Wild Frontier

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第三章

認可《パーミッション》

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 俺達は現在、渇水に見舞われたトレバーという町に向けて旅をしている。
 馬車で十日の距離だという事だが、それは最短日数で計算したものだ。

 ダンケルドを発って既に一週間。
 しかし目的地までの全行程の、まだ半分も進んでいない。

 その理由は全て危機対策リスクヘッジにあった。

 まず俺を含めた仲間全員が、長旅に慣れているわけではない。

 セレナだけは家の手伝いで過去に何度か行商に出たことがあったらしいが、生活の中心が馬車である本職の行商人に比べると、まだまだ初心者と言わざるを得ない。
 無理に急いで旅をするよりは、ストレスの少ない方法で旅をするべきだ。

 また俺が最も力を入れているのが、戦力の強化だ。

 地域によっても異なるが、この世界は都市国家のような形態で成り立っている。
 資源が豊富だったり安全な土地に人が住み着き、徐々に発展していったのだろう。
 だから都市と都市の間には広大な無人地帯が広がっている。
 そんな無人地帯の至る所に、魔物が棲息しているのだ。

 そして魔物によって命を落とす事は、それほど珍しい事ではない。
 旅慣れていない俺達にとって、魔物対策をするのは必然であった。


 それでクロスボウの訓練から始め、魔法についてレクチャーしたのだが……


 昼食後。
 二人の娘から、無言の圧力プレッシャーを感じる。
 先日の魔法の続きが気になるのだろう。


「じゃあまずセレナからにしようか」


 二人の娘達の視線が更に突き刺さる。
 気持ちはわかるのだが、これでもれっきとした意図があるのです……

「わっ、わたしか!? 私は魔法などにはそれほど興味が無く……」
「とある本に書いてあったのだが、西方のグリアンには自らの剣に精霊を宿し、それで攻撃するという技があると……」
「それは真か!?」
「詳しくは知らん。ただそういう文献は確かにあった」
「わかった。そこまで言うならば甘んじて受け入れよう」

 それほど強く推したわけでもないのだが。
 思いの外、乗り気になってくれて助かった。

「まずは俺の魔法で情報を表示させるので、セレナ。カードを貸してくれ」
「そんな事も出来るのだな」

 そう言いながら彼女は自分のカードを差し出した。

「これは昨日使ったものとは別の魔法なのだが、前に魔法協会でこれを唱えていたのを覚えていて、メモしておいたんだ」

 初めて魔法協会に行った、あの日。
 時代錯誤な部屋で職員が詠唱していたのがこの「オペレイト」という魔法だ。
 頑張って暗誦あんしょうした甲斐があった。

「じゃあ詠唱する」



── ᛈᛋᛞᚨ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᛚᚨ ᚠᚨᚱ ᛞᛖ ᛏᛁᛟ ──



 呪文の前半部分はエンクエリと全く同じだ。
 もしかすると、呪文の後半部分で照会対象を変えているのかもしれない。

 セレナのカードに古代文字が浮かび上がった。




  ᛈᚱᛖᛗᛁᛟ ᛈᚢᚾᚲᛏ   512 ᛈᛈ




「おお、何か表示されたな! ヒース殿。これはどういう意味なんだ?」
「訳したものを紙に書くのでちょっと待ってくれ」

 現代文字については今でもかなり苦労はしているが、魔法関連の調査で覚えた語句についてはかなり書けるようになってきた。
 目的を持った人間の成長が速いのはこういう事なのだと実感する。

「一部わからない所はそのままだが、こんな感じの意味だな」




  褒賞ポイント   512 ᛈᛈ




「褒賞ポイント?」
「セレナはダンケルドにいる時、衛兵隊に交じって魔物討伐を手伝っていたよな?」
「ああ。いい訓練になるし、本当に微々たるものだが倒した魔物の素材が小遣いにもなった」
「冒険者ギルドで素材を換金した時に加算されるのがその数字だ。俺の計算によるとホブゴブリン1体分で400加算されるので、残りはそれ以前に倒したゴブリンのものだろう」
「ゴブリンの換金額が低いせいで、おまけみたいな数字になっているのか」
「そうだな。でもこれでちゃんと辻褄つじつまが合うだろう?」
「確かに。私は魔法を一度も使った事が無いから、魔法の記述は無いわけか」

 そうこう話をしているうちにセレナのカードから表示が消えていた。

「じゃあ今度はセレナ自身がカードに照会してくれ」
「わ、わかった」

 何事にもあまり物怖じしないセレナだったが、魔法については本当に未知の存在なのだろう。
 多少まごつきながらも、昨日覚えた照会エンクエリの呪文を詠唱した。




── ᛈᛋᛞᚨ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᛚᚨ ᛈᛚᛁᚷ ᚨᛚ ᚳᛁ ──




 詠唱は無事に終了し、再びカードに古代文字が表示される。



「成功……した?」
「おめでとうセレナ。これで君も魔法使いだ」
「私はだっ!」



 そう言いながらも結構、嬉しそうだ。
 そして俺はその表示を訳していく。




  褒賞ポイント   512 ᛈᛈ

  ᚷᛖᚾᛖᚱᚨ   1  アンロック




「表示が増えている!?」
「ああ。その項目の本来の意味がまだ良く分からないのでそのまま転記しているが、最初に無かったものが増えていたのだから───」
「私が詠唱したエンクエリの魔法の結果というわけか?」
「ああそうだ。つまりその項目が、今詠唱した『英知魔法』の難易度レベルを表している。初めて詠唱したので1という数字になっている」
「おお……そうか……」

 セレナは感慨深そうに、自分のカードを眺めていた。

「それで」

 彼女はにわかにこう発言する。



「剣に精霊の力を宿す魔法というのは、いつから訓練をするのだ?」



 いくら何でも気が早過ぎるっつの!

 俺はその魔法の詳細が確認出来次第、訓練を始めようと約束した。
 そもそも呪文も知らないし、あるかどうかも正直自信は無いっ!


「という感じだ。それじゃ次はプリムとニーヴの順番でやっていこうか」
「はいです!」
「わかりました」




    ◆  ◇  ◇




 二人とも無事、詠唱は成功した。
 プリムについては基本的にセレナと似たような表示だったが、ギルドへの納品経験が無いので褒賞はゼロのままだ。

 結果を見て少し落ち込むプリム。
 多分こうなるだろうと思っていたので、セレナを先にしたのだ。
 セレナの魔法欄が空欄なのはあらかじめ分かっていたし、欄が何もない前例があれば多少は納得出来ると思ったからだ。

 褒賞がゼロなのは仕方が無い。
 先日初めて冒険者カードを手にしたのだから。

 とは言え、やはり少し可哀そうな気もする。
 今後は討伐依頼の報酬はお金で分配ではなく、素材を渡して本人達が納入出来るよう約束した。

 その約束のお陰か、プリムに表情にやる気が漲ってきた。


「プリム、無茶だけはしないようにな」
「はいです!」



 驚いたのはニーヴの結果だった。




  褒賞ポイント   0 ᛈᛈ

  第二    2  アンロック
  第三    2  アンロック
  ᚷᛖᚾᛖᚱᚨ   1  アンロック
  ᚣᛁᚣᛟ     1  アンロック




「四つもある! ニーヴちゃんすごい!」

 ニーヴから笑みがこぼれるが、それほど驚いた様子はない。

 精霊魔法が使えなかっただけで、魔法自体は使えていたのだ。
 つまりベァナの状況とほぼ同じだ。

「ありがとうプリムちゃん! ええっと、第二、第三?」
「確かにこれじゃわからないよな。古語と現代語の意味合いが微妙に異なる場合があるので、なるべく忠実に訳してみた所、こうなった」

 古語で書かれた内容には不可解な記述が多く、俺もその意味を測りあぐねている。
 幾つかの仮説は立ててはみたのだが、魔導士ティネを探しているのはそれを確認する為でもあった。

「文献とメアラの話から言えるのは、まず第二というのが治癒魔法を指しているらしい。第三はウィスプやオートグラフといった共通魔法のグループだ」
「そうでしたか。確かに私は精霊魔法の訓練をする前まで、共通魔法と治癒を使えました」
「十分魔法の才があったではないか」

 セレナの言う通りだ。

 治癒魔法の難易度2と言えばマナヒールやアンチドートを使えるという事である。
 それらは決して低コストの魔法ではない。
 俺の理論に当てはめると『認可パーミッション』以外のすべての条件が揃っていた事になる。

「でもヒースさま。三番目の項目はさっき使った照会エンクエリだっていうのはわかるのですが、最後の項目は……」
「ここに表示される項目は、少なくとも一度は成功した魔法だけなんだ。辛いかも知れないが、魔法の訓練をしていた時の事を詳しく教えてくれないか?」

 ニーヴは軽く唇を噛み、おもむろに話し始めた。

「私は初めから、共通魔法や治癒魔法をすんなり使う事が出来たのです。それで親は私に魔法の才能があると信じ、町で有名な魔法使いの先生を呼んでくれました。その先生は『マナ量が少ないと精霊魔法は発動しない』という理論を支持されている方でして」
「その説、半分は正解だな」
「それでマナ量を増やす為には魔法を使うしかないという事で、毎日毎日疲れるまで詠唱をしていました」
「なるほど。その結果、治癒魔法まで使えなくなったと?」
「そうなんです……って、なんでそこまでわかるのですか!?」
「簡単だ。『認可』が取り消されたからだ」
「認可? ですか?」

 俺は彼女の冒険者カードの訳を指しながら解説する。

「魔法を初めて発動させた時、細かい仕組みまではわからないが、カードにその魔法分類に応じた項目が追加される。例えば治癒魔法の『カーム』だったら『第二』、魔法訓練の初期に良く詠唱される『ウィスプ』だったら『第三』という感じだ」

 話を聞きながらメモを取るニーヴ。

「そしてこの項目の一番右に『アンロック』とあるだろう? これが『認可』が下りた状態だ。この状態なら、その分類の魔法が使える」
「つまり私は治癒魔法や共通魔法、さっき初めて使った英知魔法以外の何かを使えていた、と?」
「俺の考えが正しければそうなんだが……何か思い出せないか?」

 彼女は手を止め、過去の記憶をさかのぼる。

「そう言われれば……一度だけ『アクア』の魔法が成功したような憶えがあります。ただその時は意識が朦朧としていて、近くの花瓶を倒してしまったと思ったんです」
「それを家庭教師には伝えなかったのか?」
「自分でも確信が持てなかったので更に何度か詠唱するうちに意識が無くなり……その後一度も成功しなかったので、結局先生には言えませんでした」
「そうか。大体の事情はわかった」

 彼女は間違った知識による、間違った訓練方法の犠牲になってしまったのだ。

「じゃあ本題に入ろう。ニーヴ、アクアの呪文はまだ覚えているか?」
「はい。倒れるまで詠唱していましたので、忘れたくても忘れられません」

 そう語るニーヴの顔に、訓練の日々の辛さが滲み出る。

「辛いかも知れないが、俺を信じてくれないか?」
「ええと……どういう事でしょう?」

 小首を傾げるニーヴ。



「今ここで、アクアの詠唱をして欲しい」




 ニーヴの表情が一瞬にして凍り付いた。



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