Wild Frontier

beck

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第二章

デュエル

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 ダンケルド西部に広がるカルロ農場。
 その広大な敷地の更に奥。

 小高い丘の奥に隠れた、人目の付かない場所にそれはあった。


 芥子けしを育てるための畑。


 一見誰の手も入っていない、ただの荒地だ。
 そう思われていたがために、今まで気付かれることが無かった。

 芥子は初夏に収穫される。
 今はただ雑草のみが、播種はしゅまでの短い天下を謳歌していた。

 そんな場所に俺は立っていた。

 ここに来た理由は、床に伏せるカルロから聞いた情報に因るものだ。
 播種前の新月の夕刻、結界を施すために訪れる一人の魔術師。


 その魔術師こそが、農園に不幸の種を撒いた張本人、マラスなのだ。


 結界は精神魔法の一種との事だった。
 視覚情報として目に入っても、単なる一風景として認識してしまうらしい。

 もっとも術自体はそれほど強力なものではない。
 そこに畑があると知っていたり、意識さえすれば認識出来る程度のものだ。
 そうでなければ、作業する人員が畑に立ち入れなくなる。


 心地よい秋風が流れる中……



 魔術師は現れた。



 畑の一区画の、俺の丁度反対側に立っている。


「やぁやぁ奇遇ですね剣士殿。どうしてこちらに?」
「ちょっと秋風に当たっていたら、偶然通り掛かったものでな」
「こんな所に偶然居るわけもありませんが……大方おおかた眠れる屋敷のあるじ様の寝言でも聞いたのでしょう」
「まぁそんな所だ」

 マラスは地面を見つつ、ゆっくりとを進める。

「そうです、わたくしあなたのお名前をお聞きしておりませんでした。お名前くらいお教え頂いても宜しいですよね?」
「ヒースだ」
「ヒース……はて? どこかで聞いたような……」

 彼は立ち止まると、黄昏たそがれの空を見上げ記憶を辿たどる。

「うーん、思い出せません。どうやら失念してしまったようです。どうせ大したお方では無かったのでしょう」

 この男は流れるように失礼な物言いをする。

「ところで~。偶然通り掛かったヒース殿は、私に何か御用があるのですよね?」
「そうだな。単刀直入に言おう。カルロ農園の全員の隷属を解除してやってくれ」
「あらあら。皆様のお仕事をお奪いになられるのですかぁ?」
「どうせまともな話は出来ないのだろうから、お主の思考回路に合わせてやるとだな……仕事を奪うのではなく、転職だな」
「転職っ! それはショックっ!」

 ジョークというのはどうやら、TPOに合わせる必要があるようだ。
 つまり今の状況では全く笑えない。

「あの方達を解放差し上げたとして、私に何かメリットでもあるのですか!?」
「メリットも何も、お主が従業員達から搾取をしているだけではないか」
「搾取だなんてとんでもないっ! 私はあの方たちの絆を深め、普通じゃ得られないような快楽を差し上げ続けているのですよっ! なんと素晴らしィッ!」
「あんな首輪などなくても、彼女達とあるじは固い絆で繋がっている」
「あらそうでしょうか。以前、逃げ出した家畜が居たようですが」

 こいつは本当に人間のクズらしい。
 魔神信奉者なのは間違いないだろう。
 であれば斬って捨てても、協会からも国からもおとがめは一切無い。

 だが現代日本で育った俺にとって、それは簡単に出来る事ではないのだ。

「まぁ老いぼれカルロの替わりに、貴方を女郎共のマナタンクにして差し上げても結構な……ん? マナタンク……」

 マラスが急に思い出したように声を上げた。

「あァっ! 思い出しましたッ! 使徒しと様の忠実な雌奴隷に追われている、マナタンクのヒース殿じゃ無いですかッ!!」


 俺の事を知っている!?


 しかもマナタンクという言葉。
 それは以前、メアラが俺のマナ保有量の多さを比喩して発言した言葉だ。
 という事は……


 可能性もある。


 だが今ここで弱みを見せるわけにはいかない。

 特にこいつが相手なら尚更だ。
 弱みに付け込んで何をしてくるか。
 大体の見当が付くだけにたちが悪い。

「そういや何かに追われてたようだが、あれはお主の知り合いだったか」
「知り合いというか……そうですネッ、使徒様に色目を使って出世しようとする、本当にいやらしい後輩ですッ。ほとんど話なんかした事ありませんが、こんな事なら色々と聞いておけば良かったですネッ!」

 とりあえずヒースの記憶が無い事については誤魔化せたようだ。

 それにしても……マラスの口調がかなり軽やかになってきている。
 屋敷でもそうだったが、最初落ち着いていたのに途中から徐々に興奮気味に……

「それでどうなんですッ!? あの娘達にお慈悲を挿し入れする気になりましたかっ!?……と聞こうと思いましたがっ、気が変わりましたーッ!」

 マラスの目付きが一転して鋭くなる。

「使徒様への土産みやげにして差し上げまスッ!」



── ᛢᛚᛞᚨ ᚨᛚ ᛚᚴᚣᚨ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᚨᛚ ᛏᛁᛟ ──



 呪文詠唱か!
 この距離では、剣での攻撃は間に合わない。
 単語の並びからすると……土か?

 詠唱が完了すると同時に左へ大きく跳躍する。
 立っていた場所に小石が降り注いだ。

「アヒャーッッ!! 随分反応が早いですねイッ!……それではッ!」

 魔法を発動させるには集中力と時間が必要だ。
 正しいイメージを思い浮かべながら、正確に呪文を詠唱しなければならない。



── ᚣᚨᛈᚱ ᚨᛚ ᛚᚴᚣᚨ ᚲᚨ



「させるか」

 抜刀と同時に相手に切りつける。
 マラスは詠唱を諦め、大きく後方へ跳ぶ。

「詠唱が終了するまで、大人しく出来ないのですかッ!」
「そんな昭和の子供向け番組みたいな事出来るかっつの!」
「ショウワ?」

 更に踏み込み、何度も突きを入れる。
 魔術師だというのに、この軽い身のこなし。

「あぁッ! あの雌豚が貴殿を欲しがる理由が手に取るように分かるッ! こんな生きが良くてマナたっぷりの男、情欲王妃が放っておくわけが無いですからネッ!」
「お前の知り合いにはエロい事考えてる奴しかいねぇのか」

 相手に隙が出来る事を期待して、挑発をする。
 勿論、攻撃の手は緩めない。

「いくらでもご紹介して差し上げますよっ」
ひんの無い女性は好みじゃないんでねっ!」

 剣先が相手の肩を捉える。
 入った!


── キンッ ──


 固い金属音で剣筋が止まる。

「うヒッ!」

 刃がマラスの持つ短剣で受け止められていた。
 武器を手にしている?

 いつの間に!?

 魔術師こいつはかなりの使い手のようだ。
 すぐに後退する。

 と見せかけて、剣先で突きを入れる。

 魔術師のローブを切り裂いた。
 体に届いた感触がある。
 よしっ。


 そう思った瞬間。

 マラスのてのひらが俺に向けられていた。



── ᛈᛟᛏ ᛞᛖ ᛏᛁᛟ ᚱᛖᛞᚴ ──



 まずいっ!
 体制を整えようとするが、間に合わない。

「あ…れ…?」

 体が言う事を効かない。
 俺は剣を杖代わりにし、片膝を付く。

 先程の呪文の文言もんごんを思い出す。

 ……大丈夫だ。
 思考までは鈍っていない。


「精神魔法……か?」
わたくし野蛮な行為は嫌いなものでしてね。こうして体の自由を奪わせて貰うのです。ああ、男の体には全く興味ありませんのでご心配なく…」

 マラスはそう言うと、少しイライラしたように辺りをうろつき始める。
 何をしているのか暫く様子を見ていたが……

「ハッ! ハアッッ!」

 彼は次第に短剣を空中で振り回し始めた。
 まるで見えない敵と戦っているようだ。

「アーッ! もう来やがったかこの野郎ッ! 邪魔っ! ジャマーーっ!! ったく貴様ダーッ! 貴様がさっさと倒れてくれればこんな事にはッ! このムッツリ剣士ッ! コノッ! コノッ!」

 マラスは膝を付いた俺に何度も蹴りを浴びせてきた。
 それは格闘技のように相手を仕留めるためのものではない。
 ただ何かに八つ当たりをするような、無秩序な動き。

 稚拙ちせつな蹴りではあったが、自由が効かない俺にとっては深刻なものだった。
 避ける事も出来ず、横っ腹やこめかみに何度もクリーンヒットする。

 苦痛で顔がゆがむのが分かった。

 これは……かなりまずい状況……


 ……意識が……



 ……次第に……





 ……薄れていく……








 ……






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