上 下
6 / 18

すれ違い

しおりを挟む
 あれから聖を監視する日々がはじまった。

 いつなんどき、誘拐されるかわからない。絶対に阻止そししなければ。

 24時間監視するのは難しかったが、さくらの出来る限りの時間を聖の監視についやしていた。

 仕事もなるべく早く終わらせ、聖を監視する。
 自分のことはおざなりに、聖を常に遠くから見守ることに生活のすべての時間を費やしていた。

 だから、さくらを見つめる他の目に気づけなかった。
 異常なまでに聖に張り付いているさくらを怪しむ人物、誠一に。

「あいつ、絶対怪しい……」

 聖を追うさくらを誠一は監視していた。

 そんな誠一の動向に気づいた旭は誠一のことを監視する。

 このように監視の連鎖れんさが起きていることなど、つゆほども知らないさくらは聖のことだけに集中する毎日を送っていた。




 すでに日常化している監視のため、さくらは聖のあとをつけていく。

 いつもの学校からの帰り道、今日も何も変わったことはない。

 あの映像を見てから三日つが何も起こらない。
 いつもなら映像は直前に見ることが多かったが今回は違ったようだ。
 いったいあと何日後のことなのだろう。

 いや、油断は禁物だ。いつそれが起こるかはわからないのだから。

 そのとき、後ろの方から車の音が近づいてきた。
 勢いよく走って来た一台の黒いワゴン車が聖の横に停車する。

 その車から降りてきた黒ずくめの男が聖に近付き、彼の腕をつかんだ。

「聖様!」

 さくらは叫ぶと同時に聖に向かって走り出していた。

 声に驚いた男が聖を無理やり車に押し込もうとするが、聖の抵抗により男は苦戦している様子だった。
 その隙にさくらは男につかみかかる。

「放しなさい! ……誰か!」

 さくらが騒ぎだすと、車の反対側から新たな男が現れる。そしてさくらの動きを止めると口をふさいだ。

「おい、どうする?」
「しかたない、そいつも連れていく」

 二人の男のやり取りが聞こえた。
 しまった、このままでは二人とも連れ去られてしまう。

 男たちが聖とさくらを車に押し込もうとした。

 次の瞬間、さくらを捕らえていた男が吹っ飛び、数メートル先の地面に転がった。

 いったい何が起きたのかわからないさくらは目をしばたかせる。

「本当に、あなたからは目が離せませんね」

 突然聞こえてきた声に振り返ると、そこには旭がいた。

 旭は汚いものに触ってしまったかのように服を払い、あきれた様子でさくらのことを見つめている。

「旭さん!」

 旭は聖を捕らえている男のふところへ一瞬にして入り込むと、みぞおちに拳を入れた。
 男は低くうめき、その場に崩れ落ちた。

「聖様、大丈夫でしたか?」

 すずしい顔で聖に話しかける旭。
 聖は戸惑いながら頷くと、すぐにさくらの方へ駆け寄る。

「さくら、大丈夫だったか?」

 心配そうに目を細めながらさくらの顔を覗き込む。

「ええ、私は大丈夫です。聖様こそご無事でよかった」

 さくらが言い終わらないうちに、聖がさくらを抱きしめる。

「あの、聖様っ」

 さくらは突然のことであたふたして手をパタパタと動かす。

 いったい何が起きているのかわからなかった。どうしていいかわからず、聖の腕の中で硬直こうちょくする。

「さくらが無事でよかった。
 俺のせいでさくらに何かあったらって、生きた心地ここちがしなかった」

 聖はさくらに熱い視線を向けると、何かを決意したように口を開いた。

「さくら……、僕は君が好きだ。ずっと前から君を愛している」

 突然の告白にさくらの頭は真っ白になる。

 え、今なんて?
 え、え? えーーーーー!

 さくらの頭の中はパニック状態だ。
 いったい何が、どうなってるの!

