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第1話 エデンの中のレモン
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「人を殺すことは、どうして悪なのですか?」
そう穏やかな笑顔で尋ねたあなたに、私は答える術を持っていませんでした。
何故なら彼等を殺すことは、あなたの、そして彼等の幸せに他ならなかったのです。
「このエデンシステムは、全人類が平等にあらゆる角度から評価され、その点数により、10年から20年後、あなたが転生を行う先を決めることができます。点数が高くなればなるほど、現世よりもっと素晴らしい背活が、あなたを待っていることでしょう。勿論過ちを犯せば犯すほど、辛い生活があなたを待っています。全人類が平等に。例え全人類をまとめるアルジでさえ、重い罪を犯せば、転生後はノドの地で修業を求められることになるでしょう。同時にあなたもまた、転生後アルジとなる可能性を秘めているのです」
大型のスクリーンから流れる、テンプレート通りのアナウンスのような声。講義室の中で、セドラは姿勢を正し、真面目を装って聞いていた。セドラが特別礼儀正しいわけではない。講義室にいる全ての学生が、テンプレート通りの“すばらしい”姿勢で、講義の始まりのアナウンスを聞いていた。
全人類が平等に評価される。なんて素晴らしいシステム。
しかし、それを聞いて感動する人は、誰もいなかった。
エデンシステムが誕生して300年。前世の記憶を持ち転生することが当たり前となったこの星で、毎年0.00001%程が記憶を持たずに誕生する。彼等は“学生”と呼ばれ、ノド学園に入れられ、この世界の仕組みを学んでいく。
セドラもまた、その一人だった。
『君は本当に可哀相な子だ。罪を犯したわけでもないのに、初めから“何も持っていない”なんて』
昔、教育係に何度も言われたことを、セドラは今でも思い出す。
エデンシステムは、現世の点数が来世に引き継がれる。その点数により職が決まり、つまり生活の質も決まる。前世が無いということはつまり、点数を持っていない。つまり、この世界の最底辺にいることに違いなかった。
『“悪いこと”を絶対にしてはいけないよ。ただでさえ君は、何も持っていない状態なんだ。“悪いこと”をすればするほど、君の未来は真っ暗だ』
全人類が平等に、真面目に生きて且つ実績を出せば評価される世界。誰かに見られていなくてもエデンシステムは見ていますよと、物心が付いた時からセドラは言われ続けてきた。
それはセドラに限らず学生は皆同じであり、真面目な姿勢で勉学に取り組む。講義室で学生が一生懸命勉強する風景は、そうやって作られていた。
学生には、必ず一人に一人ずつ“教育係”が付く。講義が終われば復習と次の日の予習を行うだけでなく、生活のアドバイサー的な役割を持つ教育係は、10年に1度変更される。
セドラの最初の教育係は、20代の男性だった。とても優しい雰囲気を出している男性だったのは覚えている。勉強の教え方も、生活のサポートも、教育係としての業務に不満など一つもなかった。
『君は可哀相な子だ』
何度もセドラにそう言った教育係は、時間が終わればすぐにどこかに消えて行った。何も間違ったことはしていない。ただ前世などなく、縋るものはその教育係しかなかったセドラにとって、それは少し寂しいものでもあった。
エデンシステムを学ぶにつれ、教育係の優しさは義務としての優しさなのだと理解するようになった。可哀相だと言う教育係が、セドラのことを心配してくれているわけではなく、本当にただ事実だけを述べているということも知った。
上辺だけが優しい世界。ただセドラは“悪いこと”だけはしないように、“良い子”に振舞い続けた。
『本日からあなたの教育係となります、ベルナって言います。よろしくお願いしますね!』
だから、今の教育係であるベルナが自分の前に現れた時、セドラは怯えた。10歳になって出会ったのは、向けられたことがないほど愛情に満ちた笑顔を向けてくれた少女だった。
この少女は自分にこんな笑顔を向けて、裏で何を企んでいるのかと不安になったことを、セドラは今でも覚えている。
「あ、セドラさん!」
講義が終わり、廊下を歩いていると、反対側からベルナが駆け足でセドラの方にやってきた。
「講義、お疲れ様です!」
「おう、ありがとな。つか、そんなに急いで来なくてもいいぞ。自習スペースででも待ってればいいだろ」
「嫌ですよ! セドラさんの講義の時間なんて、暇で暇で仕方ないんですから!」
そう言って拗ねた顔をするベルナは、幼く見えて可愛らしかった。キラキラと光る金色の髪をした、セドラより2つ下の少女。少し小柄で背の低いベルナはセドラの肩程の身長で、ベルナが童顔だからか余計に、傍から見ればベルナの方が学生にも見えた。
現世では14歳。出会った時はもっと大人びて見えた。少し見上げていたことを思うと、きっと身長が伸びるのが早かったのだろうとも思うが、きっとそれだけじゃないのだろうとセドラは思っていた。
ベルナには、前世がある。転生を繰り返してきた彼女が、実際何年この世界を生きてきたかなんて、セドラにはわからない。
「本来おまえの休憩時間だろ? それに色々やることあるだろ」
「全部終わっちゃってるので問題ないんですー!」
「わかったわかった。とりあえず、腹減ったし飯行くぞ」
「はい!」
ただ、こんな会話を続けるうちに、セドラはベルナが本当に自分のことを思って優しくしてくれているのではと思うようになった。ベルナといる時間は心地よくて、幸せな気分になった。
これが本物の愛情ですよ。
ベルナがそう教えてくれた気がした。
二人が食堂へ入れば、混んではいたものの、座れない程でもなかった。見つけた二人用の席に座り、料理が届くのを待つ。
ノドで暮らす人たちは、基本的に朝昼晩の献立を選ぶことはできない。選びたければお金を払う必要があったが、学生を含めてノドで生活をしている人たちに支給されるお金は、贅沢を言える程ではなかった。
「はわぁ……! 今日は唐揚げ定食ですね! 楽しみです!」
「……おまえの目的は唐揚げじゃないだろうけどな」
「えへへ、バレました?」
座ってほとんど待つこともなく、定食がロボットによってセドラ達の前に運ばれてくる。揚げられたばかりの唐揚げとサラダ、ご飯に汁物。必要な栄養分がバランスよく配置された定食は、人工知能によって計算しつくされたものだった。
食事だけじゃない。建物の構造も、この食堂の席の配置から個数、食事の供給方法まで全てが人工知能によって計算されたもので、セドラ達がすぐに座れたのも、そういうわけであるらしかった。
人工知能の集大成とも呼ばれているエデンシステム。それと比べれば、なんてことないシステム。
それでも、別にお金を使わなくても最低限生きていける程に、快適な生活を送ることはできていた。
けれども機械は、あくまで平等だ。決められたことでなければ、人を特別扱いするということはしない。
「ほい、やる」
「おわっ、いいんですか!?」
「こんなので喜ぶのはおまえだけだって」
唐揚げの隅に置かれていたレモンの一欠片。それをセドラはベルナの皿に置いた。それだけで、ベルナは目を輝かせて、幸せそうな顔をする。
「ありがとうございます! あああ、もったいなくて食べられないです!」
「いや、せっかく上げたんだから贅沢に食えよ!」
「そ、そうなんですけど~」
ベルナはレモンが好きだ。機械はそれを把握していようがいまいが、お金を特別に払っていないベルナに、レモンの一欠片をプレゼントすることはできない。
これは不平等だろうか。
レモン以上の愛情を、彼女は無条件にくれたのだと言っても、機械は理解することができないのだろうと、セドラは思った。機械にとっては、教育係であるベルナがセドラに優しくするということは、当たり前の義務なのだ。
「あ、あの、セドラさん……。レモンで思い出したんですけど……」
もじもじと、ベルナは俯ぎながらもチラチラッとセドラを見た。
「どうした?」
「あ、あの……。さっき通ったところに、ケーキ屋さんの、その、新作が……」
ノド学園自体小さな町と呼ばれるほどに、学生でも行ける程度の金額の様々なお店が並んでいる。セドラはそれを聞いて笑った。寧ろ気付いていなければ帰りにでも言ってみるつもりでいた。
「どうせその新作がレモン味って言うんだろ? 夏だもんな」
「そ、そうなんですよ! 夏期間限定で! そ、その、一緒に行きませんか?」
レモンが特別好きかと言われれば、それはノーだ。けれどもベルナが喜ぶ顔を見る度に、目で追ってしまう存在になっていた。
「そだな。3時のおやつぐらいに行くか」
「い、いいんですか! わーい、やったぁ!」
お金なんて、何に使うということもなく生きてきた。どうせ転生しても引き継がれると思うと、急いで使うものでもないようにも感じていた。その程度には、最底辺と呼ばれるこの地でだって、生きていくことができる。
