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第二章
少年の記憶
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俺とアーネストは、ダンケルドの役所に向かっていた。
「なるほど、カルロさんが……何もしてあげられなかったな」
アーネストには、カルロ農園で起きた顛末を全て伝えていた。
彼にとってカルロは大先輩で、そして恩人でもある。
同じ志を持つ仲間が、大きな問題を抱えていた事に全く気付かなかった。
少なからず後悔の念があったのだろう。
「それで彼の農場の件で俺に頼みがあるという事か。ヒースさんの頼みなら当然引き受けるぞ!」
「私の頼みというよりは……カルロさんの使用人だったエリザさんの頼みですが」
「エリザ? ああ、随分前に何度か見たことがあるな……うーむ」
彼はエリザの名前を聞くと、少し難しい顔をしていた。
「何か気になる事でも?」
「いやそんなに大した事ではない……ただ彼女とは今まで殆ど接点が無いので、なぜ俺が呼ばれるのかが分からないのだ」
「カルロさんの頼みなんじゃないですかね? 他に頼れる人もいなさそうですし」
「そうか。そういう事なら全面的に協力してやろうじゃないか!」
そしてそのエリザの頼みというのが、町の役所に来て欲しいという事だった。
役所では冒険者ギルドと同様、冒険者カードを使用出来る。
主に土地や財産など、物品の権利関連の手続きをしている場所との事だ。
普通に考えると役所が冒険者ギルドや魔法協会を管理する立場だと思うのだが……
この世界ではどうやら魔法協会のほうが立場は上らしい。
冒険者ギルドも役所も、雰囲気的には魔法協会の一部署という扱いである。
とにかく魔法協会に関係する組織には、何かしら存在理由があるのは確かだ。
今回の件でそれがはっきりした。
しかもそれは間違いなく、この世界を創造した『神』に大きく関わっている。
いずれその点については、魔導士であるティネに聞いてみるつもりだ。
◆ ◇ ◇
依頼主のエリザは、既に役所で待機していた。
「本日は無理なお願いを言って申し訳ございません」
「お待たせさせたようで、こちらこそ済みません。この方がアーネストさんです」
「多分ご存じかとは思うが、私がアーネストだ」
「エリザと申します。この度はご足労頂き、誠にありがとうございます」
エリザは軽く会釈をすると、窓口のほうに歩いていった。
アーネストはというと、挨拶時からずっとエリザの事を観察している。
彼がこのような態度を取るのは、俺が知る中では多分これが初めてだ。
「本日来ていただいたのは、主のカルロが臨終の間際に、こう申していたからです『アーネストさんへの手紙が役所に保管してある』と」
「俺の宛の?」
「はい。私も詳しくはわからないのですが、それを読んで欲しいと」
アーネストは別室に入り、暫く後に部屋から出て来た。
本人確認をしていたようだ。
手には丸められた羊皮紙があった。
「それじゃ中身を確認するな」
アーネストが封蝋を解き、手紙を読み始めた。
初めは緊張した面持ちで読み進めていたアーネストだったが……
その表情が徐々に変わっていく。
穏やかに。
そして哀しむように。
「そうか……似ているとは思っていたが……そういう事だったのか」
農場主の頬に一筋の涙が流れた。
彼は涙を拭いもせず、エリザに訊ねる。
「エリザさん。唐突で申し訳無いが、お母さんの事を覚えていらっしゃいますか?」
「母ですか? ほんの少しだけなら。母が農場で取れた野菜で食事を作って、私と母とカルロ様で一緒に食べていた記憶が朧気ながらあります。でも私が四つくらいの頃に病死してしまったらしく、それほど詳しくは……」
「そうだったのですか……」
アーネストの涙がとめどなく流れる。
彼は涙をぬぐうと、なんとかして話を続けようとする。
「すみませんエリザさん。お母さんの話を知っている限りお教えくださいませんか」
「ええ。構いませんが……」
エリザは少し不思議に思いながらも、目の前で人目も憚らずに泣いている農場主に同情し、主から聞いた話を始めた。
「母はカルロ様が農場を立ち上げたかなり初期の頃から働いていたようで、一番最初に引き取った奴隷だったそうです。それでカルロ様は母を奴隷から解放するべく、母と共に一生懸命働いてくださって」