 まさかこんな日が来るなんて……。

 その言葉はさくらが一番、望んでいて、望んではいけないものだった。
 のどから手が出るほど欲しいもの、しかし決してつかんではいけないもの。

 さくらは口にギュッと力を入れる。

 感情を殺し、涙が出るのを必死で押さえ、震える手でゆっくりと聖を押し返した。

「聖様……それは勘違いです。
 非日常の中で起きた、吊り橋効果ですよ。
 ……さあ、旭さんもついていますし、もう心配いりません。屋敷へ帰りましょう」

 さくらは作り笑顔で微笑み、聖から目を逸らす。

 聖はさくらの肩をつかんで必死に訴える。

「吊り橋効果なんかじゃない! 僕は前から君が好きだったんだ。
 なんで信じてくれないんだ? 僕のことは主としてしか見れない? それならそう言ってくれ!」

 懸命に叫ぶ聖。
 その表情は真剣そのものだった。

 さくらだって本当は好きだと言いたい、心から愛していると言えたらどんなに楽だろう。
 でも、聖とさくらはあるじと使用人、それは許されない。

 それに……さくらの能力のことを知ったら聖はなんと思うのだろう。
 拒絶されたらと思うと恐かった。

 さくらが苦し気に下を向き押し黙っていると、見かねた旭が声をかける。

「さあ、聖様、先ほどのこともありますし、ここにいるのは危険です。
 いったん、屋敷へ戻られた方がいいでしょう」

 旭がそっと聖の肩を抱き歩き出すと、聖は渋々しぶしぶそれに従った。

 さくらを苦しめるつもりはなかった、ただ本当の気持ちを話してほしかった。

 さくらが何か隠していることを薄々感じ取っていた。いつか話してくれることを信じ聖は待ち続けている。
 さくらが使用人だろうが、どんな身分だろうが構わない。そんなことは聖にとってどうでもよかった。
 隠していることがどんなことでも受け入れる自信はある。

 さくらのことを心から愛しているから。

 聖はさくらを見つめるが、下を向いていて表情がよく見えない。

「さくらさん、行きますよ」

 旭にうながされ、二人のあとからゆっくりとついてくるさくら。

 二人の空気は重かった。

 その空気を感じながら旭は小さくため息をつき、そっとさくらの様子を心配そうに見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

王様とお妃様は今日も蜜月中~一目惚れから始まる溺愛生活~

花乃 なたね
恋愛
貴族令嬢のエリーズは幼いうちに両親を亡くし、新たな家族からは使用人扱いを受け孤独に過ごしていた。 しかし彼女はとあるきっかけで、優れた政の手腕、更には人間離れした美貌を持つ若き国王ヴィオルの誕生日を祝う夜会に出席することになる。 エリーズは初めて見るヴィオルの姿に魅せられるが、叶わぬ恋として想いを胸に秘めたままにしておこうとした。 …が、エリーズのもとに舞い降りたのはヴィオルからのダンスの誘い、そしてまさかの求婚。なんとヴィオルも彼女に一目惚れをしたのだという。 とんとん拍子に話は進み、ヴィオルの元へ嫁ぎ晴れて王妃となったエリーズ。彼女を待っていたのは砂糖菓子よりも甘い溺愛生活だった。 可愛い妻をとにかくベタベタに可愛がりたい王様と、夫につり合う女性になりたいと頑張る健気な王妃様の、好感度最大から始まる物語。 ※1色々と都合の良いファンタジー世界が舞台です。 ※2直接的な性描写はありませんが、情事を匂わせる表現が多々出てきますためご注意ください。

大事なあなた

トウリン
恋愛
弱冠十歳にして大企業を背負うことになった新藤一輝は、その重さを受け止めかねていた。そんな中、一人の少女に出会い……。 世話好き少女と年下少年の、ゆっくり深まる恋の物語です。 メインは三部構成です。 第一部「迷子の仔犬の育て方」は、少年が少女への想いを自覚するまで。 第二部「眠り姫の起こし方」は、それから3年後、少女が少年への想いを受け入れるまで。 第三部「幸せの増やし方」はメインの最終話。大人になって『現実』が割り込んできた二人の恋がどうなるのか。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

天使と狼

トウリン
恋愛
女癖の悪さに定評のある小児科医岩崎一美《いわさき かずよし》が勤める病棟に、ある日新人看護師、小宮山萌《こみやま もえ》がやってきた。肉食系医師と小動物系新米看護師。年齢も、生き方も、経験も、何もかもが違う。 そんな、交わるどころか永久に近寄ることすらないと思われた二人の距離は、次第に変化していき……。 傲慢な男は牙を抜かれ、孤独な娘は温かな住処を見つける。 そんな、物語。 三部作になっています。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜

シアノ
恋愛
伯爵令嬢のグレイスに婚約が決まった。しかしその相手は幼い頃にグレイスに意地悪をしたいじめっ子、公爵令息のレオンだったのだ。レオンと結婚したら一生いじめられると誤解したグレイスは、レオンに直談判して「今までの分をやり返して、俺がグレイスを嫌いになったら婚約破棄をする」という約束を取り付ける。やり返すことにしたグレイスだが、レオンは妙に優しくて……なんだか溺愛されているような……? 嫌われるためにレオンとデートをしたり、初恋の人に再会してしまったり、さらには事件が没発して── さてさてグレイスの婚約は果たしてどうなるか。 勘違いと鈍感が重なったすれ違い溺愛ラブ。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...