Wild Frontier

beck

文字の大きさ
上 下
61 / 142
第二章

人生の選択

しおりを挟む
「皆さんこの度は本当にありがとうございました」

 今回の件で改めてお礼をしたいという事で、カルロの屋敷に呼ばれていた。
 役所での手続きが終わった今は、エリザの屋敷と言うべきか。

 今日は実際に解呪を行ったベァナ、そして俺とメアラの三人で訪問している。
 応接室でお茶を飲みながら、エリザから今後の事について話を聞いていた。

「農場を続けるか迷っていると?」
「はい。管理者達は全員農場を続けたいという意見で一致していました。そこで次に奴隷の方々全員に集まっていただき、まず今までの待遇についてお詫びしたのです」

 エリザはテーブルに目を落としながら続けた。

「正直な所、恨み辛みの声ばかりだろうと覚悟していたのですが、皆さん文句のひとつも言わずに」
「それは意外ですね」
「それでアーネストさんからのご提案についてもお話ししたのです。もし希望するなら、うちではなくアーネストさんの農場に移っても良いです、と」

 アーネストは従業員、奴隷に限らず、カルロ農場で働いていた者については誰でも受け入れると伝えていた。

 誰から見てもアーネストの農場のほうが待遇が良い。
 そして今まさに、その企業からオファーが来ているのだ。
 普通だったら間違いなく転職する。

「ところが誰もそれを望みませんでした。元のような農場に戻るんだったら、自分たちはこのままでいい、と」

 ベァナとメアラは何も言わず、話に耳を傾けていた。
 そしてエリザが意外な一言を漏らす。

「私はそれがとても不安なのです」
「どうしてです? 皆さん元の農場目指して頑張ると言ってくれているのに?」
「彼らが残ると言ってくれたのは、きっとあの頃の農場の記憶と、カルロ様への恩から来たものです。私にはそういった実績がありませんし、カルロ様やアーネスト様のような力が私にあるとも思えないのです」

 農場主という責任ある立場に不安を感じているのだろう。

「うーん、それはどうでしょうね。多分ですがエリザさんが農場を受け継いだから、皆さんも続けるとおっしゃっているのだと思います」
「そうなんでしょうか」
「役所での話を聞いていて思ったんです。エリザさん程、カルロさんの思いを引き継いでいる人はいないだろうって。生まれた時から農場を見てきたわけですよね?」
「そうですね」
「そしてその後、カルロさんが健在だった時もエリザさんは一緒に働いていたのですから、皆さんその姿を覚えていないわけがありません」

 後継者が全くの新任だったらこうは行かないだろう。
 事業や物事の引継ぎというのはそれだけ難しい。

「カルロさんの業績に関しては、私は直接見ていないので良く分かりません。しかしアーネストさんの農場については、それこそ本当に隅から隅まで見て来ました。農場自体もそうですし、そこで働いている人々まで」

 アーネストの農場を見学した時に分かった事。
 それは……

「それで一つ分かった事があるんです」
「分かった事ですか?」
「はい。それはですね、農場はあるじだけでは回し切れないという事です。もちろん人手という意味ではありません。才能や発想という面で、です」
「才能や発想……」
「アーネストさんの農場で発明された脱穀だっこくの農具について話を聞いたのですが、それは一人の従業員が発案したものだったそうです。またお店のコンセプトや内装については娘さん達が考えたものでした」

 そして彼らは以前から、商品開発なども積極的に行っている。
 俺達とアーネストを結び付ける元となったのもその中から生まれたものだ。

 名も知らぬ商人から譲り受けた、たった一本のチーズの瓶詰。
 ちょっとした会話から繋がった、数奇な縁。

 そんな小さな瓶ではあっても、そこには生産者達の努力が詰まっている。
 そうして生み出された発明や商品が、人と人とを繋げていく。

「もちろんアーネストさん自体も頭の良い方で、自身でも色々な事にチャレンジしています。でも実際に彼の農場で行われているもののほとんどが、彼以外の人によって生み出されたものばかりなのです」
「でも今まで私たちは、作った作物を売るという事しかして来ませんでした。アイデアを出せるような人材も、形に出来る技術もありません……」

 確かにアーネストの農場はアイデア満載で特殊な存在かも知れない。
 しかし物事の本質は、そこではない。

「アイデアとか技術力って、いざ生み出そうと思ったって生まれるものではないのです。アイデアに必要なのは様々な視点ですし、技術力は正直、試行錯誤と実践の積み重ねです。決して一人だけで成し遂げられるものではありません」

 人の思考は十人十色である。
 一人の人間の正解が、他の人の正解と同じであるとは限らない。
 こんなバラバラな意見の人々が集まって出来ているのがこの世界なのだ。
 独りよがりの考えで成功を収められるほど、この世の中は甘くはない。

「別に何か新しい事をしなくちゃって思わなくてもいいと思います。単純に『買ってくれる人たちの利益』を考えながら『農場の利益』を見つけて行けば、多分道を見失わずに、何かしらのアイデアが生まれてくると思いますよ」
「道を見失わずに……」

 エリザなら、その言葉の意味するところをきっと分かってくれるだろう。

 カルロは農場で働く人々、つまり身内の幸せをひたすらに追求した。
 もちろんそのこと自体は素晴らしいと思う。
 特にこの世界の理不尽な仕組みにあらがうその姿勢は、尊敬に値する。

 しかし自分たちで生み出した商品がどういう結果を生み出すのか?
 彼はそれを疑いもしなかった。
 その結果、自分たちが作ったものを、自身の身で理解する事になってしまった。

「そうですね……わかりました。農場のみんなで頑張っていきたいと思います」

 長い間、耐えがたい苦しみに耐えて来た彼女と従業員達の事だ。
 きっとどんな苦難でも乗り越えられる。

「ああ、アーネストさんは積極的に頼ってくださいね。彼はエリザさんへの協力は惜しまないと言ってくれています」
「私もそう言われたのですが……そんなご厚意に甘えて良いのでしょうか?」
「いいんですよ。そもそも彼の農場で今後取り入れる予定のアイデアは、ほとんどど私が提供したものなのです」

 とは言ってもそれらは俺のアイデアではない。
 全人類の英知の結晶だ。

 そしてまずあり得ない事ではあるが、彼女を安心させる為に補足をしておいた。

「もしアーネストさんが協力を惜しむようなら遠慮なく私に言ってください。もっとすごいアイデアを提供しますので!」
「まぁ!」


 エリザの農場は今後、間違いなく良くなっていくはずだ。



    ◆  ◇  ◇



「そしてプリムとニーヴの件ですが、彼女達の管理者は私になっています」
「そうだったのですか」

 今回の騒動に首を突っ込む元になったのが彼女達の存在だ。
 当然の事ながら今日来た三人全員が、彼女達の事を常に心配していた。

「あの二人には本当に辛い思いをさせてしまいました。プリムは小さい頃から農場に居たのですが、ニーヴはここに来たのが最近なのです。だからニーヴにとって、この農場の日々は辛かった記憶しか無いと思います」

 彼女が見せた涙の理由は、そういう所にあったのか。
 それまでの生活とは違う、奴隷の身で過ごす日々。

「そのせいもあるのか二人は他の奴隷達とは違い、引き続き農場で働く事にあまり積極的では無いようなのです。口に出しては言わないのですが……」

 もしかすると……

「彼女達なのですが、実は今までこういう事がありまして」

 俺は彼女達との出会いや、街中での出来事を伝えた。

「やはりここでの生活を辛いと感じていたのですね。でしたら話は早いです」
「と言いますと?」
「私の母は奴隷の身でしたが、私はあるじのカルロ様のお陰で、生まれた時から自由民でした。この町以外に行商へ行く機会も得られましたし、何しろ農場だけでは知り得ない事柄について、色々と経験する事が出来ました」
「そう言えばプリムはずっとここで生まれ育ったと」
「はい。彼女は本当に素直な良い子です。だからここでずっと働く事になっても、多分文句を言わずに働き続けてくれるでしょう。お友達のニーヴもプリムと一緒なら、なんとかやっていけると思います」

 幼い頃の自分と娘達を重ねるエリザ。

「私は、彼女達にはもっと世の中の事を色々知って欲しいのです。そして様々な経験をした上で、自分の生きる道を自ら決めて欲しいのです」
「奴隷の身から解放してあげたい、と」
「はい。しかしうちの農場にはもっと長い間、奴隷の身にある従業員達が数多くいます。そして私たちの農場はこれから再スタートするため、お金が全くありません。彼女達を解放してあげられるのは十年以上先になってしまうのは間違いないでしょう」

 彼女は自分の思いを口にした。

「彼女達はアーネストさんにお預けしようと思っていました」
「なるほど。それが一番良いかも知れませんね」

 少なくともエリザの農場にいるよりは、早い時期に解放されるだろう。

「でも今日、ヒースさんから話をお伺いして考えを変えました」
「変えたと言うのは?」
「私が望むのは決められた人生ではなく、自分自身で選択する人生です」


 つい先日まで決められた人生を送っていた、彼女の言葉。
 そしてそれは、あるじであった、カルロの信念でもあった。



「だから今後どうしたいのか。彼女達自身に聞きたいと思います」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この行く先に

爺誤
BL
少しだけ不思議な力を持つリウスはサフィーマラの王家に生まれて、王位を継がないから神官になる予定で修行をしていた。しかし平和な国の隙をついて海を隔てた隣国カリッツォが急襲され陥落。かろうじて逃げ出したリウスは王子とばれないまま捕らえられてカリッツォへ連れて行かれて性奴隷にされる。数年間最初の主人のもとで奴隷として過ごしたが、その後カリッツォの王太子イーフォの奴隷となり祖国への思いを強めていく。イーフォの随行としてサフィーマラに陥落後初めて帰ったリウスはその惨状に衝撃を受けた。イーフォの元を逃げ出して民のもとへ戻るが……。 暗い展開・モブレ等に嫌悪感のある方はご遠慮ください。R18シーンに予告はありません。 ムーンライトノベルズにて完結済

忌子は敵国の王に愛される

かとらり。
BL
 ミシャは宮廷画家の父を持つ下級貴族の子。  しかし、生まれつき色を持たず、髪も肌も真っ白で、瞳も濁った灰色のミシャは忌子として差別を受ける対象だった。  そのため家からは出ずに、父の絵のモデルをする日々を送っていた。  ある日、ミシャの母国アマルティナは隣国ゼルトリアと戦争し、敗北する。  ゼルトリアの王、カイは金でも土地でもなくミシャを要求した。  どうやら彼は父の描いた天使に心酔し、そのモデルであるミシャを手に入れたいらしい。  アマルティナと一転、白を高貴な色とするゼルトリアでミシャは崇高な存在と崇められ、ミシャは困惑する。

捨てられ令嬢は屋台を使って町おこしをする。

しずもり
ファンタジー
コスト侯爵家の長女ティアナは実父であるジェイソンに仕事を押し付けられ学校にも通わせてもらえず後妻のマーガレットと義妹エミリーに使用人のように扱われ虐げられていた。 それでも亡くなった母から譲り受けた小さな商会を夫となる婚約者ロバートと王都一の商会にする事を夢見て耐えていた。  しかし商会とロバートをエミリーに奪われ父からも捨てられた。彼女に残されたのはボロボロの屋台だけ。屋台の前に立つティアナと元専属侍従のクリスフォード。 「・・・・・ふふふ、本当に追い出されちゃったわね。」 「お嬢様の仰る通り今日がXデーでしたね。ところでコレ、どうするんです?」 「あら、大丈夫よ。空間収納に入れておくし。」 「はっ!?前世の記憶だけじゃなくそんなモンまで使えるようになったんですか?」 「うん♪商売するには便利そうよね〜。」 婚約者と義妹の浮気現場を目撃したショックで前世を思い出したティアナは新たな自分の人生を謳歌しようと前世の知識を活かし屋台を引っ提げて王国を駆け巡り気付けば町おこし令嬢と呼ばれるようになっていた!? *屋台で活躍するまでちょっと時間が掛かります。(イケアに到着してから) *現実の史実や時代設定とは異なるゆるゆるの独自の異世界設定です。 *誤字脱字等は気付き次第修正します。 *

さだめの星が紡ぐ糸

おにぎり1000米
BL
それは最初で最後の恋だった――不慮の事故でアルファの夫を亡くしたオメガの照井七星(てるいななせ)は、2年後、夫を看取った病院でアルファの三城伊吹(みしろいぶき)とすれちがう。ふたりは惹かれあったすえにおたがいを〈運命のつがい〉と自覚したが、三城には名門の妻がいた。しかし七星と伊吹のあいだにかけられた運命の糸は切り離されることがなく、ふたりを結びつけていく。 オメガバース 妻に裏切られているアルファ×夫を亡くしたオメガ ハッピーエンド *完結済み。小ネタの番外編をこのあと時々投下します。 *基本的なオメガバース設定として使っているのは「この世界の人々には男女以外にアルファ、オメガ、ベータの性特徴がある」「オメガは性周期によって、男性でも妊娠出産できる機能を持つ。また性周期に合わせた発情期がある」「特定のアルファ-オメガ間にある唯一無二の絆を〈運命のつがい〉と表現する」程度です。細かいところは独自解釈のアレンジです。 *パラレル現代もの設定ですが、オメガバース世界なので若干SFでかつファンタジーでもあるとご了承ください。『まばゆいほどに深い闇』と同じ世界の話ですが、キャラはかぶりません。

主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。 ※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます ※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。

とあるガンマニアの異世界冒険物語。

ポムポム軍曹
ファンタジー
「本当に異世界に来てしまったんだなあ……」  ホームセンターに勤務する榎本孝司は休日の日、趣味のサバイバルゲーム中に突如発生した濃霧に迷い込んでしまう――――そして霧の先にいたのはこの世の者とは思えない絶世の美女であった。 『儂の世界を調べてもらえぬか?』  半ば強引に拉致同然に連れてこられたのは地球でも異世界でもない神の領域。  彼女は自身を異世界の神だと名乗り、自分が作り上げた世界に発生した異常を調べて欲しいと言う。  そして、 『お主には神である儂に代わって異世界で起きている崩壊の兆しを調べて欲しいのじゃ』  そう言われて異世界と地球を管理するそれぞれの神様によって依頼されて送り込まれた先は神が作った異世界。魔法が存在し、文化や技術の差が著しく異なる国同士がひしめき合う箱庭のようなどことなく地球と似た文化や文明が存在する不思議な世界だった……  これは異世界各地を渡り歩き、世界を管理する神に代わって異世界の危機を解決する冒険物語。  銃と剣、火薬と魔法、謀略と正義、人々と神々の思惑が交錯する物語である。

デボルト辺境伯邸の奴隷。

ぽんぽこ狸
BL
シリアルキラーとして捕えられた青年は,処刑当日、物好きな辺境伯に救われ奴隷として仕える事となる。 主人と奴隷、秘密と嘘にまみれた二人の関係、その果てには何があるのか──────。 亜人との戦争を終え勝利をおさめたある巨大な国。その国境に、黒い噂の絶えない変わり者の辺境伯が住んでいた。 亜人の残党を魔術によって処分するために、あちこちに出張へと赴く彼は、久々に戻った自分の領地の広場で、大罪人の処刑を目にする。 少女とも、少年ともつかない、端麗な顔つきに、真っ赤な血染めのドレス。 今から処刑されると言うのに、そんな事はどうでもいいようで、何気ない仕草で、眩しい陽の光を手で遮る。 真っ黒な髪の隙間から、強い日差しでも照らし出せない闇夜のような瞳が覗く。 その瞳に感情が写ったら、どれほど美しいだろうか、そう考えてしまった時、自分は既に逃れられないほど、君を愛していた。 R18になる話には※マークをつけます。 BLコンテスト、応募用作品として作成致しました。応援して頂けますと幸いです。

皇国の復讐者 〜国を出た無能力者は、復讐を胸に魔境を生きる。そして数年後〜

ネコミコズッキーニ
ファンタジー
「あいつがどこの国のどんな貴族でも関係ない。必ず追い詰めて絶対に殺してやる! 絶対に絶対に絶対に絶対にっ!!」  七星皇国の武家に生まれた陸立理玖。幼い頃は剣の才に溢れ、将来を期待されていた彼であったが「霊力」に目覚める事なく15才を迎えてしまった。そんな彼を家に置く事はできないと生家を追われてしまう。だが理玖はただでは追い出されまいと、家宝の刀を持ち出して国を出た。  出奔した先で自由気ままに生きていたが、ある日帝国の魔術師の謀略に巻き込まれてしまう。復讐を決意し帝国へ向かうが、その道中の船旅で嵐に遭遇、目覚めるとそこは人外魔境の地であった。  数々の苦難に遭いながらも決して復讐を諦めず、意地と気合で生き抜く日々が始まる。そして数年後、理玖は魔境からの脱出を果たす。そこにはかつて無能者と呼ばれていた面影はなかった。  復讐から始まり、やがて世界を救う事になる救世の物語。

処理中です...