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7,担任ガチャの結果は如何に

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異例の始業式から一晩明け、私はいつも通りに通学路を1人で歩いていた。

 鞄の中の半々くらいの割合で新しい教科書と古い教科書が入り混じり、真新しく表題の書かれたノートがずっしりと肩にのしかかる。新学期特有の荷物の多さには辟易とする。

 汚く散らかった桜の花びらをローファーで踏みしめながら、束の間の一人の時間を楽しむ。少しでも目を動かせば木々や建物の連なりが視界一杯に広がってくるこの解放感が私は大好きだ。

 すぐ真横を通って行ったバスに同じ制服を身にまとった中高生が多く視認出来た。多くの生徒があのバスを利用しているのに対して、私の前にも後ろにも勿論横にも同じ制服を着て歩いている生徒は1人もいない。

 暖かな風によって持ちあがる髪の毛をゆるく押さえ、胸いっぱいに春の空気を吸い込んだ。春特有のどこか甘さを感じさせる空気を全身で感じながら学校への歩を進める。

 1人であり、奏多や莉佳の目がないというその解放感。それがわざわざ不便な部分が目立つ登校方法を採用している最大の理由だ。

 

 それにしても、昨日の放課後は何だったのだろうか。確かに紫苑の質問は学校生活を送るにあたって今後確実に出てくる疑問だったであろうし、それを早めに潰しておくというのは間違ったことではないと思う。

 しかし、問題はその後だ。普通転校初日であんなに距離は近いものなのだろうか?確かに場所が無くてカフェに誘ったのは私であるが、まさかあ~んすることになるなんて思わないだろう。

 というかそもそも、なぜ私に声をかけたのだろうか?こう言ってしまっては何だが、私は奏多や莉佳と外見水準を出来る限り近づけるために派手なメイクや校則ギリギリラインの制服の着崩し方をしている。しかしそれはあくまでも自分の意志ではなく周りに溶け込むためであるし、何よりそれが似合っていない。客観的に見れば私は美人で派手なグループに引き取ってもらおうとして背伸びをしている痛々しい人間だ。

 クラス委員が決定していないから誰に話しかけていいのか分からず困惑するということに関しては至極納得が出来るのだが、もっと話しかける相手はいただろうにと思ってしまう自分がいる。

 まだ彼女のことはよくわからないが、同じように派手でクラスの中心的な人物であったなら奏多や莉佳に話しかけに行くはずだ。二人はクラス内でも発する雰囲気が圧倒的に何かが違う。

 もしくはクラス内で地味な雰囲気こそあれど真面目っぽい人に話しかけに行くだろう。そのあたりとつるめば教師に目を付けられることもない平々凡々な高校生活を送ることが半ば確約されるはずだったのに。

 どちらにせよ私のような精一杯背伸びしているのが露骨に見えているタイプになんて話しかけないものとばかり思っていた。

 と色々と考えてみるが、きっと「隣の席でまだ話しかけやすかったから」だとか「一人でいたから」という理由で話しかけられたのだろうな、と自分を納得させてみる。

 

 などと一人で考え事をしていれば割と学校までの道のりと言うのはあっという間に過ぎ去るものでもうそろそろ学校に着く。

 バスの到着時刻とはずれているため昇降口も空いていてストレスフリーで教室まで向かうことが出来る。最も教室に入った後からがストレス値が振り切るためそこまで重要な部分でもないのだが。

 昇降口で靴を履き替え、慣れないルートを通って新しい教室に入る。

 教室に入ると奏多が私に気付いてひらひらと手と短いスカートを揺らしながらこちらに歩いてくる。

「おはよ~~。てかさぁ琴乃昨日どしたの~?LINE全然見なかったじゃーん。」

 開口一番で言われることがLINEなのか…と何とも言えない脱力感を感じたが、事前に考えておいたごまかしの言葉を発する。

「昨日春休み明けで眠くってさー、昨日帰ってからそのまま爆睡しちゃってー?」

 出来る限り奏多のような言葉遣いになるように。いわゆる女子高校生っぽい言動に。

 としていれば当然莉佳も私─というよりは、奏多の周りに近づいてくる。

「おはよ~う。昨日、琴乃さんが珍しく何も反応がないから、莉佳心配だったの…

~。寝ていただけだと分かってちょっと安心したぁ!」

 人を疑うことも人から聞いたことを深く考えることもそこまでしない奏多はきっとこの発言を信じきっているはずだ。私はそのまま寝て、学校に来たと思っている。起きた後に携帯は見なかったのか、だとか朝まで寝ていたとすると幾ら何でも寝過ぎなのではないか、といった疑問が出てこないのがその証拠。

 一方でふわふわ系に見えて莉佳は頭が切れるし中々に腹の黒いところもある。体裁のことを考えたか、もしくはその必要性がそこまで無かったたためか敢えて口に出していないだけで実際は私が嘘をついているということくらい見抜いていそうだった。

 これ以上下手に詮索をされるとぼろが出始めることが自分でもきちんと理解出来ていたため、教室の入り口から自分の席に歩く。

 この行動にそこまで疑問を持たない奏多は話題を転換させて会話を続けた。私は昨日という言葉を絶対に使わないようにということ、そしていつものように機嫌を損ねないようにということの二つに細心の注意を払いながらSHRが始まるまでのニ十分ほどを過ごす。

 明日からの登校時間はもっと遅くてもいいかもしれないな、などと思っていると森中先生が教室に入ってきたのとほぼ同時にチャイムが鳴る。

「皆さん、おはようございます。高校二年生として迎える二日目の学校、気分はどうでしょうか。皆さんはこの学校で過ごして五年目ということで新鮮さというものはないのかもしれませんが、私や雨宮さんなんかは何もかもが新鮮に映ります。」

 紺色のペプラムブラウスにベージュのプリーツスカート。思ったことを率直に言うのであればThe若い女性教員とでもいうのだろうか。

 授業開始一日目のSHRで最初に話す話題が転校生のことと自分のことを触りだけ話すのは悪手なのではないか?自分はあなたたちとは違うの、と向こうから拒絶してきているようなものだ。

 しかも転校二日目の生徒を名指しでそんな風に言うのも絶対にいい気持ちにさせないだろう。この一言により、なにもしていないのに話しかけにくさが何倍にも膨れ上がっている。

「なので皆さんには、是非私や雨宮さんにこの学校の良さや、反対に分からないことがあれば助けて貰えるとうれしいです。このクラスで過ごす一年間、沢山の思い出を作ることが出来るように協力し合っていいクラスにしましょう。」

 二言目がそれなのかと思わず突っ込んでしまうようなこの言葉。それはあまりにも小学生に対するような言葉のチョイスで、思わず言葉を失う。

 クラスの雰囲気と言うか空気にも何となく変化があるのは肌で感じた。

 しかし森中先生ただ一人はその空気に気付いていないようで

「そして学級委員についてもお話しようと思います。きっと皆さんの中に立候補したい人や、そうでなくても誰がクラス委員をするのか気になっている人もいると思います。しかし、私のクラスでは学級委員を作る気はありません。」

 と宣言した。聞き流しに徹している面々も流石にこの宣言には驚きの声を上げる。勿論私もだ。

 私自身が学級委員に立候補するなんてことは天地がひっくり返ってもあり得ないが、莉佳は恐らくクラス委員に立候補していただろうに梯子を外されてどのような表情をしているのだろうか。

 一瞬にしてざわつきだすクラスに対して森中先生は何度か手を打った。

「はい、静かに。きっと他の先生方の元では学級委員や副学級委員が主導してクラス運営をしていたのでしょうが、敢えて私のクラスでそれはしません。どうしても役割があれば人間、横関係ではなくて縦関係が生じてしまいますよね?同じクラスになった仲間なんですから、縦関係なんて無粋なものは生まないようにしたいんです。」

 さも当たり前のことを言っているような彼女にクラス中が引いているのを感じていた。

 クラス内で縦の序列が生まれるなんて普通にあることだし、それはクラス委員だとかそういうものは一切関与しない。顔と社交性。これによってすべてが決まるといっても過言ではない。

「あのー、先生?学級委員が居なかったら不便なことが沢山出てくるのではないですか?それは一体どうするんでしょうか。」

 SHR中だというのに手を挙げて堂々と意見を述べられる彼の名前は何といったか。去年だか一昨年だかに学級委員を務め、中学では生徒会にも入っていたような気もする。

「それはクラス内でサポートし合っていけば良いと思いませんか?日誌や号令は日直がするとして、その他は折を見て気付いた人で支え合うことでよりよい空気を築くことが出来ると思います。」

 屈託のない笑顔で彼女はそう言い切った。そこで私たち一同は本気で思う。

 この先生は、「ハズレ」だと。




「いやぁ~今年の担任マジやばくね?」

 SHRが終わり、森中先生が教室を出て行った瞬間奏多はそう言い放つ。クラス中がその発言に納得できていない様子で口々に不満をこぼしている。

「色々な先生に会ってきたけど、まさか学級委員長の制度を作らないなんてびっくりしちゃった。

 きっと今年も学級委員長になって文字通りクラスの女王様になる予定だったであろう莉佳は分かりやすく気落ちした表情を作る。

「日直の仕事増えるのダルすぎるし、授業中の『ここを学級委員答えて』みたいなん無くなるのほんっと嫌なんだけど~。」

 と奏多の口からは次々に愚痴が飛び出してくる。その後莉佳も自分が学級委員長になる予定だったということを明かしたことによって二人の愚痴のスピードは更に上がるだった。




 まだ若いクラス担任の発言に朝からそこそこ以上のカロリーを消費し、二人の愚痴にこうして付き合わされる。

 窓ガラスに反射した私の顔は、やけに疲れていて急に十歳ほど年を取ったように感じた。

 

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