Wild Frontier

beck

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序章

夢の終わり

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 シロの具合が悪くなったのは、それからしばらく経ってからの事だった。

 俺が3才の頃からずっと一緒に育ってきて、今まで特に大きな病気もせず健康だと思っていたのだが、犬にとっての17歳というのは人間で言うと80歳過ぎに相当するらしい。頭では理解していたものの、自分自身やいつも一緒にいる人や物の変化にはなかなか気付きにくいという事を改めて認識させられた。

 すぐに動物病院に連れて行ったのだが、お医者さんによるとシロは高齢で体力が落ちているのに加え、少し白内障気味らしい。
 白内障がひどくなると周りの様子が分からないという事もあり、もしかしたら寂しがって夜泣きをするかも知れないですよ、と忠告を受けたのだが……

 そう言われれば最近、夜中に「クンクーン」というとても小さな鳴き声が聞こえていたっけ。

 シロは元々救急車が近くを通っても遠吠えなどもしない大人しい子だったので、その時は近所で子犬を飼い始めたんだなぁ、くらいにしか思っていなかった。
 しかし、相棒が心細くて鳴いていたのかと思った時点で居ても立ってもいられなくなり、俺は親にシロを家の中に入れてもらうようお願いをした。

 元々外で飼っていたという事もあって、とりあえず玄関に毛布を敷き、夜はそこで寝てもらう事に。
 シロは久々に家の中で夜を過ごせるのがよほど嬉しかったのか、玄関でいつまでも尻尾を振っていたのだった。


 しかし寄る年波には勝てないのか。
 シロは目に見えるように弱っていった。


 足腰にあまり力が入らないのか日中は丸くなって寝ている事が多くなっていたのだが、いつもの散歩時間に必死に立ち上がろうとしている姿を見て、俺は泣きそうになるのをこらえてシロを抱きかかえた。


 もう自力で散歩する事は出来ないだろう。


 俺はこれから毎日、シロを抱っこしていつもの散歩コースを回ることに決めた。
 人気ひとけの無いちょっとした草地があった時には地面にそっとおろすのだが、シロは辺りの匂いを嗅ごうと、ふらつきながらもゆっくりと歩きまわっていた。



 そんな感じで散歩をしていたある日の事。



 久しぶりに例の既視感を感じた。



 散歩コースには入れていないはずの、あの土手のイメージが頭に浮かんだのだ。
 俺はその時、あの土手で感じる風や草木の香りはシロもきっと喜んでくれるんじゃないかと感じて、シロも自分も疲れないように休み休み、少し離れたあの土手に向かったのだった。


 違和感は、土手に到着した時には既に感じていた。


 元々この辺りには民家も無いし車も通っていないため田畑や草木の匂いが濃いのだが、今日は雨上がりでも無いのに普段よりも一層その匂いが際立っているような気がする。

 今まで俺の胸で目をつむって大人しくしていたシロだったが、俺と同じように感じたのか、首を立ち上げて前方の景色を見ようとしていた。

 俺はシロがちょっとは元気になったのかなと思い、土手の中腹にあるちょっとした平らなスペースに彼女をそっと降ろした。

 寝転んで空を見上げる。

 彼女は少し苦労しながらも自分の足で大地を踏みしめ、しばらく前方を眺めてからゆっくりと俺のそばに来て、そして体を丸め一緒に横になった。



 まだ夏には届かない、春と夏の間の、草木香る穏やかな午後。



 俺はそのまま目を閉じ、傍で丸くなっている相棒を左手に抱え、草木の匂いと初夏の日差しの中、俺は自分でも気付かないうちに涙を流していた。



『叶う事なら少しでも長く、彼女と一緒に居させてください!』



 神様という存在を今まで信じていたわけではない。


 そんな事を実現できるモノがこの宇宙……
 いや、この次元でなくてもいい。
 どこかに存在しているのだとしたら!!



 そんな事を考えている間に、俺はいつしか深い眠りに落ちて行った。


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