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第一章
哨戒
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いくつかの苦労はあったものの、クロスボウ試作一号機は無事に完成した。
ホブゴブリンを射抜く事を目標に製作されたため、結局据え置き型になった。
弓のように携帯しての運用は出来そうにない。
「これはクロスボウっていうよりも、もはやバリスタだな」
「同じ構造でも大きさが変わると名前が変わるんか?」
「いえ、なんというか色々な人が様々なタイプのクロスボウを作っていて、それぞれに名前を付けたもので……」
地域や時代によって呼び名が違うという説明をするのも大変なので、真実からなるべく乖離の少ない説明でお茶を濁す。
「そんなに沢山の種類があるんか! 全部見てみてぇなぁ」
ボルタはどちらかというと発明家に近い感覚の持ち主なのかも知れない。
ボルタの工房には俺とジェイコブが集まっていた。
そして工房の裏手に簡易的な的を作り、試射を行う。
大型クロスボウは試作とは思えない程の威力を発揮した。
弓矢では刺さるだけだった厚い板を見事打ち抜いたのだ。
これならホブゴブリン戦でも十分役に立つだろう。
ただボルタはまだまだ納得が行かないらしい。
ここから更に威力の高いものを作るつもりだそうだ。
その話を聞いた俺は、彼に一つ頼みごとをした。
逆にロングボウと同じくらいの威力で良いので、携帯可能な小さめのクロスボウが作れないかという依頼だ。
彼はその意図をすぐに理解してくれたらしく、二つ返事で了承してくれた。
そんなやりとりの後。
彼はジェイコブにトリガーの形状についていくつか注文をし、可能な限り大量に持ってきてくれと頼んでいた。
「オーケー。なるべく大量に用意するが……今確保している鉄鉱石でどれくらい作れるかだな……」
武器本体は木製だから木材なら十分に確保出来るが、鉄はそうもいかない。
どこから入手しているのだろう?
「そういえば村の周辺で鉄鉱石を採掘できる場所ってあるんですか?」
「ここら辺じゃ取れる場所は無いね。だから村に定期的に来る行商人に持って来てもらってるんだ。ところが最近来るペースが遅れててねぇ」
「何かトラブルでも?」
「鉄鉱石自体はちゃんと頼んだ量を持って来てくれるんだが、他の物資が不足気味で物資が揃わないから行商に発てないらしいんだよね」
行商人は売れる商品を積んで、各地の町や村を巡って商いをしている。売れない商品を満載しても全く意味が無い。
「なんか植物油の流通が減っているみたいだな。まぁこの村は住んでる奴も少ねぇし、ラードとかで代用すりゃいい話だがな!」
植物油か。
そう言えばアラーニでは植物油はあまり使われていないようだ。
使うとしても魔法を使えない村人が、明かり用として使う程度だ。
調理などには使わないのだろうか?
どちらにせよボルタの言う通り、この村では猟をしたり山羊を飼ったりしているので動物性脂肪には事欠かないし、そもそも使用量が少ないので問題無さそうだ。
そんな中で植物油の供給量が減っているという事は、どこかの大きな生産地に何かしらの問題が起きたのかも知れない。
「まぁ暫くは今ある分で作っていくしかないね」
とりあえず武器の調達方法についてはなんとか目途が付いた。
あと必要なのは武器を揃え、魔物どもを迎え撃つための準備時間の確保だ。
当初は村周辺の哨戒活動を毎日行っていた。
しかし一週間くらい経っても一体のゴブリンに出くわした程度で、それ以外で魔物と出会う事は全く無かった。
実際に巡回活動を行った結果、それ程大きな危険は多くはないと判断。
イアンと話をし、今後は手分けをしての巡回に切り替える事にした。
彼ならゴブリンとの戦闘経験があるようなので、安心して任せられそうだ。
俺一人では村の周辺全域をカバーするのは難しいし、二人居れば交代で休みを取れるという点も有難い。
その話を聞いたショーンは「俺も巡回に行く」とイアンに申し出ていたそうだが、イアンは「巡回中、誰が村を守るんだ?」という説得で上手く事を収めたようだ。なかなかの策士である。
その事を他人事のように聞いていた罰だったのだろうか。
次の朝、食事中にベァナから「私も巡回に行く」と切り出され、その日は朝から一家大騒ぎになった。
もちろん村長とブリジットさんで代わる代わる説教したり、なだめすかして止めさせようとしていたのだが……
彼女は「ゴブリン一匹だけなら私でもなんとかできるし」とか「ヒースさんが怪我をした時に治療ができる」等と言って全く引き下がる様子が見られなかった。
村長とブリジットさんが半ば諦めた様子でこちらを見てきたので、俺は仕方なくイアンさんの魔法の言葉をお借りする事にした。
「ベァナには俺が居ない間、村を守ってほしい」
「ショーンが居るから平気。あと私は回復役としてヒースさんに同行するの。町の回復役はお母さんがいれば十分だし」
今まで身内から散々言われたせいもあって、心なしかふてくされたような口調だ。
年頃の子への対応が身内では手に余るというのは、どの世界でも共通項らしい。
うーむ、どうしたものか……
イアンなら魔物が複数出てきても、それを往なしながら切り抜けられる。
互いの状況を気にする事無く、それぞれが自分の判断で戦う事が可能だ。
しかしベァナと一緒だった場合はどうか。
俺は彼女を守りながら戦う事になるだろう。
つまり自分の都合の良いタイミングで逃げるといった選択肢が無くなるのだ。
逃げる選択肢が無いというのは、戦闘に於ける生存率を一気に低下させる。
それだけは絶対に回避したい。
しかしそれをそのまま伝えるのは「君は必要無い」と拒絶するのと同義だ。
彼女には恩義もあるし、なるべく納得出来る解決策を提示したい。
「よしわかった、こうしよう」
それまで表情を押し殺してそっぽを向いていたベァナがこちらを見た。
「俺がベァナを連れて行きたくないのは、君に危険な目に遭って欲しくないからだ。今のままでは自分の身を守るのも厳しいだろう?」
その言葉を聞いたベァナはまた少し不機嫌になった。
「なので、ベァナでも戦える方法を俺が教えます。そして俺が大丈夫だと判断したら、村長やブリジットさんに同行許可を出して貰えるようにお願いします」
「いやいやヒース殿、ヒース殿が優れた戦い手だという事に疑いは無いのじゃが、ベァナは剣どころか弓を握った事も無いんじゃよ。魔法についても……ブリジット程には……」
もしかしたらそれはベァナに対しては禁句だったのかも知れない。
彼女は口を噛みしめ、何かに耐えていた。
フォローの意味も込め、村長の言葉への返答をする。
「ええ。ですから剣も弓も使いません。これを使います」
そう言って俺は壁に立てかけておいた、ボルタ製クロスボウを手に取った。
以前俺が依頼した、ロングボウと同程度の威力のハンドクロスボウだ。
「ボルタさんに頼んで作ってもらったものです。さすがにこれでホブゴブリンを倒すのは難しいですが、ゴブリン程度であれば十分有効です」
「おお、これが」
そう言って村長は俺からクロスボウを受け取る。
「まだまだ改良の余地はありますが、このクロスボウの利点は二つ。矢を番えるための力をあまり必要としない点と、狙いを定める時に力を必要としない点です。つまり女性にも扱えます」
さっきまで不機嫌そうにしていたベァナも、母親と一緒になってクロスボウを覗き込んでいた。
「最近はイアンさんも巡回に協力してくれているおかげで、交代で休みを取れる体制になりました。休みの日にはベァナにこのクロスボウの使い方を教えます。そしてその代わりと言ってはなんですが、私もベァナから基本的な魔法について教えていただこうかなと思っています」
「つまりヒースさんが休みの日なら同行していいのね!?」
それを聞いたブリジットさんはなぜか吹き出していた。
何が面白いんだろうか?
「もちろん村の外に行けるかどうかの判断は、村長とブリジットさんにしていただきますし、私にもちゃんと魔法について教えてくださいね」
「もちろんです!お爺さま、お母さま、それでいいでしょう!?」
最終決定権が自分達にあるという条件を受けて、村長は渋々ながら了承した。
ブリジットさんは俺の提案を聞いた時点で納得していたようだ。
ベァナは既にクロスボウを手に持ち、村長に「もう今日から訓練していい?」と交渉を始めていた。
祖父にとってみれば、孫を危険な目に遭わせたく無いと考えるのは当然だ。
しかし無下に断ったせいで孫に嫌われてしまうのも嫌だろうし、このあたりがギリギリの落し所だろうと考え、提案したのだ。
「魔法の事でしたら私も微力ながら協力しますね、ヒースさん」
魔法について何も知らない俺にとって、直近で基礎学習をしたベァナは講師としては最適だろう。
彼女は自分なりにしっかり理解してから、物事を説明する事が出来る。
この世界に来て、俺が全く理解出来ないものの一つである魔法。
こんなものを学習出来るなんて、期待しないわけがない。
なぜならそれは俺にとって、ある意味では『未開の地』そのものだからだ。
ホブゴブリンを射抜く事を目標に製作されたため、結局据え置き型になった。
弓のように携帯しての運用は出来そうにない。
「これはクロスボウっていうよりも、もはやバリスタだな」
「同じ構造でも大きさが変わると名前が変わるんか?」
「いえ、なんというか色々な人が様々なタイプのクロスボウを作っていて、それぞれに名前を付けたもので……」
地域や時代によって呼び名が違うという説明をするのも大変なので、真実からなるべく乖離の少ない説明でお茶を濁す。
「そんなに沢山の種類があるんか! 全部見てみてぇなぁ」
ボルタはどちらかというと発明家に近い感覚の持ち主なのかも知れない。
ボルタの工房には俺とジェイコブが集まっていた。
そして工房の裏手に簡易的な的を作り、試射を行う。
大型クロスボウは試作とは思えない程の威力を発揮した。
弓矢では刺さるだけだった厚い板を見事打ち抜いたのだ。
これならホブゴブリン戦でも十分役に立つだろう。
ただボルタはまだまだ納得が行かないらしい。
ここから更に威力の高いものを作るつもりだそうだ。
その話を聞いた俺は、彼に一つ頼みごとをした。
逆にロングボウと同じくらいの威力で良いので、携帯可能な小さめのクロスボウが作れないかという依頼だ。
彼はその意図をすぐに理解してくれたらしく、二つ返事で了承してくれた。
そんなやりとりの後。
彼はジェイコブにトリガーの形状についていくつか注文をし、可能な限り大量に持ってきてくれと頼んでいた。
「オーケー。なるべく大量に用意するが……今確保している鉄鉱石でどれくらい作れるかだな……」
武器本体は木製だから木材なら十分に確保出来るが、鉄はそうもいかない。
どこから入手しているのだろう?
「そういえば村の周辺で鉄鉱石を採掘できる場所ってあるんですか?」
「ここら辺じゃ取れる場所は無いね。だから村に定期的に来る行商人に持って来てもらってるんだ。ところが最近来るペースが遅れててねぇ」
「何かトラブルでも?」
「鉄鉱石自体はちゃんと頼んだ量を持って来てくれるんだが、他の物資が不足気味で物資が揃わないから行商に発てないらしいんだよね」
行商人は売れる商品を積んで、各地の町や村を巡って商いをしている。売れない商品を満載しても全く意味が無い。
「なんか植物油の流通が減っているみたいだな。まぁこの村は住んでる奴も少ねぇし、ラードとかで代用すりゃいい話だがな!」
植物油か。
そう言えばアラーニでは植物油はあまり使われていないようだ。
使うとしても魔法を使えない村人が、明かり用として使う程度だ。
調理などには使わないのだろうか?
どちらにせよボルタの言う通り、この村では猟をしたり山羊を飼ったりしているので動物性脂肪には事欠かないし、そもそも使用量が少ないので問題無さそうだ。
そんな中で植物油の供給量が減っているという事は、どこかの大きな生産地に何かしらの問題が起きたのかも知れない。
「まぁ暫くは今ある分で作っていくしかないね」
とりあえず武器の調達方法についてはなんとか目途が付いた。
あと必要なのは武器を揃え、魔物どもを迎え撃つための準備時間の確保だ。
当初は村周辺の哨戒活動を毎日行っていた。
しかし一週間くらい経っても一体のゴブリンに出くわした程度で、それ以外で魔物と出会う事は全く無かった。
実際に巡回活動を行った結果、それ程大きな危険は多くはないと判断。
イアンと話をし、今後は手分けをしての巡回に切り替える事にした。
彼ならゴブリンとの戦闘経験があるようなので、安心して任せられそうだ。
俺一人では村の周辺全域をカバーするのは難しいし、二人居れば交代で休みを取れるという点も有難い。
その話を聞いたショーンは「俺も巡回に行く」とイアンに申し出ていたそうだが、イアンは「巡回中、誰が村を守るんだ?」という説得で上手く事を収めたようだ。なかなかの策士である。
その事を他人事のように聞いていた罰だったのだろうか。
次の朝、食事中にベァナから「私も巡回に行く」と切り出され、その日は朝から一家大騒ぎになった。
もちろん村長とブリジットさんで代わる代わる説教したり、なだめすかして止めさせようとしていたのだが……
彼女は「ゴブリン一匹だけなら私でもなんとかできるし」とか「ヒースさんが怪我をした時に治療ができる」等と言って全く引き下がる様子が見られなかった。
村長とブリジットさんが半ば諦めた様子でこちらを見てきたので、俺は仕方なくイアンさんの魔法の言葉をお借りする事にした。
「ベァナには俺が居ない間、村を守ってほしい」
「ショーンが居るから平気。あと私は回復役としてヒースさんに同行するの。町の回復役はお母さんがいれば十分だし」
今まで身内から散々言われたせいもあって、心なしかふてくされたような口調だ。
年頃の子への対応が身内では手に余るというのは、どの世界でも共通項らしい。
うーむ、どうしたものか……
イアンなら魔物が複数出てきても、それを往なしながら切り抜けられる。
互いの状況を気にする事無く、それぞれが自分の判断で戦う事が可能だ。
しかしベァナと一緒だった場合はどうか。
俺は彼女を守りながら戦う事になるだろう。
つまり自分の都合の良いタイミングで逃げるといった選択肢が無くなるのだ。
逃げる選択肢が無いというのは、戦闘に於ける生存率を一気に低下させる。
それだけは絶対に回避したい。
しかしそれをそのまま伝えるのは「君は必要無い」と拒絶するのと同義だ。
彼女には恩義もあるし、なるべく納得出来る解決策を提示したい。
「よしわかった、こうしよう」
それまで表情を押し殺してそっぽを向いていたベァナがこちらを見た。
「俺がベァナを連れて行きたくないのは、君に危険な目に遭って欲しくないからだ。今のままでは自分の身を守るのも厳しいだろう?」
その言葉を聞いたベァナはまた少し不機嫌になった。
「なので、ベァナでも戦える方法を俺が教えます。そして俺が大丈夫だと判断したら、村長やブリジットさんに同行許可を出して貰えるようにお願いします」
「いやいやヒース殿、ヒース殿が優れた戦い手だという事に疑いは無いのじゃが、ベァナは剣どころか弓を握った事も無いんじゃよ。魔法についても……ブリジット程には……」
もしかしたらそれはベァナに対しては禁句だったのかも知れない。
彼女は口を噛みしめ、何かに耐えていた。
フォローの意味も込め、村長の言葉への返答をする。
「ええ。ですから剣も弓も使いません。これを使います」
そう言って俺は壁に立てかけておいた、ボルタ製クロスボウを手に取った。
以前俺が依頼した、ロングボウと同程度の威力のハンドクロスボウだ。
「ボルタさんに頼んで作ってもらったものです。さすがにこれでホブゴブリンを倒すのは難しいですが、ゴブリン程度であれば十分有効です」
「おお、これが」
そう言って村長は俺からクロスボウを受け取る。
「まだまだ改良の余地はありますが、このクロスボウの利点は二つ。矢を番えるための力をあまり必要としない点と、狙いを定める時に力を必要としない点です。つまり女性にも扱えます」
さっきまで不機嫌そうにしていたベァナも、母親と一緒になってクロスボウを覗き込んでいた。
「最近はイアンさんも巡回に協力してくれているおかげで、交代で休みを取れる体制になりました。休みの日にはベァナにこのクロスボウの使い方を教えます。そしてその代わりと言ってはなんですが、私もベァナから基本的な魔法について教えていただこうかなと思っています」
「つまりヒースさんが休みの日なら同行していいのね!?」
それを聞いたブリジットさんはなぜか吹き出していた。
何が面白いんだろうか?
「もちろん村の外に行けるかどうかの判断は、村長とブリジットさんにしていただきますし、私にもちゃんと魔法について教えてくださいね」
「もちろんです!お爺さま、お母さま、それでいいでしょう!?」
最終決定権が自分達にあるという条件を受けて、村長は渋々ながら了承した。
ブリジットさんは俺の提案を聞いた時点で納得していたようだ。
ベァナは既にクロスボウを手に持ち、村長に「もう今日から訓練していい?」と交渉を始めていた。
祖父にとってみれば、孫を危険な目に遭わせたく無いと考えるのは当然だ。
しかし無下に断ったせいで孫に嫌われてしまうのも嫌だろうし、このあたりがギリギリの落し所だろうと考え、提案したのだ。
「魔法の事でしたら私も微力ながら協力しますね、ヒースさん」
魔法について何も知らない俺にとって、直近で基礎学習をしたベァナは講師としては最適だろう。
彼女は自分なりにしっかり理解してから、物事を説明する事が出来る。
この世界に来て、俺が全く理解出来ないものの一つである魔法。
こんなものを学習出来るなんて、期待しないわけがない。
なぜならそれは俺にとって、ある意味では『未開の地』そのものだからだ。
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