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第四章
偏見
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新たな目的地となった姉妹の故郷は、メルドランの東端にある。
「そう言えばトライドリンゲン山脈の麓って言っていたよな? 山脈と言う割にはそんなに高い山は無いように見えるが」
アラーニ村やトレバーから見えていた大銀嶺は夏でも常に雪を被っているほどの高山地帯だったが、こちらは丘陵と呼んでも差し支えないくらいの標高しかない。
その山脈を南からぐるりと回り、現在はその西側を進んでいるのだが……
姉のメイヴがこの辺りの事情を解説してくれた。
「はい。それほど高い山ではありませんが、山間部には多くの魔物が棲息しております。それに主要な街道から大きく外れている為か、メルドランに属しているとは言っても普段から誰も寄り付かない土地ですね」
「そうか。それで今まで安心して暮らせていたのか。正直魔物なんかよりも、人のほうがよっぽど質が悪いからな」
「そう……かも知れません。でも私たちは、皆さんのような良い方に助けて頂いて本当に幸運でした。リンもそう思うよね?」
「うん! リンはみんな大好き!」
妹のリンは、ニーヴ・プリムとすっかり仲良しだ。
リンの発言に、二人の娘も少し照れている。
「しかし街道が途中までしか無いとなると……馬車でその故郷まで行くのは無理そうだな」
「いえいえ、そんなお気遣いは無用です。森は私たちの家のようなものですから、そこまで送って頂ければ、問題無く集落に戻れます」
「そうか、それなら良いんだ。早く故郷に戻れるといいな」
すると俺の発言に対し、妹のリンが少し拗ねたような顔をする。
「リンはこのままみんなと一緒がいい」
「だめよリン! 皆さんにはちゃんとした目的があるの。遊びじゃないのよ?」
「やぁだぁ! 一緒に旅をするのーっ!」
駄々を捏ねるのも打ち解けてくれた証だとは思うが──
ニーヴやプリムとは違い、彼女達には故郷がある。
住み慣れた集落があるのなら、そこで暮らした方が彼女達の為だろう。
「まぁ到着するまでこの先まだ一週間くらいあるし、今はまだこのままでいいんじゃないかな? そのうち故郷が恋しくなる事もあるだろうし」
拗ねて車窓から外を見ていただけだと思っていたのだが、暫くしてからリンが突然声を上げる。
「人が倒れてる!」
「本当か!?」
「ほらあそこ」
彼女の指差す先を見ると、確かにうずくまるような人影が確認出来た。
「ベァナ、すまんが馬車を」
「わかりました」
馬車が止まると、リンが急いで馬車を飛び降りる。
「ちょっと待ちなさい、リン!」
ところがリンを追うようにして、二人の小さな影が続く。
「ニーヴ、プリム。何があるかわからないので、むやみに近付かないように」
「了解であります!」
「あいあいさーです!」
俺も念のため武器を装備し、子供たちの後を追った。
倒れていたのはどうやら人間の男性だったらしい。
一番初めに飛び出したリンが、彼に向かって優しく声を掛けていた。
「大丈夫ですか?」
倒れた男はゆっくりと顔を上げる。
しかし目の前にいたリンの姿を見た彼は次の瞬間、恐ろしいものを見たような表情で叫んだ。
「ちっ、近づくなこの魔物!」
「そんな……わたしは魔物なんかじゃ……」
「お前らが町を襲ったんじゃないか!」
(どうやら何か事情があるらしいな)
すると続いて到着したプリムとニーヴがリンをかばう。
「リンちゃんはまぞくなんかじゃないっ」
「そうですよ! 倒れているあなたを心配して……」
「お前らも仲間かっ!」
男は涙声で呟く。
「ああっ、あんなおぞましい……」
(これでは多分話にならんだろうな)
「ニーヴ、プリム。リンと一緒に馬車に戻っていてくれないか」
「承知しました……」
俺の意図を察したニーヴがプリムと一緒にリンを連れて戻る。
リンは目じりを袖で拭いながら、肩を震わせていた。
「あんた、少しは落ち着くんだ。もし襲う気があったのなら既にそうしていたはずだろう? その様子じゃ、もう逃げる体力すら残っていないようだが」
「……」
ひとまず彼にヒールをかける。
流石にヒールを使う魔物などいないので、俺の事は信用したらしい。
(とにかく情報だ)
俺は手短に状況を訪ねた。
「何があった?」
「魔物が……魔物が襲って来たんだ」
「魔物とは……先程の少女のような獣人族の事か?」
「いや……数日前にゴブリンや肌の青い巨人なんかが襲ってきていたんだが、そいつらは町の衛兵隊がなんとか押し返した。だが撃退して一安心していた所に獣人の集団が襲って来て……」
(魔物の襲撃の後に、獣人の集団だと?)
シンテザ教団が関わっている可能性が高い。
「それで逃げて来たという事か」
「おっ、俺みたいな一般市民にどう戦えっていうんだ! あんなすばしっこい相手に勝てるわけないだろうが!」
この様子だと戦いもせず、すぐに逃げて来たのだろう。
(急げば……或いは)
「あんたはこの後どうするのだ?」
「あんな町に居たら命がいくつあっても足りねぇよ! 魔物がまた襲ってくるとも限らねぇ! 俺は逃げるぜ!」
そう言うと少し回復したその男は、町と反対方向へと走り始めた。
「回復してくれた礼は言う。だが、俺は町になんか戻らねぇからな!」
「別に構わん。どこにでも逃げればいいさ」
こいつに構っている暇などない。
心配なのは、町や町を守ろうと戦っている衛兵達だ。
俺は走り去る男に一切目もくれず、足早に馬車へと戻った。
◆ ◇ ◇
「私もお供させてください! 仲間達がこれ以上間違いを犯すのを、黙って見てはいられません!」
忌まわしい首輪からは既に自由の身であるメイヴとリン。
故に教団員と鉢合わせたとしても、行動を強制される事はない。
だが折角逃げ出せたと言うのに、メイヴは仲間の為に戻ると言う。
「町を襲った獣人……それはきっとジェイドに捕らえられた仲間達によるものです。普通の状態の獣人であれば、人の町を襲う事など絶対にありません」
強い口調で言い切るメイヴ。
「俺もそうだとは思う。人目を避けて生きて来た君達の仲間が、自らの意思でそんな事をするとは到底思えない」
「はい。もちろんジェイドに捕らえられた獣人の中には長期間の執拗な責苦に耐えかね、精神的に異常をきたして盲従する者や、自ら隷属を申し出た者も多くいます。でも彼女達だって、最初からそうだったわけではないのです」
口を食いしばり、悔しさを見せるメイヴ。
「あの時フィオンさんが助けてくれなかったら、今頃は私もこの手で町を……」
「俺も君達一族が謂れのない扱いを受けるのは赦し難い。全員は助けられないかも知れないが、首輪の主に当たる人間……つまりジェイドさえ倒せれば、より多くの仲間を助けられるだろう」
俺達は現在、ほぼ俺の独断でウェグリアという町に向かっていた。
仲間たちが反対する事を覚悟していたのだが……
リンやメイヴの様子を見て思う所があったのか、誰も俺の意見に反対する者はいなかった。
(リン──折角人間の友達が出来たというのに)
心配した人間から魔物扱いされ、相当ショックだったのだろう。
あんなに明るかった彼女は、二人の娘達とも一言も話さなくなっていた。
「急がないといけないのはわかるが、ちょっとタイミングが悪かったな」
セレナの懸念は尤もな事だ。
季節は未だ二月の中旬頃。
北半球らしいこの地では、昼の長さはまだまだ短い。
しかも東に連なる山脈の影響もあり、日没時間は更に早まる。
「だが獣人の襲撃だけならば、人々が命を落とす事までは無いだろう」
「確かに獣人が直接、人を殺めたりする事は無かったな」
「ああ。問題はそれより前に魔物の集団が襲ってきていたという事実だ。もし連携されでもしたら、町は今後かなり危険な状況に陥いると考えた方が良い」
トレバーでの一戦が正にそうだった。
召喚された獰猛な魔犬達は、獣人達の事は一切襲わなかった。
おそらく縛呪の首輪に何か仕掛けがあるのだろうが、どちらにせよ仲間同士で潰し合うというような事は一切期待できない。
獣人によって精気を吸われた衛兵に、魔物と戦う力は無い。
もしその後、魔物が町を襲ったりでもしたら……
「とにかく事態は一刻を争う。みんな、毎度俺のわがままに付き合わせて本当に悪いと思っている。だが、助かりそうな命があるのに、放っておくわけにはいかない」
俺達は馬車の足を少し速め、ウェグリアに向かった。
◇ ◆ ◇
「町が見えて来ました……あちこちから煙が上がっていますね」
「かなり大きな町のようだが……襲撃を受けたというのは本当らしい」
「住民でしょうか? 門から人が出てきています」
町の様子を観察するベァナとセレナ。
むやみに町へ近づくのは危険だと判断した俺は、街道から少し外れた位置に馬車を停車させた。
町を遠巻きに確認する。
この様子だと、住民が避難を開始してからそう時間は経っていない。
(となると衛兵隊はおそらく健在……シアを連れて行ったほうが良さそうか)
「この場所なら町の周囲も視認出来るし、何かが襲ってきてもすぐに対処出来るだろう。セレナ、すまんがニーヴとプリムと一緒にここに留まり、リンを守ってあげてくれないか?」
「わかった。この場は任されよ」
「ニーヴ、プリム。リンを宜しく頼んだぞ」
「畏まりました!」
「りょうかいでありますです!」
相変わらず塞ぎ込みがちなリンだったが、今彼女を安心させられるのは二人の娘達を置いて他にはいない。
「もし危険を感じた場合は、馬車でこの場から離れるように。とにかく身を守る行動を取ってくれ。それで、メイヴ……君は?」
姉のメイヴが即答する。
「仲間達の蛮行を見過ごすわけには行きません。私もお連れください」
「そうか……わかった。だが衛兵達に敵と思われぬよう、フードは目深に被っておいてくれ。説明すれば何とかなるかも知れないが、この状況ではそんな悠長な時間が取れるのかも怪しいのでな」
「承知いたしました」
俺はベァナとシア、そして獣人のメイヴと共に町に向かった。
◇ ◇ ◆
町のこちら側、つまり東門からは、多くの住人が逃げ出そうとしていた。
その身一つで逃げ出す者もいれば、大荷物を持つ者もいる。
近くを通りかかった女性に事情を訊ねる。
「すまぬが旅の者だ。何が起こっているんだ?」
「魔物だよっ! しかも三度も!」
「三度?」
「数日前に魔物、昨日は獣人、それでまた今日、魔物が襲ってきて……ああっ! 急いでるからもうこれで失礼するよっ!」
声をかけた住民はそのまま行ってしまった。
(三度目と言っていたな……)
「詳細はわからぬが、今日また魔物の襲撃を受けたらしい」
「はい。検問は……どうやらしていないようですね」
「それどころでは無いのだろう。俺達にとっては好都合だが、とにかく急ごう」
俺達は人の流れを遡っていった。
初めて来た土地ではあるが、目的の場所ははっきりとわかる。
人々の逃げる先とは逆の方角にこそ、その原因があるからだ。
「そう言えばトライドリンゲン山脈の麓って言っていたよな? 山脈と言う割にはそんなに高い山は無いように見えるが」
アラーニ村やトレバーから見えていた大銀嶺は夏でも常に雪を被っているほどの高山地帯だったが、こちらは丘陵と呼んでも差し支えないくらいの標高しかない。
その山脈を南からぐるりと回り、現在はその西側を進んでいるのだが……
姉のメイヴがこの辺りの事情を解説してくれた。
「はい。それほど高い山ではありませんが、山間部には多くの魔物が棲息しております。それに主要な街道から大きく外れている為か、メルドランに属しているとは言っても普段から誰も寄り付かない土地ですね」
「そうか。それで今まで安心して暮らせていたのか。正直魔物なんかよりも、人のほうがよっぽど質が悪いからな」
「そう……かも知れません。でも私たちは、皆さんのような良い方に助けて頂いて本当に幸運でした。リンもそう思うよね?」
「うん! リンはみんな大好き!」
妹のリンは、ニーヴ・プリムとすっかり仲良しだ。
リンの発言に、二人の娘も少し照れている。
「しかし街道が途中までしか無いとなると……馬車でその故郷まで行くのは無理そうだな」
「いえいえ、そんなお気遣いは無用です。森は私たちの家のようなものですから、そこまで送って頂ければ、問題無く集落に戻れます」
「そうか、それなら良いんだ。早く故郷に戻れるといいな」
すると俺の発言に対し、妹のリンが少し拗ねたような顔をする。
「リンはこのままみんなと一緒がいい」
「だめよリン! 皆さんにはちゃんとした目的があるの。遊びじゃないのよ?」
「やぁだぁ! 一緒に旅をするのーっ!」
駄々を捏ねるのも打ち解けてくれた証だとは思うが──
ニーヴやプリムとは違い、彼女達には故郷がある。
住み慣れた集落があるのなら、そこで暮らした方が彼女達の為だろう。
「まぁ到着するまでこの先まだ一週間くらいあるし、今はまだこのままでいいんじゃないかな? そのうち故郷が恋しくなる事もあるだろうし」
拗ねて車窓から外を見ていただけだと思っていたのだが、暫くしてからリンが突然声を上げる。
「人が倒れてる!」
「本当か!?」
「ほらあそこ」
彼女の指差す先を見ると、確かにうずくまるような人影が確認出来た。
「ベァナ、すまんが馬車を」
「わかりました」
馬車が止まると、リンが急いで馬車を飛び降りる。
「ちょっと待ちなさい、リン!」
ところがリンを追うようにして、二人の小さな影が続く。
「ニーヴ、プリム。何があるかわからないので、むやみに近付かないように」
「了解であります!」
「あいあいさーです!」
俺も念のため武器を装備し、子供たちの後を追った。
倒れていたのはどうやら人間の男性だったらしい。
一番初めに飛び出したリンが、彼に向かって優しく声を掛けていた。
「大丈夫ですか?」
倒れた男はゆっくりと顔を上げる。
しかし目の前にいたリンの姿を見た彼は次の瞬間、恐ろしいものを見たような表情で叫んだ。
「ちっ、近づくなこの魔物!」
「そんな……わたしは魔物なんかじゃ……」
「お前らが町を襲ったんじゃないか!」
(どうやら何か事情があるらしいな)
すると続いて到着したプリムとニーヴがリンをかばう。
「リンちゃんはまぞくなんかじゃないっ」
「そうですよ! 倒れているあなたを心配して……」
「お前らも仲間かっ!」
男は涙声で呟く。
「ああっ、あんなおぞましい……」
(これでは多分話にならんだろうな)
「ニーヴ、プリム。リンと一緒に馬車に戻っていてくれないか」
「承知しました……」
俺の意図を察したニーヴがプリムと一緒にリンを連れて戻る。
リンは目じりを袖で拭いながら、肩を震わせていた。
「あんた、少しは落ち着くんだ。もし襲う気があったのなら既にそうしていたはずだろう? その様子じゃ、もう逃げる体力すら残っていないようだが」
「……」
ひとまず彼にヒールをかける。
流石にヒールを使う魔物などいないので、俺の事は信用したらしい。
(とにかく情報だ)
俺は手短に状況を訪ねた。
「何があった?」
「魔物が……魔物が襲って来たんだ」
「魔物とは……先程の少女のような獣人族の事か?」
「いや……数日前にゴブリンや肌の青い巨人なんかが襲ってきていたんだが、そいつらは町の衛兵隊がなんとか押し返した。だが撃退して一安心していた所に獣人の集団が襲って来て……」
(魔物の襲撃の後に、獣人の集団だと?)
シンテザ教団が関わっている可能性が高い。
「それで逃げて来たという事か」
「おっ、俺みたいな一般市民にどう戦えっていうんだ! あんなすばしっこい相手に勝てるわけないだろうが!」
この様子だと戦いもせず、すぐに逃げて来たのだろう。
(急げば……或いは)
「あんたはこの後どうするのだ?」
「あんな町に居たら命がいくつあっても足りねぇよ! 魔物がまた襲ってくるとも限らねぇ! 俺は逃げるぜ!」
そう言うと少し回復したその男は、町と反対方向へと走り始めた。
「回復してくれた礼は言う。だが、俺は町になんか戻らねぇからな!」
「別に構わん。どこにでも逃げればいいさ」
こいつに構っている暇などない。
心配なのは、町や町を守ろうと戦っている衛兵達だ。
俺は走り去る男に一切目もくれず、足早に馬車へと戻った。
◆ ◇ ◇
「私もお供させてください! 仲間達がこれ以上間違いを犯すのを、黙って見てはいられません!」
忌まわしい首輪からは既に自由の身であるメイヴとリン。
故に教団員と鉢合わせたとしても、行動を強制される事はない。
だが折角逃げ出せたと言うのに、メイヴは仲間の為に戻ると言う。
「町を襲った獣人……それはきっとジェイドに捕らえられた仲間達によるものです。普通の状態の獣人であれば、人の町を襲う事など絶対にありません」
強い口調で言い切るメイヴ。
「俺もそうだとは思う。人目を避けて生きて来た君達の仲間が、自らの意思でそんな事をするとは到底思えない」
「はい。もちろんジェイドに捕らえられた獣人の中には長期間の執拗な責苦に耐えかね、精神的に異常をきたして盲従する者や、自ら隷属を申し出た者も多くいます。でも彼女達だって、最初からそうだったわけではないのです」
口を食いしばり、悔しさを見せるメイヴ。
「あの時フィオンさんが助けてくれなかったら、今頃は私もこの手で町を……」
「俺も君達一族が謂れのない扱いを受けるのは赦し難い。全員は助けられないかも知れないが、首輪の主に当たる人間……つまりジェイドさえ倒せれば、より多くの仲間を助けられるだろう」
俺達は現在、ほぼ俺の独断でウェグリアという町に向かっていた。
仲間たちが反対する事を覚悟していたのだが……
リンやメイヴの様子を見て思う所があったのか、誰も俺の意見に反対する者はいなかった。
(リン──折角人間の友達が出来たというのに)
心配した人間から魔物扱いされ、相当ショックだったのだろう。
あんなに明るかった彼女は、二人の娘達とも一言も話さなくなっていた。
「急がないといけないのはわかるが、ちょっとタイミングが悪かったな」
セレナの懸念は尤もな事だ。
季節は未だ二月の中旬頃。
北半球らしいこの地では、昼の長さはまだまだ短い。
しかも東に連なる山脈の影響もあり、日没時間は更に早まる。
「だが獣人の襲撃だけならば、人々が命を落とす事までは無いだろう」
「確かに獣人が直接、人を殺めたりする事は無かったな」
「ああ。問題はそれより前に魔物の集団が襲ってきていたという事実だ。もし連携されでもしたら、町は今後かなり危険な状況に陥いると考えた方が良い」
トレバーでの一戦が正にそうだった。
召喚された獰猛な魔犬達は、獣人達の事は一切襲わなかった。
おそらく縛呪の首輪に何か仕掛けがあるのだろうが、どちらにせよ仲間同士で潰し合うというような事は一切期待できない。
獣人によって精気を吸われた衛兵に、魔物と戦う力は無い。
もしその後、魔物が町を襲ったりでもしたら……
「とにかく事態は一刻を争う。みんな、毎度俺のわがままに付き合わせて本当に悪いと思っている。だが、助かりそうな命があるのに、放っておくわけにはいかない」
俺達は馬車の足を少し速め、ウェグリアに向かった。
◇ ◆ ◇
「町が見えて来ました……あちこちから煙が上がっていますね」
「かなり大きな町のようだが……襲撃を受けたというのは本当らしい」
「住民でしょうか? 門から人が出てきています」
町の様子を観察するベァナとセレナ。
むやみに町へ近づくのは危険だと判断した俺は、街道から少し外れた位置に馬車を停車させた。
町を遠巻きに確認する。
この様子だと、住民が避難を開始してからそう時間は経っていない。
(となると衛兵隊はおそらく健在……シアを連れて行ったほうが良さそうか)
「この場所なら町の周囲も視認出来るし、何かが襲ってきてもすぐに対処出来るだろう。セレナ、すまんがニーヴとプリムと一緒にここに留まり、リンを守ってあげてくれないか?」
「わかった。この場は任されよ」
「ニーヴ、プリム。リンを宜しく頼んだぞ」
「畏まりました!」
「りょうかいでありますです!」
相変わらず塞ぎ込みがちなリンだったが、今彼女を安心させられるのは二人の娘達を置いて他にはいない。
「もし危険を感じた場合は、馬車でこの場から離れるように。とにかく身を守る行動を取ってくれ。それで、メイヴ……君は?」
姉のメイヴが即答する。
「仲間達の蛮行を見過ごすわけには行きません。私もお連れください」
「そうか……わかった。だが衛兵達に敵と思われぬよう、フードは目深に被っておいてくれ。説明すれば何とかなるかも知れないが、この状況ではそんな悠長な時間が取れるのかも怪しいのでな」
「承知いたしました」
俺はベァナとシア、そして獣人のメイヴと共に町に向かった。
◇ ◇ ◆
町のこちら側、つまり東門からは、多くの住人が逃げ出そうとしていた。
その身一つで逃げ出す者もいれば、大荷物を持つ者もいる。
近くを通りかかった女性に事情を訊ねる。
「すまぬが旅の者だ。何が起こっているんだ?」
「魔物だよっ! しかも三度も!」
「三度?」
「数日前に魔物、昨日は獣人、それでまた今日、魔物が襲ってきて……ああっ! 急いでるからもうこれで失礼するよっ!」
声をかけた住民はそのまま行ってしまった。
(三度目と言っていたな……)
「詳細はわからぬが、今日また魔物の襲撃を受けたらしい」
「はい。検問は……どうやらしていないようですね」
「それどころでは無いのだろう。俺達にとっては好都合だが、とにかく急ごう」
俺達は人の流れを遡っていった。
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