Wild Frontier

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第二章

魔術師マラス

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 数日が経ち、ブレットから連絡があった。
 魔術師がカルロの屋敷に来ているそうだ。

「奴隷は屋敷には住んでいませんし全員農作業中です。屋敷にはカルロさん、管理者、そして魔術師のマラスだけです」
「君は一緒に行かないのか?」
「私は……多分耐えられそうにないですし、そのせいでヒースさんにご迷惑をお掛けする事になると思います。どうか今日は奴隷達の世話をさせてください」

 彼は多くは語らなかったが、魔術師への憎しみだけははっきりと感じられた。
 そして相手は『縛呪』を使えるほどの、精神魔法の使い手である。
 到底敵わない相手だと認識しているようだ。

 もしかしたら既に痛い目に遭っていたのかも知れない。

 そんな相手と戦いになったら……
 俺に勝ち目はあるだろうか?

 とにかく相手の目的がわからない。
 ブレットからの情報を元に可能な限りの手は打ってはいるが、そいつと会った時にどうなるかは全く予想が出来なかった。

 もちろんこの事はベァナとメアラには話していない。
 こんな異常な状況に二人を巻き込むような事だけは、絶対にしたくなかった。



    ◆  ◇  ◇



 一時期に比べるとその勢いが無くなったとはいえ、さすがはダンケルド有数の農場の経営主だ。カルロの屋敷は広い敷地の中にあった。
 但しあまり手入れはされていないようで、空き家とは思われない程度の枯れ木や雑草が目に留まった。

 ブレットの話では、マラスが来ている間は屋敷に鍵はかけないらしい。
 そのまま入っても全然平気との事だったが……
 いくら何でもそのまま入って行くのは気が引けるので、ノックをした。

「ごめんくださいー」

 しばらく待ったが、なんの反応も無い。
 一応筋は通したという事で、扉に手を掛ける。

 開いた。

「お邪魔します」

 こういった定型句がつい出てしまう所で、自分が小市民である事を実感する。

 玄関の扉を開けると、そこはエントランスホールになっていた。
 目の前には、二階へ続く幅広の階段。
 広大なホールというわけでは無いが、ソファーらしきものも置いてある。
 庶民の家でない事は一目瞭然りょうぜんだ。

 二階から何か物音がする。
 俺は引き寄せられるように、階段を昇っていく。

 屋敷を左右に貫く廊下に立ち、左右を確認すると……


 右手の廊下の中程に一人の男が立っていた。

 体つきも顔つきも細目。
 口角は上がっているものの、目は据わっている。
 フードを被っているせいか、年齢は不詳だ。

 理由は何も無かったが、第六感がそいつが魔術師である事を告げていた。

 俺がその存在に気付くのを待ち、彼は自己紹介を始める。

「初めまして。魔術師のマラスと申します。カルロ様の農場についてお調べになっていらっしゃったのは、あなた様でございますね?」
「すごいな。俺自身はそれ程動き回ってはいなかったはずなのに」
「それくらい、あなた様の必死さが伝わった来たという事です」

 なんというか、試されているような口調。
 俺の事を本当に調べていたのか、それとも俺がここに来た事実から、あくまでブラフとして放った言葉なのか。

 こういう相手は苦手……

 というか嫌いだ。

「農園の件であるじに話があって来た。あなたはここの従業員か?」
「いえいえ。カルロ様とは懇意こんいにさせていただいている者でしてね。お仕事のお手伝いをさせていただいております」
「屋敷内を勝手に歩き回れるとは、随分信用されているのですな」
「はいぃ。従業員の皆さまがお仕事でちょっとお忙しいようでしたので、僭越せんえつながら私が代わりにご案内を差し上げようとしているわけです」

 彼はそう言って俺に背を向ける。
 俺に対して少しも警戒しているそぶりを見せない。

 本当に悪意が無いのか。
 それとも自身の強さに絶対的な自信があるのか。

「従業員の皆さまはこちらのお部屋でお仕事中でございます」

 そう言って一番奥の部屋の前に案内された。

 中から女性の声……というか息遣いが聞こえてくる。
 どう考えても仕事をしている様子ではない。

「皆さんとても集中されているので多分来客に気付かないとは思いますが、一応お静かにお願いいたしますねー」

 彼はそう言ってドアを開き、部屋の中に入る。
 俺も魔術師の後に続いた。




 部屋の奥には大きなベッドがあり、複数の女性が群がっている。

 彼女達は首輪以外、何も身に着けていなかった。

 大きく体をのけぞらせているもの。
 前かがみになっているもの。
 体を上下に動かすもの。

 ベッドの真ん中には男性が横たわっているようだ。
 見た感じ……随分とやつれている。

 女性たちの口から、声にならないような吐息が断続的に漏れ聞こえて来る。
 とにかくいかがわしい行為をしているのは明白だ。

 ドアは普通に開けたので誰かしら気付くはずなのだが……
 女性たちは俺たちが部屋に入るのを無視するかのように、各自がそれぞれの行為に没頭ぼっとうしていた。
 何人かの女性の顔がこちらを向いていたが、彼女達の目は虚ろで、他の事は何も考えていないようだ。

「久しぶりのお仕事なので皆さん頑張っていらっしゃいますねっ!」
「どういう事だ。こんなもの、普通の状態では無いだろう?」
「何度もご説明差し上げているではありませんかっ、お仕事だとッ!」

 魔術師は俺とベッドの間に立ち、動物園のガイドのような仕草で説明を始めた。

「カルロ様はとても不幸な出来事があった為、従業員を信用出来なくなってしまったのです。そこで不憫ふびんに思ったわたくしは、自身が開発した首輪を無償でお譲りしましたッ! その甲斐あって、皆さんこーんなにもご親睦をお深めになられてっ!」
「カルロと従業員の仕事は農場運営だ。これでは仕事になっていないではないか」

 彼はにやけながらも、俺の言葉に右眉を吊り上げる。

「何をおっしゃいますか! これはとても立派なお仕事なのですよ。首輪の稼働には大量のマナが必要なのですが、私が仕込んだ設置型術式により、こうして定期的にマナ供給がなされるのです!」
「マナ供給って……目の前のこの状況の事か?」
「あら剣士様はご存じ無いのですね。最も効率の良いマナ供給は男女で愛し合う事なのですよ? 接吻もそこそこ効率は良いですが……やはり男女の交接が一番……」

 こいつはきっと頭がイカれている。
 まともな会話になっていない。

「だからそれがなんの仕事に繋がると言うのだ!?」
「魔法の使用実績というのは、術者にカウントされるのですよ」

 男の表情が一瞬にして、笑みからさげすみに変わる。

「頭の悪い剣士様にこんな説明をするのはとてもわずらわしいのですが、そこの家畜どものお陰で新たな実験器具も完成したので、私は今大変機嫌が良いッ!! どうせ脳筋剣士様にはご理解頂けないでしょうから、敢えて全てご説明致しましょう!」

 魔術師の言い草に腹が立たなかったわけでは無い。

 しかし自分は相手の事を何も知らない。
 今は黙って、話を聞けるだけ聞いておくのが得策だ。

「あのですねバカ剣士様。ご存じ無いに決まっていますが、魔法というのは使わなければ上達せず、更なる高みを目指せないのですよ? しかし人のマナ量には限りがあるので、何度も発動させる事は出来ない。そこで私は考えましたっ!」

 彼は胸の前に手を広げる。

他人ひとのマナを使えばいぃじゃなぁい、と! 隷属の首輪は元々使徒しと様から研究を命じられたものでしたが、自分が隷属者の主になってしまうと、私の大事なマナを隷属者共に与え続けなければなりませんよねっ!? そんなのもったいないッ!」

 彼の口角に唾が溜まっている。
 俺は目をそむけ、一瞬奥の様子をうかがってみた。
 かなり大きい声で喋っているのだが、女性達は意にも介さず狂宴を続けている。

「しかし主従関係の構築に問題がっ!! 何しろ詠唱呪文には『 ᚳᛁ 』と『 ᛏᛁᛟ 』しか無い! 第三者の指定が出来ないのです!! そこで私はクソ協会共の術式を乗っ取る方法を編み出しました! クゥーッ! 私は自分の才能が恐ろしいッ!!」

 『 ᚳᛁ 』と『 ᛏᛁᛟ 』というのは古代語で『自分』と『相手』の意味になる。
 古代語には一人称と二人称しか無い。
 つまり、第三者同士で隷属関係を結ばせる魔法は不可能、という事だ。
 ブレットの言っていた話にも一致するし、俺の古代語知識とも整合性が付く。
 俺も伊達に古代語を学習していたわけではない。

「あなたのおつむには難易度MAX過ぎるとは思いますが、まぁ私が天才的だという事だけご理解頂ければ十分です。それにもう目的は達成されましたのでっ!」
「目的?」
「この実験のお陰であるじ限定ではなく、不特定多数の人間からマナを集められる画期的な首輪が完成したのですよ! お陰で隷属者の行動範囲制限を外すことが出来たのですッ! 唯一心残りなのは……そこのおいぼれ農園主がそろそろ使い物にならなくなる頃だという事くらいでしょうか」

 魔術師はつまらなそうにベッドを眺め、何かを思いついて振り向いた。

「いぃー事を思いつきましたッ!! あんたこの娘達のあるじになっちゃいなさいッ!」
「俺にはそういう趣味は無いので、遠慮しておく」
「あら残念ですねっ。御覧の通り、皆さんあの手この手でたっぷりご奉仕してくれるのですよ!? そう。文字通り、死・ぬ・ま・でっ!!」

 農園主……
 ベッドで横になっていたのはやはりカルロだったか。
 この狂った魔導士を倒したい気持ちに駆られたが、術者が死亡した時、彼女達にどのような影響が出るのかが不明なままだ。

 また彼はイカれているものの、魔法知識は確実に俺より数段上に違いない。
 俺に倒せるのかどうかは極めて怪しい。

「もっと驚いたり悲しんだりするかと思っていたのですが、なんだかわたくしつまらなくなってきました」

 当初見せていた余裕が、表情から消えていた。
 魔術師は小刻みに動き、落ち着きなく歩き回っている。

「あなたは脳味噌だけでなく、感情も性欲も不足気味なようですねっ。邪魔なのでそこをどいてくれませんかイ〇ポ野郎。というかっどけっ」

 そう言うと彼はドアも閉めずに足早に部屋から出て行った。
 俺も続いて廊下に出る。

 しかし魔術師の姿はどこにも見当たらなかった。

 あの態度の豹変ひょうへん具合は……
 一体?



    ◇  ◆  ◇



 とりあえず部屋に戻ってはみたが、狂宴を止める方法を知らない。
 魔術師の話によると、マナ供給は主から受ける必要があるそうだ。

 首輪による影響とは言え、他人の行為をずっと見ているのは失礼だろう。
 部屋の外に出て、そっと扉を閉める。


 従業員にマナを補給し続けるあるじ
 あれだけの女性にマナを与え続けていたら、確実にマナ欠乏を起こすはずだ。
 マナが欠乏すると、倦怠けんたい感と共に体を動かせなくなる。
 多分カルロはこのせいで、寝たきりの状態になってしまったのだろう。

 しかし俺はまだ「解呪」を使えない。
 かと言ってこの状況の中、ベァナを連れて来るのは……

 対応策について考えを巡らせていたが、気付くと部屋からの嬌声きょうせいは止んでいた。
 術が切れたのか?

 中に入ろうか迷っていると、ドアがおもむろに開いた。
 そこに立っていたのは、狂宴に交じっていた女性のうちの一人。
 使用人向けの服だろうか。メイド服のようなよそおいだ。
 首には当然のことながら、隷属の首輪があった。

「ヒース様ですね。ブレットから話は聞いております」

 つい先程までの乱れた姿とは全く違い、凛とした雰囲気が漂う。

「ブレットさんから話を聞いているなら早い。少し話を聞かせてくれないか?」
「一階の応接間にご案内いたします。どうぞこちらに」


 俺は使用人に案内されるまま、応接間に向かった。


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