「それで……彼女は……?」
「私が生まれる少し前くらいに、奴隷から解放されたと」
「そうですか、彼女は解放されたのですね……最後に一つだけ良いですか」
「はい」
「カルロさんは、お母さまをなんてお呼びに?」
アーネストの問いに、エリザは世間話でもするかのように答える。
「母の名前はジェシカというのですが、カルロ様は母の事をジェシーと」
話を聞き終わると同時に、号泣するアーネスト。
その理由は、エリザには分からない。
ただ母の事で涙を流す彼に、何も言わずにハンカチを差し出した。
「数十年ぶりに思い出した……そう。彼女の本名はジェシカだった。そうか、カルロさんが……本当に、本当に有り難う……」
ずっと抱え続けて来た、少年の日に負った心の傷。
それを癒してくれたのは他でもない。
同じ思いで農地を切り拓いて来た、彼の盟友だったのだ。
◇ ◆ ◇
「取り乱してしまい申し訳ない。実は手紙には、エリザさんへの手紙もあると書かれていてな」
「わたしに、ですか?」
「ああ。多分大事な事が書いてあるから、受け取って来ると良い」
エリザもまた役所の奥に案内され、筒状の書状を受け取った。
書状を開封して読み始める。
「……ええと……そんな? なぜ私が!?」
予想外の事が書かれていたのだろう。
俺が内容について訊ねる。
「何が書かれていたのですか?」
「主が亡くなった場合、土地や財産の権利を全て私に、と……」
それについてアーネストが補足する。
「まぁいわゆる遺言状って奴だろう。実は俺への手紙にもそんなような事が書かれていて、手続きの際には後見人になってくれないかって内容だったんだ。カルロさんには相当世話になったし、俺は全然構わないぜ」
そう言うとアーネストは俺の方を向く。
「もう一人の後見人は、ヒースさんでいいよな。後で署名を頼めるか?」
署名!?
それはまずい。
魔法協会のように何らかの規約等もあるはずだ。
「後見人は二人必要なのですか?」
「そうなんだ。家族や従業員は無理なので、エリザさんにとってもヒースさんが一番安心だよな?」
「そうですね……もしお頼みするのであれば、他に宛てもありませんし……」
たしかにカルロ農場の状況を考えると、まともな知り合いは少ないだろう。
俺が一番適任だとは思うが……
……今回の一件で、この二人が信用の置ける人物なのは分かっている。
ここはきちんと事情を話しておいたほうが良い。
「すみません。アーネストさんには以前お話させていただいたと思うのですが、俺は何らかの原因で記憶の一部を失っていて……文字の読み書きが出来ない状態なのです」
「本当か!? しかし先日作ったカードには文字を書いていたと思うが」
「あれは旅の途中ベァナから教えて貰ったもので、簡単な単語しか書けません」
アーネストは何か考えていたが、そのうち自得したようだ。
「あんなに頭の切れるヒース殿がまさかそんな状況だったとは……むしろ今まで気が付かず済まなかった。しかし、そういう事情だったら仕方が無いな。俺の知り合いで信用出来る人間を紹介しよう」
「すみません。よろしくお願いいたします」
一方、エリザのほうは未だに何か悩んでいた。
彼女の口から不安の声が漏れる。
「でも……私は一介の使用人に過ぎません。こんな大きな農場を……」
「カルロさんが残した正式な遺言って他にもあるのか?」
「他は何も聞いていません」
「カルロさんには家族がいない事になっているはずなので、エリザさんが相続しないと全て役所管轄になっちまう。だから他の従業員の為にも相続しておいたほうが良いと思うぞ。土地を分けてもいいし、売った金を分配したっていい」
少し考え込むエリザ。
「なんなら土地をうちで買い取って、従業員全員まとめて雇ったっていい。元々ヒースさんとはそういう話をしていたしな!」
「アーネストさん、その言い方だとまるで俺達が農場の買収工作を行っていたように聞こえてしまいますが」
豪快に笑うアーネストに、エリザも微笑み返す。
「わかりました。そう致しましたらアーネスト様、ひとまず後見人をお願い出来ますでしょうか? その後の事は従業員達と話をして決めたいと思います」
「おうよ! 農場を売るにしても続けるにしても、気軽に相談してくれよ? 全面的に協力するからな!」
こうしてカルロの農場は、そのままエリザが引き継ぐこととなった。
「なるほど、カルロさんが……何もしてあげられなかったな」
アーネストには、カルロ農園で起きた顛末を全て伝えていた。
彼にとってカルロは大先輩で、そして恩人でもある。
同じ志を持つ仲間が、大きな問題を抱えていた事に全く気付かなかった。
少なからず後悔の念があったのだろう。
「それで彼の農場の件で俺に頼みがあるという事か。ヒースさんの頼みなら当然引き受けるぞ!」
「私の頼みというよりは……カルロさんの使用人だったエリザさんの頼みですが」
「エリザ? ああ、随分前に何度か見たことがあるな……うーむ」
彼はエリザの名前を聞くと、少し難しい顔をしていた。
「何か気になる事でも?」
「いやそんなに大した事ではない……ただ彼女とは今まで殆ど接点が無いので、なぜ俺が呼ばれるのかが分からないのだ」
「カルロさんの頼みなんじゃないですかね? 他に頼れる人もいなさそうですし」
「そうか。そういう事なら全面的に協力してやろうじゃないか!」
そしてそのエリザの頼みというのが、町の役所に来て欲しいという事だった。
役所では冒険者ギルドと同様、冒険者カードを使用出来る。
主に土地や財産など、物品の権利関連の手続きをしている場所との事だ。
普通に考えると役所が冒険者ギルドや魔法協会を管理する立場だと思うのだが……
この世界ではどうやら魔法協会のほうが立場は上らしい。
冒険者ギルドも役所も、雰囲気的には魔法協会の一部署という扱いである。
とにかく魔法協会に関係する組織には、何かしら存在理由があるのは確かだ。
今回の件でそれがはっきりした。
しかもそれは間違いなく、この世界を創造した『神』に大きく関わっている。
いずれその点については、魔導士であるティネに聞いてみるつもりだ。
◆ ◇ ◇
依頼主のエリザは、既に役所で待機していた。
「本日は無理なお願いを言って申し訳ございません」
「お待たせさせたようで、こちらこそ済みません。この方がアーネストさんです」
「多分ご存じかとは思うが、私がアーネストだ」
「エリザと申します。この度はご足労頂き、誠にありがとうございます」
エリザは軽く会釈をすると、窓口のほうに歩いていった。
アーネストはというと、挨拶時からずっとエリザの事を観察している。
彼がこのような態度を取るのは、俺が知る中では多分これが初めてだ。
「本日来ていただいたのは、主のカルロが臨終の間際に、こう申していたからです『アーネストさんへの手紙が役所に保管してある』と」
「俺の宛の?」
「はい。私も詳しくはわからないのですが、それを読んで欲しいと」
アーネストは別室に入り、暫く後に部屋から出て来た。
本人確認をしていたようだ。
手には丸められた羊皮紙があった。
「それじゃ中身を確認するな」
アーネストが封蝋を解き、手紙を読み始めた。
初めは緊張した面持ちで読み進めていたアーネストだったが……
その表情が徐々に変わっていく。
穏やかに。
そして哀しむように。
「そうか……似ているとは思っていたが……そういう事だったのか」
農場主の頬に一筋の涙が流れた。
彼は涙を拭いもせず、エリザに訊ねる。
「エリザさん。唐突で申し訳無いが、お母さんの事を覚えていらっしゃいますか?」
「母ですか? ほんの少しだけなら。母が農場で取れた野菜で食事を作って、私と母とカルロ様で一緒に食べていた記憶が朧気ながらあります。でも私が四つくらいの頃に病死してしまったらしく、それほど詳しくは……」
「そうだったのですか……」
アーネストの涙がとめどなく流れる。
彼は涙をぬぐうと、なんとかして話を続けようとする。
「すみませんエリザさん。お母さんの話を知っている限りお教えくださいませんか」
「ええ。構いませんが……」
エリザは少し不思議に思いながらも、目の前で人目も憚らずに泣いている農場主に同情し、主から聞いた話を始めた。
「母はカルロ様が農場を立ち上げたかなり初期の頃から働いていたようで、一番最初に引き取った奴隷だったそうです。それでカルロ様は母を奴隷から解放するべく、母と共に一生懸命働いてくださって」
「それで……彼女は……?」
「私が生まれる少し前くらいに、奴隷から解放されたと」
「そうですか、彼女は解放されたのですね……最後に一つだけ良いですか」