寧ろベルナの喜ぶことに全て使っても良いと思える程、セドラはベルナの笑顔が好きだった。
例え、その笑顔の裏に何があろうとも。
「そう言えば、今日の講義はジョブシステムのことについてでお間違いないですよね?」
ご飯を食べながら、ベルナは午後の自習時間に備え、セドラに今日の講義の内容を尋ねた。
ノド学園のスケジュールは、午後は全て教育係との自習時間と決められている。講義と言ってもテストがメインで、残りの時間は教育係の教えることにズレが無いかの確認を行う程度の目的しかない。
「ああ。上位職に関してと、どの職とどの職に就いた経験値があればどの職に就けるようになるかを、一週間後のテストで出すんだとよ」
「はわぁ……。私たちでも表を見ながら考えるやつですよね。まあ、セドラさん記憶力ととも良いので、余裕ですね!」
「まあ、別に全部覚えろって言われてるわけでもないからな。流れがつかめたらいいぐらいだ」
セドラは、講義で配られた資料を思い出す。
エデンシステムによって個人の評価が点数化された世界。この世界では、その点数によって、次の転生後に就く職を選ぶことができる。
その点数は、大きくわけて2つある。ジョブ経験値とGaE経験値と呼ばれるものだ。
ジョブ経験値とは、職に就いた時に貰える経験値のことで、この職に就けばこの分類の経験値がこれだけ貰えるということが、職ごとに決められている。上位職になるには、指定された下位職の経験値を持っていなければなることはできない。
職に就けば誰もが貰えるというわけでもなく、実績を作りある一定の数値にならなければ、上位職を選ぶことはできない。また、その職にはランクがあり、3回の転生でランクが上がらなければ、1つ下のランクに堕ちる。
ちなみに学生はランク1とランク2に位置し、1回目の転生でも学生として生活することは決められている。そして、2回目の転生で初めてランク3以上の職を選ぶことができる。ノド学園でも成績やクラブ活動などによってジョブ経験値を得ることができ、その数値によって次の転生先を選ぶことができる。
そしてGaE経験値は、Good and Evil経験値の略で、“良いこと”をすれば点数は上がり、“悪いこと”をすれば減点される。いくらジョブ経験値が高くても、GaE経験値が足りなければ就くことができない職も多く存在する。
エデンシステムに組み込まれた法律により、行った行為が“罪”に分類されれば、それと連動したジョブ経験値も失うこともあり、アルジでさえ下位のランクに一気に堕ちるというのは、そういう理由である。
下位ランク。けれどもセドラのランク1と、次の転生後に自動的に行くことができるランク2は、記憶を持たずに生まれた人間の教育用として存在している。しかし、ランク2の後、ランク3を選ぶ人はほぼいない。
「セドラさんは賢いので、ランク8とかから始まりそうですねえ。ランク8の職、どれがお好みですか? あ、経験値的に見れば、私のお勧めは……」
つまり、ランク3が、ジョブ経験値もGaE経験値もゼロの状態でなれる、エデンシステムの本当の最下位。基本的に、重い罪を犯した人がなる職である。
ランク3の職は、修行の意味も込めて、ノド学園で働くことを強いられる。教育に携わり、基礎を学び直すという意味も含まれている。学園の管理運営の大半はランク3が行っている。教育係も、ランク3の職の1つだ。
「……セドラさん? どうかしましたか?」
ベルナは、心配そうにセドラの顔を覗き込んだ。不安げにセドラの顔を覗き込む、あどけない表情をした少女。
ベルナは、心配そうにセドラの顔を覗き込んだ。心から心配だという表情を、セドラに向ける、あどけない表情をした少女。
彼女の前世は、犯罪者だ。
「いや、別に」
セドラはベルナを見て、何もなかったかのように笑う。
ベルナの前世を、知りたいと思う自分がいた。けれども過去に触れようとした瞬間、ベルナの笑顔が消えてしまうのではと思うと、怖くて聞くことができなかった。
「レモンケーキ、楽しみだな、って、思って」
「セドラさんも、レモン味、好きですよね」
「ああ。ベルナと食べてたら、好物になった」
「えへへ~。レモン味の魅力をわかって頂けたようで、なによりです!」
セドラはただ、このなんてことない幸せなやり取りが、永遠に続けばいい、それだけを願っていた。
そう穏やかな笑顔で尋ねたあなたに、私は答える術を持っていませんでした。
