Wild Frontier

beck

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第四章

師団本拠地にて

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「うわあ、随分大きな町ですねー」
「人や家がたくさんですー!!」

 娘たち二人は、新しい町を訪れるのが大好きだ。

 特にプリムはつい数か月前まで、ダンケルド以外の町を知らなかった。
 ニーヴから外の世界の話を聞いた事で、『色々な町を見てみたい』というほんのささやかな願いを秘め続けていたのだ。

 本来は俺の個人的な思いから始まった旅ではあったが、幸いなことに不平を漏らす仲間は今の所いない。
 結果的にプリムの願いを叶えられる事になり、本当に良かったと思う。

 まぁもしかするとシア辺りからは旅がひと段落した時点で、トレバーへの帰郷をうながされるかも知れないが。

「アルフォードは北部方面師団の本拠地なの。色々な理由があって、ここが連邦の直轄地になっているというのも、人が多い理由かもしれないわね」

 領主の娘であり、また次期領主候補でもあるシアが娘たちに解説をする。
 解説者として、これほどうってつけの人材は他にいないだろう。

 彼女の解説に、知識欲の旺盛なニーヴが質問を投げかける。

「なぜ直轄地になっているのでしょうか?」
「それはね、強力な軍隊を各領地間の権益から独立して存在させる為ね。監察隊の役目ってわかる?」
「ええと、領地同士の争いを収める為、ですか?」
「そう。でももしその監察隊がどこかの領地と仲が良かったら?」
「仲の良い領地の味方をしちゃうかもですね」
「そういう事。だから監察隊は常に公正な立場でないといけないわけ。でも拠点はどこかの土地には作らないといけないでしょう?」
「あー、それで直轄地にして、そこに本拠を置いているのですね!」
「さすがはニーヴさん。よく出来ましたわ」

 ベァナとシアは同い年ではあるが、他人との交流の仕方はかなり異なる。

 ベァナは良く気が利くし、とても世話好きだ。
 困った事があれば手助けしてくれるし、先回りして準備してくれる事も多い。
 良い意味で、優しいお姉さんという印象がある。

「ほかのお国がせめてきた時はどうなるのですかー?」
「プリムさん、それは素晴らしい着眼点ね!」

 逆にシアはその生まれ育ちのせいか、自ら率先して動く事は比較的少ない。
 鈍感なわけではなく、わかっていながら敢えて手を出さないのだ。
 そんな理由もあり、当初シアに対しては高慢な女性という印象があった。

 だがよく考えてみれば、それは至極当然の事だ。
 領地問題の全てを領主一人で対処する事など、物理的に不可能である。
 そういう意味で、彼女には既に統治者としての器が備わっているのだ。

 そして彼女は自分にしか出来ない事には、決して労力を惜しまない人物でもある。

 その最たる例が、領民への水の配給だ。
 彼女はたった一人でその責を担っていた。

 平時は敢えて見守り、いざという時にはしっかりと手を差し延べる。
 領民を守るという重責を負っていたからこそ、備わった性格なのだろう。

「魔物の襲撃も含め、基本的には領地での対応になるのだけれど……盟主の判断次第では監察隊による支援や交渉もするわね。逆にそういう約束事をしているからこそ、各領主は連邦本部への上納金を絶やさないわけだけど」
「なるほどですー。ありがとうございます」


(シアはお姉さんというより、学校の先生のようだな)


 用意してくれた宿から街並みを見ながら暫く歩いていると、目的の本拠地らしき門の前に到着した。
 人の背の倍程もある岩壁が周囲に巡らされていて、中を伺い知る事は出来ない。
 そして門の前には長槍に手をかけた門番が仁王立ちをしている。

