63 / 142
第二章
新たな生活
しおりを挟む
「そうですね……まずは生活必需品から揃えて行きましょう!」
町に来てから様々な出来事があった。
そして騒動がひと段落した時点で大きく変わったのは……
共に行動する仲間が増えたことだ。
薄水色の髪のニーヴと薄桃髪のプリム。
人生の選択を求められた彼女達は、俺達と行動を共にする道を選んだ。
ただ彼女達はそれまでの身分故に、所持品は一切無い。
元の主であるエリザは彼女達に最低限の衣類等は持たせてくれたものの、彼女の農場も非常に苦しい状況だ。
これでもかなり頑張って融通してくれたのだろう。
「ダンケルドだと、この辺りの露店で色々と手に入りますね」
ベァナが案内してくれたのは、露天商が並ぶ通りだった。
ダンケルドの東側に続くメイン通りで、こちらには馬車が来ないため露店の出店が許可されている。
「町のこちら側には用事が無かったので知らなかったのですが、結構色々なものが売られていたのですね!」
「見たことないものがたくさんですー!」
彼女達らしい反応だ。
それぞれの表情は、今まで見たことの無いくらい明るいものだった。
「それじゃまず……ここでお外用の服を選びましょうか」
これから旅をするので、服の替えは必須だ。
目の前の露店は全て古着だが、なかなかしっかりした物が揃っていた。
「結構高そうな古着が随分安く売り出されるようだが」
「貴族様達や大きな商家の間では、様々なお顔合わせの場としてよくパーティが催されるのです。そして出席する際には必ず新しい服を仕立てます」
「見栄とかそういうものか?」
「見栄と言うよりは商談を成立させるためですね。いつも同じ服を着ていては、お家の懐事情が疑われますので。そのお陰で貴族様や商家の方から、余った服を安く売って頂けるのです」
色々聞いてみると、この露天商もベンと同じ行商人だそうだ。
貴族や商家から買った服は、同じ場所では売れないらしい。
確かに自分が着ていた服が街中に出回るのは嫌かも知れない。
「ベァナねえさま。これ、どれをえらんでもいいの?」
「この露店の品物はみんな同じくらいの値段だし、気にせず選んで!」
プリムはそれを聞いて喜んでいたが、どう選んで良いか分からないようだ。
彼女は今まで、自分の服を選んだ事など無い。
「プリムちゃんだと、こんな見た目の服が似合いそうだよ」
ニーヴが一着の服をプリムの体に当てて見ている。
「にあう?」
「いい感じだけど、ちょっとサイズが合わないかも……」
「そっか。それはざんねんです」
「でも他にも沢山あるし、色々見てみよう! ベァナねえさま、お時間かかっても大丈夫でしょうか?」
「うん! 気に入った服が見つかるまで選んでいいわよ!」
娘達に笑顔が広がる。
その姿を見ているベァナもとても嬉しそうだ。
「ベァナ、随分機嫌がいいようだな」
「ええっ! だって妹が二人も増えたのですよ!? ずっとお姉ちゃんか妹が欲しいって思っていたので!」
彼女にはニックという、とても利発で可愛らしい弟がいる。
しかしやはり男の子なので着る服や遊びなど、興味の対象は違うだろう。
共通の話題を話せる仲間が出来たのは、彼女には良かったのかも知れない。
「それでヒースさん、この後なのですが……三人だけで買い物したいのです」
「それは全く構わないが、何かあるのか?」
「いえ、そのですね……下着とかを」
「ああっ、気が利かずに悪い! じゃあお昼に例のパスタ屋さん集合で!」
「すみませんっ!」
そう言えば俺以外、全員女の子なのだった。
俺はほんの少しだけ疎外感を感じながら、露店街を離れる。
そして以前から気になっていた、とある場所に向かう事にした。
◆ ◇ ◇
目的地に向かう途中、街中を歩きながら考えていた。
俺の旅の目的は二つある。
一つはこの世界の謎を解き、元の世界に戻る方法について調べる事。
だがもし戻れたとしても、そこがずっと未来の地球である可能性もある。
事に次第によっては、戻るか戻らないか自体を決める必要があるだろう。
もし戻った先の地球が、俺の知らない世界になっていたとしたら……
それは俺にとって、もはや異世界でしかない。
この世界では既に多くの知り合いや仲間が出来た。
