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序章
夢の中の夢
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男の子というのは小さな頃、みんな似たような経験をしているのかも知れない。
自分もご多分に漏れず、物心付いた頃には近所の空き地や林に基地を作ったり、野外生活に必要な、いわゆる探検道具のようなものを作ったりすることが好きだった。
遠足などももちろん大好きではあったが、小学校4年生で林間学校に行けると知った時にはもう嬉しすぎて、一か月以上前からその準備を始めていたほどで、そこらへんは他の子供とはちょっと違うなと幼いながらも自覚していた。
そんな性格だったから、近所のキャンプ可能な施設は中学生の頃には相棒のシロと共に全て制覇。
高校生になっても近所の施設にはシロを連れて良く行っていたのだが、まだ見ぬ新たな土地への憧れは捨て切れず、断腸の思いでシロを家に置いて公共交通機関で遠出する事もあった。
でもやはりシロを連れて遠出をしたいという思いは強かったので、普通免許を取って自分の車で遠出するという目標のために平日はかなりバイトを入れ、休日には歩いて行ける範囲で公園や自然探索の可能な施設に出かけるという生活をしていた。
そんな感じで野外活動やキャンプなどが好きな俺ではあったが、色々な活動を行っているうちに自分が持っているある傾向に気づいた。
簡単に言うと野外活動自体が好きというよりも、限られた資源の中でより良い、恒久的な環境を構築する事に対しての興味のほうが強いという事だ。
例えばLEDランタンは便利ではあるが、個人的には正直あまり好きではない。
電池どころか、ランタン自体すら自作出来ないからだ。
もし大災害か何かが起きた時、当面のサバイバル用途としては非常に有用だが、いずれ代替の明かりを準備する必要がある。
つまり高度に発達した科学技術に頼らずとも、自力で作り出せるテクノロジーへの憧れが非常に強かったのだ。
そう自覚したのと学校から希望進路の調査が配られたのがほぼ同時期だった事もあって、自分が進みたい道についていろいろ調べた結果、これだと思ったのが『拓殖《たくしょく》学』だった。
元々拓殖学の発展は19~20世紀のの日本の発展に大きくかかわっている。
例えば日本国内における大規模な植民と言えば北海道開拓がある。
北海道は江戸期まではほぼ漁業のみしか行われていなかった土地だったが、農業を定着させるために開拓民が行った様々な苦労がノウハウとして蓄積された。
そしてそのノウハウは北海道農学校で植民政策学として学問に昇華されていった。
また太平洋戦争期には台湾や東南アジアの各拠点を固めるために、植民地政策学が発展している。
戦後は植民地という言葉自体が使われないようになったため、植民地政策学はその名を『拓殖』と改め、後々まで引き継がれていくのである。
未開の土地を開発するための学問である『拓殖学』。
ただ21世紀になった今では植民を勧める団体も植民を希望する国民もいないため、「拓殖」という言葉は次第に「国際開発」や「地域環境」といったように、主に発展途上地域の開発を行う意味の言葉に置き換わっていった。
俺が入学した学科も「国際開発学科」なのだが、以前はやはり拓殖学科を名乗っていたので、入学すれば未開の土地を一から開拓する方法について学べるのではないか?と期待して受験したのだ。
実際に授業が始まってから感じた印象なのだが、時代の流れには逆らえないらしく、残念な事に授業内容は現代技術をフルに利用した途上国開発がメインであった。それでも授業によっては昔ながらの開拓手法やその歴史について教えてくれる授業もあったので、今ではこの学科に入って正解だったと思っている。
もし不満があるとすれば学校に対してではなく、この世に自力で開拓可能な真の未開地なんてもはや殆《ほとん》ど残っていない、という現実に対してだ。
そもそも大抵の土地は既に誰かの所有物である。人の土地を勝手に開拓することなど出来るわけがない。
もちろん開発面での助力が必要な発展途上国は沢山あるが、それは当然の事ながら現時点で使える最も効率の良い手法によって行われる現代的な開発であって、俺の求めている開拓とはほど遠いものだ。
そんな俺の現在の夢は、いずれ山か無人島を購入し、現代的なツールを一切使わないという縛りを自らに課し、開拓する事だ。
普段テレビやYoutubeなどは見ない人間だが、未開の土地で生活する番組をたまに見つけると、食い入るように見てしまうくらい開拓への憧れが強かった。
そしてそのまま一年が過ぎ、無事2年に進級した時のこと。
今思うと、全学部共通授業の第二希望として「身近な物理学」という授業を選んだ事が直接の転機だったのだと思う。
そして結局、その第二希望の授業を受講することになった。
「国際開発学科、岡野紘也くん」
「はい」
物理学には元々かなり興味はあったのだが、自分が在籍している学科とは直接の関係はほぼ無い。
もちろん物理は地球上のあらゆる事象に関係しているわけなのだから全く関係無いことはないのだが、大学の物理学となると、もうニュートンさんとかガリレオさんといった誰でも知っている偉人さんのお話を聞くというレベルの授業ではなかろう。
「栄養学科、檜原美嶺さん」
「はい」
栄養学科所属で物理の授業を受けるなんて、彼女も第二希望の口だろうか?
しかしそれにしてはかなり前のほうに座っているし、第一印象も優等生のように見える。後ろの方に座っている騒がしい野郎連中とは偉い違いだ。
この授業を受講しているという事は同じ二年生のはずだが、俺と同様に一人で座っていた。すらりとした美人で、声を掛けづらい雰囲気を感じる。
まぁ女子比率の高い栄養学科の事だ、きっとこの授業を一緒に受けてくれる奇特な友達が誰も居なかったのだろう。
そもそもうちの大学は実践的な学部ばかりで、理数系に特化した学部は無い。
聞いた所によれば物理学とは名が付くものの、広く興味を持ってもらうための紹介と言った授業内容だそうだ。
単位は一般教養扱いだし、特に難しい内容ではないのかも知れない。
例えば現在でもその名のついた研究所があるマックス・プランクさんだとか、古典電磁気学を確立させたマクスウェルさん・ファラデーさんといったような、教科書にしょっちゅう名前が出てくるような偉人たちについて学ぶのだと思っていた所、初回の授業が
「超弦理論とブレーンワールド」
なんていうとんでもない講義内容だったからそれはもうびっくりもしたし、実はかなり心躍っていたのだった。
そのタイトルの資料が前面のスクリーンに映し出された時に他の聴講生の様子が気になって周りを見渡してみたのだが、男子学生何人かの視線はそのタイトルではなく、先生自身に釘付けだった。
あぁ、目当ては講義内容じゃなく先生だったか……
タイトル自体に対して喜んでいそうな学生は全く居なかった。
……いや、正確には俺と……檜原さんくらいか。
彼女は先生の話を食い入るように聞いていた。
まぁ状況を考えると仕方がない事だろう。
最初に話をした通り、うちの大学では2年次に「他学科聴講」なる授業が設定されていて、様々な学科の科目から一つ選択する方式になっている。
必修授業ではないものの、取得単位は卒業単位に含める事が出来るため、殆どの学生が履修申請を行っている。
ただし物理学自体の内容が難しいという事に加えて、うちの大学が農学科・食品生産学科・海洋資源学科・栄養学科といったような実務系の学科が結構多く、理論的な授業はあまり人気が無いのだ。
そのような状況の中で「他学科の授業を選択」するとなると、どうしても自分の所属学科に関係しそうな授業や普段の生活に馴染みのある内容の授業に希望が殺到するわけである。
例えば農学科が提供している選択授業は「ハーブ育成論」という科目だ。
他学科向けの割にはかなり分野を限定した専門的な名前の授業なのだが、授業の後半ではなんとプランター等で実際にハーブを育成するらしかった。
未開地の開拓が夢である自分にとっては一番受けたい授業内容だったため迷わず第一希望にしたわけだが、応募倍率が500%を超えていたらしく、残念ながら選外となってしまった。
他の学科の授業も発酵食品についてや栄養バランスについての講義だったりと、かなり興味をそそる内容のものが多かった。
しかし学校から配布されたシラバスをよく見てみると、発酵食品はパンとヨーグルト、栄養バランスについても自分が知っている域を超えない内容だったため希望しなかった。
ちなみになぜこんなにも学生に媚《こび》を売ったような内容の授業が多いのかというと、それはすべて新入生の確保のためだ。
これらの授業は『実際に受けられる授業』という事で、大学のオープンキャンパス時に体験授業として実施される。
体験授業でやっているのに実際にはおこなっていませんとなると、保護者からのクレームの元になるため、実際の授業カリキュラムに組み込む必要があるのだ。
少子化が叫ばれているこのご時世、各教育機関が学生確保に躍起になっているという実例の一つであろう。
教育業界も大変だ。
そんな状況だったため人気の無かった「みんなの法律学」と「身近な物理学」の2つの授業のうち、全く興味の無い法律ではなく物理学を第二希望に据えた。
シラバスには「あなたの身近にある物理の知識」云々などと書いてあり、趣味の工作なんかにある程度役に立ちそうだし法律を選ぶのは絶対に嫌だったので、まぁあくまで受けたくない授業への回避策として選んだわけであるが……
「……つまり並行世界、異世界があるわけですね」
講師は笑顔でそう言い放った。
……あれ?
俺が今受けている授業って、物理学だったよな!?
自分もご多分に漏れず、物心付いた頃には近所の空き地や林に基地を作ったり、野外生活に必要な、いわゆる探検道具のようなものを作ったりすることが好きだった。
遠足などももちろん大好きではあったが、小学校4年生で林間学校に行けると知った時にはもう嬉しすぎて、一か月以上前からその準備を始めていたほどで、そこらへんは他の子供とはちょっと違うなと幼いながらも自覚していた。
そんな性格だったから、近所のキャンプ可能な施設は中学生の頃には相棒のシロと共に全て制覇。
高校生になっても近所の施設にはシロを連れて良く行っていたのだが、まだ見ぬ新たな土地への憧れは捨て切れず、断腸の思いでシロを家に置いて公共交通機関で遠出する事もあった。
でもやはりシロを連れて遠出をしたいという思いは強かったので、普通免許を取って自分の車で遠出するという目標のために平日はかなりバイトを入れ、休日には歩いて行ける範囲で公園や自然探索の可能な施設に出かけるという生活をしていた。
そんな感じで野外活動やキャンプなどが好きな俺ではあったが、色々な活動を行っているうちに自分が持っているある傾向に気づいた。
簡単に言うと野外活動自体が好きというよりも、限られた資源の中でより良い、恒久的な環境を構築する事に対しての興味のほうが強いという事だ。
例えばLEDランタンは便利ではあるが、個人的には正直あまり好きではない。
電池どころか、ランタン自体すら自作出来ないからだ。
もし大災害か何かが起きた時、当面のサバイバル用途としては非常に有用だが、いずれ代替の明かりを準備する必要がある。
つまり高度に発達した科学技術に頼らずとも、自力で作り出せるテクノロジーへの憧れが非常に強かったのだ。
そう自覚したのと学校から希望進路の調査が配られたのがほぼ同時期だった事もあって、自分が進みたい道についていろいろ調べた結果、これだと思ったのが『拓殖《たくしょく》学』だった。
元々拓殖学の発展は19~20世紀のの日本の発展に大きくかかわっている。
例えば日本国内における大規模な植民と言えば北海道開拓がある。
北海道は江戸期まではほぼ漁業のみしか行われていなかった土地だったが、農業を定着させるために開拓民が行った様々な苦労がノウハウとして蓄積された。
そしてそのノウハウは北海道農学校で植民政策学として学問に昇華されていった。
また太平洋戦争期には台湾や東南アジアの各拠点を固めるために、植民地政策学が発展している。
戦後は植民地という言葉自体が使われないようになったため、植民地政策学はその名を『拓殖』と改め、後々まで引き継がれていくのである。
未開の土地を開発するための学問である『拓殖学』。
ただ21世紀になった今では植民を勧める団体も植民を希望する国民もいないため、「拓殖」という言葉は次第に「国際開発」や「地域環境」といったように、主に発展途上地域の開発を行う意味の言葉に置き換わっていった。
俺が入学した学科も「国際開発学科」なのだが、以前はやはり拓殖学科を名乗っていたので、入学すれば未開の土地を一から開拓する方法について学べるのではないか?と期待して受験したのだ。
実際に授業が始まってから感じた印象なのだが、時代の流れには逆らえないらしく、残念な事に授業内容は現代技術をフルに利用した途上国開発がメインであった。それでも授業によっては昔ながらの開拓手法やその歴史について教えてくれる授業もあったので、今ではこの学科に入って正解だったと思っている。
もし不満があるとすれば学校に対してではなく、この世に自力で開拓可能な真の未開地なんてもはや殆《ほとん》ど残っていない、という現実に対してだ。
そもそも大抵の土地は既に誰かの所有物である。人の土地を勝手に開拓することなど出来るわけがない。
もちろん開発面での助力が必要な発展途上国は沢山あるが、それは当然の事ながら現時点で使える最も効率の良い手法によって行われる現代的な開発であって、俺の求めている開拓とはほど遠いものだ。
そんな俺の現在の夢は、いずれ山か無人島を購入し、現代的なツールを一切使わないという縛りを自らに課し、開拓する事だ。
普段テレビやYoutubeなどは見ない人間だが、未開の土地で生活する番組をたまに見つけると、食い入るように見てしまうくらい開拓への憧れが強かった。
そしてそのまま一年が過ぎ、無事2年に進級した時のこと。
今思うと、全学部共通授業の第二希望として「身近な物理学」という授業を選んだ事が直接の転機だったのだと思う。
そして結局、その第二希望の授業を受講することになった。
「国際開発学科、岡野紘也くん」
「はい」
物理学には元々かなり興味はあったのだが、自分が在籍している学科とは直接の関係はほぼ無い。
もちろん物理は地球上のあらゆる事象に関係しているわけなのだから全く関係無いことはないのだが、大学の物理学となると、もうニュートンさんとかガリレオさんといった誰でも知っている偉人さんのお話を聞くというレベルの授業ではなかろう。
「栄養学科、檜原美嶺さん」
「はい」
栄養学科所属で物理の授業を受けるなんて、彼女も第二希望の口だろうか?
しかしそれにしてはかなり前のほうに座っているし、第一印象も優等生のように見える。後ろの方に座っている騒がしい野郎連中とは偉い違いだ。
この授業を受講しているという事は同じ二年生のはずだが、俺と同様に一人で座っていた。すらりとした美人で、声を掛けづらい雰囲気を感じる。
まぁ女子比率の高い栄養学科の事だ、きっとこの授業を一緒に受けてくれる奇特な友達が誰も居なかったのだろう。
そもそもうちの大学は実践的な学部ばかりで、理数系に特化した学部は無い。
聞いた所によれば物理学とは名が付くものの、広く興味を持ってもらうための紹介と言った授業内容だそうだ。
単位は一般教養扱いだし、特に難しい内容ではないのかも知れない。
例えば現在でもその名のついた研究所があるマックス・プランクさんだとか、古典電磁気学を確立させたマクスウェルさん・ファラデーさんといったような、教科書にしょっちゅう名前が出てくるような偉人たちについて学ぶのだと思っていた所、初回の授業が
「超弦理論とブレーンワールド」
なんていうとんでもない講義内容だったからそれはもうびっくりもしたし、実はかなり心躍っていたのだった。
そのタイトルの資料が前面のスクリーンに映し出された時に他の聴講生の様子が気になって周りを見渡してみたのだが、男子学生何人かの視線はそのタイトルではなく、先生自身に釘付けだった。
あぁ、目当ては講義内容じゃなく先生だったか……
タイトル自体に対して喜んでいそうな学生は全く居なかった。
……いや、正確には俺と……檜原さんくらいか。
彼女は先生の話を食い入るように聞いていた。
まぁ状況を考えると仕方がない事だろう。
最初に話をした通り、うちの大学では2年次に「他学科聴講」なる授業が設定されていて、様々な学科の科目から一つ選択する方式になっている。
必修授業ではないものの、取得単位は卒業単位に含める事が出来るため、殆どの学生が履修申請を行っている。
ただし物理学自体の内容が難しいという事に加えて、うちの大学が農学科・食品生産学科・海洋資源学科・栄養学科といったような実務系の学科が結構多く、理論的な授業はあまり人気が無いのだ。
そのような状況の中で「他学科の授業を選択」するとなると、どうしても自分の所属学科に関係しそうな授業や普段の生活に馴染みのある内容の授業に希望が殺到するわけである。
例えば農学科が提供している選択授業は「ハーブ育成論」という科目だ。
他学科向けの割にはかなり分野を限定した専門的な名前の授業なのだが、授業の後半ではなんとプランター等で実際にハーブを育成するらしかった。
未開地の開拓が夢である自分にとっては一番受けたい授業内容だったため迷わず第一希望にしたわけだが、応募倍率が500%を超えていたらしく、残念ながら選外となってしまった。
他の学科の授業も発酵食品についてや栄養バランスについての講義だったりと、かなり興味をそそる内容のものが多かった。
しかし学校から配布されたシラバスをよく見てみると、発酵食品はパンとヨーグルト、栄養バランスについても自分が知っている域を超えない内容だったため希望しなかった。
ちなみになぜこんなにも学生に媚《こび》を売ったような内容の授業が多いのかというと、それはすべて新入生の確保のためだ。
これらの授業は『実際に受けられる授業』という事で、大学のオープンキャンパス時に体験授業として実施される。
体験授業でやっているのに実際にはおこなっていませんとなると、保護者からのクレームの元になるため、実際の授業カリキュラムに組み込む必要があるのだ。
少子化が叫ばれているこのご時世、各教育機関が学生確保に躍起になっているという実例の一つであろう。
教育業界も大変だ。
そんな状況だったため人気の無かった「みんなの法律学」と「身近な物理学」の2つの授業のうち、全く興味の無い法律ではなく物理学を第二希望に据えた。
シラバスには「あなたの身近にある物理の知識」云々などと書いてあり、趣味の工作なんかにある程度役に立ちそうだし法律を選ぶのは絶対に嫌だったので、まぁあくまで受けたくない授業への回避策として選んだわけであるが……
「……つまり並行世界、異世界があるわけですね」
講師は笑顔でそう言い放った。
……あれ?
俺が今受けている授業って、物理学だったよな!?
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