「随分広そうな施設ですね」
「ああ。カークトンの兵士駐屯所よりも規模が大きいな──」


 師団長のミランダから呼ばれたむねを、多少緊張しながら門番に伝える。
 しかしこちらの心配を他所に、特に問題無く取り次いでくれた。
 既に話は通っているようだ。

 そのまま暫く待っていると、程なく門が開き始めた。


「おおー」


 城門に比べればそれほど大きな門では無い。
 だが人の手では無く機械仕掛けで開く門というのは、娘たち二人にはとても新鮮なのだろう。

 そして開いた門の先に、一人の男性兵士が立っていた。
 年齢はおそらく自分と同程度か。
 鋭い目付きの人物ではあるが、悪意は感じられない。

「ようこそ北部方面隊駐屯地へ。第一旅団長兼師団副長のエグモントと申します」

 深々とお辞儀をするエグモント。

(この若さで師団副長か。想像した以上に物腰が柔らかいな)

「初めまして、ヒースです」
「ヒース殿、師団長からお話は伺っております。師団長室にご案内しますので、どうぞこち……」

 そう言いかけた彼の視線が、俺の後方で留まっている。


(ん? 誰かいるのか?)


 彼の視線は他の誰かへではなく、俺達の仲間へのものだった。


「シアラさん……」
「お久し振りです、エグモント様」


 エグモントの視線は、シアに向けられたものだったのだ。




    ◆  ◇  ◇




「そうかそうか。まぁ貴族家同士だと、そういう事もあるよな」

 師団長室に通された俺は、シアから事情を聞いた。
 エグモントはテッシオ子爵家の次男で、一時期シアのウェーバー家との婚約話が持ち上がった事もある関係だったのだ。

「まぁ結局その話も、子爵家様の方からお断りされてしまいましたが」
「シアラさんっ! それは親が勝手に決めた事で、私は今でもあなたの事を──」

 つまり親同士で話が持ち上がって互いに面識はあったが、結局は白紙になってしまったという事だろう。
 そう言えば以前シアから、婚約の話が何度あったと聞いている。

 しかしそれも今となっては──

(情報伝達の速度から考えて、俺との婚約話なんて伝わっていないよな……)

 当事者本人の口から説明するのも気が引けるよな、と感じていた所──

「ああその話だが、残念ながらシア嬢は既に婚約済だ。そこのヒース殿とな」
「えっ……」

 さすがは職業軍人のミランダ。
 何の躊躇ちゅうちょもなく、現在の状況をスパっと説明してくれた。

「エグモントも早馬の知らせで聞いたであろう? トレバーでの騒動を」
「はい。なんでもシンテザ教徒が召喚した亜神を、冒険者の一行が倒したと……もしかしてその一行というのは!?」
「ああそうだ。このヒース殿とそのお仲間方の事だ」
「そうだったのですか……」

 明らかに意気消沈している様子のエグモント。
 きっとシアとは何度か会っていて、彼本人としては本気で結婚するつもりだったのだろう。

「おいおいエグモント。お前まだ二十四だったよな?」
「左様でございます」
「男でその年齢ならまだまだ全然先があるじゃないか。私なんて今年でもう二十七なのだぞ? しかも女だてらに師団長などになってしまったものだから、見合いの話も来やしないしなっ!」

 ミランダに女性としての魅力が無いわけではない。
 おそらく彼女は自分の立場をわきまえたうえで、敢えて今のような服装や言葉遣いを貫いているのだろう。
 人の上に立つというのは、それくらいの覚悟が必要なのかも知れない。

「しかしですね師団長、師団長はご存じ無いかも知れませんが、隊員達からとても人気が──」
「あー、うちの隊員達はダメだ。恥ずかしい事を言わせてもらうが、私はこれでも乙女なのだよ。私を守ってくれるような人物でないと、惚れられないさ」
「そのお気持ち、心より共感いたしますっ!」

 相槌を打ったのはセレナだった。
 確かに言われてみれば、方向性的に似ている部分がある気がする……

「セレナ殿とは一度、ゆっくり話をしたいな。恋バナというのかこれは!?」

 本当に愉快そうに笑うミランダ。

「まぁとにかくそう言うわけだから過去に何があったとしても、今はそういう状況なのだ。そしてこれは盟主フェルナンド様もお認めになられた、非常に政治的な話でもある。シア殿とヒース殿に迷惑をかけるような行為は絶対にするなよ?」
「はい、心得ました」

