82 / 86
後編
第82話
しおりを挟む
雛白邸五階の窓から玄関前広場に狙撃銃を向けていたコクマは、白衣の男が倒れる様子を確認した後、スコープから目を離した。その目には涙が溜まり、赤く充血している。
北の山の爆発。あの中心には、兄が居た。彼の任務の事は一切聞かされていなかったが、コクマにはそれが分かった。双子の間だけに有る絆の様な物が、あの爆発でぷっつりと切れた感触が有った。
「バカアニキ……。死ぬ時は一緒だって約束したのに……」
任務を終えたコクマは、狙撃銃を引っ込めて廊下にペタリと座った。
くのいちとして封印していた涙が零れそうになったので、顎を上げてぐっと堪える。その仕草を取ったせいで、天井に紙切れが貼り付けてある事に気付いた。
コクマへ、と書かれて有る。
何だろうと思いながら身軽に壁を登り、紙切れを手に取って床に戻る。
それは明日軌の筆跡による手紙だった。
『コクマへ。
この手紙が読まれたと言う事は、私はもうこの世に居ないでしょう。
そして、ごめんなさい。
ハクマは私が連れて行きます。
本当にごめんなさい。
だけど、これが一番死傷者の少ない選択なのです。
理解して貰えるのなら、最後の任務をコクマに与えます。
詳しくは別紙に書いておきます。
任務を終えたら、貴女は自由です。
ハクマの分まで幸せに生きてください。
きっと彼もそれを願うと思うから。
雛白明日軌』
二枚目の便箋にも目を通した後、グシャリと握り潰して廊下に投げ捨てた。床に叩き付ける様に。
「嘘吐き。愛していたから、連れて行ける様に仕向けたくせに。兄さんも、主人を愛さなかったら、死なずに済んだのに」
開けられた窓から冷たい風が入って来てコクマのツインテールを揺らした。雪の匂いがする。
窓から玄関前広場を見下ろすコクマ。
巫女みたいな格好をした蜜月が、庭に乱立している無人テントの隙間を走り去って行った。
続いて、赤いドレスを着た緑色の髪の少女が、フラフラな足取りで門扉の方に行く。
「この場はこれでおしまいか。――ん?」
ふと声無き悲鳴みたいな物を感じたので、窓から頭を出して上空を見上げる。
「大型か。この屋敷を目指しているのか」
つい、と大粒の涙が風に煽られて落ちて行った。
「ふん。泣いちゃったから、くのいち失格ね。今日で引退かな。それで良いよね? 兄さん」
吹っ切る様に無理矢理な笑顔を作ったコクマは、大の字になって五階の窓から飛び降りた。
黒い忍者装束の女が風に紛れて消えたすぐ後に、白いエイの様な生き物が真上から雛白邸に突っ込んだ。越後の名失いの街に再び爆発音が響き渡り、短い地震を呼び起こした。
北の山の爆発。あの中心には、兄が居た。彼の任務の事は一切聞かされていなかったが、コクマにはそれが分かった。双子の間だけに有る絆の様な物が、あの爆発でぷっつりと切れた感触が有った。
「バカアニキ……。死ぬ時は一緒だって約束したのに……」
任務を終えたコクマは、狙撃銃を引っ込めて廊下にペタリと座った。
くのいちとして封印していた涙が零れそうになったので、顎を上げてぐっと堪える。その仕草を取ったせいで、天井に紙切れが貼り付けてある事に気付いた。
コクマへ、と書かれて有る。
何だろうと思いながら身軽に壁を登り、紙切れを手に取って床に戻る。
それは明日軌の筆跡による手紙だった。
『コクマへ。
この手紙が読まれたと言う事は、私はもうこの世に居ないでしょう。
そして、ごめんなさい。
ハクマは私が連れて行きます。
本当にごめんなさい。
だけど、これが一番死傷者の少ない選択なのです。
理解して貰えるのなら、最後の任務をコクマに与えます。
詳しくは別紙に書いておきます。
任務を終えたら、貴女は自由です。
ハクマの分まで幸せに生きてください。
きっと彼もそれを願うと思うから。
雛白明日軌』
二枚目の便箋にも目を通した後、グシャリと握り潰して廊下に投げ捨てた。床に叩き付ける様に。
「嘘吐き。愛していたから、連れて行ける様に仕向けたくせに。兄さんも、主人を愛さなかったら、死なずに済んだのに」
開けられた窓から冷たい風が入って来てコクマのツインテールを揺らした。雪の匂いがする。
窓から玄関前広場を見下ろすコクマ。
巫女みたいな格好をした蜜月が、庭に乱立している無人テントの隙間を走り去って行った。
続いて、赤いドレスを着た緑色の髪の少女が、フラフラな足取りで門扉の方に行く。
「この場はこれでおしまいか。――ん?」
ふと声無き悲鳴みたいな物を感じたので、窓から頭を出して上空を見上げる。
「大型か。この屋敷を目指しているのか」
つい、と大粒の涙が風に煽られて落ちて行った。
「ふん。泣いちゃったから、くのいち失格ね。今日で引退かな。それで良いよね? 兄さん」
吹っ切る様に無理矢理な笑顔を作ったコクマは、大の字になって五階の窓から飛び降りた。
黒い忍者装束の女が風に紛れて消えたすぐ後に、白いエイの様な生き物が真上から雛白邸に突っ込んだ。越後の名失いの街に再び爆発音が響き渡り、短い地震を呼び起こした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
【架空戦記】炎立つ真珠湾
糸冬
歴史・時代
一九四一年十二月八日。
日本海軍による真珠湾攻撃は成功裡に終わった。
さらなる戦果を求めて第二次攻撃を求める声に対し、南雲忠一司令は、歴史を覆す決断を下す。
「吉と出れば天啓、凶と出れば悪魔のささやき」と内心で呟きつつ……。
夜に咲く花
増黒 豊
歴史・時代
2017年に書いたものの改稿版を掲載します。
幕末を駆け抜けた新撰組。
その十一番目の隊長、綾瀬久二郎の凄絶な人生を描く。
よく知られる新撰組の物語の中に、架空の設定を織り込み、彼らの生きた跡をより強く浮かび上がらせたい。
【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる