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第四章
Reunion
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フィオンは二言ばかり言葉を放つと、そのまま意識を失った。
もちろん、このまま放置などしない。
(相棒かも知れないんだっ! 何が何でもこの状況から助け出す!)
彼女を抱え上げ、ベァナ達と合流すべく町の東側に向かって歩き始めた。
体が重い。
息が切れる。
左わき腹の傷はマナヒールで辛うじて塞がってはいるものの、少し血が流れ過ぎたようだ。
マナヒールだけでは、血肉までの回復は見込めない。
そのような回復は高難易度の再生でなければ不可能だ。
(しかし彼女を助けると言っても、この首輪……)
メイヴによると白狼族の少女──つまり今俺が抱えているフィオンだけは、他の獣人達とは違う首輪をさせられていると言っていた。
屋敷の外には自由に出られないというのだ。
今回フィオンが現れたのはこの町の北東部。
彼女の主がどこにいるのかは分からないが、フィオン自身はある程度自由に走り回っている。
もしかすると、町中であれば首輪の呪いが発動しないのかもしれない。
だが──
もし彼女の首輪がカルロの使用人たちと同じものだとしたならば──
(このまま首輪を外すわけにはいかない)
首輪を外す事。
それは、そのまま彼女の死を意味するからだ。
「くそっ! なぜお前……シロがこんな目にっ……どうすれば助けられる!?」
その時の俺は、自らが抱える少女の事しか頭に無かった。
だからすぐ近くで俺を眺めていた魔術師の存在など気付かずにいた。
「おやおや。以前はあんなに冷静だったヒースさんがそんなに取り乱すとはッ! 随分と面白い姿を見せてくれるものですねぇ」
そこに立っていたのは、以前俺が捕らえたはずの魔術師。
「お前は……」
「はいぃ。ご無沙汰しております。マラスにございます」
普段の俺であればどうやって牢から逃げ出したのかとか、何の目的があってこの場にいるのかを問い詰めたかも知れない。
「俺はお前と話す事など何もない。急いでいるので失礼するぞ」
「そんなご無体なッ! 私はそこのお嬢さんに関するとっておきの情報をお持ち致しましたのにッ!」
信用出来る男では無い。
そんな事は分かっている。
だが、フィオンや首輪に関する情報があまりにも少なすぎる。
彼が持っているという情報は喉から手が出るほど欲しい。
俺は自分の気持ちを努めて顔に出さないように訊ねた。
「この……『縛呪の首輪』について何か知っているのか?」
「はいぃ。知っているも何も、それは私が作った特別製の首輪ですからッ」
「どういう事だ? お前が彼女に枷を与えたというのならば、この場で切り捨てるぞ?」
「滅相もございませんッ! 制作したのは確かに私ですが、それを使って彼女を縛っているのはジェイドですよ? 私には獣人を囲う趣味なんてございませんからねッ!」
確かにメイヴもマラスについては一切言及していなかった。
もしフィオンに首輪を付けたのがマラスだったのなら、その後も必ず彼女の近くにいたはずだ。
しかし、メイヴの口から彼の名が挙げられた事は一度もない。
「それについては嘘では無さそうだな。それで……なぜ情報を伝えようとする? お前には何の得も無いだろうに」
「ジェイドですよ。私は彼が嫌いでしてね……私の研究成果を全て奪った、彼が」
淡々と話をするマラスに笑みは無い。
常に他人を嘲るような態度の彼が、今は真剣な表情をしていた。
「彼は元々、私の研究成果をずっと狙っていたのです。確かに成果を奪われる直接の原因となったのはあなたに捕まったせいではありますが……それが無かったとしても、ジェイドはいずれ同じ事をしていたでしょう」
「それで……奴に復讐がしたいと?」
「復讐──とは少し違うかも知れませんね。私にも色々と思う所がございまして。彼は技術者に対するリスペクトが足りなさ過ぎるのです」
「技術者?」
「お聞きしていますよ。信じられないくらいの深さの井戸を掘った話や、貴方が作った風変りな道具や仕組みの数々……私はですね、優秀な技術者こそが世界を動かすと信じていましてね。ヒースさんの事は技術者として尊敬しているのです。これは本当ですよ?」
亜神を倒した話がこの町まで伝わるくらいだ。
それらの逸話が教団員まで伝わっていてもおかしくはない。
「信用してくれなんて言いません。ですがその首輪を作った本人としては、間違った認識でいて欲しくは無いのです。私も一技術者として、この点だけは訂正させていただきたいと思いまして」
その訂正内容というのはこうだ。
「その首輪、そのまま解除しても白狼族の少女に何も影響は出ませんよ」
(もちろん100%信用は出来ない。しかし……)
「それは本当か? 俺の聞いた話では、彼女は自由な行動がとれなかったと聞いている。お前がカルロの使用人達に嵌めた首輪と同じ物ではないのか?」
「彼にとってその白狼族の少女は大切な実験体です。少し目を離した隙に実験体を殺してしまうような、そんな危険な首輪など使うはずがありません。しかもその首輪は対となる腕輪と連動していましてね。首輪を付けた個体の位置が分かるのですよ。およその方角だけですが」
古い型の首輪は主から離れると命を落とすという代物だった。
つまりそれは、主と首輪の間で何らかの情報伝達が行われていた事を意味する。
実際、冒険者カードも魔法の認可情報をやり取りしているのだ。
どんな装置でどう実現されているのかは全く想像出来ないが、絶対に出来ないという事は無い。
(マラスは……魔法情報のやりとりについて詳しい人物という事か)
「おそらく彼女の『狂化』が解けるタイミングで迎えに来るつもりだったのでしょうね。まぁその様子では、もう術は解けているようですが……彼女に会ってからどれくらいの時間が経ちましたか?」
「半刻、と言った所だろうな」
「それは少し急がないとまずいかも知れませんよ? ああそうそう! 彼に会っても私と話をした事は内緒にしてくださいねッ! 面倒に巻き込まれるのは御免ですのでッ!」
そう言うと彼は踵を返し、何処かへと去ろうとする。
「おい待て! なぜそんな重要事項を俺に教える? 俺はお前を捕らえ、衛兵に突き出した人物だぞ!?」
「そうですね……確かに捕まりはしましたが……」
彼は一瞬だけ振り返ると、少しだけ笑みを湛えた表情で言った。
「貴方は私の命まで取りませんでしたからね。これでおあいこって事で」
そして背を向けたマラスは、俺に聞こえない程の小さな声で何かを呟く。
── 資質を大きく欠く人間に対し ──
── 嘲笑するどころか謝罪する人物が存在する事など ──
── 生まれて初めて知りましたから ──
「……?」
結局、彼の最後の言葉はあまり聞き取れなかった。
(マナ……謝罪……?)
その意味を考えあぐねている間に、彼は町の暗闇へと消えていった。
◆ ◇ ◇
重い体に鞭を打ち、体を前進させた。
(彼女と出逢ったのは明らかに半刻以上前。急がねば……)
マラスの言葉が真実だとすれば、ジェイドはフィオンの『狂化』が解けたタイミングで迎えに来るだろうと言う話だった。
対となる腕輪で首輪の位置が分かるとの事だが……
彼女に遭遇したのは都市の中だ。
町の外にさえ出なければ、おそらく怪しまれる事は無いだろう。
俺は息を切らしながらも、彼女を抱えて進む。
暫くすると町の中央広場のような場所に出た。
住民達の大半は既に避難しているようで、周りに人影は見当たらない。
周りに建物がない事もあり、月明かりが広場全体を照らしている。
地球の月よりも、かなり明るい。
(まだこの辺り……彼女達のいる場所はまだまだ先か……)
その時だった。
広場に繋がる街路の一つから近付いてくる、一体の人影。
(追手か!? まだ時間はあるはずだろうにっ!)
