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第二章
古の掟と古の魔法
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この数日間でかなりの情報が集まった。
俺たちはこの件についてまとめるため、ティネの工房……つまりメアラの自宅に集まっている。
まずベァナが調べてくれた魔法協会の規約についてだが、アーネストやベンから聞いた内容と大きな食い違いは無かった。
奴隷契約については前に確認した通り、契約した場所に縛られ、奴隷の解除に大金貨一枚という高額な費用がかかる事がわかっている。
そして専属契約というシステム……
これについては本当になんの為にあるのか全く理解が出来なかった。
その内容はこうだ。
まず専属契約の場合、奴隷契約とは違って必ず雇用主がいなければ結べない。
しかし、いざ契約を結んでも雇用主は専属契約者を養う義務はない。
町の移動についても全く制限がなく、行商だって可能だ。
その点について更にベァナが説明する。
「調べたところによると、制限的なものは二点だけです。一つはカード利用についてで、専属契約を行うと魔物素材の『納入』だけしか出来なくなるそうです」
「『納入』……『換金』では無いのだな?」
「はい。その制限は二点目の『専属契約の解除』にも関わってくるのですが、専属契約の解除条件に魔物素材の納入が入っているのです。金額にすると金貨二枚分に当たる魔物素材の納入が義務付けられているそうです」
金貨は俺の見立てによると日本円にして一枚40万程度の価値がある。
つまり契約解除に80万が必要……という事になるという事か……
結局まとめるとこういう事だ。
『専属契約を行うと、金貨二枚分の魔物の素材の納入が必須となる』
『解除には納入の完了と雇用者の許可が必要である』
本当にただそれだけである。
そこにはなんのメリットも無い。
金貨二枚分の素材の納入をするという事は、金貨二枚を支払うのと同義だ。
もし得をする者がいるとしたら……それは冒険者ギルドだろう。
魔物素材受け取ってもお金を払わずに済むのだ。
しかしそもそも魔物素材自体に価値があるわけではない。
魔物素材の納入は、いわば地域の危険を軽減してくれた事に対する謝礼のようなものである。
と考えるならば……その専属契約というのは……
一定数の魔物を無償で退治せよ。
と同義になる。
一体誰がそんな契約を自ら望んですると言うのか!?
「私もちょっと疑問に思って職員さんに聞いてみたのです。そしたら、そのシステムを使う人は殆どいないって」
「当然だろうな。奴隷のように庇護の保証も無いのに、制約だけは増えるのだから。普通に雇ったらいいだけの話だ」
「そうですよね。なんだか罰を与えられているみたいですよね」
罰……
魔物を退治する、罰。
…………
そうか!
そう考えれば色々と納得が行く。
俺は今まで、このシステムは魔法協会が作ったものだと思い込んでいた。
だからこそ、今まで違和感や怒りを感じていたのだ。
だが、もしこれらが古代の『神』とやらによって作られたものだとしたら……
「ベァナのお陰でものすごいヒントを貰えたよ。ありがとう」
「ええっ!?……どういたしまして?」
ひとまず魔法協会の方の調査はこれで一段落したと言えるだろう。
あとは、カルロ農場の実情だが……
「メアラ。もし知っていたら教えて欲しいのだが」
「はい……もしかしてアーネストさんが言っていた作物の話ですか?」
その話をするという事は、メアラは何か知っているのだろう。
「ああそうだ。無理せず、話せる範囲で教えて欲しい。アーネストの話に出て来た植物は俺の知識によると芥子という名前なのだが、メアラの認識しているものと同じ名前か?」
「はい。ボクが知っているのも同じ名前です。詳しい事はティネさんから聞いたのですが……実はエルフの里でも、少量ですが栽培される事があります」
芥子は太古の昔から薬として利用されてきた。
「鎮痛・鎮静の薬として利用していたんだね」
「ヒースさん、ご存じなのですか!?」
「実際に使った事は無いが、そう聞いたことがある」
「人間社会ではまず、その存在すら知らない人が多いんです。実際の薬効についてまで知っているなんて……」
確かにあの物知りなベンですら、商人仲間に探りを入れてやっと手に入れた情報で、その名も初めて知ったと言っていた。
何らかの理由で人間社会には広まらなかったのだろう。
「ただこれも聞いた話なのだが……多用すると常習性があるので危険だと」
「はい。里には痛み止めの薬が何種類かありますが、症状によって使う順序がしっかり決まっています。その中でも最後の手段として使われるのが芥子から作ったお薬なんです」
「最終手段か……」
「はい。症状が相当ひどい時くらいにしか使われませんし、里によっては作らない所もあります。ボクの里ではかなり昔に作っていたみたいですね」
エルフの村では適正に利用されていたようだ。
「となると……エルフが人間社会に広めた、というような事はあるのか?」
「とんでもないです! そもそもボクの父上のように人と交易をするエルフ自体少ないですが、取引される薬もあまり効果の高いものは扱いません。危険ですし、強力過ぎる薬は毒にもなるからです」
その辺は処方箋と同じようなものか。
医者が処方する薬に比べ、お店で買える薬は敢えて効果を低く設定してある。
「それに薬の調合法は薬師しか知らない秘密で、薬師になったエルフは里の外には一生出る事が出来ません。これは先祖代々受け継がれて来た掟なのです」
もし人がその作り方を知ってしまったりなんかしたら……
欲深い人間の事だ。
常習者が出ようがなんだろうが、売れるだけ売ろうとするだろう。
それは実際に歴史が証明している。
外に漏らさないのは正解だ。
「だから広まるとしても、絶対別ルートだと思うんです」
「まぁほぼ間違いなく、広まった原因は魔神信奉者の集団だろう。カルロの身内が巻き込まれたのも、きっと関係があるに違いない」
「今思うとそうかも知れませんね。当時はまさかそんなものを栽培していたなんて、ティネさんですら気付いてなかったと思います」
「そうなのか?」
「はい。ボクも先日の農場見学の時に初めて知ったんです。ティネさんからは持っているだけで危険なものなので、絶対に関わるなと」
このあたりの話はベンの話とも一致する。
しかし、だからと言って虐げられている人々を無視は出来ない。
それに俺はあの娘達に約束したのだ。
『時間はかかるが、待っていてくれ』と。
「メアラ、他に芥子について何か知っている事はないか?」
「そうですね……ティネさんが言うには、日常生活で使われる事はまず無いのですが、魔法でその素材が使われる事があるそうなのです」
魔法で薬物を使うとなると……秘薬か何かとしてだろうか?
……いや、そんな魔法は危険すぎる。
そもそも協会が許可するわけがない。
となると……
「もしかして、闇魔法!?」
「ええ。そうらしいです。確か『縛呪』という精神魔法を使う際の、拘束具の作成に必要だとおっしゃってました」
アヘンに含まれるアルカロイドには、精神に作用する化学物質が含まれている。
古代世界ではこの作用を利用し、様々な儀式が実施されていた。
そして麻薬は時に人を思い通りに操る為に、対象者に使われる事がある。
「その拘束具というのは、どういった物なんだ?」
「ええっと……そう言えばティネさんが集めて来た魔法関係の本の中に、精神魔法についての記述されているものがあったはずですね。ちょっと持ってきます」
ティネさん、なんという危ない本を集めているのだ!?