誰も知らない元の世界に戻るくらいなら、この世界で生きて行くほうが良い。
どちらにせよ暫くの間、ここにいる事に変わりはない。
そしてもう一つの目的が、この世界を生きるために必要な事。
この世界の自分が何者なのか、そしてなぜ山中に一人で居たのかを知る事だ。
俺は置かれていた状況から、何者かに追われていたという推測をした。
そしてそれは魔術師マラスによって、ほぼ正しい事が分かっている。
この世界本来の俺を知る人間は、現状ではマラスだけしかいないのだ。
「お疲れ様です」
目的地である、衛兵隊の詰め所に到着した。
「あ、ヒースさん! 団長なら会合に出てまして、もうすぐ戻られるかと」
先日のホブゴブリン来襲がきっかけで、町の衛兵達とは顔なじみになっていた。
団長と呼ばれる衛兵隊の長シュヘイムは、元々トーラシア軍の師団長にまでなった人物で、故郷を守るために勇退して現職にいるらしい。
ダンケルドの衛兵隊は少し特殊で、町の有志が出資して出来た自警組織だ。
領主が「平和な町に兵士など要らない」と言って資金提供を渋っていたため、町の有志が出資して出来たそうだ。
アーネストも大口出資者の一人である。
「シュヘイムさんも大変だね。今度はどんな苦情が出たんだい?」
「いやうちへの苦情っというよりも、領主への不満が吹き出てるようで」
「領主? そう言えばここの領主の話って一切聞いたこと無いな」
「そうかも知れませんね。なんつってもここの領主様は税を集める以外、何もしませんからね!」
「先日あれだけの襲撃があったのに、まだ何の対策も出さないのか?」
「衛兵隊があるのだから、そこが対処すれば良いじゃないか、と」
「領主であるという意味を分かっていないのだな……」
領民から税を徴収するというのは、領民を守るという義務への対価だ。
つまり『守る』というサービスに対して、領民は対価を払っている。
守ってくれないのなら、それは単なる搾取でしかない。
「それで、団長は誰とお話を?」
「その話なら奥でじっくりしてやるぞ、ヒース殿!」
扉のほうから聞こえる大きくて野太い声の主は……
「シュヘイムさん。今お戻りですか?」
「ああ。アーネストがなかなか解放してくれなくてなっ! 丁度いい、話があるから奥に来てくれ!」
「ええ。俺もシュヘイムさんに用がありましたので」
続きは団長室でする事になった。
◇ ◆ ◇
「まぁ簡単な話が、俺にダンケルドの領主になってくれないかって話なんだ」
「そんな簡単に領主になれるものなのですか?」
「そりゃまぁ簡単ではないが……可能ではあるな」
シュヘイムは武人とは思えない慣れた手つきで、お茶を入れてくれた。
「ありがとうございます」
「気にすんなって。まぁこの町の要人ならみんな知っていると思うので話すが、俺は領地は無いものの一応爵位持ちでな。元々は準男爵家の生まれだが、師団を率いた功績もあって男爵に昇格させていただいたのだ」
「なるほど。それでダンケルド領主の爵位というのは?」
「俺と同じ男爵だな。しかしうちのヴィッケルト家とは違い、ザウロー男爵家は貴族として歴史が長い」
ダンケルドの城壁に飾られていた紋章はザウロー家のものだったのか。
しかしこの詰め所に、その旗は飾られていなかった。
部屋には紋章が飾られていたが、それは町の城壁のものとは違う。
きっとこれがシュヘイムの家である、ヴィッケルト家の紋章なのだろう。
「町の連中の言い分もわかる。ザウロー家の先代領主は凡庸ではあったが、領民の話を聞ける人物だった。だが息子はどうしようも無い奴でな。資金提供は渋るし何もしない挙句、更に税率を上げようとしているのさ」
「それでアーネストさんのような町の有力者から嘆願を?」
「そんな感じだな。特にアーネストからは物資調達でかなり世話になっているし、気持ちもわかるのだが……同じ男爵でも歴史のあるザウローのほうが世間的には格上なのだ。気軽に手出しできん」
この辺の話は俺にもさっぱりわからないので、何もアドバイス出来ない。
「領主の話はまぁいいんだ。そのうちなんとかする。それよりもヒース殿! アーネストに聞いたのだが、彼に色々なすごいアドバイスをしているそうじゃないか!?」
「ええ、まぁ」