相手は丁度、建物の影の中にいる。
こちらからその姿は確認出来ない。
一方、月光に照らされている俺達は、相手から丸見えだろう。
どう対処するか考えていたのも束の間。
その人影から声を掛けられた。
「ヒースさんっ!?」
「その声は……ベァナ!?」
広場に入った彼女の姿が、月明かりで次第に露わになる。
俺はその姿に見惚れながらも、思わず苦言を呈してしまう。
「一人でここまで来たのか!?」
「はい。シアさんと合流したので衛兵さんはシアさんにお任せして、メイヴさんには皆さんの護衛を」
「危ないマネはしないでくれと、あれ程……」
「そのお言葉、そのままそっくりお返しいたしますっ!」
言い返す言葉が無い。
だがこれは不幸中の幸いだ。
俺はすぐに事情を話した。
「──つまり、彼女がシロちゃんなのですか?」
「間違いない。俺の事をはっきり『紘也にぃに』と呼んでいた。こちらの世界でその名を知る者は、ベァナ以外誰もいない」
「なるほど……その首輪を嵌められているという事は、やはり誰かに操られていたのですね」
「ああ。それで一つ頼みがあるのだが……」
ベァナは俺の気持ちをすぐに察する。
「『解呪』をしようというのですね」
「ああ。俺は自分の相棒がこんな目に遭わされているのを、見過ごす事なんて出来ない」
(それに早く解呪をしなければ、首輪の主が現れてしまう)
「お気持ちはわかるのですが……既に日が落ちてしまっています。夜の解呪は日中の倍のマナ供給が必要になりますので……せめて仲間全員を集めてからでないと……」
「それでは間に合わないんだ! もう少しでジェイドの仲間達が彼女を探し始めてしまう!」
だが、そんな理由ではベァナの不安まで拭えない。
「ですがその首輪はエリザさん達に使われていた古いタイプのものかも知れないと、ヒースさん自身が仰っていたではありませんか。もしもそうだとしたら、そのまま解呪を行うのは危険では……」
「それについてはマラスから問題無いと聞いている」
「マラスってカルロさんの農場を陥れたシンテザ教徒の魔術師ですよね!? そんなの絶対に信用出来ませんよ!」
確かに彼が行っていた事を考えれば、その反応も当然だ。
しかし──
「マラスはジェイドを嫌っていたそうだ。もちろんそれだけで信用に値する奴じゃないのは俺も良く分かっている」
「ではどうして?」
「マラスに会った時、俺はまともに戦えるような状況では無かった。彼がそうしようと思えば、いつでも俺を殺せるような状況にあったんだ。だが彼はそうはしなかった。それとな──」
俺は服のポケットから別の首輪を取り出した。
「それは……メイヴさんに付けられていた首輪」
「そうだ。この場所に古代文字が描かれているだろう?」
「はい」
「ここに来る途中、彼女の首輪を確認させてもらった。ほら、この部分」
俺はそう言ってフィオンの髪を少しだけかき上げる。
首輪の後ろ側に小さな古代文字が書かれていた。
── ᛈᛟᛏ ᚨᛚ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᛞᛖ ᚳᛁ ──
「同じ文字……」
「ああ。この文言は縛呪の術とは関係の無い一文で、本来ならば術の発動に全く必要の無いものだ。実際エリザ達の首輪にも、この一文は書かれていなかった。メイヴとフィオンの首輪は、同じ者によって作られたと見て良いだろう」
ベァナには敢えて説明しなかったが、これがマラスの手によるものは明らかだ。
(なぜならこの言葉の意味は……)
『我が身にマナを』
マラスの心からの叫び。
それが首輪に記されていた。
ベァナが軽く息を吐く。
「ヒースさんが本気なのはわかりました。ですが先程もお話しした通りマナ量──総量だけじゃなく、供給速度的にも問題があるのです。この暗闇ではマナ供給が間に合わず、解呪が終わるより先に私のマナが切れてしまいます。日中ならば仲間達以外にも、日光からの供給があるので十分間に合っていましたが……」
「つまり、俺がベァナに普段の三倍の速さでマナ供給出来れば良いわけだな?」
「それはそうですが、一体どうやって……」
マナの供給速度は、詠唱者への供給経路数と供給手段で決まる。
供給経路は人同士の場合、最大で二経路。
供給人数に上限は無いが、供給相手の右半身と左半身それぞれに一名ずつ接触して供給する。
よく使われる方法としては手と手を繋ぐか、または詠唱者の肩に手を添えるかの二つが主流のようだ。実際それが最も実用的らしい。
そして日中であれば、太陽光による補助もある。
三経路からの供給となるため、時間当たりの供給量も単純に三倍だ。
だが今すぐに人手を確保出来ない以上、俺だけで不足分を供給するしかない。
となると出来る対策は一つ。
俺から彼女へのマナ供給効率を上げる事だ。
肌の接触より供給効率の良い手段となると──
「あのっ、も、もしかして!?」
月明かりでも分かるくらいに、ベァナの顔が真っ赤に染まっていく。
「ああ。粘膜を通じて供給する」
もちろん、このまま放置などしない。
(相棒かも知れないんだっ! 何が何でもこの状況から助け出す!)
彼女を抱え上げ、ベァナ達と合流すべく町の東側に向かって歩き始めた。
体が重い。
息が切れる。
左わき腹の傷はマナヒールで辛うじて塞がってはいるものの、少し血が流れ過ぎたようだ。
マナヒールだけでは、血肉までの回復は見込めない。
そのような回復は高難易度の再生でなければ不可能だ。
(しかし彼女を助けると言っても、この首輪……)
メイヴによると白狼族の少女──つまり今俺が抱えているフィオンだけは、他の獣人達とは違う首輪をさせられていると言っていた。
屋敷の外には自由に出られないというのだ。
今回フィオンが現れたのはこの町の北東部。
彼女の主がどこにいるのかは分からないが、フィオン自身はある程度自由に走り回っている。
もしかすると、町中であれば首輪の呪いが発動しないのかもしれない。
だが──
もし彼女の首輪がカルロの使用人たちと同じものだとしたならば──
(このまま首輪を外すわけにはいかない)
首輪を外す事。
それは、そのまま彼女の死を意味するからだ。
「くそっ! なぜお前……シロがこんな目にっ……どうすれば助けられる!?」
その時の俺は、自らが抱える少女の事しか頭に無かった。
だからすぐ近くで俺を眺めていた魔術師の存在など気付かずにいた。
「おやおや。以前はあんなに冷静だったヒースさんがそんなに取り乱すとはッ! 随分と面白い姿を見せてくれるものですねぇ」
そこに立っていたのは、以前俺が捕らえたはずの魔術師。
「お前は……」
「はいぃ。ご無沙汰しております。マラスにございます」
普段の俺であればどうやって牢から逃げ出したのかとか、何の目的があってこの場にいるのかを問い詰めたかも知れない。
「俺はお前と話す事など何もない。急いでいるので失礼するぞ」
「そんなご無体なッ! 私はそこのお嬢さんに関するとっておきの情報をお持ち致しましたのにッ!」
信用出来る男では無い。
そんな事は分かっている。
だが、フィオンや首輪に関する情報があまりにも少なすぎる。
彼が持っているという情報は喉から手が出るほど欲しい。
俺は自分の気持ちを努めて顔に出さないように訊ねた。
「この……『縛呪の首輪』について何か知っているのか?」
「はいぃ。知っているも何も、それは私が作った特別製の首輪ですからッ」
「どういう事だ? お前が彼女に枷を与えたというのならば、この場で切り捨てるぞ?」
「滅相もございませんッ! 制作したのは確かに私ですが、それを使って彼女を縛っているのはジェイドですよ? 私には獣人を囲う趣味なんてございませんからねッ!」
確かにメイヴもマラスについては一切言及していなかった。
もしフィオンに首輪を付けたのがマラスだったのなら、その後も必ず彼女の近くにいたはずだ。
しかし、メイヴの口から彼の名が挙げられた事は一度もない。
「それについては嘘では無さそうだな。それで……なぜ情報を伝えようとする? お前には何の得も無いだろうに」
「ジェイドですよ。私は彼が嫌いでしてね……私の研究成果を全て奪った、彼が」
淡々と話をするマラスに笑みは無い。
常に他人を嘲るような態度の彼が、今は真剣な表情をしていた。
「彼は元々、私の研究成果をずっと狙っていたのです。確かに成果を奪われる直接の原因となったのはあなたに捕まったせいではありますが……それが無かったとしても、ジェイドはいずれ同じ事をしていたでしょう」
「それで……奴に復讐がしたいと?」
「復讐──とは少し違うかも知れませんね。私にも色々と思う所がございまして。彼は技術者に対するリスペクトが足りなさ過ぎるのです」
「技術者?」
「お聞きしていますよ。信じられないくらいの深さの井戸を掘った話や、貴方が作った風変りな道具や仕組みの数々……私はですね、優秀な技術者こそが世界を動かすと信じていましてね。ヒースさんの事は技術者として尊敬しているのです。これは本当ですよ?」
亜神を倒した話がこの町まで伝わるくらいだ。
それらの逸話が教団員まで伝わっていてもおかしくはない。
「信用してくれなんて言いません。ですがその首輪を作った本人としては、間違った認識でいて欲しくは無いのです。私も一技術者として、この点だけは訂正させていただきたいと思いまして」
その訂正内容というのはこうだ。
「その首輪、そのまま解除しても白狼族の少女に何も影響は出ませんよ」
(もちろん100%信用は出来ない。しかし……)
「それは本当か? 俺の聞いた話では、彼女は自由な行動がとれなかったと聞いている。お前がカルロの使用人達に嵌めた首輪と同じ物ではないのか?」
「彼にとってその白狼族の少女は大切な実験体です。少し目を離した隙に実験体を殺してしまうような、そんな危険な首輪など使うはずがありません。しかもその首輪は対となる腕輪と連動していましてね。首輪を付けた個体の位置が分かるのですよ。およその方角だけですが」
古い型の首輪は主から離れると命を落とすという代物だった。
つまりそれは、主と首輪の間で何らかの情報伝達が行われていた事を意味する。
実際、冒険者カードも魔法の認可情報をやり取りしているのだ。
どんな装置でどう実現されているのかは全く想像出来ないが、絶対に出来ないという事は無い。
(マラスは……魔法情報のやりとりについて詳しい人物という事か)
「おそらく彼女の『狂化』が解けるタイミングで迎えに来るつもりだったのでしょうね。まぁその様子では、もう術は解けているようですが……彼女に会ってからどれくらいの時間が経ちましたか?」
「半刻、と言った所だろうな」
「それは少し急がないとまずいかも知れませんよ? ああそうそう! 彼に会っても私と話をした事は内緒にしてくださいねッ! 面倒に巻き込まれるのは御免ですのでッ!」
そう言うと彼は踵を返し、何処かへと去ろうとする。
「おい待て! なぜそんな重要事項を俺に教える? 俺はお前を捕らえ、衛兵に突き出した人物だぞ!?」
「そうですね……確かに捕まりはしましたが……」
彼は一瞬だけ振り返ると、少しだけ笑みを湛えた表情で言った。
「貴方は私の命まで取りませんでしたからね。これでおあいこって事で」
そして背を向けたマラスは、俺に聞こえない程の小さな声で何かを呟く。
── 資質を大きく欠く人間に対し ──
── 嘲笑するどころか謝罪する人物が存在する事など ──
── 生まれて初めて知りましたから ──
「……?」
結局、彼の最後の言葉はあまり聞き取れなかった。
(マナ……謝罪……?)
その意味を考えあぐねている間に、彼は町の暗闇へと消えていった。
◆ ◇ ◇
重い体に鞭を打ち、体を前進させた。
(彼女と出逢ったのは明らかに半刻以上前。急がねば……)
マラスの言葉が真実だとすれば、ジェイドはフィオンの『狂化』が解けたタイミングで迎えに来るだろうと言う話だった。
対となる腕輪で首輪の位置が分かるとの事だが……
彼女に遭遇したのは都市の中だ。
町の外にさえ出なければ、おそらく怪しまれる事は無いだろう。
俺は息を切らしながらも、彼女を抱えて進む。
暫くすると町の中央広場のような場所に出た。
住民達の大半は既に避難しているようで、周りに人影は見当たらない。
周りに建物がない事もあり、月明かりが広場全体を照らしている。
地球の月よりも、かなり明るい。
(まだこの辺り……彼女達のいる場所はまだまだ先か……)
その時だった。
広場に繋がる街路の一つから近付いてくる、一体の人影。
(追手か!? まだ時間はあるはずだろうにっ!)
相手は丁度、建物の影の中にいる。
こちらからその姿は確認出来ない。
一方、月光に照らされている俺達は、相手から丸見えだろう。
どう対処するか考えていたのも束の間。
その人影から声を掛けられた。
「ヒースさんっ!?」
「その声は……ベァナ!?」
広場に入った彼女の姿が、月明かりで次第に露わになる。
俺はその姿に見惚れながらも、思わず苦言を呈してしまう。
「一人でここまで来たのか!?」
「はい。シアさんと合流したので衛兵さんはシアさんにお任せして、メイヴさんには皆さんの護衛を」
「危ないマネはしないでくれと、あれ程……」
「そのお言葉、そのままそっくりお返しいたしますっ!」
言い返す言葉が無い。
だがこれは不幸中の幸いだ。
俺はすぐに事情を話した。
「──つまり、彼女がシロちゃんなのですか?」
「間違いない。俺の事をはっきり『紘也にぃに』と呼んでいた。こちらの世界でその名を知る者は、ベァナ以外誰もいない」
「なるほど……その首輪を嵌められているという事は、やはり誰かに操られていたのですね」
「ああ。それで一つ頼みがあるのだが……」
ベァナは俺の気持ちをすぐに察する。
「『解呪』をしようというのですね」
「ああ。俺は自分の相棒がこんな目に遭わされているのを、見過ごす事なんて出来ない」
(それに早く解呪をしなければ、首輪の主が現れてしまう)
「お気持ちはわかるのですが……既に日が落ちてしまっています。夜の解呪は日中の倍のマナ供給が必要になりますので……せめて仲間全員を集めてからでないと……」
「それでは間に合わないんだ! もう少しでジェイドの仲間達が彼女を探し始めてしまう!」
だが、そんな理由ではベァナの不安まで拭えない。
「ですがその首輪はエリザさん達に使われていた古いタイプのものかも知れないと、ヒースさん自身が仰っていたではありませんか。もしもそうだとしたら、そのまま解呪を行うのは危険では……」
「それについてはマラスから問題無いと聞いている」
「マラスってカルロさんの農場を陥れたシンテザ教徒の魔術師ですよね!? そんなの絶対に信用出来ませんよ!」
確かに彼が行っていた事を考えれば、その反応も当然だ。
しかし──
「マラスはジェイドを嫌っていたそうだ。もちろんそれだけで信用に値する奴じゃないのは俺も良く分かっている」
「ではどうして?」
「マラスに会った時、俺はまともに戦えるような状況では無かった。彼がそうしようと思えば、いつでも俺を殺せるような状況にあったんだ。だが彼はそうはしなかった。それとな──」
俺は服のポケットから別の首輪を取り出した。
「それは……メイヴさんに付けられていた首輪」
「そうだ。この場所に古代文字が描かれているだろう?」
「はい」
「ここに来る途中、彼女の首輪を確認させてもらった。ほら、この部分」
俺はそう言ってフィオンの髪を少しだけかき上げる。
首輪の後ろ側に小さな古代文字が書かれていた。
── ᛈᛟᛏ ᚨᛚ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᛞᛖ ᚳᛁ ──
