34 / 142
第一章
継承
しおりを挟む
メルドラン王城近くに建つ貴族の豪邸。
その一室の執務机に、一人の王子が座っていた。
彼は銀製のカップに入った液体を左手でくるくると回しながら、その神経質そうな顔を目の前の部下に向けた。
「で、第二王子の行方はまだわからないと?」
「申し訳ございません。アルフレッド様の交友関係があまりにも広いため、なかなか足取りを特定できず……」
部下は捜索が進まない事について、誹りを受けるのは免れないだろうという覚悟はしていた。
しかし驚いたのは、主の怒りの原因だった。
「様? 様だとっ!? あいつは魔族との闘いの中、一人だけ逃げ出すような腑抜けぞ? それを未だに様付けで呼ぶとは……まさかあいつにまだ継承権があるとでも思っているのか!!」
いくら主と敵対していても、一国の王子に敬称を付けるのは国民として当然だ。
まさかそんな些細な所で逆鱗に触れるとは……
部下は咄嗟に、その場を乗り切るためだけの言葉を発した。
「いえっ、滅相もございませぬ! 王位を継承するに相応しい御方は、この国難の中でも王都に残り執務を続けていらっしゃるアイザック様以外にございませぬ」
「そうだな。バカ兄貴は国民の前に引きずり出して審判を仰ぐべきなのさ! 敵前逃亡をするような王子に継承権等ありはしない、とな!」
部下の言葉に気を良くしたのか、彼の表情は直に元に戻った。
「王位を継ぐに相応しい人間など、もうこの王都には誰も残っていない。アーサーもこんな時期に病死とか、神罰でも下ったんじゃないのか!?」
そう言いながら彼……第四王子で知られるアイザックは椅子を左右に揺らしながら笑みを浮かべていた。
暫くそうしながら王座に就いた後の妄想に耽っていた王子であったが、何か思い出したのか、再び機嫌が悪くなった。
「そう言えば……あれはどうなったのだ? 王城の老害共が噂している、継承権を返上したというコノルだかコナーだか言う廃王子の話は?」
「第二王妃様が協力者に指示をして独自に追っているようでして……王妃様からはそちらには手を出すなと、厳命を受けております」
「母上が?……そうか。それならば母上の指示通りにせよ。母上の指示に従っておけば間違い無いからな!」
「畏まりました」
「うむ。下がって良いぞ」
配下は一礼をし速やかに退室すると、ほっとした表情で執務室を後にした。
「まぁ、継承権を放棄した人間が王を継ぐことはなかろうし……となると、やはりアルフレッドの継承権さえ剥奪出来れば……」
彼自身は第四王子という事もあり、今まで王位継承について考える事が無かった。
より正確には、考える必要が無かった、というのが実のところだろう。
圧倒的カリスマのレオナルド、外交に長けたアルフレッド、気さくで国民に人気のアーサーなど、優秀な兄達の存在。
一方第四王子のアイザックは、まだ若いという事もあって出陣回数も少なく、目立った功績を挙げられていない。
しかしそれはそれで良かったのだ。
王位を継ごうなどとは、端から思っていなかったのだから。
それに仮に兄達と同程度の功績を残せたとしても、継承順位が変わる事はない。
そして同時にこうも思っていた。
そもそも兄達を超えられるような才能は自分には無い、と。
兄達に対するコンプレックスや親の影響も相俟って、彼の性格は成長するにつれて歪んでいった。
それでも部下に当たり散らしたり、気に入った下女にちょっかいを出すなどの行為で、今までなんとか自尊心のバランスは取れていたのだ。
だが以前であれば考えもしなかった『王座』が……
気付くと目前にあった。
そして彼は単純に『王座』を、欲しいと思ってしまった。
しかしながら、王には国や国民を守る責務があるという事を『その言葉を知っている』というレベルでしか、彼は理解出来ていなかった。
それも仕方がない事であろう。
国家の存続を左右するような重大な決断は、全部父や兄達が彼の代わりに行ってくれていたのだ。
何もする必要が無かった可哀そうな彼に、政の真髄など理解出来るはずもない。
何も考えず幸せな日々を過ごしてきた彼にとっての『王座』は……
自己顕示欲を満たす為の道具でしかなかった。
認められて来なかった自分を、認めさせるためのもの。
そこに座りさえすれば、皆が無条件にその身を傾ぐ便利な道具。
彼は下品な笑みを浮かべこう呟くのだった。
「早く国内を制圧して……姉上の嫁ぎ先を懲らしめないとな!」
そうして彼は王座に就いた後の妄想に、いつまでも耽るのであった。
……二章へ続く
その一室の執務机に、一人の王子が座っていた。
彼は銀製のカップに入った液体を左手でくるくると回しながら、その神経質そうな顔を目の前の部下に向けた。
「で、第二王子の行方はまだわからないと?」
「申し訳ございません。アルフレッド様の交友関係があまりにも広いため、なかなか足取りを特定できず……」
部下は捜索が進まない事について、誹りを受けるのは免れないだろうという覚悟はしていた。
しかし驚いたのは、主の怒りの原因だった。
「様? 様だとっ!? あいつは魔族との闘いの中、一人だけ逃げ出すような腑抜けぞ? それを未だに様付けで呼ぶとは……まさかあいつにまだ継承権があるとでも思っているのか!!」
いくら主と敵対していても、一国の王子に敬称を付けるのは国民として当然だ。
まさかそんな些細な所で逆鱗に触れるとは……
部下は咄嗟に、その場を乗り切るためだけの言葉を発した。
「いえっ、滅相もございませぬ! 王位を継承するに相応しい御方は、この国難の中でも王都に残り執務を続けていらっしゃるアイザック様以外にございませぬ」
「そうだな。バカ兄貴は国民の前に引きずり出して審判を仰ぐべきなのさ! 敵前逃亡をするような王子に継承権等ありはしない、とな!」
部下の言葉に気を良くしたのか、彼の表情は直に元に戻った。
「王位を継ぐに相応しい人間など、もうこの王都には誰も残っていない。アーサーもこんな時期に病死とか、神罰でも下ったんじゃないのか!?」
そう言いながら彼……第四王子で知られるアイザックは椅子を左右に揺らしながら笑みを浮かべていた。
暫くそうしながら王座に就いた後の妄想に耽っていた王子であったが、何か思い出したのか、再び機嫌が悪くなった。
「そう言えば……あれはどうなったのだ? 王城の老害共が噂している、継承権を返上したというコノルだかコナーだか言う廃王子の話は?」
「第二王妃様が協力者に指示をして独自に追っているようでして……王妃様からはそちらには手を出すなと、厳命を受けております」
「母上が?……そうか。それならば母上の指示通りにせよ。母上の指示に従っておけば間違い無いからな!」
「畏まりました」
「うむ。下がって良いぞ」
配下は一礼をし速やかに退室すると、ほっとした表情で執務室を後にした。
「まぁ、継承権を放棄した人間が王を継ぐことはなかろうし……となると、やはりアルフレッドの継承権さえ剥奪出来れば……」
彼自身は第四王子という事もあり、今まで王位継承について考える事が無かった。
より正確には、考える必要が無かった、というのが実のところだろう。
圧倒的カリスマのレオナルド、外交に長けたアルフレッド、気さくで国民に人気のアーサーなど、優秀な兄達の存在。
一方第四王子のアイザックは、まだ若いという事もあって出陣回数も少なく、目立った功績を挙げられていない。
しかしそれはそれで良かったのだ。
王位を継ごうなどとは、端から思っていなかったのだから。
それに仮に兄達と同程度の功績を残せたとしても、継承順位が変わる事はない。
そして同時にこうも思っていた。
そもそも兄達を超えられるような才能は自分には無い、と。
兄達に対するコンプレックスや親の影響も相俟って、彼の性格は成長するにつれて歪んでいった。
それでも部下に当たり散らしたり、気に入った下女にちょっかいを出すなどの行為で、今までなんとか自尊心のバランスは取れていたのだ。
だが以前であれば考えもしなかった『王座』が……
気付くと目前にあった。
そして彼は単純に『王座』を、欲しいと思ってしまった。
しかしながら、王には国や国民を守る責務があるという事を『その言葉を知っている』というレベルでしか、彼は理解出来ていなかった。
それも仕方がない事であろう。
国家の存続を左右するような重大な決断は、全部父や兄達が彼の代わりに行ってくれていたのだ。
何もする必要が無かった可哀そうな彼に、政の真髄など理解出来るはずもない。
何も考えず幸せな日々を過ごしてきた彼にとっての『王座』は……
自己顕示欲を満たす為の道具でしかなかった。
認められて来なかった自分を、認めさせるためのもの。
そこに座りさえすれば、皆が無条件にその身を傾ぐ便利な道具。
彼は下品な笑みを浮かべこう呟くのだった。
「早く国内を制圧して……姉上の嫁ぎ先を懲らしめないとな!」
そうして彼は王座に就いた後の妄想に、いつまでも耽るのであった。
……二章へ続く
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!
SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、
帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。
性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、
お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。
(こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる