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恋しくて…
#35
しおりを挟む――幸せな夢が見たい…。
アダムはくるくると目が回り、ふわふわしてくる。目を閉じても眠気は襲って来ないし、けれど開いていても現実は変わらない。
それにしても、ジークはいつ帰って来るのだろう? 彼が出て行ってから、随分経った気がした。
彼の事はあまり好きでは無いが、今は誰か側にいて欲しい……、アダムがそう思っていると、扉が乱暴に開けられる音が聞え、足音が近付いて来る。
「……アダム?」
頬を撫でられ抱き起こされた。目の前に誰かがいる。
ジークのような気がするが違う気もする。キラキラ輝く長い髪を見つめていると、その後ろから、もう一つの影が声を発した。
「あのさ、連れて行くのは勝手だけど、その子に此処から出たいか聞いたら?」
「聞く必要はない」
「まったく、その子の気持ちを裏切ってるとは思わないんだね? 俺のこと好きかも知れないでしょ?」
一体何を話をしてるのだろうか? キラキラ輝く髪に手を伸ばした。
スルスルと手触りが良い綺麗な髪が、懐かしく感じる。抱きしめられた胸の中は安心出来て居心地が良い、ふと見上げると、彼は悲しそうな顔をしていた。
自分を見つめる彼の目にドキドキする。これは本当にジークなのだろうか? アダムは確認の為に声を出した。
「ジークさん、誰か来たの……?」
「おいで帰ろう」
「何処に……帰るの?」
グっと腰に回した手に力が入り、衣類を着せてくれるが、その手が震えているのが分かった。
「寒いの……?」
「いや、大丈夫だ」
上手く着せる事が出来ない彼が、自分の着ている服を脱ぐと、アダムの身体を包み込んだ。
一瞬、彼の身体が強張ると、先程、噛まれた首筋にちゅるっと痛みが走った。後ろにいる影がユラユラと揺れ、笑い声が聞こえる。
「……帰ろう」
「う、ん」
帰る。と言う言葉にアダムは素直に頷いた。
「まって、箱、笛の箱……、大事な物だから」
「……ああ」
キラキラの黄金の髪が揺れると、箱を手に取りアダムの手に持たせてくれる。それを落とさない様に、ぎゅっと握った。
彼に抱き上げられ、前にも感じた事がある揺り籠に乗せられた気分を味わい、ずっとこのままいられたらいいのに……、と思う。
この腕の中なら安心出来るし、寝ることだって出来る。すーっとアダムが目を閉じると、話し声が聞こえた。
「兄上は、もう国に帰って来ないんでしょ?」
「そうだな」
「野良の聖獣王なんて、歴史に残りそうな一大事件だね」
「何とでも言え」
「まあ、仕方ないな、罪滅ぼしに俺が国を守っていくよ」
「それは、有難いな」
自分の頭に大きな溜息がかかる。
「もっと怒るかと思ったけどなぁ、まあ、一回や二回犯られたくらいで怒らないか」
「なんだ? 殺されたかったのか……?」
「……」
「生かしておくのは、国を治める者がいなくなると俺が困るからだ。でなければ、とっくに殺してる」
鋭く厳しい声色と、体に食い込む強い腕の力に驚き目を開けた。
「どうして、怒ってるの……?」
彼はその問いには答えず、自分を抱き抱え部屋を出ると、パサリと翼を広げ飛んだ。気持ちの良い外の空気に晒されたが、地上に降りると息苦しくなり咳き込んだ。
「大丈夫か?」
「うん……ジークさんなの?」
「……何故?」
「ううん、シドさんに見えるから……」
柔らかな笑みを零す彼が誰なのか分からないけど、幻でも幸せなことには違いなかった。
「幸せ……」
彼の顔が歪み、アダムは顔に布が被せられ、更に息苦しくなった。ふと、どこかで聞いたことがある、年配の男の人の声が聞える。
「大丈夫でしょうか?」
「身体に熱がある」
「急ぎましょう」
今度は何処に連れて行かされるのだろう、けれど、この腕の中は不思議と安心できると思えてしまう。
心地の良い揺らめきに身を任せて、アダムは夢の続きを見ることにした――――。
「あー? 何でだよ!」
「何でもだ!」
「心配してるだけだろ?」
「ダメだ! 俺の気分が悪くなる」
「気分って、たかが部屋に入るのが?」
「ああ」
言い争うような大きな声が聞える、二つとも知っている声の気がした。
高くも低くも無い丁度いい声と、若い男の声。アダムが重い瞼を持ち上げると、見たことも無い天井が目に飛び込んできた。
「お二人とも!お静かに願います!」
聞いたことのある女性の声が聞え、その方向を見た。
「あ、アダム……様!」
「ビ、ビビアン?」
パタパタと走り寄って来ると、アダムの手を握り「良かったです、本当に!」と瞳を震わせる。
「ここ、何処?」
「ノヴェラの宿屋です。2日も眠っておられました」
2日も寝ていたと聞かされ驚いたが、どうやって此処に来たのか不思議に思っていると、ビビアンが泣きだす。その様子を見て、アダムはとても心配させてしまったと申し訳なく思った。
はっとした顔を見せるビビアンが涙を拭い立ち上がると。
「さ、レナルドさん行きましょう」
「は? 何言って……、ちょっと?」
「それでは、暫く席を外しております」
ビビアンは、お辞儀をすると部屋を出て行った。
アダムからは後姿しか見えなかった影が、こちらへ振り向くと、鮮やかな笑みを見せるシドが近付いて来る。
「体の具合は?」
「少し怠いです」
寝台の脇に彼が座ると、抱きしめられる。
「会いたかった……」
「僕も……」
「どうして、俺の言う事を聞かなかった? 満月に送り出すと言っただろう?」
「ごめんなさい、レミオンを早く助けたかったから……」
大きな溜息をシドが吐くと、深い口づけをされる。絡まる舌に身体の隅々まで熱くなり、胸が高鳴っていく。頬を両手で包まれ、繰り返される口づけが、逃れる事は許されないと言われているようで、逆に嬉しく感じる。
けれど、ジークはシドは愛する人を追いかけて国を出て行ったと言っていたのに、何故ここに居るのだろう? と不思議に思いながらシドに確認したいことを聞いた。
「シドさんって王様だったんですね……」
「ああ」
「僕、知らなくて、すみませんでした」
「いや、別に謝る事は何もないが?」
「だって、ちょっとだけ悪口を言った気がします……」
シドはクスクスと笑い、確かに言われた気がするな、とポンと頭に手を乗せ、被っていたターバンを取った。
髪と同じ色をした耳が、ピョコっと飛び出ると、いつもの余裕ある笑顔を見せた。
「そう言えば、ジークさんの所からどうやって?」
「ん? まあ、手薄な時間に屋敷に忍び込んだだけだ」
「そうですか」
「アダム……」
「はい?」
彼が言葉を詰まらせるなんて珍しいと思い、じっと見つめると、シドは大きな溜息を吐き首を横に振る。
「二度と離れるな」
どういう意味なのだろうか……? アダムが、その言葉を不思議に思っていると。
「俺は国には帰らない」
「どうするんですか?」
「どうしたらいいと思う?」
「え…」
「今の俺は野良犬のようなものだ、誰かが飼ってくれないと、生きていけない」
「え、死んでしまう……の?」
肩が揺れる様子を見て、揶揄われただけだと気が付く。余裕の笑みを見る限り、彼は何処でも生きて行けそうだと感じた。
ゴホンっと大きな咳払いが、扉の前で聞こえるとシドが舌打ちをした。
「なんだ?」
「馬鹿なことを言うのは止めてください」
「私がいる限り、飢え死になどは御座いません」
「クリフ、いつまで付いて来るつもりだ?」
「私がお仕えする主はシアト様だけです。つまり永遠でしょうね」
「はぁ……」
「そんな事より、アダム様は目が覚めたばかりですので、お食事や湯浴みなど、するべき事が沢山御座います」
シドは立ち上がると、スタスタとクリフと呼ばれた人物へ歩み寄ると、食事を持って来るよう言い、彼を部屋から追い出した――。
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