上 下
96 / 118

【20】ー5

しおりを挟む
「それどころじゃないって……。あ、そうか。さっきの話? 清なんとかのところの、なんとかって……」

 友だちの子どもがいなくなって探している。松井は一度、その友だちの家に来たことがあるので心当たりがないか聞いたのだと短く説明する。

「え! それってこの前のイケメンくんの家でしょ?」

 そういえば松井を迎えに来たのは、この井出だった。

「あの可愛い子が行方不明なの?」
「汀っていいます」
「そうか。それは、心配だね。淳子さん、イケメンくんのストーカーになりかけてたし」

 井出は心配そうに眉を寄せた。

「だけど、今日は、それこそ、それどころじゃないんじゃないかな、淳子さん……。淳子さんが誘拐するとしても、違う日にすると思うよ?」

 不謹慎な言葉だが、井出の言うことには説得力があった。確かに今の松井の頭にコンペ以外のことはなさそうだ。

 礼を言って踵を返す。
 背中に井出の声が聞こえた。

「僕のほうで何かできることがあればいいんだけど……。何にしても、早く見つかるように祈ってるよ」

  松井が関わっていないなら、ほかに汀を狙う者の心当たりはなかった。
 しかし、通りすがりの犯行も否定できない。そのことを考えると、身体の芯が恐怖で凍り付くようだった。

 汀自身が自分でどこかへ行こうして迷子になっただけならいい。そうであってくれと願う。
 それでも、きっと心細い思いをしているはずだ。そう思うと早く見つけてやりたかった。

 保育所の周辺であれだけ人が動いても目撃情報がないなら、駅から電車に乗ったと考えたほうがいいのかもしれない。

 保育所のあるA駅はターミナル駅になっていて人の乗り降りが多い。汀一人の動向を駅員が記憶しているか心配だったが、ほかに手だてもなく窓口で聞いてみた。
 迷子の情報は届いていないと言われたが、ちょうどホームから窓口に戻ってきた駅員が、それらしき子どもが改札を抜けていくのを見たと言った。

「大人と一緒に改札を抜けたので、声を掛けることはしなかったんですが……」

 あまり親子のように見えなかったので、なんとなく目で追っていたという。
 すると、その子どもは、すぐ前を歩いていた大人とは別の方向に歩き出した。向かった方向に誰かいるのだろうと思ったが、もしかしたら、それが汀ではないかと言うのだった。

 スマホの写真を見せると、顔までははっきり記憶していないが、背格好や年頃は近い気がすると、首を傾げつつ頷いた。

「あと、この青いリュック……、たしかこんなのを背負っていたような気がします」
 
 手作りにしては垢ぬけたデザインだと思って、なんとなく覚えていたと言う。
 駅員は「下りホームへの階段を下りていきました」と続けた。

 やはり家に向かったのだ。

 光は礼を言い、汀の運賃を支払ってから、改札を抜けて下りホームに降りていった。

 上沢までに車内では、窓の外を流れる景色を睨むように見ていた。
 駅を通過するたびに、毎朝小声で汀に教えた駅名が目に入る。

 文字を覚え始めた汀は、知っている字を見つけると真剣な顔でその文字を口にしていた。

 汀が読めるのは「み」と、少し怪しいが「き」、それに「ひ」の三つだけだった。「みぎわ」の「み」と「きよまさ」の「き」。それと「ひかる」の「ひ」。

 ちょうど「平瀬」という駅を通過し、汀が小さな声で「ひ」と呟いた姿が瞼に浮かんで泣きそうになった。

 早く見つけてあげたい。
 汀の行方が確認できなくなって、三時間が経とうとしている。
 一人でいるならどんなに心細いだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

【完結】王弟殿下と赤痣の闘士

ゆらり
BL
――綺麗な手だ。触られると気持ちが良い。自分からも触ってみたい。  顔の半分を覆う赤い痣を持つリィは、ある日に裏路地で襲われていた端正な容貌を持つ青年を助けた。忌み嫌われてきた醜い異相を持つ自分に、手放しの好意を向けてくる彼に振り回されながらも、いつしか強く惹かれていく。  ――いつまでも自分だけを見て、好きだと言ってくれたらどんなに良いか……。  無邪気な年上青年と異相持ちで元虐められっ子な闘士の物語。  閲覧・お気に入り・エール有難うございます。18禁描写は※印付きです。主人公が虐め等を受ける描写があります。そういった題材が苦手な方には閲覧をお勧め致しません。

ふれて、とける。

花波橘果(はななみきっか)
BL
わけありイケメンバーテンダー×接触恐怖症の公務員。居場所探し系です。 【あらすじ】  軽い接触恐怖症がある比野和希(ひびのかずき)は、ある日、不良少年に襲われて倒れていたところを、通りかかったバーテンダー沢村慎一(さわむらしんいち)に助けられる。彼の店に連れていかれ、出された酒に酔って眠り込んでしまったことから、和希と慎一との間に不思議な縁が生まれ……。  慎一になら触られても怖くない。酒でもなんでも、少しずつ慣れていけばいいのだと言われ、ゆっくりと距離を縮めてゆく二人。  小さな縁をきっかけに、自分の居場所に出会うお話です。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

とろけてなくなる

瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。 連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。 雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。  無骨なヤクザ×ドライな少年。  歳の差。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

処理中です...