『懐妊』、つまり妊娠することだけは避けて欲しいと念を押されてしまう。
元々、滅多なことがない限り妊娠は難しいと聞かされているだけに、リュシアも大丈夫だと安心していた。けれど――。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
中年競パンヒーロー強制射精
熊次郎
BL
大隈雄也は183/97、32歳。
仕事も家庭も円満な6歳の娘と3歳の息子のパパだ。そして人知れずは龍王戦士オーシャンとして悪の組織と戦っている。
しかし敵の策略によりヒーローとしてのエネルギーの源を搾取される、、、。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
異世界転移したら獣人しかいなくて、レアな人間は溺愛されます。
モト
BL
犬と女の子を助ける為、車の前に飛び出した。あ、死んだ。と思ったけど、目が覚めたら異世界でした。それも、獣人ばかりの世界。人間はとてもレアらしい。
犬の獣人は人間と過ごした前世の記憶を持つ者が多くて、人間だとバレたら(貞操が)ヤバいそうです。
俺、この世界で上手くやっていけるか心配だな。
人間だとバレないように顔を隠して頑張って生きていきます!
総モテですが、一途。(ビッチではないです。)エロは予告なしに入ります。
所々シリアスもありますが、主人公は頑張ります。ご都合主義ごめんなさい。ムーンライトノベルズでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる