Wild Frontier

beck

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第二章

旅路

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 馬車での旅は順調かつ快適だった。

 快適な理由は、馬車の車軸にサスペンションを組み込んだおかげだろう。
 俺がその発案をすると新しもの好きなボルタとジェイコブは、馬車の修理ついでにささっと取り付けてしまった。
 ジェイコブが既に様々なバネを開発していて、部品がすぐ調達できたのも大きい。
 彼はバネ用素材のレシピが完成すると直ぐにメモを取り、それを俺にも渡してくれた。必要な時に使ってくれと言う事だった。
 この世界の技術水準から言うと、一族で継承していくようなレベルの知識だと思うのだが……
 俺としても興味はあったので有難く頂戴した。

 一方行商人のベンは、魔改造されていく馬車の姿に戸惑いを隠せないでいた。
 しかし実際に操作してみると今まで体感した事の無い乗り心地に、いたく感動していたようだ。
 後世まで残っていく発明というのは、それなりの理由があるという事だろう。


「ダンケルドまで四日くらいでしたっけ」
「そうですね。途中に集落は無いのですが、国境の関所が丁度真ん中にあって、みなさんそこで野営するんですよ。衛兵が常駐しているので安心ですしね」

 徒歩で行くと一週間かかるらしい。
 かなりの時間短縮にはなるが、それでも昼間はたっぷりと時間が取れる。
 そこでこの機会を使って以前からの懸案事項を片付ける事にした。
 村での日々は楽しくも忙しかったからだ。

 とにかく最優先で覚えたかったのが魔法だ。
 前にベァナと行った戦闘訓練の最中さなか、ヒールの魔法だけは先に教えて貰っていたのだが、他の魔法は後回しになっていた。
 攻撃魔法についてはベァナの専門外なので、それ以外で彼女が知っている限りの魔法を教わったのだが……

「ヒースさんだからもう何が来ても驚きませんけど……まさか私の知っている最高位魔法以外を全部使えただなんて、結構ショックです」

 これには俺自身も少し驚いた。
 俺はベァナに教わった魔法以外にも、一番役に立たないと言われながらも一応攻撃魔法である風魔法を使う事が出来る。
 そしてこれらの事からわかるのは、おそらく俺は過去にベァナと同程度、魔法を使ってきたという事だった。
 魔法の呪文は、使わなければ新たに覚える事が出来ないからだ。

 前回は共通魔法コモンマジックのみだったが、今回はそれに加え詠唱魔法キャストマジックについても覚える事が出来た。

 共通魔法については回復魔法のヒール、解毒魔法のデトックス、署名魔法のオートグラフ、ウィスプの上位版のフローティングウィスプを教わった。
 フローティングウィスプは普通のウィスプと違って術者から離れた場所へ移動出来る代わりに、一つしか出せない照明魔法だ。ウィスプとの同時使用は出来ないので、用途に応じた使い分けが必要だろう。
 署名魔法のオートグラフは、無生物限定でサインが出来る魔法らしい。
 実際に村で試作した紙に記録してみたのだが……

「ベァナ、これなんて書いてあるんだ?」
「古代文字なので私にも読めないんです。お母さんの話だとその人の名前ではないけれど、個人毎に決まった文字の並びになっているようです」

 個人ごとに一意ユニークな文字列が表示されるので、その人を特定出来る仕組み。
 用途としては魔導書や各種証書に使うようだが、個人を特定出来るのであれば必要時以外は使用しない方が良いだろう。
 この記録系の魔法は他にもいくつかバリエーションがあるらしい。
 しかし詠唱呪文や発動イメージは協会が秘匿ひとくしていて一般人には知り得ない。
 魔法協会という組織にも何かしらの秘密がありそうだ。

 また詠唱魔法についてはベァナいわく、使えるのは全て治療魔法という事だったのだが……

「一番簡単なのはカームです。これは相手の心を落ち着かせる魔法ですね。詠唱イメージは、自分の心を落ち着かせる事」

 どちらかというと精神カウンセリングみたいな気もするが、自律神経失調症とかだと精神安定剤を処方される事もあるので、これはまぁ理解出来る。

「マナヒールはヒールの詠唱版、アンチドートはデトックスの詠唱版です。効果は秘薬を使った時と同じですけど、マナ消費量が多くなってしまうのです」
「それでいつも薬草を」
「はい。お爺ちゃんも栽培してくれていましたし!」

 両方ともまさに治癒魔法だ。

 しかし問題なのは次の二つだった。
 俺はその効果を聞き、唖然あぜんとした。

「次はディスインフェクト。これは体に入った悪い精霊を追い出す魔法ですね」
「悪霊退散!? この世界にはそんなものもいるのか!」
「一般的にはそう言われています。人が熱を出したりお腹が痛くなったりするのは、悪い精霊が体の中に入るからだと。」

 ああ、それは多分細菌やウイルスの事を言っているのだろう。

「でも私はなんだか違うと思うんです。例えばスイセンの葉を食べてしまうと大抵の人はお腹を壊してしまいますが、もしそれが悪い精霊の仕業だとしたら……あの綺麗なスイセンには常に悪い精霊が住んでいるって事になってしまいます」

 ベァナのすごい所はこういう所だ。
 固定概念や風習などにとらわれず、事実から物事を推測し、結論を導く。

「そんな事、神様が許すわけありません!」

 その割には結構信心深かったりする。

「俺が元居た国ではスイセンには毒が含まれているって言われていたので、多分デトックスかアンチドートで治るはずだよ」
「本当ですか!? その話、もっと聞きたいです!」

 おっと。何かのスイッチを入れてしまったらしい。

「この後長い旅になると思うし、それは今度ゆっくりとお話しよう。まずは魔法の続きを……」

 結局スイセンの話は、俺が実験台となりベァナが治療するという事で一段落した。
 そしてもう一つの治癒魔法。

「解呪です。名の通り呪いを解きます」

 以前の俺ならこんな話をする女性には絶対に近づかないのだが……

 ここは異世界。
 そして目の前の彼女は、この世界で最も信用のおける女性である。
 詳しい話を聞いたほうが良い。

「呪いっていうのはどういったものなんだ? 遺跡の宝箱から呪われた武具が出て来るとか?」
「そういったものもあるようですが、神の呪いとかを解くのは無理です。この解呪は他の魔術師がかけた呪いを打ち消すための魔法ですね」

 治療する魔法があるのだとすれば、その逆もあってまたしかるべきか。
 しかし魔法は神が作ったものだと言われている。
 そんな魔法を作る神とは一体……

「呪いの魔法は闇魔法を作った魔神シンテザが作ったと言われています。魔神は人を作った太陽神エヴォルオと敵対していて、それで闇魔法で敵対する人間を操作しようとしたらしいです」
「伝承に伝わる神々の戦いって、もしかしてそれの事か!?」
「詳しい内容まではわかりませんが、一般的にはそう言われてますね」

 闇魔法。つまり精神魔法が魔神信奉者や犯罪者によって使われているという話は以前、ブリジットさんに聞いて知っていたが、そういう逸話があったとは。

「それでディスインフェクトと解呪なんですが、実際の詠唱はしないでもいいですか? イメージと呪文はお教えしますので」
「それは構わないが……一体どうしてだい?」
「このあたりの難易度になると、とても多くのマナが必要です。普通は三・四人くらいで発動させるそうです」
「そんなに大変なものなのか。ベァナはそれを一人で?」
「ディスインフェクトは問題無かったのですが、解呪は先生の補助があってなんとか成功しました。なので多分一人ではまだ無理でしょうね」

 話によると解呪の詠唱後、体が重くてその場から暫く動けなかったそうだ。
 以前、ブリジットさんからも似たような話を聞いていた。その状態から無理に魔法を使うと、魔法を使えなくなってしまう事があると。
 またマナの供給についてもいくつか手段があると聞いていたが、実際はどういう方法なのだろうか……
 今の所俺はそういった状態にはなっていないので実感が湧かないが、気を付けるようにしておくべきだろう。

 しかし幸か不幸か、それら二つの魔法は発動しなかった。
 呪文もイメージにも問題は無かったはずなので、きっと俺にはまだ使えないという事なのだろう。


 魔法以外では、普段使用されている文字や単語についてもこの機会に教わった。
 基本の文字は30文字程度なのでアルファベットとほぼ同じだ。
 しかし元々持っている日本語や英語の知識が邪魔しているのか、単語になるとどうにも頭に入って来ない。

 ふと大学での第二外国語の授業を思い出した。

 拓殖系の学部は元来植民地開発が大きな目的だったため、第二外国語が必修だ。
 選択授業まで入れると第三外国語まである。
 スペイン語、フランス語、中国語などなど。
 俺は第二外国語としてドイツ語を選択したのだが……


 男性名詞とか女性名詞ってなんなんだよ!!


 言語って本当に難しい。
 本を読む事についてはかなり苦戦しそうだ。




    ◆  ◇  ◇




 行商人のベンからは世界情勢などの話を聞けた。

「ベンさん、メルドランってどんな国なんですか?」
「そうですね……東方諸国の中では今一番力のある国ですね。歴代の王も名君が多かったと言われています」
「そうなんですか。現在の王様も?」
「現王のレスター王は、若い頃は放浪王なんて呼ばれていてあまり評判が良く無かったのですが、即位すると国政にかなり力を入れるようになって、それで工業や商業が大きく発展したそうなのです。今ではみんな名君だって言ってますね」

 自分の故郷かもしれない国が、悪の帝国ではなかった事実にほっとした。

「でも王子が二名も居なくなってしまったとか」
「ええ、そうなんですよ。王家直轄領の西に魔物の大群が突然現れたため近衛騎士団が討伐に向かったのですが、かなり凶悪な魔物がまぎれていたようです」

 凶悪な魔物……近衛騎士団まで出てきた上で王子が戦死という事は……俺でも倒せたホブゴブリンレベルの魔物ではないのだろう。

「結局、第一王子のレオナルド様が命を落とされ、第二王子のアルフレッド様が行方不明との事なのですが……次の王はレオナルド様でほぼ確定だったので、色々と憶測が飛び交っていまして……」
「後継者争いですか」
「ええ。現在はどうやらその時の戦の責任を取らせるために、第四皇子のアイザック様が第二王子のアルフレッド様を糾弾きゅうだんしているようです」
「みんな何故権力なんか欲しがるんだろうね。そんなもの持ったら、公務ばかりで自由な時間なんか持てないだろうに……」

 サラリーマンの息子をやっていた自分には全く縁の無い話だった。

 こうして俺は旅の途中、圧倒的に不足しているこの世界の知識を行商人から大量に仕入れた。
 今俺達が居るのは、東方の大陸と呼ばれている地域だ。
 その大陸の東端にある三つの大国が、北から順にメルドラン王国、フェンブル大公国、トーラシア連邦となっている。
 他にもいくつかの小国と都市国家が無数に存在するらしいが、このあたりの情勢はその三国の動きでほぼ決まるそうなので、商人は必ずその三つの国の情勢に注視しているそうだ。売り値や仕入れ値などに影響するのだろう。

「北方の情勢も気になるのですが、最近だとトーラシアのオリーブ産地に異変が起きていて、植物油の価格が上昇気味なのですよね」
「あー、それジェイコブさんも言ってましたね」
「それで私もアラーニで明かり用の植物油を多めに譲ってもらったのですが、ヒースさんとベァナさんのお陰であまり使わずに済み、とても助かっています」

 魔法を使えるのは十人に一人くらいの割合らしいが、ベンは使えないらしい。
 動物油は独特の匂いがして部屋中に染み込むので、屋内照明用の油には匂いの少ない植物油のほうが好まれる。
 また蝋燭は高価なため貴族しか買えないそうだ。


「おっと、そろそろ関所が見えてきたようです」


 俺たち一行は国境をまたがる関所に到着した。

 そしてここは、二日目の宿泊地でもあった。

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