「それにお連れの娘さんが持っていた武器! 詰め所じゃ娘さん自体のほうがすごい話題にはなっているんだが、あの武器もヒース殿の発明なのだろう?」
「私の発明では無いですが、基礎設計をしたのは私ですね」
「つい先日、アラーニ村がホブゴブリン集団に襲われたが、無傷で撃退したっていう情報が入ったんだ! ヒース殿、あんたアラーニ村から来たって話だったよな!?」
情報の伝播が随分遅かったが、概ね正しく伝わっている。
「無傷では無かったですが、村人たちの協力で全て撃退出来ました」
「やっぱりそうか! 頼む、撃退方法を教えてくれないか!? 先日の襲撃ではヒース殿たちのお陰で被害は少なくて済んだのだが、それでも何人かの若者が命を……」
クロスボウやバリスタは強力過ぎる武器だ。
アラーニは山麓でひっそりと暮らす人々の村なので、特に問題無いと判断した。
しかしダンケルドは多くの人々が行き交う町である。
強力過ぎる武器はいずれ、戦争に転用されてしまう。
俺は初め、衛兵達は領主の元で雇われている職業軍人だという認識だった。
自ら被る危険を対価にお金を貰う仕事なのだから、魔物と戦うのは当然だと。
しかしその実態は、自分たちの町を守るために志願した若者達だ。
無償では無いかも知れないが、ほぼボランティアに近いものだろう。
正直者が馬鹿を見るような世界など、俺は望まない。
「わかりました。基本的構造はベァナが持っているクロスボウと構造は同じですので、まずは彼女の武器を複製する所から始めると良いでしょう。アーネストさんの知り合いのマーカスさんという職人なら、すぐに作れると思います」
「おお、そうか! それは本当に助かる!」
「ただ二点ほどお願いがあるのですが……よろしいですか?」
「俺に出来る事ならなんでも聞くぞ!」
「一点目は、その武器についてです。多分この世界に存在する武器の中では、非常に高い殺傷能力を持つものと思います。対人に使うなとは言いませんが、必ず自衛の為だけに使っていただけませんか?」
シュヘイムは暫し思考に耽る。
単純な願いであっても、それを守れるかどうか真剣に考えているのだろう。
彼ならば、きっと良い領主になるに違いない。
「そうだな。自衛で使えるというならば問題無いだろう。俺達がどこかに攻め込む事は無いし、座して死を待つというのも俺の性に合わないからな」
「それは良かったです。二つ目のお願いなのですが……先日ここに連れて来た、マラスという男との面会許可を戴けませんか?」
「……すまんがそれは出来ぬ相談だ」
即答だった。
正直な話、こちらの頼みのほうがすんなり許可が下りると思っていたのだが……
そんなに難しい頼みだろうか?
「私にとって重要な情報を持っているかもしれない男で、単に話を聞くだけで良いのです。なんとかお願い出来ませんか?」
「いや、それくらいの事なら直ぐに許可はするのだが、肝心のマラスが居ないのだ」
「どういう事ですか?」
「ヒース殿が担いで連れて来た後、数日間は独房で大人しく過ごしていたのだが……ある日忽然と姿を消してしまったんだ」
「脱走したという事でしょうか?」
「いや。牢には何の異常も無かったし、独房の通気口が切断されたわけでも無い。看守を三か所に配置しているのだが、その誰も気付かなかったそうだ。状況から考えると、消えてしまったとしか言いようがないのだ」
マラスは魔術師だ。
しかも彼には「使徒」と呼ばれる上司のような存在がいる。
それは即ち、背後に何らかの組織がある事を意味している。
「というわけなのだ。俺達も少ない予算でやりくりしているので、警備体制をこれ以上強化する事も出来ん。申し訳ない」
「いえ、そういう事でしたら仕方が無いです。クロスボウとバリスタの件に関してはしっかり進めておきます」
「世話になってばかりで本当にすまんな。この借りはいつか必ず返す!」
◇ ◇ ◆
俺への微かな手がかりはここで潰えてしまった。
しかしまだまだ手が無いわけでない。
誰かが俺を狙っているというならば、いずれその手の者が現れる事もあるだろう。
この町でやるべき事はほぼ全て終えた。
しかしこの町を発つには、まだ少し準備が必要だった。
次の目的地のトレバーまでは馬車でも二週間近くかかる。
アラーニからダンケルドまでは馬車で四日という近さだ。
それに旅慣れした行商人のベンと旅路は、何の不自由も無いものだった。
しかし今回はベンを当てにする事は出来ない。
アラーニでは積み荷を全て降ろしていたため大人二人を乗せてもらう余裕があったが、今回は子供とは言え、仲間が倍に増えている。
町で沢山の商品を積み込んだ彼の馬車に、俺達を乗せるスペースは無い。
更に言うと今回はおそらく、ベンとは違う目的地になるだろう。
俺達が向かうトレバーは渇水が原因で、住民が流出しているらしい。
既にゴーストタウン化しているとの噂も聞く。
つまりそんな町に向かう行商人など存在しない。
俺達が旅を続けるためには、馬車を自前で準備しなければならないのだ。
町に来てから様々な出来事があった。
そして騒動がひと段落した時点で大きく変わったのは……
共に行動する仲間が増えたことだ。
薄水色の髪のニーヴと薄桃髪のプリム。
人生の選択を求められた彼女達は、俺達と行動を共にする道を選んだ。
ただ彼女達はそれまでの身分故に、所持品は一切無い。
元の主であるエリザは彼女達に最低限の衣類等は持たせてくれたものの、彼女の農場も非常に苦しい状況だ。
これでもかなり頑張って融通してくれたのだろう。
「ダンケルドだと、この辺りの露店で色々と手に入りますね」
ベァナが案内してくれたのは、露天商が並ぶ通りだった。
ダンケルドの東側に続くメイン通りで、こちらには馬車が来ないため露店の出店が許可されている。
「町のこちら側には用事が無かったので知らなかったのですが、結構色々なものが売られていたのですね!」
「見たことないものがたくさんですー!」
彼女達らしい反応だ。
それぞれの表情は、今まで見たことの無いくらい明るいものだった。
「それじゃまず……ここでお外用の服を選びましょうか」
これから旅をするので、服の替えは必須だ。
目の前の露店は全て古着だが、なかなかしっかりした物が揃っていた。
「結構高そうな古着が随分安く売り出されるようだが」
「貴族様達や大きな商家の間では、様々なお顔合わせの場としてよくパーティが催されるのです。そして出席する際には必ず新しい服を仕立てます」
「見栄とかそういうものか?」
「見栄と言うよりは商談を成立させるためですね。いつも同じ服を着ていては、お家の懐事情が疑われますので。そのお陰で貴族様や商家の方から、余った服を安く売って頂けるのです」
色々聞いてみると、この露天商もベンと同じ行商人だそうだ。
貴族や商家から買った服は、同じ場所では売れないらしい。
確かに自分が着ていた服が街中に出回るのは嫌かも知れない。
「ベァナねえさま。これ、どれをえらんでもいいの?」
「この露店の品物はみんな同じくらいの値段だし、気にせず選んで!」
プリムはそれを聞いて喜んでいたが、どう選んで良いか分からないようだ。
彼女は今まで、自分の服を選んだ事など無い。
「プリムちゃんだと、こんな見た目の服が似合いそうだよ」
ニーヴが一着の服をプリムの体に当てて見ている。
「にあう?」
「いい感じだけど、ちょっとサイズが合わないかも……」
「そっか。それはざんねんです」
「でも他にも沢山あるし、色々見てみよう! ベァナねえさま、お時間かかっても大丈夫でしょうか?」
「うん! 気に入った服が見つかるまで選んでいいわよ!」
娘達に笑顔が広がる。
その姿を見ているベァナもとても嬉しそうだ。
「ベァナ、随分機嫌がいいようだな」
「ええっ! だって妹が二人も増えたのですよ!? ずっとお姉ちゃんか妹が欲しいって思っていたので!」
彼女にはニックという、とても利発で可愛らしい弟がいる。
しかしやはり男の子なので着る服や遊びなど、興味の対象は違うだろう。
共通の話題を話せる仲間が出来たのは、彼女には良かったのかも知れない。
「それでヒースさん、この後なのですが……三人だけで買い物したいのです」
「それは全く構わないが、何かあるのか?」
「いえ、そのですね……下着とかを」
「ああっ、気が利かずに悪い! じゃあお昼に例のパスタ屋さん集合で!」
「すみませんっ!」
そう言えば俺以外、全員女の子なのだった。