闇魔法……つまり精神魔法は協会にその使用が禁止されているはずだ。
だからそれに関する書籍も規制対象になっていてもおかしくはない。
しかし熱心な研究者であるティネからすると、そんな闇魔法ですら研究対象なのかも知れない。
ダンケルド程度の規模の町では図書館も無いし、自力で集めるしか無いだろう。
奥からメアラが何冊か本を抱えて持ってきた。
「そんなに簡単に魔導書を人に見せていいのか?」
「これは単なる魔法の専門書です。魔力の籠った魔導書なんかはティネさんの部屋に保管されているので見れないのですが、この辺のものは本当にただの本なので全然平気です。禁書になるような本は大抵、魔力が込められているんです」
魔法について書かれたものが魔導書ではなく、魔力が込められているものをこの世界では『魔導書』と呼んでいるのか。
ではメアラが持ってきた本は、図鑑や辞典のような類の本なのかも知れない。
ん、ちょっと待てよ……
こんなに本があるなら……
ここで勉強出来るのではないか。
「えっと~……確かこの本の……あった。このページですね」
メアラの開いたページを見て見ると、そこには首輪のようなものが描かれていた。
「拘束具って……首輪だったのね。『解呪』を教えて貰う時に似たようなものを見ました。その時見たものは本物では無いとおっしゃっていましたが」
そうか。ベァナが俺に教えてくれた『解呪』は、『縛呪』に対抗するための魔法だったのか。
「ベァナちゃんが訓練中に使用したのは普通の首輪でしたね。その時は自分が実験台として付けさせられて……」
メアラが首輪を……
余計な事は考えないようにしよう。
そのページを良く見てみると、説明らしきものが描かれていた。
「すまんベァナ……なんて書いてあるんだ?」
「ええっと……契約主への隷属効果の発現にはᛟᛈᛁᛟᛁᛞが必要であり、これはᛚᚨ ᛚᚴᚡᚨによって設置され、ᚨᛚ ᛚᚨ ᛚᛁᚷの術語によって効果を……」
ベァナの朗読が止まった。
ゆっくりとこちらを振り向く。
少し涙目だ。
「ところどころ古代文字になっていて、全然読めないですぅ……」
俺も三度、そのページを確認した。
確かに今まで見てきた文字とは、明らかに毛色の異なる文字によって書かれた単語が随所に見られた。
しかしそれらの文字に見覚えが無いわけでは無い。
オートグラフの呪文で表示される模様が、古代文字で書かれていたからだ。
メアラも本の内容を確認する。
「ええと……ここの単語はラ・ルクヴァで、こちらがアル・ラ・リグですね」
「メアラは古代語が読めるのか!?」
「一応師匠の元で勉強していますからね。簡単なものでしたら」
俺はその言葉を聞き、ポケットの中から一枚の羊皮紙を取り出した。
ブリジットさんに魔法を教わった後、忘れないように呪文をカタカナで記録しておいたものだ。
さっと眺めてみる。
あった。
水魔法を呪文の中に『ルクヴァ』の文字が。
「ブリジットさんに教えて貰った水魔法の呪文に『ルクヴァ』という文字が含まれていたんだが……これとは関係があるのか?」
「よく覚えていらっしゃいましたね。本来その単語は水を表すものなのですが、こちらの本には『ラ・ルクヴァ』となっているので、別の意味になるのです。今回の場合だと、『呪文』とか『命令文』という意味になるのかな、と……」
そう言ってメアラは俺が手に持っているメモを覗き込む。
顔がすぐ右隣に来る。
近い。
花のような香りがした。
「ヒースさん、これは随分変わった文字ですね。この文字とか、あり得ないくらいに複雑ですし……」
そう言ってメアラが指差した文字は、水魔法の『魔』の文字だった。
確かにこちらの世界の文字に比べれば、あり得ないくらいの画数だ。
するとメアラの言葉を聞いてベァナも覗きこんで来た。
顔がすぐ左隣に来る。
近い。
とにかくいい香りがした。
「あっ、本当だ……」
ベァナだけは俺の素性を知っている。
しかしそれを話すのはまずいと思ったのか、二の句を告げる事は無かった。
「ああこれか。記憶が無いせいか普通の文字は読み書き出来ないのだが、代わりに別の文字なら使えるようなんだ。もしかしたら俺の故郷の文字なのかも知れないな」
「そうなんですね。確かにグリアンの民もドワーフも、それぞれ固有の文字を持っているって話を聞いたことがあります」
他に似たような事例があったお陰で、なんとか誤魔化せそうだ。
というよりも……
「ドワーフが居るのか!?」
「はい。ドワーフは鉱山などある山岳地帯に住んでいるのですが、なぜかエルフの事を毛嫌いしているらしいです。エルフの人々は特になんとも思っていないそうなのですが、何故なんでしょうね?」
「きっと何か事情があるんだろう。それより先程の古代語の話なのだが……」
俺がメモをしまうと、二人は定位置に戻る。
いきなり両手に花状態になってしまい、さすがに少し動揺した。
片方は男の娘だったが……
「古代語の基礎が学べる何か持っていないか?」
「えーっとそうですね……書写の魔法の練習の時に書き写した冊子があるのですが、それでも良いですか?」
「俺に理解出来そうなものなら、なんでも嬉しい」
「古代語の単語を抜き出して一覧にまとめたものなのです。横に標準語で意味が書かれているのですが、ボクが古代語を読むので、ヒースさんの知っている文字を書き入れれば良いのかなと」
「それはいいな。是非お願いしたい」
結局この日はメアラから譲ってもらった冊子の読み合わせをし、読み方を一通りメモして終わった。そして標準語で書かれた意味についてはベァナに読んでもらい、それも日本語で書き加えていく。
古代語、この世界の標準語、そして日本語。
ロゼッタストーンの完成である。
魔法についても調べるつもりだった俺にとっては、これは大きな収穫だ。
芥子と拘束具については、拘束具の制作に芥子由来の樹脂が使われているという事と、その精神魔法……『縛呪』を使う際には必ず拘束具が必要になる、という事までしか分からなかった。
ただ、これらはかなり重要な手がかりだ。
俺が今まで見てきたカルロ農場の従業員、プリムやニーヴ達のような奴隷や管理者のブレットに拘束具は付けられていない。
つまりそれは、彼らに精神魔法が使われているわけではないという証でもある。
では、それらはどこで作られ、どのように使われているのだろうか。
俺たちはこの件についてまとめるため、ティネの工房……つまりメアラの自宅に集まっている。
まずベァナが調べてくれた魔法協会の規約についてだが、アーネストやベンから聞いた内容と大きな食い違いは無かった。
奴隷契約については前に確認した通り、契約した場所に縛られ、奴隷の解除に大金貨一枚という高額な費用がかかる事がわかっている。
そして専属契約というシステム……
これについては本当になんの為にあるのか全く理解が出来なかった。
その内容はこうだ。
まず専属契約の場合、奴隷契約とは違って必ず雇用主がいなければ結べない。
しかし、いざ契約を結んでも雇用主は専属契約者を養う義務はない。
町の移動についても全く制限がなく、行商だって可能だ。
その点について更にベァナが説明する。
「調べたところによると、制限的なものは二点だけです。一つはカード利用についてで、専属契約を行うと魔物素材の『納入』だけしか出来なくなるそうです」
「『納入』……『換金』では無いのだな?」
「はい。その制限は二点目の『専属契約の解除』にも関わってくるのですが、専属契約の解除条件に魔物素材の納入が入っているのです。金額にすると金貨二枚分に当たる魔物素材の納入が義務付けられているそうです」
金貨は俺の見立てによると日本円にして一枚40万程度の価値がある。
つまり契約解除に80万が必要……という事になるという事か……
結局まとめるとこういう事だ。
『専属契約を行うと、金貨二枚分の魔物の素材の納入が必須となる』
『解除には納入の完了と雇用者の許可が必要である』
本当にただそれだけである。
そこにはなんのメリットも無い。
金貨二枚分の素材の納入をするという事は、金貨二枚を支払うのと同義だ。
もし得をする者がいるとしたら……それは冒険者ギルドだろう。
魔物素材受け取ってもお金を払わずに済むのだ。
しかしそもそも魔物素材自体に価値があるわけではない。
魔物素材の納入は、いわば地域の危険を軽減してくれた事に対する謝礼のようなものである。
と考えるならば……その専属契約というのは……
一定数の魔物を無償で退治せよ。
と同義になる。
一体誰がそんな契約を自ら望んですると言うのか!?
「私もちょっと疑問に思って職員さんに聞いてみたのです。そしたら、そのシステムを使う人は殆どいないって」
「当然だろうな。奴隷のように庇護の保証も無いのに、制約だけは増えるのだから。普通に雇ったらいいだけの話だ」
「そうですよね。なんだか罰を与えられているみたいですよね」
罰……
魔物を退治する、罰。
…………
そうか!
そう考えれば色々と納得が行く。
俺は今まで、このシステムは魔法協会が作ったものだと思い込んでいた。
だからこそ、今まで違和感や怒りを感じていたのだ。
だが、もしこれらが古代の『神』とやらによって作られたものだとしたら……
「ベァナのお陰でものすごいヒントを貰えたよ。ありがとう」
「ええっ!?……どういたしまして?」
ひとまず魔法協会の方の調査はこれで一段落したと言えるだろう。
あとは、カルロ農場の実情だが……
「メアラ。もし知っていたら教えて欲しいのだが」
「はい……もしかしてアーネストさんが言っていた作物の話ですか?」
その話をするという事は、メアラは何か知っているのだろう。
「ああそうだ。無理せず、話せる範囲で教えて欲しい。アーネストの話に出て来た植物は俺の知識によると芥子という名前なのだが、メアラの認識しているものと同じ名前か?」
「はい。ボクが知っているのも同じ名前です。詳しい事はティネさんから聞いたのですが……実はエルフの里でも、少量ですが栽培される事があります」
芥子は太古の昔から薬として利用されてきた。
「鎮痛・鎮静の薬として利用していたんだね」
「ヒースさん、ご存じなのですか!?」
「実際に使った事は無いが、そう聞いたことがある」
「人間社会ではまず、その存在すら知らない人が多いんです。実際の薬効についてまで知っているなんて……」
確かにあの物知りなベンですら、商人仲間に探りを入れてやっと手に入れた情報で、その名も初めて知ったと言っていた。
何らかの理由で人間社会には広まらなかったのだろう。
「ただこれも聞いた話なのだが……多用すると常習性があるので危険だと」
「はい。里には痛み止めの薬が何種類かありますが、症状によって使う順序がしっかり決まっています。その中でも最後の手段として使われるのが芥子から作ったお薬なんです」
「最終手段か……」
「はい。症状が相当ひどい時くらいにしか使われませんし、里によっては作らない所もあります。ボクの里ではかなり昔に作っていたみたいですね」
エルフの村では適正に利用されていたようだ。
「となると……エルフが人間社会に広めた、というような事はあるのか?」
「とんでもないです! そもそもボクの父上のように人と交易をするエルフ自体少ないですが、取引される薬もあまり効果の高いものは扱いません。危険ですし、強力過ぎる薬は毒にもなるからです」
その辺は処方箋と同じようなものか。
医者が処方する薬に比べ、お店で買える薬は敢えて効果を低く設定してある。
「それに薬の調合法は薬師しか知らない秘密で、薬師になったエルフは里の外には一生出る事が出来ません。これは先祖代々受け継がれて来た掟なのです」
もし人がその作り方を知ってしまったりなんかしたら……
欲深い人間の事だ。
常習者が出ようがなんだろうが、売れるだけ売ろうとするだろう。
それは実際に歴史が証明している。
外に漏らさないのは正解だ。
「だから広まるとしても、絶対別ルートだと思うんです」
「まぁほぼ間違いなく、広まった原因は魔神信奉者の集団だろう。カルロの身内が巻き込まれたのも、きっと関係があるに違いない」
「今思うとそうかも知れませんね。当時はまさかそんなものを栽培していたなんて、ティネさんですら気付いてなかったと思います」
「そうなのか?」
「はい。ボクも先日の農場見学の時に初めて知ったんです。ティネさんからは持っているだけで危険なものなので、絶対に関わるなと」
このあたりの話はベンの話とも一致する。
しかし、だからと言って虐げられている人々を無視は出来ない。
それに俺はあの娘達に約束したのだ。
『時間はかかるが、待っていてくれ』と。
「メアラ、他に芥子について何か知っている事はないか?」
「そうですね……ティネさんが言うには、日常生活で使われる事はまず無いのですが、魔法でその素材が使われる事があるそうなのです」
魔法で薬物を使うとなると……秘薬か何かとしてだろうか?
……いや、そんな魔法は危険すぎる。
そもそも協会が許可するわけがない。
となると……
「もしかして、闇魔法!?」
「ええ。そうらしいです。確か『縛呪』という精神魔法を使う際の、拘束具の作成に必要だとおっしゃってました」
アヘンに含まれるアルカロイドには、精神に作用する化学物質が含まれている。
古代世界ではこの作用を利用し、様々な儀式が実施されていた。
そして麻薬は時に人を思い通りに操る為に、対象者に使われる事がある。
「その拘束具というのは、どういった物なんだ?」
「ええっと……そう言えばティネさんが集めて来た魔法関係の本の中に、精神魔法についての記述されているものがあったはずですね。ちょっと持ってきます」
ティネさん、なんという危ない本を集めているのだ!?
闇魔法……つまり精神魔法は協会にその使用が禁止されているはずだ。
だからそれに関する書籍も規制対象になっていてもおかしくはない。
しかし熱心な研究者であるティネからすると、そんな闇魔法ですら研究対象なのかも知れない。
ダンケルド程度の規模の町では図書館も無いし、自力で集めるしか無いだろう。
奥からメアラが何冊か本を抱えて持ってきた。
「そんなに簡単に魔導書を人に見せていいのか?」
「これは単なる魔法の専門書です。魔力の籠った魔導書なんかはティネさんの部屋に保管されているので見れないのですが、この辺のものは本当にただの本なので全然平気です。禁書になるような本は大抵、魔力が込められているんです」
魔法について書かれたものが魔導書ではなく、魔力が込められているものをこの世界では『魔導書』と呼んでいるのか。
ではメアラが持ってきた本は、図鑑や辞典のような類の本なのかも知れない。
ん、ちょっと待てよ……
こんなに本があるなら……
ここで勉強出来るのではないか。
「えっと~……確かこの本の……あった。このページですね」
メアラの開いたページを見て見ると、そこには首輪のようなものが描かれていた。
「拘束具って……首輪だったのね。『解呪』を教えて貰う時に似たようなものを見ました。その時見たものは本物では無いとおっしゃっていましたが」
そうか。ベァナが俺に教えてくれた『解呪』は、『縛呪』に対抗するための魔法だったのか。
「ベァナちゃんが訓練中に使用したのは普通の首輪でしたね。その時は自分が実験台として付けさせられて……」
メアラが首輪を……
余計な事は考えないようにしよう。
そのページを良く見てみると、説明らしきものが描かれていた。
「すまんベァナ……なんて書いてあるんだ?」
「ええっと……契約主への隷属効果の発現にはᛟᛈᛁᛟᛁᛞが必要であり、これはᛚᚨ ᛚᚴᚡᚨによって設置され、ᚨᛚ ᛚᚨ ᛚᛁᚷの術語によって効果を……」
ベァナの朗読が止まった。
ゆっくりとこちらを振り向く。
少し涙目だ。
「ところどころ古代文字になっていて、全然読めないですぅ……」
俺も三度、そのページを確認した。
確かに今まで見てきた文字とは、明らかに毛色の異なる文字によって書かれた単語が随所に見られた。
しかしそれらの文字に見覚えが無いわけでは無い。
オートグラフの呪文で表示される模様が、古代文字で書かれていたからだ。
メアラも本の内容を確認する。
「ええと……ここの単語はラ・ルクヴァで、こちらがアル・ラ・リグですね」
「メアラは古代語が読めるのか!?」
「一応師匠の元で勉強していますからね。簡単なものでしたら」
俺はその言葉を聞き、ポケットの中から一枚の羊皮紙を取り出した。
ブリジットさんに魔法を教わった後、忘れないように呪文をカタカナで記録しておいたものだ。
さっと眺めてみる。
あった。
水魔法を呪文の中に『ルクヴァ』の文字が。
「ブリジットさんに教えて貰った水魔法の呪文に『ルクヴァ』という文字が含まれていたんだが……これとは関係があるのか?」
「よく覚えていらっしゃいましたね。本来その単語は水を表すものなのですが、こちらの本には『ラ・ルクヴァ』となっているので、別の意味になるのです。今回の場合だと、『呪文』とか『命令文』という意味になるのかな、と……」
そう言ってメアラは俺が手に持っているメモを覗き込む。
顔がすぐ右隣に来る。
近い。
花のような香りがした。
「ヒースさん、これは随分変わった文字ですね。この文字とか、あり得ないくらいに複雑ですし……」
そう言ってメアラが指差した文字は、水魔法の『魔』の文字だった。
確かにこちらの世界の文字に比べれば、あり得ないくらいの画数だ。
するとメアラの言葉を聞いてベァナも覗きこんで来た。
顔がすぐ左隣に来る。
近い。
とにかくいい香りがした。
「あっ、本当だ……」
ベァナだけは俺の素性を知っている。
しかしそれを話すのはまずいと思ったのか、二の句を告げる事は無かった。
「ああこれか。記憶が無いせいか普通の文字は読み書き出来ないのだが、代わりに別の文字なら使えるようなんだ。もしかしたら俺の故郷の文字なのかも知れないな」
「そうなんですね。確かにグリアンの民もドワーフも、それぞれ固有の文字を持っているって話を聞いたことがあります」
他に似たような事例があったお陰で、なんとか誤魔化せそうだ。
というよりも……
「ドワーフが居るのか!?」
「はい。ドワーフは鉱山などある山岳地帯に住んでいるのですが、なぜかエルフの事を毛嫌いしているらしいです。エルフの人々は特になんとも思っていないそうなのですが、何故なんでしょうね?」
「きっと何か事情があるんだろう。それより先程の古代語の話なのだが……」
俺がメモをしまうと、二人は定位置に戻る。
いきなり両手に花状態になってしまい、さすがに少し動揺した。
片方は男の娘だったが……
「古代語の基礎が学べる何か持っていないか?」
「えーっとそうですね……書写の魔法の練習の時に書き写した冊子があるのですが、それでも良いですか?」
「俺に理解出来そうなものなら、なんでも嬉しい」
「古代語の単語を抜き出して一覧にまとめたものなのです。横に標準語で意味が書かれているのですが、ボクが古代語を読むので、ヒースさんの知っている文字を書き入れれば良いのかなと」
「それはいいな。是非お願いしたい」
結局この日はメアラから譲ってもらった冊子の読み合わせをし、読み方を一通りメモして終わった。そして標準語で書かれた意味についてはベァナに読んでもらい、それも日本語で書き加えていく。
古代語、この世界の標準語、そして日本語。
ロゼッタストーンの完成である。
魔法についても調べるつもりだった俺にとっては、これは大きな収穫だ。
芥子と拘束具については、拘束具の制作に芥子由来の樹脂が使われているという事と、その精神魔法……『縛呪』を使う際には必ず拘束具が必要になる、という事までしか分からなかった。
ただ、これらはかなり重要な手がかりだ。
俺が今まで見てきたカルロ農場の従業員、プリムやニーヴ達のような奴隷や管理者のブレットに拘束具は付けられていない。
つまりそれは、彼らに精神魔法が使われているわけではないという証でもある。
では、それらはどこで作られ、どのように使われているのだろうか。
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