 もしシアが彼との結婚を望んでいたのなら、俺は喜んで身を引いただろう。
 だが以前彼女から聞いた話では、好きになれるような男性はいなかったと言っていたはずだ。

(まぁこの話は本人がその気になれば、いずれ聞かせてくれるだろう)

「今日ヒース殿に来てもらったのは、先日の手合わせの件だ。一応こちらにも予定があるので手合わせは明後日の午前に行いたいのだが、それで良いか?」
「ええ、構いません」
「助かる。そして町を発つのはその翌日だ。それまでの滞在費用は全額こちらで持とう。明後日以外は町の見物なり旅の準備なり、自由に過ごされると良い」

 ふと、娘たちに目をやる。

(これは明らかに「町の見物」と「自由」という言葉への反応だな)

 二人ともはしゃぎたい気持ちをどうにか抑えている様子だ。

 ミランダも俺と同じ事を感じたようで、娘二人を見て微笑んでいた。
 彼女は間違いなく、根っからの子供好きなのだろう。

「あともう一点、手合わせの相手だが──そのうちの一人をここにいるエグモントに頼もうと思う。エグモント。頼まれてくれるか?」
「御意に」
「すまぬな。それとエグモントとの対戦相手なのだが……」

 エグモントを見据えるミランダ。
 すると間を置かず、エグモントから申し出があった。

「師団長、是非ヒース殿と手合わせ願えませんでしょうか」
「なるほど、まぁその気持ちはわからんでも無いが……ヒース殿はいかがか? 彼は上司である私が言うのもなんだが、ここでは私の次に優れた剣士だ」

(まぁこの流れだったらそうなるよな……)

 断る理由は何もない。
 念のため仲間を見てみると、心配そうな顔をしているのはベァナだけだ。
 セレナは目を閉じて頷いており、シアはなぜか拳を握って微笑んでいた。

 娘達二人はと言えば──

(あ……これは町内見物の事しか頭に無いな)

「わかりました。エグモントさん、当日は手合わせよろしくお願いいたします」

 エグモントを見ると、彼は穏やかな表情で会釈を返してくれた。
 彼は私情で心を乱すような小者ではなさそうだ。

「そうなるとセレナ殿の相手なのだが──エグモント。私はカールに頼もうかと思っているのだが、お前はどう思う?」
「カール大隊長ですか──確かにうちの師団で私と互角に打ち合えるのは彼くらいしかいないとは思うのですが……」

 言い淀むエグモント。

(この様子だと、何か問題がありそうな──)

「なんだ? 何か懸念事項があるなら言ってみろ」
「はい。師団長も良くご存じだとは思いますが、彼は平民と女性への差別意識が非常に強く──」
「ああその事か。それなら大丈夫だ。他に何か心配事はあるか?」
「いえ、何も」
「そうか。セレナ殿に異存は?」
「ございません」
「これで決まりだな。因みに私だが、その二戦の勝者とお相手させて戴くつもりだ。折角の機会だ、強い相手と出来るだけ多く手合わせしたいからな! エグモント、手合わせの詳細をカールに伝えておいてくれ」
「承知いたしました。すぐに伝えて来ます」


 エグモントは一礼し、師団長室を後にした。




    ◇  ◆  ◇




「師団長。失礼ながらそのカール殿というのは、いささか問題がある御仁のようですが、彼と手合わせする意図をお聞かせいただけませんか?」

 エグモントについてはわかりやすい理由だったので問題無い。
 問題はセレナの相手になるカールについてだ。

 聞いた内容からして、正直不安しか感じない。

「ああ、すまなかったなヒース殿、そしてセレナ殿。正直に話すとこれは本来、私が解決すべき問題だったのだ」
「と、申しますと?」
「カールというのは侯爵家の跡取り息子でな。普通それくらい高い爵位の子息は口だけ達者でロクに仕事の出来ない人物が多いのだが、彼は困った事に少しばかり優秀でな」
「優秀なら宜しいのでは?」
「闘技場の戦士などであれば、それでも良かろう。だがうちは軍隊だ。組織力というのは、多くの人間をどれだけ適切に動かせるかどうかで決まる。彼は用兵術にいてもなかなか才能があるのだが……」
「人が付いてこない、とかですか」
「まぁ有り体ありていに言えばそういう事だな。エグモントの話にもあったように、カールは自分の才能が性別や血筋に由来していると本気で信じているらしい」
「なるほど。それは全く科学的ではありませんね」
「科学的?」

 仲間たちは俺の発言に慣れているので、敢えて突っ込む事は無い。
 たまにベァナやニーヴが掘り下げようとはしてくるが。

「簡単に言うと、何の根拠もないという事です」
「そういう事か。確かに私もそう思うな。もちろん親の能力を引き継ぐ者はいるだろうが、そうでない者も沢山いる」
「はい。持って生まれる才能は人それぞれです。ですがその才能をどこまで伸ばせるのかは、その後の行動次第だと思っています」

 俺だって人の才能をうらやんだ事は、今まで何度だってある。
 他の人々が出来る事を、なぜ俺だけ出来ないのだろうか、と。

 だが持たざるものを憂いた所で、状況は何も変わらない。
 重要なのは、自分が心からやりたいと思う事に向き合う事。

 それは単に楽しい事、というものではない。
 楽しさというのは相対的なものだからだ。

 他人が辛くて投げ出したいと思う事を、そう思わずにやり遂げられる。
 そんなものが見つかれば、それはきっと本物なのだろう。

「私も全く同じ考えだ。カールが人並以上の努力をしてきた事を私は良く知っている。なのに彼は未だにそんな妄想に捉われてしまっていてな。彼より強い女性が私くらいしかいなかったというのも、その考えに執着している原因かも知れぬ」

 ミランダはきっと、カールに期待をしているのだ。

 貴族の地位など人が定めたもの。
 そんなものは、何かの拍子で簡単に失ってしまう。

 それはつい先日まで栄華を誇っていたザウロー家のように。

「ちょっと疑問に思ったのですが、ミランダさんは当然、カール大隊長と手合わせをされたのですよね?」
「ああ。何度も何度もコテンパンに叩きのめしてやったぞ」
「何度もですか……それでも考えを改めなかったと?」
「一応私も伯爵家出身なのでな。彼の家より格下ではあるが、彼の理屈では貴族は貴族という事らしい」
「それはまた薄っぺらい根拠な事で……しかし女性に負けた事については?」

 ミランダが恥ずかしそうに答える。

「……誠に腹立たしい事なのだがね、奴は私を女だとは思っていないようなのだ」

 彼女の告白に怒りの声を上げたのはベァナだった。

「酷いです、酷過ぎます! 師団長権限で罰を与えるべきですっ!」
「ベァナさんと同じ意見とは奇遇ですね、わたくしもそう思います。『自分は女性にボロ負けした情けない男です、本当にごめんなさい』という貼り紙を貼り、市中を引き回すのが宜しいかと思いますわ」

 この二人──
 過激な意見ついても似た者同士だったとは──

(エグモントはシアがこんな性格だという事を知っているのだろうか……)

「ははっ。私を女性扱いしてくれるなんて君たちだけだよ。なんだか嬉しいな」

 そんな中。
 今まで黙って聞いていたセレナの一言が、その場に響く。


「私が罰を与えましょう……」


 見ると、凄まじい形相で虚空を睨んでいた。


「女だからと舐め腐っている輩には、私が鉄拳制裁を行いましょう!」


 セレナさん、お気持ちはわかるのですが……




 使うのは拳ではなく、剣ですからね!




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