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要の決意

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 美奈に教えてもらった住所を頼りに辿り着いたその先には、古びた物置小屋のような建物があった。
 どうみても現在使われていない、今にも倒壊しそうだ。

 周りには住宅があまりなく、小さな空き地の真ん中にぽつんと存在しており、この物置小屋だけが取り残されている。

 入口は一つだけ。
 引き戸になっていて、引いてみると建付けが悪くうまく開かない。ガタガタと大きな音を立て扉を開ける。
 中は暗く、窓が一つもない。空気も淀んでいて息をするのも躊躇われた。床は埃と砂で汚く掃除されている様子もなかった。

 要は持っていたスマホをライト代わりに辺りを照らす。
 部屋の奥の方、隅っこで毛布に包まっている人物がいた。
 ゆっくりと近づき顔を照らすと、痣がいくつもある楓が眠っていた。
 
 要は衝動的に楓を抱きしめていた。

「ごめん、……ごめんなっ」
 もっと早く気づいていたら、傍にいたら。悔しくてたまらなかった。
 要の瞳から涙が零れ落ちる。

「……ん……っ」
 楓がゆっくりと目を開けた。
「井上? 大丈夫か?」
 要が心配そうに楓を支える。
 その体は痛々しく、今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。

「藤原? ……どうして?」
 楓は今にも消えそうな声で問いかける。
「おまえ学校来ないから心配でさ……ここは妹に教えてもらった」

 ここは楓の隠れ家で亜澄にいじめられて何処にも行き場がないとき、いつもここに逃げ込んでいた。美奈はそれを知っていたようだ。

 要は楓を抱きしめる腕に力を込める。
「ごめんな……」
「ふ、藤原っ」
 突然のことに驚いて楓は目をクルクルと泳がす。

「ごめん……ごめん、俺、おまえのこと、守れなくて」
 要の声は震えていた。
「な、何言ってんの? 藤原には関係ないでしょ」
 楓は要を押し返して、拒絶するように視線を外した。

「帰って……私と関わらないで」
 必死に絞り出した声は震えているように聞こえる。
「……もう私のことは放っておいて、お願い」

 全身で拒絶しようとしている楓を見て要は切なくなった。

 誰のことも受け入れようとしない、誰の事も必要としない、誰にも助けを求めない。それは、誰にも迷惑をかけたくないから、自分一人を犠牲にすればいいと思っているから。そして……誰のことも期待していないから……。

「それでいいのか?」
「え?」

「おまえは一生そうやって生きていくのか? 何もかもあきらめて、絶望して。自分を苦しめて……本当は助けて欲しいくせに、誰にも助けを求めない」

 要の言葉が、視線が痛い。
 やめて、そんなこと言わないで。私の中をかき乱さないで。

「俺は嫌だ……俺はおまえがそんな風に生きていくのは嫌なんだっ」
 要は苦しそうに声を詰まらせる。

「関係ないでしょ、何なの……私のことは放っておいてよ。どうしてそんなに私にかまうの?」
 楓にここまで関心をよせ、関わろうとする人間は初めてだ。
 要は困ったような顔をして少し笑う。
「おまえが心配だから……それじゃあ理由にならない?」
「……わかんない、わかんないよ。もう……わかんない」
 楓は疲れていた、何も考えたくなかった。

「俺がいる」
「え?」

 お互いの視線が合う。
 要の瞳はすごく綺麗な澄んだ瞳をしていた。

「俺がいるよ、井上の傍に。俺はおまえの味方だ、絶対裏切らない。信じてくれ」
 要の身体に楓は包まれていた。とても温かかくて気持ち良くて安心する……。

「おまえ……今まで本当によく頑張ったな。今まで生きていてくれてありがとう。俺に出逢ってくれてありがとう。一人で頑張るな、これからは俺がついてる。弱くたっていいんだ、強くなくたっていい。おまえはおまえのままで……」

「なっ…………んでっ……っっ」

 楓の頬に涙が伝っていく。押し殺していた感情が一気に溢れ出すように、ポロポロと涙は次々と落ちていく。

 なんで要はいつも欲しい言葉をくれるんだろう。傍にいて欲しいときにいてくれるんだろう。なんでこんなに暖かいんだろう。

 要は楓の涙を腫物に触れるようにそっと優しく拭ってくれた。
「なんで、あんたが……そんなことっ」
 感情がついていかず、なんとか要を押し返そうとする楓をさらにきつく抱きしめる要。

「おまえが好きだからだよ! わかれよっ」

 楓が驚いて要の方を見ると、要の顔は赤く染まっているように見えた。
「え? なんで……そんな、だって、好きになる理由ないし。そんな素振りなかった!」
 予想しなかった言葉に、頭が混乱して、もうどうしていいかわからずあたふたする。

「あのなあ……気づいたら好きになってた、そういうもんだろ。それに、そんなすぐにアピールできるか!」
 少し恥ずかしそうに下を向く要が、可愛く見えてしまったことに驚きつつ、不思議と楓の心はふわふわしていた。

「……返事はどうでもいいからさ、とにかく俺がついてるから、もう一人で抱え込むなよ」

 要の告白には驚いたが、それ以上に安堵からか、涙が次から次へと溢れてきた。
 楓は要の胸に顔を埋め、今まで溜めてきたたくさんの感情を吐露するかのように泣いた。
 大きな声で腹の底から、心の底から泣いた。それに伴い涙は滝のように溢れていった。


 しばらくして、泣き疲れた楓は要の膝ですやすやと寝息をたて、眠りについていた。その顔は母親の胸で安心して眠っている赤ん坊のような安らいだ顔をしていた。

 要はそんな楓を優しく見つめながら何かを真剣に考えていた。

「……俺が必ず守る」

 その瞳は何か強い意志を宿したかのような淡い光を放っていた。






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