「同じ文字……」
「ああ。この文言は縛呪の術とは関係の無い一文で、本来ならば術の発動に全く必要の無いものだ。実際エリザ達の首輪にも、この一文は書かれていなかった。メイヴとフィオンの首輪は、同じ者によって作られたと見て良いだろう」
ベァナには敢えて説明しなかったが、これがマラスの手によるものは明らかだ。
(なぜならこの言葉の意味は……)
『我が身にマナを』
マラスの心からの叫び。
それが首輪に記されていた。
ベァナが軽く息を吐く。
「ヒースさんが本気なのはわかりました。ですが先程もお話しした通りマナ量──総量だけじゃなく、供給速度的にも問題があるのです。この暗闇ではマナ供給が間に合わず、解呪が終わるより先に私のマナが切れてしまいます。日中ならば仲間達以外にも、日光からの供給があるので十分間に合っていましたが……」
「つまり、俺がベァナに普段の三倍の速さでマナ供給出来れば良いわけだな?」
「それはそうですが、一体どうやって……」
マナの供給速度は、詠唱者への供給経路数と供給手段で決まる。
供給経路は人同士の場合、最大で二経路。
供給人数に上限は無いが、供給相手の右半身と左半身それぞれに一名ずつ接触して供給する。
よく使われる方法としては手と手を繋ぐか、または詠唱者の肩に手を添えるかの二つが主流のようだ。実際それが最も実用的らしい。
そして日中であれば、太陽光による補助もある。
三経路からの供給となるため、時間当たりの供給量も単純に三倍だ。
だが今すぐに人手を確保出来ない以上、俺だけで不足分を供給するしかない。
となると出来る対策は一つ。
俺から彼女へのマナ供給効率を上げる事だ。
肌の接触より供給効率の良い手段となると──
「あのっ、も、もしかして!?」
月明かりでも分かるくらいに、ベァナの顔が真っ赤に染まっていく。
「ああ。粘膜を通じて供給する」
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亜人との戦争を終え勝利をおさめたある巨大な国。その国境に、黒い噂の絶えない変わり者の辺境伯が住んでいた。
亜人の残党を魔術によって処分するために、あちこちに出張へと赴く彼は、久々に戻った自分の領地の広場で、大罪人の処刑を目にする。
少女とも、少年ともつかない、端麗な顔つきに、真っ赤な血染めのドレス。
今から処刑されると言うのに、そんな事はどうでもいいようで、何気ない仕草で、眩しい陽の光を手で遮る。
真っ黒な髪の隙間から、強い日差しでも照らし出せない闇夜のような瞳が覗く。
その瞳に感情が写ったら、どれほど美しいだろうか、そう考えてしまった時、自分は既に逃れられないほど、君を愛していた。
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BLコンテスト、応募用作品として作成致しました。応援して頂けますと幸いです。
皇国の復讐者 〜国を出た無能力者は、復讐を胸に魔境を生きる。そして数年後〜
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「あいつがどこの国のどんな貴族でも関係ない。必ず追い詰めて絶対に殺してやる! 絶対に絶対に絶対に絶対にっ!!」
七星皇国の武家に生まれた陸立理玖。幼い頃は剣の才に溢れ、将来を期待されていた彼であったが「霊力」に目覚める事なく15才を迎えてしまった。そんな彼を家に置く事はできないと生家を追われてしまう。だが理玖はただでは追い出されまいと、家宝の刀を持ち出して国を出た。
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数々の苦難に遭いながらも決して復讐を諦めず、意地と気合で生き抜く日々が始まる。そして数年後、理玖は魔境からの脱出を果たす。そこにはかつて無能者と呼ばれていた面影はなかった。
復讐から始まり、やがて世界を救う事になる救世の物語。
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