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ヘーグマン邸にて(2)

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「お城で届くあの声……あれも、石の力のせいなんでしょうか」
 フランの問いにフレドリカは、おそらくそうだろうと頷いた。
「だとしたら、石は……、もしかすると、もう力がなくなってしまったのかもしれません」
 不思議な声は急に届かなくなった。ステファンを泉の部屋で見かけることも最近はめっきり減ってしまった。おそらく石はもう何も言わなくなったのだ。
 何かを待っているようだとアマンダは言っていたけれど、それが訪れた様子もない。
「石が力をなくしても、ステファンは大丈夫なんでしょうか」
 思わず聞くと、フレドリカの緑色の瞳がかすかに曇る。フランはドキッとした。
 いったん睫毛を伏せたフレドリカは、ふっと笑って「不思議ね」と呟いた。
「最初は遠くの声が聞こえることに驚いていたのに、すぐにそれが当たり前になって、聞こえなくなったって聞くと、また驚くんだから」
「確かに」
 アマンダも表情を緩める。
 けれど、フランはじっと息をつめてフレドリカを見ていた。観念したようにフレドリカが口を開く。
「クリストフェルは……現国王陛下は、さきの陛下の事故をステファンが起こしたと思ってる」
 あの頃、王宮にはそういう噂がまことしやかに流れた。クリストフェルはそれを信じてしまったのだとフレドリカは言った。
「ステファンは一瞬で自分の身体を飛ばせる、岩を砕くこともできる、おまえがやったのではないのか、そう言って……」
 ステファンを追い詰めた。
 狭い山道で起きた事故には不自然な点があった。落ちてきた大岩は、崖の一部が崩れたものだったが、崖は安定した形状をしていたし、直前に雨が降るなど、崩落を招くような要因は何もなかった。
 何かよほど大きな力が加わって崩れたように見えたという。
 クリストフェルの問いにステファンは違うと答えた。ステファンでなければ誰がやったのかと聞かれても、知らないと答えた。クリストフェルがそれ以上ステファンを問い詰めることはなかったが、神官たちがステファンの力を危惧する言葉を口にすると、クリストフェルは、彼らが勧めるままステファンを黒の離宮に送ることを決めてしまった。
「石の知らせがあったのでなければ、あるいは、他に何か当てがあるのでなければ、クリストフェルの信頼を得るのは、簡単ではないかもしれないわね」
 フレドリカの話を聞いてフランは一層心配になり、アマンダは「思った以上に、王とラーゲルレーヴ公爵の間には、深い溝があるのですね……」と表情を曇らせた。
 王に会いに行けば、それだけで謀反を疑われる立場だとステファンは言っていた。対立すれば、ステファンが負けることはないとレンナルトは言ったけれど、でも、それではダメなのだ。
「難しいですね」
 アマンダが呟いた時、居間の入り口のほうから軽やかな声が聞こえてきた。
「お母様、まだお話は済まない?」
 振り向くと、フレドリカによく似た亜麻色の髪の女性が立っていた。
「エミリア」
 フレドリカに目で合図をされて、エミリアが中央のソファに近づいてくる。
「紹介するわね」
 フレドリカが二人をエミリアに紹介した。丁寧にきちんと扱われて、フランは少し緊張してしまった。けれど、エミリアがにこりと笑うと急に気持ちが落ち着いてきた。
 エミリアの瞳の色ははしばみ色で、淡い色の髪も顔立ちもレンナルトとは似ていない。なのに、どことなくレンナルトを思い出して、初めて会った気がしなかった。
 エミリアの手に一冊の本があるのを見て、フランは「あ」と心の中で呟いた。
「あの……、絵本を……。エミリアさんの本棚の本を、たくさん読ませてもらいました。ありがとうございます」
「兄からの手紙に書いてあったわ。フランは本を読むのが好きだから、屋敷の本棚も好きに使わせてやってほしいって」
 エミリアが屋敷の案内をしたいと言った。
 フレドリカに促されて、アマンダとフランは彼女の後に従った。一通りの案内を終えると「何かわからないことや頼みたいことがあったら、私か執事のエリオットを呼んでね」と言った。
「え、しつじさん……」
 執事とは、使用人頭のもっと偉い人のことだ。大勢の使用人を管理しているので、すごく忙しいのだと聞いたことがある。
 気おくれを感じていると、エミリアはクスリと笑い、ある部屋のドアをノックした。
「安心して、フラン。私やエリオットが忙しい時は、ノイマン夫人が対応してくれるから。紹介するわね」
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