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別離(3)

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「レンナルト、ステファンはエルサラまで何をしに行ったの?」
 レンナルトは少し迷ってから、「どうせ話さなければならないのだから」と、やや言いにくそうに口を開いた。
「フランも気づいてると思うけど、昨日狙ってきたのは、ストランドの手下で間違いないと思う」
「うん」
 フランは唇をきゅっと結んで頷いた。墓地での会話から、おおよその見当はついていた。襲ってきた者たちの短いやり取りから、彼らが狙ったのは金色の髪のオメガであることも想像できた。
 アルビン・ストランドは神官の長で、ボーデン王国屈指の権力者だ。そのストランドが――あるいは部下の誰かが、なんらかの目的でステファンの番であるオメガを狙ったのである。
「神官たちは昔からステファンをよく思ってなかった。この話は、前にもしたよね。でも、やつらの正体がわかってみると、理由はステファンが黒髪のアルファだからって言うより、普通の子どもより賢かったからじゃないかって思えてきた」
 温厚で人のいいクリストフェルと比べて、ステファンは子どもの頃から勘が鋭く頭もよかった。頭はよすぎるくらいだったとレンナルトは言う。
「後ろ暗いところがある人間にとって、鋭くて賢い王族なんて、すごく邪魔だったんじゃないかな」
 前王が崩御した後、悪い噂を流してステファンを遠ざけたのも、そのためではないかという。
「クリストフェルは愚かなわけじゃないけど、なんて言うか、ベータらしいベータなんだよ。早い話が平凡なんだ。王の直系だけあって魔力は強いけど、それだってステファンとは比べ物にならない。神官たちからしたら、クリストフェルは扱いやすい王なんだと思う。そばにステファンがいなければ」
 だから、力を持たないうちにステファンを排除した。十歳の子どもに恐ろしい二つ名を付けて周囲から孤立させ、中央からも追い払ったのではないとレンナルトは言う。
「さすがに当時のステファンに、そこまでのことはわからない。別に権力が欲しいわけでもなかったから、この城に来た頃は、わりとのんびり暮らしてたよ。厄介な連中が襲ってくることはあったけど、十二年前の事件の時以外は、そんなにひどいことにもならなかった。あの事件の後は、誰も来なくなったし……」
「どうして来なくなったのかな」
 フランは素朴な疑問を口にした。
「え……?」
「どうして、急に襲ってこなくなったの?」
 レンナルトは「さあ……。どうしてかな」と眉を寄せて首を傾げた。事件の後は、使用人や護衛、レンナルトの家族も含めて、ステファンはみんなを王都に帰してしまった。しばらくの間は、ステファンとレンナルトの二人で襲撃に備えていたけれど、どういうわけか、それ以来攻撃はぴたりと止んだのだという。
「ステファンが抵抗しないと思ったからかな」
 首を傾げたままレンナルトが言う。フランも首を傾げた。レンナルトの言うことはわかる気もするけれど、なんとなくすっきりしない。
「まあ、それはとにかく……、その間に、神官たちは好き勝手をして私腹を肥やしてきたわけだ」
 なのに、ここへきて不穏な空気が流れ始めた。アマンダの話から察するに、カルネウスが動いていることにも気づいているようだ。
「ストランドたちもバカじゃないから、カルネウスとステファンが手を組む可能性を考えたんだと思う。十八年間、すっかり忘れてたとしても、ステファンの魔力の凄さや頭の回転の良さはよく知ってるわけだし。やつらは保身のためならどんなこともする。ステファンを抑えるために、何か手を打とうと思っても不思議じゃない」
「何もしてないのに?」
 ステファンは沈黙を守っている。アマンダがいくら頼んでも、今はダメだと言って動こうとしなかった。
『政治に口を挟むことは禁じられている。王に意見をするだけで謀反を疑われる立場だ』
 そう言って、ずっと耐えているのだ。なのに、どうして……。
「神託があったからだ」
「神託……」
『――闇の魔王がお目覚めだ。
 朔の夜明けまでに金色の髪のオメガを差し出せ。
 さもなくば、光の王が失われるだろう』
「あの神託のせいで、神官たちはステファンの存在を思い出したんだよ。大袈裟な言い回しをしてるけど、内容自体はまるっきりのインチキじゃないらしいから」
「違うところもあるんでしょ……?」
「そこが、よくわかんないんだよね……。珍しく当たってるとは言ってたけど、全部じゃないらしい」
「それも、泉の石が教えてくれたの?」
 レンナルトは頷いた。
「でも、お告げがまるっきりのインチキじゃないなら、そのことを誰よりもよく知っているのは、神官たちだ」
 闇の魔王が目覚める。
 ステファンが何かを知って動き出すと考えた時、自分たちの身に迫る危機と結びつけるのは、ある意味自然なことだろう。
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