俺はほんの少しだけ疎外感を感じながら、露店街を離れる。
そして以前から気になっていた、とある場所に向かう事にした。
◆ ◇ ◇
目的地に向かう途中、街中を歩きながら考えていた。
俺の旅の目的は二つある。
一つはこの世界の謎を解き、元の世界に戻る方法について調べる事。
だがもし戻れたとしても、そこがずっと未来の地球である可能性もある。
事に次第によっては、戻るか戻らないか自体を決める必要があるだろう。
もし戻った先の地球が、俺の知らない世界になっていたとしたら……
それは俺にとって、もはや異世界でしかない。
この世界では既に多くの知り合いや仲間が出来た。
誰も知らない元の世界に戻るくらいなら、この世界で生きて行くほうが良い。
どちらにせよ暫くの間、ここにいる事に変わりはない。
そしてもう一つの目的が、この世界を生きるために必要な事。
この世界の自分が何者なのか、そしてなぜ山中に一人で居たのかを知る事だ。
俺は置かれていた状況から、何者かに追われていたという推測をした。
そしてそれは魔術師マラスによって、ほぼ正しい事が分かっている。
この世界本来の俺を知る人間は、現状ではマラスだけしかいないのだ。
「お疲れ様です」
目的地である、衛兵隊の詰め所に到着した。
「あ、ヒースさん! 団長なら会合に出てまして、もうすぐ戻られるかと」
先日のホブゴブリン来襲がきっかけで、町の衛兵達とは顔なじみになっていた。
団長と呼ばれる衛兵隊の長シュヘイムは、元々トーラシア軍の師団長にまでなった人物で、故郷を守るために勇退して現職にいるらしい。
ダンケルドの衛兵隊は少し特殊で、町の有志が出資して出来た自警組織だ。
領主が「平和な町に兵士など要らない」と言って資金提供を渋っていたため、町の有志が出資して出来たそうだ。
アーネストも大口出資者の一人である。
「シュヘイムさんも大変だね。今度はどんな苦情が出たんだい?」
「いやうちへの苦情っというよりも、領主への不満が吹き出てるようで」
「領主? そう言えばここの領主の話って一切聞いたこと無いな」
「そうかも知れませんね。なんつってもここの領主様は税を集める以外、何もしませんからね!」
「先日あれだけの襲撃があったのに、まだ何の対策も出さないのか?」
「衛兵隊があるのだから、そこが対処すれば良いじゃないか、と」
「領主であるという意味を分かっていないのだな……」
領民から税を徴収するというのは、領民を守るという義務への対価だ。
つまり『守る』というサービスに対して、領民は対価を払っている。
守ってくれないのなら、それは単なる搾取でしかない。
「それで、団長は誰とお話を?」
「その話なら奥でじっくりしてやるぞ、ヒース殿!」
扉のほうから聞こえる大きくて野太い声の主は……
「シュヘイムさん。今お戻りですか?」
「ああ。アーネストがなかなか解放してくれなくてなっ! 丁度いい、話があるから奥に来てくれ!」
「ええ。俺もシュヘイムさんに用がありましたので」
続きは団長室でする事になった。
◇ ◆ ◇
「まぁ簡単な話が、俺にダンケルドの領主になってくれないかって話なんだ」
「そんな簡単に領主になれるものなのですか?」
「そりゃまぁ簡単ではないが……可能ではあるな」
シュヘイムは武人とは思えない慣れた手つきで、お茶を入れてくれた。
「ありがとうございます」
「気にすんなって。まぁこの町の要人ならみんな知っていると思うので話すが、俺は領地は無いものの一応爵位持ちでな。元々は準男爵家の生まれだが、師団を率いた功績もあって男爵に昇格させていただいたのだ」
「なるほど。それでダンケルド領主の爵位というのは?」
「俺と同じ男爵だな。しかしうちのヴィッケルト家とは違い、ザウロー男爵家は貴族として歴史が長い」
ダンケルドの城壁に飾られていた紋章はザウロー家のものだったのか。
しかしこの詰め所に、その旗は飾られていなかった。
部屋には紋章が飾られていたが、それは町の城壁のものとは違う。
きっとこれがシュヘイムの家である、ヴィッケルト家の紋章なのだろう。
「町の連中の言い分もわかる。ザウロー家の先代領主は凡庸ではあったが、領民の話を聞ける人物だった。だが息子はどうしようも無い奴でな。資金提供は渋るし何もしない挙句、更に税率を上げようとしているのさ」
「それでアーネストさんのような町の有力者から嘆願を?」
「そんな感じだな。特にアーネストからは物資調達でかなり世話になっているし、気持ちもわかるのだが……同じ男爵でも歴史のあるザウローのほうが世間的には格上なのだ。気軽に手出しできん」
この辺の話は俺にもさっぱりわからないので、何もアドバイス出来ない。
「領主の話はまぁいいんだ。そのうちなんとかする。それよりもヒース殿! アーネストに聞いたのだが、彼に色々なすごいアドバイスをしているそうじゃないか!?」
「ええ、まぁ」
「それにお連れの娘さんが持っていた武器! 詰め所じゃ娘さん自体のほうがすごい話題にはなっているんだが、あの武器もヒース殿の発明なのだろう?」
「私の発明では無いですが、基礎設計をしたのは私ですね」
「つい先日、アラーニ村がホブゴブリン集団に襲われたが、無傷で撃退したっていう情報が入ったんだ! ヒース殿、あんたアラーニ村から来たって話だったよな!?」
情報の伝播が随分遅かったが、概ね正しく伝わっている。
「無傷では無かったですが、村人たちの協力で全て撃退出来ました」
「やっぱりそうか! 頼む、撃退方法を教えてくれないか!? 先日の襲撃ではヒース殿たちのお陰で被害は少なくて済んだのだが、それでも何人かの若者が命を……」
クロスボウやバリスタは強力過ぎる武器だ。
アラーニは山麓でひっそりと暮らす人々の村なので、特に問題無いと判断した。
しかしダンケルドは多くの人々が行き交う町である。
強力過ぎる武器はいずれ、戦争に転用されてしまう。
俺は初め、衛兵達は領主の元で雇われている職業軍人だという認識だった。
自ら被る危険を対価にお金を貰う仕事なのだから、魔物と戦うのは当然だと。
しかしその実態は、自分たちの町を守るために志願した若者達だ。
無償では無いかも知れないが、ほぼボランティアに近いものだろう。
正直者が馬鹿を見るような世界など、俺は望まない。
「わかりました。基本的構造はベァナが持っているクロスボウと構造は同じですので、まずは彼女の武器を複製する所から始めると良いでしょう。アーネストさんの知り合いのマーカスさんという職人なら、すぐに作れると思います」
「おお、そうか! それは本当に助かる!」
「ただ二点ほどお願いがあるのですが……よろしいですか?」
「俺に出来る事ならなんでも聞くぞ!」
「一点目は、その武器についてです。多分この世界に存在する武器の中では、非常に高い殺傷能力を持つものと思います。対人に使うなとは言いませんが、必ず自衛の為だけに使っていただけませんか?」
シュヘイムは暫し思考に耽る。
単純な願いであっても、それを守れるかどうか真剣に考えているのだろう。
彼ならば、きっと良い領主になるに違いない。
「そうだな。自衛で使えるというならば問題無いだろう。俺達がどこかに攻め込む事は無いし、座して死を待つというのも俺の性に合わないからな」
「それは良かったです。二つ目のお願いなのですが……先日ここに連れて来た、マラスという男との面会許可を戴けませんか?」
「……すまんがそれは出来ぬ相談だ」
即答だった。
正直な話、こちらの頼みのほうがすんなり許可が下りると思っていたのだが……
そんなに難しい頼みだろうか?
「私にとって重要な情報を持っているかもしれない男で、単に話を聞くだけで良いのです。なんとかお願い出来ませんか?」
「いや、それくらいの事なら直ぐに許可はするのだが、肝心のマラスが居ないのだ」
「どういう事ですか?」
「ヒース殿が担いで連れて来た後、数日間は独房で大人しく過ごしていたのだが……ある日忽然と姿を消してしまったんだ」
「脱走したという事でしょうか?」
「いや。牢には何の異常も無かったし、独房の通気口が切断されたわけでも無い。看守を三か所に配置しているのだが、その誰も気付かなかったそうだ。状況から考えると、消えてしまったとしか言いようがないのだ」
マラスは魔術師だ。
しかも彼には「使徒」と呼ばれる上司のような存在がいる。
それは即ち、背後に何らかの組織がある事を意味している。