「はい」
「カルロさんは、お母さまをなんてお呼びに?」
アーネストの問いに、エリザは世間話でもするかのように答える。
「母の名前はジェシカというのですが、カルロ様は母の事をジェシーと」
話を聞き終わると同時に、号泣するアーネスト。
その理由は、エリザには分からない。
ただ母の事で涙を流す彼に、何も言わずにハンカチを差し出した。
「数十年ぶりに思い出した……そう。彼女の本名はジェシカだった。そうか、カルロさんが……本当に、本当に有り難う……」
ずっと抱え続けて来た、少年の日に負った心の傷。
それを癒してくれたのは他でもない。
同じ思いで農地を切り拓いて来た、彼の盟友だったのだ。
◇ ◆ ◇
「取り乱してしまい申し訳ない。実は手紙には、エリザさんへの手紙もあると書かれていてな」
「わたしに、ですか?」
「ああ。多分大事な事が書いてあるから、受け取って来ると良い」
エリザもまた役所の奥に案内され、筒状の書状を受け取った。
書状を開封して読み始める。
「……ええと……そんな? なぜ私が!?」
予想外の事が書かれていたのだろう。
俺が内容について訊ねる。
「何が書かれていたのですか?」
「主が亡くなった場合、土地や財産の権利を全て私に、と……」
それについてアーネストが補足する。
「まぁいわゆる遺言状って奴だろう。実は俺への手紙にもそんなような事が書かれていて、手続きの際には後見人になってくれないかって内容だったんだ。カルロさんには相当世話になったし、俺は全然構わないぜ」
そう言うとアーネストは俺の方を向く。
「もう一人の後見人は、ヒースさんでいいよな。後で署名を頼めるか?」
署名!?
それはまずい。
魔法協会のように何らかの規約等もあるはずだ。
「後見人は二人必要なのですか?」
「そうなんだ。家族や従業員は無理なので、エリザさんにとってもヒースさんが一番安心だよな?」
「そうですね……もしお頼みするのであれば、他に宛てもありませんし……」
たしかにカルロ農場の状況を考えると、まともな知り合いは少ないだろう。
俺が一番適任だとは思うが……
……今回の一件で、この二人が信用の置ける人物なのは分かっている。
ここはきちんと事情を話しておいたほうが良い。
「すみません。アーネストさんには以前お話させていただいたと思うのですが、俺は何らかの原因で記憶の一部を失っていて……文字の読み書きが出来ない状態なのです」
「本当か!? しかし先日作ったカードには文字を書いていたと思うが」
「あれは旅の途中ベァナから教えて貰ったもので、簡単な単語しか書けません」
アーネストは何か考えていたが、そのうち自得したようだ。
「あんなに頭の切れるヒース殿がまさかそんな状況だったとは……むしろ今まで気が付かず済まなかった。しかし、そういう事情だったら仕方が無いな。俺の知り合いで信用出来る人間を紹介しよう」
「すみません。よろしくお願いいたします」
一方、エリザのほうは未だに何か悩んでいた。
彼女の口から不安の声が漏れる。
「でも……私は一介の使用人に過ぎません。こんな大きな農場を……」
「カルロさんが残した正式な遺言って他にもあるのか?」
「他は何も聞いていません」
「カルロさんには家族がいない事になっているはずなので、エリザさんが相続しないと全て役所管轄になっちまう。だから他の従業員の為にも相続しておいたほうが良いと思うぞ。土地を分けてもいいし、売った金を分配したっていい」
少し考え込むエリザ。
「なんなら土地をうちで買い取って、従業員全員まとめて雇ったっていい。元々ヒースさんとはそういう話をしていたしな!」
「アーネストさん、その言い方だとまるで俺達が農場の買収工作を行っていたように聞こえてしまいますが」
豪快に笑うアーネストに、エリザも微笑み返す。
「わかりました。そう致しましたらアーネスト様、ひとまず後見人をお願い出来ますでしょうか? その後の事は従業員達と話をして決めたいと思います」
「おうよ! 農場を売るにしても続けるにしても、気軽に相談してくれよ? 全面的に協力するからな!」
こうしてカルロの農場は、そのままエリザが引き継ぐこととなった。
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