Wild Frontier

beck

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第一章

訓練

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 俺とベァナは村の北に隣接する、丘の上にいた。
 魔法とクロスボウの訓練をするためだ。

 今まで武器らしい武器を扱った事が無かったベァナだったが、俺の予想に反してとても筋が良かった。

 クロスボウは元々訓練期間が短くても実戦への参加が容易な武器だ。
 そして一度やると決めたら徹底して学ぶ彼女の姿勢が、好影響を与えたのだろう。
 この様子では早いうちに実戦レベルの技能を習得する事は間違いない。
 村としては貴重な戦力が増え、喜ばしい事だろう。
 ただ村長にとっては喜ばしくない結果になりそうだった。


 しかし『戦える方法、教えます!』なんて大見得を切って言ったものの……
 どう考えても教えている時間より、魔法を教わっている時間のほうが長かった。
 最初は本当に申し訳ない気持ちだったのだが、彼女は武器の扱いを教わる時よりもむしろ楽しそうだった。
 結局、彼女が楽しいのならそれで良し、と割り切る事にした。
 

「魔法って、神様が作ったものって言われてるんです」
「あー、やっぱこの世界にも神様いるんだね」
「そうですね、沢山いるって言われてます」

 この地域、しくはこの世界は多神教らしい。

「もしかして路傍ろぼうの石にも神様が御座おわすとか!?」
「うーん、石を作った神様の話は聞いたこと無いですが……でも言い伝えの中にしか出てこない神様はいますね」

 もし道端の石ころやトイレにも神様がいらっしゃるという話だったら、神道しんとうのようなものだと思ったのだが……
 万物に宿る八百万やおよろずの神というような存在ではないようだ。

 どちらかと言うとオリンポスの神々のような感じだろうか。

「例えば戦神のテラム様は、昔あった神同士の戦いでとても活躍したらしいんです。だから誰でも知っている神様なんですけど、伝承の中でしか出て来ません」
「今でもこの世界に神様がいると?」
「魔法を使えるという事が、神様が今も居らっしゃる証拠って言われてますね。特に癒しの女神のアズナイ様は人に治癒の魔法を授け、今でも見守っているのだと言われてます」

 なるほどそういう事か。
 この世に神が顕現けんげんするわけではなく、起こった事象じしょうを神の奇跡としているわけだ。
 こういった例えならよくある話だ。

「わたしは治癒の魔法を使うのでアズナイ様にお祈りを捧げていますが、お爺さまは山や里の恵みをつかさどる、豊穣の女神リコ様に感謝を捧げてるみたいです。まぁリコ様はかなりの気分屋って話ですけど!」

 やはりギリシャ神話の神々に近そうだ。
 しかも多神教というのはどこの世界でも決まって気分屋らしい。
 もっとも多神教は自然崇拝からおこるのが一般的だから、予想の出来ない自然災害の事を考えれば、神は気まぐれであって当然の存在なのだろう。

 ただ神道にもギリシャ神話にも共通しない異質なものが1つあった。


 それは魔法だ。


 ベァナは、と言っていた。

 そういった伝承だけであるならば地球上の神話にも良くみられる話である。

 しかしこの世界には魔法がしている。


 それはベァナ自身が証明してくれた。

 地球上でも実話が元になって生まれた神話はとても多い。

 八岐大蛇やまたのおろちという水神は、繰り返し氾濫する河川を大蛇に見立てて作られた神という説もあるし、世に名をせた人物が後世になって神としてあがめられる例も枚挙まいきょいとまがない。

 きっと魔法にも何らかの起源があるはずだ。

「お話するのも楽しいのですが、そろそろ実際にやってみましょうか?魔法を使った事のない人は大体最初、ウィスプに挑戦します」
「ウィスプ?発光体みたいな?」
「そうです。ウィスプは秘薬も詠唱も要らない魔法なんですが、先生の話だと秘薬が要らないのではなく、空気を秘薬として使っているのよって言ってました」

 秘薬や詠唱なんて言葉は物語だけでした聞いたことが無かったが……
 やはり魔法が存在しているこの世界にはあるのか。

「そしてこのウィスプを出せるか出せないかが、そのまま魔法を使える人と使えない人の判断基準になっています」
「つまり出せなければ、その後いくら頑張っても魔法は使えない、と?」
「そうです。魔法を扱えるのは大体十人に一人くらいって言われてますね」

 村人で魔法を使えるのが五人くらいって言っていたので、確かに十人に一人だ。

「攻撃魔法になるともっと少なくて、魔法を使える人を集めても百人に一人くらいじゃないかって言われてます。実際に数えた人が居るのかは知らないのですが、千人の町に三人も居たらかなり多いって言われてます」

 攻撃魔法と言えば、村長に攻撃魔法を使えないと言われた時のベァナはかなり悔しそうな顔をしていた。
 今の彼女は普通に話をしているが、俺からはあまり触れないほうがいいだろう。

「それじゃ始めましょう。まずはてのひらを空に向けて前に出してください」

 初心者です、何かください。みたいなポーズだという思いを必死に押し込めた。

「そしてそのてのひらに意識を集中し、何か明るい物をイメージします」

 明るい物……
 現代日本で育った俺にとって、明るい物と言えば電灯だ。
 だが、そんなものこの世界にあるわけがない。
 俺はまず焚火たきびの炎を思い浮かべた。

「……それで次はどうすんだい?」
「えっと……出る人はこれで出るんですが……」

 なんと!?
 俺、魔法が全く使えない族だったか……

「明るい物って、何を思い浮かべました?」
「えーっと……焚火たきびの炎?」
「あー、ごめんなさい。炎だとダメなんです。それは火の魔法使う時のイメージらしいので。赤い炎じゃなくて、白い光の玉が浮いているイメージですかね?」

 教えて貰っている立場で先に言ってよ! とは流石に言えず、俺は黙ってベァナの言う通りにした。
 ウィスプという名前通り、鬼火ウィルオーウィスプのような光の玉を思い浮かべようとしたのだが……

 俺の頭に浮かんだのはガスランタンの光だった。
 自分のキャンプ脳が憎い。

 キャンプ用品どころかガスカードリッジなんかこの世界にあるわけが無いのに、何やってんだよ俺……と思った瞬間だった。

「あ。」

 てのひらに小さくてほのかな光が集まって来る。
 そこにほとんどど白に近い、薄黄色の光を放つ球体が一瞬にして形成された。

 それは水面をただようように空中に浮かんでいた。
 何が起こっているのか、すぐに理解できない。
 ただただ、その球体を暫くの間眺めていた。

 昼間という事もあってその光は決して眩しいものではなかったが、夜間や洞窟の中で使うのであれば、明かりとしては十分な効果が期待出来るだろう。

「ヒースさん! おめでとう!!」

 彼女は本当にうれしそうだ。

「いや……これを自分が出したって思うと、喜びというよりも……」

 俺は地球の常識を、自らの手で打ち破ってしまったという事実に驚愕きょうがくした。

「正直怖いです」
「あはは。でも結構すんなり出てきましたね……ヒースさんは記憶が無い部分もあるので、もしかしたら元々魔法を使える人だったのかも知れないですよ?」

 確かにそういった過去の記憶はたまに出てくるイメージくらいなので、俺が前に魔法を使っていたのかはわからない。

「ああそうだ。ちょっとそのウィスプを移動させて、もう一個同じように作ってみましょうか。そうしたらわかるかも」

 彼女はそう言ってそっと自分のウィスプを手で横に押した。

「!?」

 なんとそのウィスプは机の上の荷物を手で押したように、その方向へ動いた。

「ウィスプって自分の近くであれば、どこにでも移動させられるんです。あまり急に手で動かそうとすると、ウィスプ本体に触れて消えてしまうのですが」

 初めて見た魔法に少し混乱気味だったが、設置場所を自由に変えられる電球だと思うようにした後は、特に違和感を感じずに向かい合う事が出来た。
 人類の環境適応力は半端ないものだなぁと、わが身をもって実感した。

 試しにそのあかりを自分の頭の右辺りに持っていて、そのまま歩いてみた。
 歩いても自分からの距離は変わらないままだ。
 術者の位置を原点として、相対位置を把握しているのだろう。

「ウィスプはその人の魔法の熟練度によって、出せる数が増えるんです」

 そういって彼女は二つ目のウィスプを目の前に置く。
 普段子供っぽいところを散々見せてくれるベァナだったが、こうして光の中に居ると、その姿はまるで妖精のようだった。

 ウィスプに包まれている彼女をぼうっと見つめていた所、彼女はちょっと慌てた様子で「早くもう一個出してみてください!」と俺にうながした。

 自分のてのひらに意識を集中する。
 先程の成功例にならい、もう一度ガスランタンのイメージを浮かべた。

 気付けば、そこには先程と同じ大きさの魔法電球があった。

「ああやっぱり……ヒースさんは記憶を無くす前、既に魔法を使った事があるようですね」

 え?
 俺、実は魔法使いだったのか!?

「魔法理論についてはお母さんのほうが詳しいと思うのですが、魔法ってある程度使っていると熟練度が上がって、こうして数を増やしたり、威力の高い魔法が使えるようになったりするそうです」
「んじゃ使えば使うほど、色々な魔法が使えるようになると?」
「それが使える魔法の種類は個人ごとに決まっているようで……私は今のところ共通コモン魔法とアズナイ様の治癒魔法しか使えません……」

 祖父の言葉に悔しい思いをしていたのは、ブリジットさんが攻撃魔法を使えるのに娘の自分が使えない事への劣等感からだったのかも知れない。

「でもまだ攻撃系の魔法が使えないって決まったわけじゃないですし、ヒースさんに教えて貰ったこのクロスボウも結構使いこなせるようになってきました!」

 この流れ……
 なんとなく彼女の言いたい事をさとってしまった。


「もう村周辺の警備に同行しても大丈夫ですよね!」


 えっと、それを決めるのは俺じゃなくて村長とお母さまです。




 というか、まだ訓練開始初日ですからね!

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