「というわけなのだ。俺達も少ない予算でやりくりしているので、警備体制をこれ以上強化する事も出来ん。申し訳ない」
「いえ、そういう事でしたら仕方が無いです。クロスボウとバリスタの件に関してはしっかり進めておきます」
「世話になってばかりで本当にすまんな。この借りはいつか必ず返す!」
◇ ◇ ◆
俺への微かな手がかりはここで潰えてしまった。
しかしまだまだ手が無いわけでない。
誰かが俺を狙っているというならば、いずれその手の者が現れる事もあるだろう。
この町でやるべき事はほぼ全て終えた。
しかしこの町を発つには、まだ少し準備が必要だった。
次の目的地のトレバーまでは馬車でも二週間近くかかる。
アラーニからダンケルドまでは馬車で四日という近さだ。
それに旅慣れした行商人のベンと旅路は、何の不自由も無いものだった。
しかし今回はベンを当てにする事は出来ない。
アラーニでは積み荷を全て降ろしていたため大人二人を乗せてもらう余裕があったが、今回は子供とは言え、仲間が倍に増えている。
町で沢山の商品を積み込んだ彼の馬車に、俺達を乗せるスペースは無い。
更に言うと今回はおそらく、ベンとは違う目的地になるだろう。
俺達が向かうトレバーは渇水が原因で、住民が流出しているらしい。
既にゴーストタウン化しているとの噂も聞く。
つまりそんな町に向かう行商人など存在しない。
俺達が旅を続けるためには、馬車を自前で準備しなければならないのだ。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
この行く先に
爺誤
BL
少しだけ不思議な力を持つリウスはサフィーマラの王家に生まれて、王位を継がないから神官になる予定で修行をしていた。しかし平和な国の隙をついて海を隔てた隣国カリッツォが急襲され陥落。かろうじて逃げ出したリウスは王子とばれないまま捕らえられてカリッツォへ連れて行かれて性奴隷にされる。数年間最初の主人のもとで奴隷として過ごしたが、その後カリッツォの王太子イーフォの奴隷となり祖国への思いを強めていく。イーフォの随行としてサフィーマラに陥落後初めて帰ったリウスはその惨状に衝撃を受けた。イーフォの元を逃げ出して民のもとへ戻るが……。
暗い展開・モブレ等に嫌悪感のある方はご遠慮ください。R18シーンに予告はありません。
ムーンライトノベルズにて完結済
忌子は敵国の王に愛される
かとらり。
BL
ミシャは宮廷画家の父を持つ下級貴族の子。
しかし、生まれつき色を持たず、髪も肌も真っ白で、瞳も濁った灰色のミシャは忌子として差別を受ける対象だった。
そのため家からは出ずに、父の絵のモデルをする日々を送っていた。
ある日、ミシャの母国アマルティナは隣国ゼルトリアと戦争し、敗北する。
ゼルトリアの王、カイは金でも土地でもなくミシャを要求した。
どうやら彼は父の描いた天使に心酔し、そのモデルであるミシャを手に入れたいらしい。
アマルティナと一転、白を高貴な色とするゼルトリアでミシャは崇高な存在と崇められ、ミシャは困惑する。
捨てられ令嬢は屋台を使って町おこしをする。
しずもり
ファンタジー
コスト侯爵家の長女ティアナは実父であるジェイソンに仕事を押し付けられ学校にも通わせてもらえず後妻のマーガレットと義妹エミリーに使用人のように扱われ虐げられていた。
それでも亡くなった母から譲り受けた小さな商会を夫となる婚約者ロバートと王都一の商会にする事を夢見て耐えていた。
しかし商会とロバートをエミリーに奪われ父からも捨てられた。彼女に残されたのはボロボロの屋台だけ。屋台の前に立つティアナと元専属侍従のクリスフォード。
「・・・・・ふふふ、本当に追い出されちゃったわね。」
「お嬢様の仰る通り今日がXデーでしたね。ところでコレ、どうするんです?」
「あら、大丈夫よ。空間収納に入れておくし。」
「はっ!?前世の記憶だけじゃなくそんなモンまで使えるようになったんですか?」
「うん♪商売するには便利そうよね〜。」
婚約者と義妹の浮気現場を目撃したショックで前世を思い出したティアナは新たな自分の人生を謳歌しようと前世の知識を活かし屋台を引っ提げて王国を駆け巡り気付けば町おこし令嬢と呼ばれるようになっていた!?
