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アマンダ・レンホルム子爵令嬢(4)
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「ほら、見てごらんなさい。とてもよく似合っているわ。ラーゲルレーヴ公爵はあなたに似合うものをよくわかってる。せっかくだから、ずっとその格好でいなさいよ。あ、でも、それは冬の上着ね。お城の中はひんやりしてるけど、外に行く時は暑いから脱いだほうがいいかもしれないわ」
「冬の上着?」
「裏地と表地の間に薄い綿が入っているでしょ? これから秋になると、温かくていいけど、今はちょっと暑いわよね」
そうだったのか。フランは袖を引っ張るようにして自分の服を見下ろした。
「お城の中でも、上着は脱いでいて大丈夫よ。ベストとシャツとキュロットだけでも可愛いと思うから」
言いながら、フランの上着を脱ぐのを手伝ってくれた。預かるように手に持った上着をじっくり観察してにこにこ笑う。
「秋祭りに着せるつもりで作ったのかしらね。とても手の込んだ、立派な造りだわ」
「三着も作ってもらったんです」
だんだん気を許し始めたフランは、誰かに言いたかった嬉しさを口にしていた。
「そうなの? 見せてもらっていい?」
はい、と頷いて、まだ箱を広げたままだった居間へと向かう。
青の上下とグリーンと金茶色のセットを見せると、アマンダはそれを手に取って隅々までじっくりと観察していた。
「本当に、いいものだわ。ラーゲルレーヴ公爵は、あなたをとても大切にしてるのね」
アマンダの言葉にまた頬が熱くなる。
「ステファンは……、旦那様は、僕に、とてもよくしてくださいます」
「あなたのこと、とても気に入ってしまったみたい。さっきだってね、フラン、あなたのことばかり話していたわよ。あなたはずいぶん苦労をしてきたんですってね。でも、少しもひねくれたところがないし、むしろとても素直で優しいいい子だって言ってた」
フランは驚いてアマンダの顔を見た。アマンダはよどみなく話し続ける。
「最初は何も知らなかったけれど、一生懸命学ぶから、今では同じ年頃の子どもよりものを知っているくらいなんですってね。とても頑張り屋だって褒めてたわ」
「アマンダ」
どこからかステファンの声が聞こえてきた。
「きみは本当に話し好きだな。だが、余計なことは言わなくていい」
「余計なことじゃないわ。こういうことは、本人にもちゃんと言ってあげたほうがいいのよ」
一瞬、しんとなる。部屋の中をぐるりと見回しながらアマンダが聞いた。
「ラーゲルレーヴ公爵閣下、この声はどういう仕組みなの? お城に仕掛けがあるの?」
アマンダの質問には答えずに、ステファンは「フランは、あまり褒めすぎると居心地悪そうにすることがあるぞ」と言った。
「言葉で褒めてやるより、好物のアイスクリームを食べさせたほうが、よほど幸せそうな顔をする」
「あら、そうなの。そこまで考えてあげてるなんて知らずに、失礼しました」
それきり声は聞こえなくなった。
「ほんとに、どういう仕組みなのかしら? どこで聞かれているかわからないなんて、油断できないわね」
腰に手を当てて天井を睨むアマンダを、フランは不思議な気持ちで見つめた。
(この人は、きっといい人だ……。意地悪な感じが少しもしない……)
この人がステファンのお妃になるのだろうかと考えた時、胸を痛めてしまった自分を恥じた。分不相応な焼きもちを焼く資格なんてフランにはないのに……。
まだ手に持ったままだったバケツとシャベルをぎゅっと握りしめた。
その時、レンナルトが居間に入ってきた。
「ここにいたのか」
「フランに新しい服を見せてもらってたの。ね、フラン」
フランはこくりと頷いた。レンナルトはなぜか疑うように目を眇めた。
「ずいぶん仲よくなったみたいですね。でも、フランには、あまり近づかないでいただけますか」
フランはびっくりした。アマンダが肩をすくめる。
「案内します」
踵を返したレンナルトは、フランを振り向いて、いつになく不機嫌な声で言った。
「フランは、ステファンのところに行ってな」
「冬の上着?」
「裏地と表地の間に薄い綿が入っているでしょ? これから秋になると、温かくていいけど、今はちょっと暑いわよね」
そうだったのか。フランは袖を引っ張るようにして自分の服を見下ろした。
「お城の中でも、上着は脱いでいて大丈夫よ。ベストとシャツとキュロットだけでも可愛いと思うから」
言いながら、フランの上着を脱ぐのを手伝ってくれた。預かるように手に持った上着をじっくり観察してにこにこ笑う。
「秋祭りに着せるつもりで作ったのかしらね。とても手の込んだ、立派な造りだわ」
「三着も作ってもらったんです」
だんだん気を許し始めたフランは、誰かに言いたかった嬉しさを口にしていた。
「そうなの? 見せてもらっていい?」
はい、と頷いて、まだ箱を広げたままだった居間へと向かう。
青の上下とグリーンと金茶色のセットを見せると、アマンダはそれを手に取って隅々までじっくりと観察していた。
「本当に、いいものだわ。ラーゲルレーヴ公爵は、あなたをとても大切にしてるのね」
アマンダの言葉にまた頬が熱くなる。
「ステファンは……、旦那様は、僕に、とてもよくしてくださいます」
「あなたのこと、とても気に入ってしまったみたい。さっきだってね、フラン、あなたのことばかり話していたわよ。あなたはずいぶん苦労をしてきたんですってね。でも、少しもひねくれたところがないし、むしろとても素直で優しいいい子だって言ってた」
フランは驚いてアマンダの顔を見た。アマンダはよどみなく話し続ける。
「最初は何も知らなかったけれど、一生懸命学ぶから、今では同じ年頃の子どもよりものを知っているくらいなんですってね。とても頑張り屋だって褒めてたわ」
「アマンダ」
どこからかステファンの声が聞こえてきた。
「きみは本当に話し好きだな。だが、余計なことは言わなくていい」
「余計なことじゃないわ。こういうことは、本人にもちゃんと言ってあげたほうがいいのよ」
一瞬、しんとなる。部屋の中をぐるりと見回しながらアマンダが聞いた。
「ラーゲルレーヴ公爵閣下、この声はどういう仕組みなの? お城に仕掛けがあるの?」
アマンダの質問には答えずに、ステファンは「フランは、あまり褒めすぎると居心地悪そうにすることがあるぞ」と言った。
「言葉で褒めてやるより、好物のアイスクリームを食べさせたほうが、よほど幸せそうな顔をする」
「あら、そうなの。そこまで考えてあげてるなんて知らずに、失礼しました」
それきり声は聞こえなくなった。
「ほんとに、どういう仕組みなのかしら? どこで聞かれているかわからないなんて、油断できないわね」
腰に手を当てて天井を睨むアマンダを、フランは不思議な気持ちで見つめた。
(この人は、きっといい人だ……。意地悪な感じが少しもしない……)
この人がステファンのお妃になるのだろうかと考えた時、胸を痛めてしまった自分を恥じた。分不相応な焼きもちを焼く資格なんてフランにはないのに……。
まだ手に持ったままだったバケツとシャベルをぎゅっと握りしめた。
その時、レンナルトが居間に入ってきた。
「ここにいたのか」
「フランに新しい服を見せてもらってたの。ね、フラン」
フランはこくりと頷いた。レンナルトはなぜか疑うように目を眇めた。
「ずいぶん仲よくなったみたいですね。でも、フランには、あまり近づかないでいただけますか」
フランはびっくりした。アマンダが肩をすくめる。
「案内します」
踵を返したレンナルトは、フランを振り向いて、いつになく不機嫌な声で言った。
「フランは、ステファンのところに行ってな」
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