何故なら彼等を殺すことは、あなたの、そして彼等の幸せに他ならなかったのです。
「このエデンシステムは、全人類が平等にあらゆる角度から評価され、その点数により、10年から20年後、あなたが転生を行う先を決めることができます。点数が高くなればなるほど、現世よりもっと素晴らしい背活が、あなたを待っていることでしょう。勿論過ちを犯せば犯すほど、辛い生活があなたを待っています。全人類が平等に。例え全人類をまとめるアルジでさえ、重い罪を犯せば、転生後はノドの地で修業を求められることになるでしょう。同時にあなたもまた、転生後アルジとなる可能性を秘めているのです」
大型のスクリーンから流れる、テンプレート通りのアナウンスのような声。講義室の中で、セドラは姿勢を正し、真面目を装って聞いていた。セドラが特別礼儀正しいわけではない。講義室にいる全ての学生が、テンプレート通りの“すばらしい”姿勢で、講義の始まりのアナウンスを聞いていた。
全人類が平等に評価される。なんて素晴らしいシステム。
しかし、それを聞いて感動する人は、誰もいなかった。
エデンシステムが誕生して300年。前世の記憶を持ち転生することが当たり前となったこの星で、毎年0.00001%程が記憶を持たずに誕生する。彼等は“学生”と呼ばれ、ノド学園に入れられ、この世界の仕組みを学んでいく。
セドラもまた、その一人だった。
『君は本当に可哀相な子だ。罪を犯したわけでもないのに、初めから“何も持っていない”なんて』
昔、教育係に何度も言われたことを、セドラは今でも思い出す。
エデンシステムは、現世の点数が来世に引き継がれる。その点数により職が決まり、つまり生活の質も決まる。前世が無いということはつまり、点数を持っていない。つまり、この世界の最底辺にいることに違いなかった。
『“悪いこと”を絶対にしてはいけないよ。ただでさえ君は、何も持っていない状態なんだ。“悪いこと”をすればするほど、君の未来は真っ暗だ』
全人類が平等に、真面目に生きて且つ実績を出せば評価される世界。誰かに見られていなくてもエデンシステムは見ていますよと、物心が付いた時からセドラは言われ続けてきた。
それはセドラに限らず学生は皆同じであり、真面目な姿勢で勉学に取り組む。講義室で学生が一生懸命勉強する風景は、そうやって作られていた。
学生には、必ず一人に一人ずつ“教育係”が付く。講義が終われば復習と次の日の予習を行うだけでなく、生活のアドバイサー的な役割を持つ教育係は、10年に1度変更される。
セドラの最初の教育係は、20代の男性だった。とても優しい雰囲気を出している男性だったのは覚えている。勉強の教え方も、生活のサポートも、教育係としての業務に不満など一つもなかった。
『君は可哀相な子だ』
何度もセドラにそう言った教育係は、時間が終わればすぐにどこかに消えて行った。何も間違ったことはしていない。ただ前世などなく、縋るものはその教育係しかなかったセドラにとって、それは少し寂しいものでもあった。
エデンシステムを学ぶにつれ、教育係の優しさは義務としての優しさなのだと理解するようになった。可哀相だと言う教育係が、セドラのことを心配してくれているわけではなく、本当にただ事実だけを述べているということも知った。
上辺だけが優しい世界。ただセドラは“悪いこと”だけはしないように、“良い子”に振舞い続けた。
『本日からあなたの教育係となります、ベルナって言います。よろしくお願いしますね!』
だから、今の教育係であるベルナが自分の前に現れた時、セドラは怯えた。10歳になって出会ったのは、向けられたことがないほど愛情に満ちた笑顔を向けてくれた少女だった。
この少女は自分にこんな笑顔を向けて、裏で何を企んでいるのかと不安になったことを、セドラは今でも覚えている。
「あ、セドラさん!」
講義が終わり、廊下を歩いていると、反対側からベルナが駆け足でセドラの方にやってきた。
「講義、お疲れ様です!」
「おう、ありがとな。つか、そんなに急いで来なくてもいいぞ。自習スペースででも待ってればいいだろ」
「嫌ですよ! セドラさんの講義の時間なんて、暇で暇で仕方ないんですから!」
そう言って拗ねた顔をするベルナは、幼く見えて可愛らしかった。キラキラと光る金色の髪をした、セドラより2つ下の少女。少し小柄で背の低いベルナはセドラの肩程の身長で、ベルナが童顔だからか余計に、傍から見ればベルナの方が学生にも見えた。
現世では14歳。出会った時はもっと大人びて見えた。少し見上げていたことを思うと、きっと身長が伸びるのが早かったのだろうとも思うが、きっとそれだけじゃないのだろうとセドラは思っていた。
ベルナには、前世がある。転生を繰り返してきた彼女が、実際何年この世界を生きてきたかなんて、セドラにはわからない。
「本来おまえの休憩時間だろ? それに色々やることあるだろ」
「全部終わっちゃってるので問題ないんですー!」
「わかったわかった。とりあえず、腹減ったし飯行くぞ」
「はい!」
ただ、こんな会話を続けるうちに、セドラはベルナが本当に自分のことを思って優しくしてくれているのではと思うようになった。ベルナといる時間は心地よくて、幸せな気分になった。
これが本物の愛情ですよ。
ベルナがそう教えてくれた気がした。
二人が食堂へ入れば、混んではいたものの、座れない程でもなかった。見つけた二人用の席に座り、料理が届くのを待つ。
ノドで暮らす人たちは、基本的に朝昼晩の献立を選ぶことはできない。選びたければお金を払う必要があったが、学生を含めてノドで生活をしている人たちに支給されるお金は、贅沢を言える程ではなかった。
「はわぁ……! 今日は唐揚げ定食ですね! 楽しみです!」
「……おまえの目的は唐揚げじゃないだろうけどな」
「えへへ、バレました?」
座ってほとんど待つこともなく、定食がロボットによってセドラ達の前に運ばれてくる。揚げられたばかりの唐揚げとサラダ、ご飯に汁物。必要な栄養分がバランスよく配置された定食は、人工知能によって計算しつくされたものだった。
食事だけじゃない。建物の構造も、この食堂の席の配置から個数、食事の供給方法まで全てが人工知能によって計算されたもので、セドラ達がすぐに座れたのも、そういうわけであるらしかった。
人工知能の集大成とも呼ばれているエデンシステム。それと比べれば、なんてことないシステム。
それでも、別にお金を使わなくても最低限生きていける程に、快適な生活を送ることはできていた。
けれども機械は、あくまで平等だ。決められたことでなければ、人を特別扱いするということはしない。
「ほい、やる」
「おわっ、いいんですか!?」
「こんなので喜ぶのはおまえだけだって」
唐揚げの隅に置かれていたレモンの一欠片。それをセドラはベルナの皿に置いた。それだけで、ベルナは目を輝かせて、幸せそうな顔をする。
「ありがとうございます! あああ、もったいなくて食べられないです!」
「いや、せっかく上げたんだから贅沢に食えよ!」
「そ、そうなんですけど~」
ベルナはレモンが好きだ。機械はそれを把握していようがいまいが、お金を特別に払っていないベルナに、レモンの一欠片をプレゼントすることはできない。
これは不平等だろうか。
レモン以上の愛情を、彼女は無条件にくれたのだと言っても、機械は理解することができないのだろうと、セドラは思った。機械にとっては、教育係であるベルナがセドラに優しくするということは、当たり前の義務なのだ。
「あ、あの、セドラさん……。レモンで思い出したんですけど……」
もじもじと、ベルナは俯ぎながらもチラチラッとセドラを見た。
「どうした?」
「あ、あの……。さっき通ったところに、ケーキ屋さんの、その、新作が……」
ノド学園自体小さな町と呼ばれるほどに、学生でも行ける程度の金額の様々なお店が並んでいる。セドラはそれを聞いて笑った。寧ろ気付いていなければ帰りにでも言ってみるつもりでいた。
「どうせその新作がレモン味って言うんだろ? 夏だもんな」
「そ、そうなんですよ! 夏期間限定で! そ、その、一緒に行きませんか?」
レモンが特別好きかと言われれば、それはノーだ。けれどもベルナが喜ぶ顔を見る度に、目で追ってしまう存在になっていた。
「そだな。3時のおやつぐらいに行くか」
「い、いいんですか! わーい、やったぁ!」
お金なんて、何に使うということもなく生きてきた。どうせ転生しても引き継がれると思うと、急いで使うものでもないようにも感じていた。その程度には、最底辺と呼ばれるこの地でだって、生きていくことができる。
寧ろベルナの喜ぶことに全て使っても良いと思える程、セドラはベルナの笑顔が好きだった。
例え、その笑顔の裏に何があろうとも。
「そう言えば、今日の講義はジョブシステムのことについてでお間違いないですよね?」
ご飯を食べながら、ベルナは午後の自習時間に備え、セドラに今日の講義の内容を尋ねた。
ノド学園のスケジュールは、午後は全て教育係との自習時間と決められている。講義と言ってもテストがメインで、残りの時間は教育係の教えることにズレが無いかの確認を行う程度の目的しかない。
「ああ。上位職に関してと、どの職とどの職に就いた経験値があればどの職に就けるようになるかを、一週間後のテストで出すんだとよ」
「はわぁ……。私たちでも表を見ながら考えるやつですよね。まあ、セドラさん記憶力ととも良いので、余裕ですね!」
「まあ、別に全部覚えろって言われてるわけでもないからな。流れがつかめたらいいぐらいだ」
セドラは、講義で配られた資料を思い出す。
エデンシステムによって個人の評価が点数化された世界。この世界では、その点数によって、次の転生後に就く職を選ぶことができる。
その点数は、大きくわけて2つある。ジョブ経験値とGaE経験値と呼ばれるものだ。
ジョブ経験値とは、職に就いた時に貰える経験値のことで、この職に就けばこの分類の経験値がこれだけ貰えるということが、職ごとに決められている。上位職になるには、指定された下位職の経験値を持っていなければなることはできない。
職に就けば誰もが貰えるというわけでもなく、実績を作りある一定の数値にならなければ、上位職を選ぶことはできない。また、その職にはランクがあり、3回の転生でランクが上がらなければ、1つ下のランクに堕ちる。
ちなみに学生はランク1とランク2に位置し、1回目の転生でも学生として生活することは決められている。そして、2回目の転生で初めてランク3以上の職を選ぶことができる。ノド学園でも成績やクラブ活動などによってジョブ経験値を得ることができ、その数値によって次の転生先を選ぶことができる。
そしてGaE経験値は、Good and Evil経験値の略で、“良いこと”をすれば点数は上がり、“悪いこと”をすれば減点される。いくらジョブ経験値が高くても、GaE経験値が足りなければ就くことができない職も多く存在する。
エデンシステムに組み込まれた法律により、行った行為が“罪”に分類されれば、それと連動したジョブ経験値も失うこともあり、アルジでさえ下位のランクに一気に堕ちるというのは、そういう理由である。
下位ランク。けれどもセドラのランク1と、次の転生後に自動的に行くことができるランク2は、記憶を持たずに生まれた人間の教育用として存在している。しかし、ランク2の後、ランク3を選ぶ人はほぼいない。
「セドラさんは賢いので、ランク8とかから始まりそうですねえ。ランク8の職、どれがお好みですか? あ、経験値的に見れば、私のお勧めは……」
つまり、ランク3が、ジョブ経験値もGaE経験値もゼロの状態でなれる、エデンシステムの本当の最下位。基本的に、重い罪を犯した人がなる職である。
ランク3の職は、修行の意味も込めて、ノド学園で働くことを強いられる。教育に携わり、基礎を学び直すという意味も含まれている。学園の管理運営の大半はランク3が行っている。教育係も、ランク3の職の1つだ。
「……セドラさん? どうかしましたか?」
ベルナは、心配そうにセドラの顔を覗き込んだ。不安げにセドラの顔を覗き込む、あどけない表情をした少女。
ベルナは、心配そうにセドラの顔を覗き込んだ。心から心配だという表情を、セドラに向ける、あどけない表情をした少女。
彼女の前世は、犯罪者だ。
「いや、別に」
セドラはベルナを見て、何もなかったかのように笑う。
ベルナの前世を、知りたいと思う自分がいた。けれども過去に触れようとした瞬間、ベルナの笑顔が消えてしまうのではと思うと、怖くて聞くことができなかった。
「レモンケーキ、楽しみだな、って、思って」
「セドラさんも、レモン味、好きですよね」
「ああ。ベルナと食べてたら、好物になった」
「えへへ~。レモン味の魅力をわかって頂けたようで、なによりです!」
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軍事行動を中心とした攻防戦が繰り広げられていった。
生存のためならルールも手段も決していとわず。
凌ぎを削って各地方の者達は独自の術をもって命を繋いでゆくが、
決して平坦な道もなくそれぞれの明日を願いゆく。
五感の界隈すら全て内側の央へ。
サイバーとスチームの間を目指して
登場する人物・団体・名称等は架空であり、
実在のものとは関係ありません。
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