上 下
15 / 15

いつもの日常に……戻ってない!

しおりを挟む
 気持ちのいい風が頬を撫でていく。
 太陽の光が背中を照らして体がポカポカと温まると、心がほっと落ち着くような気がした。
 つけっぱなしのテレビから今日の天気は快晴だという情報が流れてくる。

 そのとき、コーヒーのいい匂いが鼻の奥をくすぐった。

「ご主人様、コーヒーをどうぞ」

 リリーが可愛い微笑みとセットにコーヒーを机の上に置いてくれる。

「ああ、ありがとう」

 俺が微笑むと、一礼してリリーは定位置へと戻っていく。

 穏やかな空気が流れると共にコーヒーの匂いが部屋に充満していく。

 ああ、なんて至福の時なのだろう。

「ねえ、今日は何するの?」

 はじめがソファーにちょこんと座って微笑みながらこちらを見つめている。

 はじめは人間の子どもみたいに無邪気むじゃきに話しかけてくる。
 どこからどう見ても普通の子どもにしか見えない。

 アンドロイドなのに。

 桐生はすごい奴だ。
 いつか本当にすごい賞か何か取るんではないだろうかと思ってしまう。

「うーん、特に依頼もないしなあ。まあ、のんびりしよう」
「はーい」

 そう言うと、はじめはつまらなそうにテレビの操作をしてアニメを見始めた。

 あの事件以来、はじめもこの探偵事務所で一緒に暮らしている。

 桐生が言うには俺の息子という設定で作ったということだ。
 あいつは俺が一生家庭を持つことはないだろうという心配をしてくれている。

 ありがた迷惑というかなんというか……。

 しかし、俺は結構この暮らしが気に入っていた。

 やはり一人寂しく暮らしていた時よりずっと生活に張りが出たような気がする。

 可愛いメイドのリリーと息子のようなはじめ。
 二人がいることにより生活にいろどりが生まれたのも事実だ。
 一人寂しくいる生活にもう戻れそうになかった。

 そしてもう一つ、今までと確実に違ったことがある。

 それは……。

「輪島くん! 見て、見て!」

 事務所の扉がいきなり勢いよく開いたかと思うと、桐生が飛び込んできた。

 もう怒る気にもなれない。このパターンに慣れ過ぎた。
 俺が呆れた顔をして尋ねる。

「なんだ? どうしたんだ?」
「じゃーん」

 桐生が差し出した手には、手乗りサイズの可愛い羊のぬいぐるみがあった。

「この子はメイちゃん。この子の歌を聞いていると、眠くなって自然に眠ってしまうんだ」
「ああ、そう」
「って、なんで、もっと感動してくれないの? 君が快適に眠れるようにって作ってあげたのに」
「別に、俺は不眠症じゃないから。そんなもんはいらない」

 俺が冷たく言うと、桐生はいじける。

「ふん、いいよ。じゃあ、佐々木くんにあげようっと」
「俺もいらん」

 桐生の後ろから突然声が聞こえた。

 扉の前をふさぐ桐生を邪魔そうに避けながら、佐々木が部屋へ入ってくる。
 すると、佐々木の後ろから白猫が姿を現す。

「おい、また猫を連れてきたのか」

 俺が心底あきれたように、つぶやいた。
 佐々木が振り向いて驚いた表情をする。

「あ、猫……」

 どうやら今まで気づいていなかったようだ。
 こいつは猫に好かれるフェロモンでも出しているんじゃないのか。

 桐生が猫を拾い上げる。
 白猫は大人しく桐生の腕に抱かれている。

「今度の猫はえらく大人しいんだな」
「ね、ね、また事件かもよ」

 桐生が嬉しそうにニヤニヤと猫を観察している。

「そんな次から次に事件が起こってたまるか」

 俺が興味なさそうに猫から視線を逸らした。

「あ、この子、おリボンつけています。可愛いですね」

 リリーが猫を眺める。
 最近リリーはますます人間らしい表現や言葉を使うようになっていた。

 桐生によるとリリーたちにはAIが搭載とうさいされているので、どんどん学習していくらしい。
 しまいいには人間かどうか区別つかなくなるんじゃないのか。

「あ!」

 桐生が叫ぶ。

「なんだよ、うるさいな」

 俺が面倒くさそうに桐生を睨む。

 桐生の瞳がキラキラと輝いていた。
 なんだか嫌な予感がする。

「猫ちゃんのリボンの裏にメッセージが!」
「何!」

 俺は驚いて立ち上がった。

 まさか、そんな。
 そんなに立て続けにそんなこと。
 ありえない、絶対にありえない、よな?

 桐生が嬉しそうに叫んだ。

「事件だよ! 輪島探偵!」
「……事件だ」

 佐々木も嬉しそうにほくそ笑んだ。

 俺はがっくりと肩を落とす。


 こうして俺の普通だった探偵生活は、この二人と出会ったことにより、はちゃめちゃな事件へと巻き込まれていく生活へと変貌へんぼうしたのだった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

鎌倉古民家カフェ「かおりぎ」

水川サキ
ライト文芸
旧題」:かおりぎの庭~鎌倉薬膳カフェの出会い~ 【私にとって大切なものが、ここには満ちあふれている】 彼氏と別れて、会社が倒産。 不運に見舞われていた夏芽(なつめ)に、父親が見合いを勧めてきた。 夏芽は見合いをする前に彼が暮らしているというカフェにこっそり行ってどんな人か見てみることにしたのだが。 静かで、穏やかだけど、たしかに強い生彩を感じた。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...