*屋台で活躍するまでちょっと時間が掛かります。(イケアに到着してから)
*現実の史実や時代設定とは異なるゆるゆるの独自の異世界設定です。
*誤字脱字等は気付き次第修正します。
*
さだめの星が紡ぐ糸
おにぎり1000米
BL
それは最初で最後の恋だった――不慮の事故でアルファの夫を亡くしたオメガの照井七星(てるいななせ)は、2年後、夫を看取った病院でアルファの三城伊吹(みしろいぶき)とすれちがう。ふたりは惹かれあったすえにおたがいを〈運命のつがい〉と自覚したが、三城には名門の妻がいた。しかし七星と伊吹のあいだにかけられた運命の糸は切り離されることがなく、ふたりを結びつけていく。
オメガバース 妻に裏切られているアルファ×夫を亡くしたオメガ ハッピーエンド
*完結済み。小ネタの番外編をこのあと時々投下します。
*基本的なオメガバース設定として使っているのは「この世界の人々には男女以外にアルファ、オメガ、ベータの性特徴がある」「オメガは性周期によって、男性でも妊娠出産できる機能を持つ。また性周期に合わせた発情期がある」「特定のアルファ-オメガ間にある唯一無二の絆を〈運命のつがい〉と表現する」程度です。細かいところは独自解釈のアレンジです。
*パラレル現代もの設定ですが、オメガバース世界なので若干SFでかつファンタジーでもあるとご了承ください。『まばゆいほどに深い闇』と同じ世界の話ですが、キャラはかぶりません。
主人公は高みの見物していたい
ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。
※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます
※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。
とあるガンマニアの異世界冒険物語。
ポムポム軍曹
ファンタジー
「本当に異世界に来てしまったんだなあ……」
ホームセンターに勤務する榎本孝司は休日の日、趣味のサバイバルゲーム中に突如発生した濃霧に迷い込んでしまう――――そして霧の先にいたのはこの世の者とは思えない絶世の美女であった。
『儂の世界を調べてもらえぬか?』
半ば強引に拉致同然に連れてこられたのは地球でも異世界でもない神の領域。
彼女は自身を異世界の神だと名乗り、自分が作り上げた世界に発生した異常を調べて欲しいと言う。
そして、
『お主には神である儂に代わって異世界で起きている崩壊の兆しを調べて欲しいのじゃ』
そう言われて異世界と地球を管理するそれぞれの神様によって依頼されて送り込まれた先は神が作った異世界。魔法が存在し、文化や技術の差が著しく異なる国同士がひしめき合う箱庭のようなどことなく地球と似た文化や文明が存在する不思議な世界だった……
これは異世界各地を渡り歩き、世界を管理する神に代わって異世界の危機を解決する冒険物語。
銃と剣、火薬と魔法、謀略と正義、人々と神々の思惑が交錯する物語である。
デボルト辺境伯邸の奴隷。
ぽんぽこ狸
BL
シリアルキラーとして捕えられた青年は,処刑当日、物好きな辺境伯に救われ奴隷として仕える事となる。
主人と奴隷、秘密と嘘にまみれた二人の関係、その果てには何があるのか──────。
亜人との戦争を終え勝利をおさめたある巨大な国。その国境に、黒い噂の絶えない変わり者の辺境伯が住んでいた。
亜人の残党を魔術によって処分するために、あちこちに出張へと赴く彼は、久々に戻った自分の領地の広場で、大罪人の処刑を目にする。
少女とも、少年ともつかない、端麗な顔つきに、真っ赤な血染めのドレス。
今から処刑されると言うのに、そんな事はどうでもいいようで、何気ない仕草で、眩しい陽の光を手で遮る。
真っ黒な髪の隙間から、強い日差しでも照らし出せない闇夜のような瞳が覗く。
その瞳に感情が写ったら、どれほど美しいだろうか、そう考えてしまった時、自分は既に逃れられないほど、君を愛していた。
R18になる話には※マークをつけます。
BLコンテスト、応募用作品として作成致しました。応援して頂けますと幸いです。
皇国の復讐者 〜国を出た無能力者は、復讐を胸に魔境を生きる。そして数年後〜
ネコミコズッキーニ
ファンタジー
「あいつがどこの国のどんな貴族でも関係ない。必ず追い詰めて絶対に殺してやる! 絶対に絶対に絶対に絶対にっ!!」
七星皇国の武家に生まれた陸立理玖。幼い頃は剣の才に溢れ、将来を期待されていた彼であったが「霊力」に目覚める事なく15才を迎えてしまった。そんな彼を家に置く事はできないと生家を追われてしまう。だが理玖はただでは追い出されまいと、家宝の刀を持ち出して国を出た。
出奔した先で自由気ままに生きていたが、ある日帝国の魔術師の謀略に巻き込まれてしまう。復讐を決意し帝国へ向かうが、その道中の船旅で嵐に遭遇、目覚めるとそこは人外魔境の地であった。
数々の苦難に遭いながらも決して復讐を諦めず、意地と気合で生き抜く日々が始まる。そして数年後、理玖は魔境からの脱出を果たす。そこにはかつて無能者と呼ばれていた面影はなかった。
復讐から始まり、やがて世界を救う事になる救世の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる