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要VS亜澄

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「井上、亜澄さーん!」
 それは近所に響きわたる程の大きな声だった。

 ドドドドドドッと中から音がしたかと思うと、バンッと大きな音を立ててドアが乱暴に開く。
「ちょっとっ! どういうつもり? 近所迷惑でしょ!」
 亜澄はぜえぜえと呼吸をしながら楓の隣にいる要をキッと睨みつけてきた。

「だって! こうでもしないと出てこないでしょ!」
 これでもかと大声を出す要。
「もう、いいから、家に入りなさい」
 亜澄はこれ以上うるさくされては適わないとばかりにそそくさと二人を家へ招き入れた。

 要はにんまりとほくそ笑んだ。作戦成功といったところだ。
 気が気でなかった楓はほっと胸を撫で下ろす。

 家に入ると亜澄はソファーにドカッと座り、足を組み腕を組む。なんとも女王様のような恰好だなと要は感心する。

「で、何?」

 威圧に怯え一歩後ろに下がっている楓の代わりに、要は亜澄を真っ直ぐに見据えた。

「もう楓さんのこと苦しめないでもらえますか?」
 その言葉を聞いた亜澄は不思議そうにしていたが徐々に腹を抱えて笑い出した。
「ふふふっ、ははははっ、何言ってるの? 私がいつ楓を苦しめたっていうの?」
 本当にまったく見当がつかないという感じたった。

「心当たりはないと?」
「ええ」
「少しも?」
「ええ」
 要があきれたように長いため息をつく。

「楓さんのこと、罵ったり、無視したり、ときには暴力振るうこと……ありますよね?」
 亜澄は驚きを隠せない様子で楓に視線を向けた。楓が要に告げ口をしたと思ったようだ。

「楓……あんたっ」
「楓さんは何も言ってませんよ、僕の勝手な推測です。当たりました?」
 要の意地悪そうな笑みを見て、亜澄は悔しそうに唇を噛んだ。そしてすぐ不適に微笑む。
「ふんっ、何が悪いの? 楓は私の娘なのよ、どうしようが私の勝手でしょっ」
 亜澄は開き直って堂々とした振る舞いだ。

「楓さんはあなたの所有物ではない! 一人の人間です……楓さんのことを愛してないんですか? あなたの子供でしょう?」

 その言葉に亜澄の眉がぴくりと動く。

「ふんっ、子供もいないのに何がわかるっていうの? あなたにはわからないのよ、絶対に……ね」
 下を向いた亜澄はどんな表情をしているのかわからない。

「楓さんはあなたのことが大好きですよ、とても。今のあなたでは楓さんを幸せにすることはできない。……何がそうさせていると思いますか?」
 要の全てを見抜いているような態度に、亜澄は居心地の悪さを感じる。

「なんなの? なんであなたにそんなこと言われないといけないわけ? あなたに何がわかるの? 他人の家のことに口を出さないで! 帰って! 帰ってよ!」
 叫んだあと亜澄は楓をきつく睨む。

「何! 母さんのこと苦しめて楽しい? そうやって母さんのこと苦しめて楽しんでるんでしょ?」
「母さん、ちが……」

 ガシャーンッ!

 亜澄が楓目掛けて投げた瓶が地面で割れた。間一髪、楓は要の腕の中で難を逃れる。
 亜澄は何かブツブツ呟いている。目は血走り、息は荒く、興奮状態であることがわかる。こういうときの亜澄は危険だ、何をしでかすかわからない。

「……井上、今はいったん引こう」
 危険だと判断した要は楓の肩を抱き、亜澄から離れようとする。
「……うん」
 楓は亜澄に向き直ると、今できる精一杯の気持ちを込めて叫んだ。

「母さん、お願い! 明日午後六時、小さい頃よく連れて行ってくれた、あの海で待ってる」

 亜澄の瞳の奥が揺れた、楓を見つめ返す。

「な……んで……」

 戸惑い狼狽する亜澄。
 二人はその場から去っていった。



「あ……う……う」
 亜澄がその場に崩れ落ちる。
 いろんな感情が溢れ、心が混乱や困惑などで追いついていかない。

 そこに扉の影から様子を伺っていた美奈が姿を現した。亜澄の側に寄り添うと優しく肩を抱く。
 亜澄が驚いて美奈を見た。

「……母さん、もう楽になろう」
 美奈は微笑んだ。

「お姉ちゃんも楽にしてあげよう。私も頑張るからさ」

 その言葉を聞いた途端、亜澄の瞳が見開き、美奈に何かを問いかけるように見つめる。
 美奈が子供をあやすように亜澄の頭を撫でる。

 突然の美奈の行動に戸惑っていた亜澄だったが、徐々に落ち着きを取り戻していった。
 それから、亜澄は美奈の胸で嗚咽を漏らしながら泣いた。





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