Wild Frontier

beck

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第一章

開戦

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 すぐ後ろ側で銅鑼どらが響いた。
 魔物の軍勢が視認出来た合図だ。

「よし。第一防衛線の者ども、準備はえぇか!?」

 ボルタは準備していた防護柵バリケードから離れると、大声で号令をかけた。

 村を防衛する為の基本的な戦略はこうだ。
 まず村の入り口へと続く山道の中からバリスタで狙撃しやすい地点を何か所か選び、その地点を障害物でふさげるようにしておく。
 魔物達はあまり機転きてんが利かないので、先に進もうと必死で障害物を壊そうとする。
 その間にバリスタはホブゴブリンを、クロスボウ隊はゴブリンを狙い撃ちにする、といった形だ。

 そして更に重要なポイントとしては、最前線の防護柵が破壊される寸前、魔物の群れに落ちるよう仕掛けられた落石トラップを発動させる。
 これは落石で魔物を倒す効果もあるが、次の狙撃地点への移動時間をかせぐという危機管理的側面も持っていた。

 しかし真の目的は進入経路にボトルネックを作る事で、一度に襲ってくる魔物の数を絞り、それを各個撃破するという点にあった。

 数だけで言えば魔物の総数は村人全員の数倍になる事が予想される。
 乱戦になってしまえば、数で劣る村人に全く勝ち目はない。

 さすがに人間相手に通じるような戦法ではないが、今回のように本能に従った行動をするような魔物相手であれば、ある程度の効果は期待出来る。
 また集団戦闘の経験が無い村人にも理解しやすいという利点もあった。

 この作戦の指揮は、トラップを設置したボルタ自身が担当した。

「ジェイコブの野郎もうまくやってくれよ」

 西側のトラップはジェイコブに任せていた。
 もしトラップに何かしらのトラブルが起きた時、他に任せられる村民はいない。

「ボルタさん! 来ました!」
「よし、総員攻撃開始だ! ちゃんと狙って撃てよ!」

 ボルタが作ったバリスタには、弟子のジェイミーからの提案で簡易的な照準……単に細い糸が格子状に張られたもの……が取り付けられていた。

 ボルタは当初その効果に対して懐疑かいぎ的だった。
 しかし実際に試し打ちをしてみるとバリスタ一台一台の微妙な弾道のクセを把握出来るという効果があったため、結局全台に取り付ける事になった。
 ハンドメイドで作られた武器の挙動を全て同じにする事など、ボルタのような腕利きの職人であっても不可能な芸当げいとうに違いない。

 ボルタ自身は落石トラップを始動させる役目があったため、クロスボウでゴブリンを狙いつつ、戦況や防護柵の破損状況を確認しながら戦っていた。

「今のところ順調そうだな……思ったよりホブゴブリンの数が少ないか」

 想定よりも数が少なかったとは言え、ざっと確認した所でも前方に出ていたホブゴブリンを既に四~五体ほど倒していた。
 まさにこの目的の為に作り出し、改良に改良を重ねて来ただけの事はある。

「ボルタさん! 左側の柵がそろそろダメそうです!」
「よし、そろそろトラップを発動させる! 移動準備!」

 ボルタは射手全員の退避準備が出来た事を確認し、ロープを断ち切る。

 すると道の左側の崖から人一人分くらいある、大きな岩が転がり落ちて来た。

 ボルタ達はその様子を眺める事などはせず、足早に次の狙撃地点に移動していった。





    ◆  ◇  ◇





 今のところ銅鑼どらが鳴っているのは東側からだけだ。

 ニックは教えた通りに連絡を送って来ていたため、戦況は十分把握出来ていた。
 今は第二狙撃地点で迎撃中で、戦況的に問題無さそうだ。

 西からは何も連絡が無かったので、戦闘は東側だけなのかも知れないと思っていたまさにその時、西からも銅鑼の音が響いてきた。

「なんと、東西両方から攻撃を受けるとはの……両側にしっかり準備をしておいて本当に良かったのう」

 様々な方向から同時攻撃を受けると、防御側は精神的にかなりの恐怖を感じる。
 ただ考えようによっては、敵の戦力も二手に分散する事になる。
 今回のように村の両側にしっかり迎撃態勢を整えていた場合は、一点突破されるよりもむしろ都合が良い。
 準備していた全戦力が無駄なく機能する事になるからだ。
 村長もその事は十分承知しているのか、ある程度落ち着いていた。

 魔物の行動パターンから考えると、東側はこのまま無事に終わるだろう。

 奴らの目的は単純に『巣』の確保だ。
 本能的な行動であるため、波状攻撃といった初歩的な戦術すらも行なわない。
 初動さえきっちり抑えられれば何の問題も無かった。

「……となると、あとは西側か」

 西側の迎撃態勢は東側と同等以上に整えてあるが、配置した人数は少な目だ。

「村長。多分ボルタの方は問題無さそうですので、自分はジェイコブさんの西側へ加勢に行きます。村長はこちらで全体の指揮をお願いいたします」
「うむ、心得た。気を付けてお行きなされぃ!」

 必要な荷物をまとめる。

 準備が整い西へ向かい始めると、その方角から再び銅鑼の音が聞こえて来た。

 短い間隔で連続して鳴らされる銅鑼の音。
 そしてその銅鑼の音は少しの間を置き、再び同じフレーズを繰り返していた。

 緊急事態の知らせだ。

 俺は村長の居る陣に向かい、大声で伝言を伝えた。


「村長! 荷車にぐるまの準備をお願いします!」


 俺はそう伝えると、すぐさま西に向かって駆け出した。





    ◇  ◆  ◇





<通信>
 自分の気持ちや考えを相手に伝えるという行為は、社会性を持つ生物ならではの行動である。例えば狼や犬は、離れた仲間に自分の意志を伝えるために「遠吠え」という音声による通信手段を使う。高度な社会性を持つ人類が、効率的な通信手段を求めるようになっていったのは必然であろう。
 人類が文字を発明する前から使われていた通信手段が狼煙のろしである。狼煙は様々な民族によって使われていたが、現在でもネイティブ・アメリカンの人々によって利用されている。最も長い歴史を持った通信手段と言えるだろう。
 狼煙のような光を使った通信は非常に高速なやり取りが可能である。そのため光を使った通信は様々な形で発展した。
 例えば古代アテナイ(アテネ)でギリシャ悲劇を確立したアイキュロス(紀元前525年頃~紀元前456年)はトロイア戦争を題材にした劇「アガメムノン」を残しているが、その冒頭シーンは見張り役が一年の間、トロイア陥落の狼煙を待つシーンから始まる。トロイア戦争の時期については様々な説があるものの、紀元前1700年頃~紀元前1200年頃であろうとされている。その戦争で実際に狼煙が使われたという確証はどこにも残ってはいないが、少なくともアイキュロスによって劇の台本が書かれた紀元前6世紀頃には狼煙の使用は一般的なものであり、その事からも更に前の世代から使用され続けてきた事は明らかである。
 その後たいまつによる通信方法などが発明されたが、紀元前二世紀にはギリシャの歴史家ポリュビオス(紀元前203年頃~紀元前120年頃)によって手旗信号方式の通信手段が完成された。
 ポリュビオスの考案した通信方法はまずアルファベット5文字で1グループとし、それを5グループに分け、互いに同じ並びの文字セットを持つという所から始まる。左右二名の送信係がおり、それぞれが1回から5回、定期的にたいまつを掲げる。左の通信係がグループ番号、右の通信係がグループ内の文字の順序になっており、その回数を元にアルファベットを読み取っていくという仕組みである。文字の順序やグループ分けを変更すれば、暗号通信として使えるという特徴も持っていた。
 こういった光を使った通信手法はローマ帝国を中心として更に改良されていき、19世紀初頭に「電信」が発明されるまで使われ続けた。
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