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第二章
解放/旅立ち
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「最近一人でどこかへ行ってしまうので、何をしているのかと思ったら」
ちょっと機嫌の悪そうなベァナと、いつもにこやかなメアラ。
俺達はカルロの屋敷に向かっていた。
使用人達の拘束を解くためだ。
「すまん。でもまだ全て終わったわけじゃないんだ。だから手伝って欲しい」
「わかってます。今町にいる魔法使いで、解呪を使えるのは多分私だけですし」
『解呪』は治癒魔法の中でも、かなり難しい部類に入る魔法である。
これより難しい魔法となると、神殿に仕える神官が使うレベルのものしかない。
しかもそれらは数人の術者で詠唱されるもので『神の奇跡』と呼ばれている。
「しかしどうして昼でないとダメなんだ?」
「魔法にもよりますが、特に治癒魔法は光の恩恵を多く受けられるそうです。『解呪』のような要求マナ量の多い魔法は、昼に行われますね」
「光の恩恵って……具体的にはどういう恩恵が?」
「師匠の話だと、光を浴びる事でマナが速く回復すると仰ってました」
言われてみれば光は地球上に存在する多くのエネルギーの源である。
太陽光発電もそうだし、植物も光によってエネルギー変換を行う。
もっと広義で考えれば、太陽光が無ければ雲も出来ないし、風が起きる事も無い。
そう考えると水車も風車も、本を正せば光エネルギーに行き着く。
「私も先生から、『解呪』を使うのは昼にしなさいと言われてます」
今回解放すべき使用人は一人だけではない。
かなりの時間を要するだろう。
光によるマナ回復の原理について気になるものの、利用出来るものは積極的に利用した方が良いだろう。
◆ ◇ ◇
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
使用人筆頭のエリザが出迎えてくれた。
そのまま解呪を行うべく、館の裏庭へ向かう。
目的の場所に着くと、少し離れた場所にブレットが立っていた。
彼はエリザをじっと見つめている。
しかし見られている本人は、まるで気付いていないかのような振舞いだった。
位置的に気付かないはずは無いのだが……
「正面の庭よりもこちらの方が日当たりも良く、人の目もありませんので」
「ご配慮ありがとうございます。初めはどなたから致しますか?」
「私からお願いいたします」
そう申し出たのはエリザだった。
彼女達の仲間の一人が、屋敷から逃げようとして実際に命を落としている。
呪いから逃れたい気持ちと共にある、死への恐怖。
エリザはそんな同僚達の気持ちを誰よりも理解している。
「それではこちらに」
エリザを中心にし、回りを三人が順番に取り囲んでいく。
「ヒースさんがベァナちゃんの、ボクがヒースさんの手を握るのが良いでしょう」
マナの供給にも何らかの法則のようなものがあるようだ。
マラスもそれについては言及していたが……
あの内容はとても……ベァナやメアラに聞けるようなものではない。
自分で調べる外無いだろう。
ベァナの右手がエリザの首に近づく。
「それでは唱えます」
── ᛚᚨ ᛚᚴᚣᚨ ᚾᛖ ᛒᛟᚾ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᚺᚨᛚᛏ ᛞᚨᚢᚱ ──
掌に集まった光が次第に首輪を取り巻く。
そして光の粒達は、首輪に吸い込まれるようにして消えていった。
首輪に刻まれた古代文字が怪しく光り始める。
ベァナの表情を見ると……少し辛そうだ。
ただ数年前、この町に滞在していた時には既に詠唱を成功させている。
そして今回サポートする俺のマナに不足は無いはずだ。
首輪を確認すると……
古代文字は更にその光を増していた。
初めて見る呪文だけに、これで大丈夫なのかと少し不安になる。
そんな不安を抱えている中……
古代文字の光が弾け飛んだ。
そこにあったはずの文字が綺麗に消えている。
直後、エリザが倒れた。
「エリザっ!」
咄嗟に駆け寄ってきたのはブレットだ。
彼はエリザの体を優しく抱き起こす。
「エリザっ! 大丈夫か!?」
彼女の瞼が少しずつ開いていく。
術が失敗したわけでは無かった。
「解呪」は成功した。
「ブレットですか……わたしなどの事は今まで通り捨て置いてください」
「エリザ……本当にすまない」
彼はそう言いながらエリザの首輪を丁寧に外していく。
首輪は何の抵抗も見せず、エリザの首から外れ落ちた。
「俺は……結局自分の力ではお前を助けられなかった……」
「ええそうですね。私がずっと苦しんでいる間、殆ど顔も見せずに」
「それはっ!……」
ブレットは言葉を詰まらせた。
ホブゴブリンと戦っていた姿。
虚ろな意識の中で呟いた「エリザ解放したい」という彼の言葉。
そんな彼が、寝室で行われていたあの光景を、平常心で見られるわけがない。
「エリザさん。彼は管理者の皆さんが外に出られない間、一人で奴隷達の面倒を見ていました」
「はい。存じております」
「それにあなた方を開放する為、奴隷全員の面倒を見ながら魔物の討伐もし、長年コツコツと素材を集めていたのですよ」
エリザは押し黙っている。
ブレットも口を引き結び、何も言う事は無かった。
自力では全て揃えられなかったという、自責の念があるのかも知れない。
「エリザさん。自分も男だからわかるのですが……好きな女性がどんな形であれ、他人に取られてしまう事程、耐え難いものは無いのです」
ブレットにはちょっと辛い言葉かも知れない。
実際に彼は歯を食いしばるようにして、目を瞑っていた。
「ブレットさんはそれでも、主の事を一切悪く言いませんでした。ここで行われていた行為も、その経緯も全て知った上で、です」
「ずっとわかっていました。私がブレットの事を分からないはずがありません」
彼女は空を見つめながら語り始めた。
「私とブレットはずっと恋人同士だったのですよ。この人は本当にわかり易い人で……でも、私にもうそんな資格はありません」
「資格って……そんなもの俺は全く気にしない」
その言葉でエリザの表情が一変する。
「気にしない!? 気にしていないわけ無いじゃないですかっ! だったらなぜ……なぜあなたは会いに来てくれなかったのですかっ!! わたしはっ! わたしはっ……」
今まで平静を保っていたエリザの目に涙が溢れる。
彼女もまたブレット同様、今まで感情を押し殺して生きて来た。
そうしなければ耐えられない程の、過酷な環境にいたのだ。
ブレットはエリザを軽く抱き寄せる。
「エリザ……本当にすまなかった。本当に……」
そしてそのまま抱き合いながら涙を流す。
誰にも語れずにいた、辛かった記憶を洗い流すかように。
◇ ◆ ◇
かなり時間はかかったものの、無事全員の解呪が終了した。
終わる頃にはエリザとブレットも落ち着いたようだ。
そして今はカルロの寝室にいる。
全てが終わった事を報告するためだ。
農場主は傍に誰かが来た事に気付いたのだろう。
彼はその瞼をゆっくりと開いた。
事の経緯を簡潔に伝えると、彼ぽつりと話し始める。
かすれながらも、なんとか聞き取れる程度の声で。
彼は俺への礼を述べた後、従業員達に声を掛けた。
「私が至らないばかりに……私のせいで、皆には本当に残酷な日々を送らせてしまった。本当にすまなかった……」
「それはお互い様です。今回の事は、私たちの無知が招いた結果なのです。カルロ様お一人のせいではございません」
エリザが従業員達を代表して答える。
「ありがとうエリザ……そしてブレット。彼女達を解放してくれようと、ずっと頑張ってくれていたんだろう? お前も昔からずっと優しい子だった……」
「とんでもございません。カルロさんに拾って頂かなければ、今頃私は……」
「わたしは……本当に良い家族と従業員達に……恵まれていたせいで……こんな事になるとは思いもしなかったのだ……本当に、本当に……」
カルロの目に涙が浮かぶ。
本当に人を疑った事など無かったのだろう。
そしてそのせいで招いてしまった、数々の惨劇。
「でもヒース殿のお陰で、私にはもう思い残す事は何もない……本当ならば……とっくにお前たちを解放出来たのだが」
「何をおっしゃいますか!? これで元の農場に戻れるではないですか!?」
「ブレットよ。もう決して元には戻れないんだよ、元には……それに私はもう随分待たせ過ぎてしまったのだ……私の家族達を」
「!?」
「エリザ。ちょっとここへ……」
エリザが主の元に寄る。
何かを伝えているようだ。
「はい……お伝えするのですね……畏まりました」
カルロの表情が一段と穏やかになる。
「長年……言えなかった事を伝えられ……心の荷が降りた……ヒース殿、そして皆。本当にありがとう。ほんとうに……」
彼の瞼がゆっくりと閉じられていく。
従業員達が主の元に駆け寄る。
それぞれが、目に涙を浮かべながら。
そして彼は彼が愛した人々に見送られながら……
家族の元へ静かに旅立った。
ちょっと機嫌の悪そうなベァナと、いつもにこやかなメアラ。
俺達はカルロの屋敷に向かっていた。
使用人達の拘束を解くためだ。
「すまん。でもまだ全て終わったわけじゃないんだ。だから手伝って欲しい」
「わかってます。今町にいる魔法使いで、解呪を使えるのは多分私だけですし」
『解呪』は治癒魔法の中でも、かなり難しい部類に入る魔法である。
これより難しい魔法となると、神殿に仕える神官が使うレベルのものしかない。
しかもそれらは数人の術者で詠唱されるもので『神の奇跡』と呼ばれている。
「しかしどうして昼でないとダメなんだ?」
「魔法にもよりますが、特に治癒魔法は光の恩恵を多く受けられるそうです。『解呪』のような要求マナ量の多い魔法は、昼に行われますね」
「光の恩恵って……具体的にはどういう恩恵が?」
「師匠の話だと、光を浴びる事でマナが速く回復すると仰ってました」
言われてみれば光は地球上に存在する多くのエネルギーの源である。
太陽光発電もそうだし、植物も光によってエネルギー変換を行う。
もっと広義で考えれば、太陽光が無ければ雲も出来ないし、風が起きる事も無い。
そう考えると水車も風車も、本を正せば光エネルギーに行き着く。
「私も先生から、『解呪』を使うのは昼にしなさいと言われてます」
今回解放すべき使用人は一人だけではない。
かなりの時間を要するだろう。
光によるマナ回復の原理について気になるものの、利用出来るものは積極的に利用した方が良いだろう。
◆ ◇ ◇
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
使用人筆頭のエリザが出迎えてくれた。
そのまま解呪を行うべく、館の裏庭へ向かう。
目的の場所に着くと、少し離れた場所にブレットが立っていた。
彼はエリザをじっと見つめている。
しかし見られている本人は、まるで気付いていないかのような振舞いだった。
位置的に気付かないはずは無いのだが……
「正面の庭よりもこちらの方が日当たりも良く、人の目もありませんので」
「ご配慮ありがとうございます。初めはどなたから致しますか?」
「私からお願いいたします」
そう申し出たのはエリザだった。
彼女達の仲間の一人が、屋敷から逃げようとして実際に命を落としている。
呪いから逃れたい気持ちと共にある、死への恐怖。
エリザはそんな同僚達の気持ちを誰よりも理解している。
「それではこちらに」
エリザを中心にし、回りを三人が順番に取り囲んでいく。
「ヒースさんがベァナちゃんの、ボクがヒースさんの手を握るのが良いでしょう」
マナの供給にも何らかの法則のようなものがあるようだ。
マラスもそれについては言及していたが……
あの内容はとても……ベァナやメアラに聞けるようなものではない。
自分で調べる外無いだろう。
ベァナの右手がエリザの首に近づく。
「それでは唱えます」
── ᛚᚨ ᛚᚴᚣᚨ ᚾᛖ ᛒᛟᚾ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᚺᚨᛚᛏ ᛞᚨᚢᚱ ──
掌に集まった光が次第に首輪を取り巻く。
そして光の粒達は、首輪に吸い込まれるようにして消えていった。
首輪に刻まれた古代文字が怪しく光り始める。
ベァナの表情を見ると……少し辛そうだ。
ただ数年前、この町に滞在していた時には既に詠唱を成功させている。
そして今回サポートする俺のマナに不足は無いはずだ。
首輪を確認すると……
古代文字は更にその光を増していた。
初めて見る呪文だけに、これで大丈夫なのかと少し不安になる。
そんな不安を抱えている中……
古代文字の光が弾け飛んだ。
そこにあったはずの文字が綺麗に消えている。
直後、エリザが倒れた。
「エリザっ!」
咄嗟に駆け寄ってきたのはブレットだ。
彼はエリザの体を優しく抱き起こす。
「エリザっ! 大丈夫か!?」
彼女の瞼が少しずつ開いていく。
術が失敗したわけでは無かった。
「解呪」は成功した。
「ブレットですか……わたしなどの事は今まで通り捨て置いてください」
「エリザ……本当にすまない」
彼はそう言いながらエリザの首輪を丁寧に外していく。
首輪は何の抵抗も見せず、エリザの首から外れ落ちた。
「俺は……結局自分の力ではお前を助けられなかった……」
「ええそうですね。私がずっと苦しんでいる間、殆ど顔も見せずに」
「それはっ!……」
ブレットは言葉を詰まらせた。
ホブゴブリンと戦っていた姿。
虚ろな意識の中で呟いた「エリザ解放したい」という彼の言葉。
そんな彼が、寝室で行われていたあの光景を、平常心で見られるわけがない。
「エリザさん。彼は管理者の皆さんが外に出られない間、一人で奴隷達の面倒を見ていました」
「はい。存じております」
「それにあなた方を開放する為、奴隷全員の面倒を見ながら魔物の討伐もし、長年コツコツと素材を集めていたのですよ」
エリザは押し黙っている。
ブレットも口を引き結び、何も言う事は無かった。
自力では全て揃えられなかったという、自責の念があるのかも知れない。
「エリザさん。自分も男だからわかるのですが……好きな女性がどんな形であれ、他人に取られてしまう事程、耐え難いものは無いのです」
ブレットにはちょっと辛い言葉かも知れない。
実際に彼は歯を食いしばるようにして、目を瞑っていた。
「ブレットさんはそれでも、主の事を一切悪く言いませんでした。ここで行われていた行為も、その経緯も全て知った上で、です」
「ずっとわかっていました。私がブレットの事を分からないはずがありません」
彼女は空を見つめながら語り始めた。
「私とブレットはずっと恋人同士だったのですよ。この人は本当にわかり易い人で……でも、私にもうそんな資格はありません」
「資格って……そんなもの俺は全く気にしない」
その言葉でエリザの表情が一変する。
「気にしない!? 気にしていないわけ無いじゃないですかっ! だったらなぜ……なぜあなたは会いに来てくれなかったのですかっ!! わたしはっ! わたしはっ……」
今まで平静を保っていたエリザの目に涙が溢れる。
彼女もまたブレット同様、今まで感情を押し殺して生きて来た。
そうしなければ耐えられない程の、過酷な環境にいたのだ。
ブレットはエリザを軽く抱き寄せる。
「エリザ……本当にすまなかった。本当に……」
そしてそのまま抱き合いながら涙を流す。
誰にも語れずにいた、辛かった記憶を洗い流すかように。
◇ ◆ ◇
かなり時間はかかったものの、無事全員の解呪が終了した。
終わる頃にはエリザとブレットも落ち着いたようだ。
そして今はカルロの寝室にいる。
全てが終わった事を報告するためだ。
農場主は傍に誰かが来た事に気付いたのだろう。
彼はその瞼をゆっくりと開いた。
事の経緯を簡潔に伝えると、彼ぽつりと話し始める。
かすれながらも、なんとか聞き取れる程度の声で。
彼は俺への礼を述べた後、従業員達に声を掛けた。
「私が至らないばかりに……私のせいで、皆には本当に残酷な日々を送らせてしまった。本当にすまなかった……」
「それはお互い様です。今回の事は、私たちの無知が招いた結果なのです。カルロ様お一人のせいではございません」
エリザが従業員達を代表して答える。
「ありがとうエリザ……そしてブレット。彼女達を解放してくれようと、ずっと頑張ってくれていたんだろう? お前も昔からずっと優しい子だった……」
「とんでもございません。カルロさんに拾って頂かなければ、今頃私は……」
「わたしは……本当に良い家族と従業員達に……恵まれていたせいで……こんな事になるとは思いもしなかったのだ……本当に、本当に……」
カルロの目に涙が浮かぶ。
本当に人を疑った事など無かったのだろう。
そしてそのせいで招いてしまった、数々の惨劇。
「でもヒース殿のお陰で、私にはもう思い残す事は何もない……本当ならば……とっくにお前たちを解放出来たのだが」
「何をおっしゃいますか!? これで元の農場に戻れるではないですか!?」
「ブレットよ。もう決して元には戻れないんだよ、元には……それに私はもう随分待たせ過ぎてしまったのだ……私の家族達を」
「!?」
「エリザ。ちょっとここへ……」
エリザが主の元に寄る。
何かを伝えているようだ。
「はい……お伝えするのですね……畏まりました」
カルロの表情が一段と穏やかになる。
「長年……言えなかった事を伝えられ……心の荷が降りた……ヒース殿、そして皆。本当にありがとう。ほんとうに……」
彼の瞼がゆっくりと閉じられていく。
従業員達が主の元に駆け寄る。
それぞれが、目に涙を浮かべながら。
そして彼は彼が愛した人々に見送られながら……
家族の元へ静かに旅立った。
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