レトロミライ

宗園やや

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前編

第22話

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 大型を倒す方法は、聞いてみれば単純な物だった。
 大きな凧をふたつ用意し、蜜月とのじこがそれぞれに乗る。それをハクマとコクマが揚げ、大型の背に飛び乗って倒す、と言う作戦だ。
 これなら大型がいくら空高く上がっても妹社が遅れを取る事は無い。大型は宙に浮いている為、中小型の邪魔を受ける事も無いだろう。
 理屈の上では簡単な作戦だ。
 しかし人が乗れる大きさの凧なので、大型の近くで浮かんでいれば必ず敵に見付かる。射程が数キロ有ると言う事は、数キロ先の的が見えているはずだから、目はかなり良いと思われる。
 いくら妹社でも光線の直撃には耐えられない。
 その為に、囮を用意する必要が有った。囮が大型の注意を引き、敵の視界外で凧を上げるのだ。
 ほぼ確実に戦死者が出ると予想される為、囮役は雛白自警団からの志願制とした。
 高報酬に惹かれた者、少女二人だけに危ない橋を渡らせる訳には行かないと言う正義感を持った者。そして、自分の命を捨てても良いくらい敵を恨んでいる者。
 そんな人達が三十二人も集まった。
 明日軌は感動し、志願者と妹社を大食堂に集め、豪勢な夕食会を開いた。その場で作戦の確認をし、一時的に彼等は大型討伐隊と命名された。
 翌日、大型討伐隊は朝日を背に街を後にした。と言っても、朝から雨で太陽を拝む事は出来なかったが。
 大型はもうすでに本土上空に到達している。
 その進路上に有る小さな村々には避難勧告が出ていて、既に人は居ない。人目が無くなると中型が湧き易くなって非常に危険だが、大型の脅威の方が問題なので仕方が無い。
 寿命を温存しているからか大型の進行速度はかなり遅く、雛白部隊が護る蛤石の有る街に到達するのは五日後と予想されている。
 なので、大型討伐隊は無人の村のひとつに陣取り、晴れ間を待つ事にした。凧は晴れなければ揚げられないからだ。
 五日の間、大型討伐隊は大型と数キロの距離を取り、後退しながら晴れを待つ事になる。
 街まで後一日くらいまで近付いた時は、雨天でも凧を揚げる手筈になっている。
「コクマが天気を見ています。晴れ間が来そうな時は連絡が有りますので、楽にしていてください」
 勝手に利用している農舎の土壁に凭れて立っているハクマが言う。彼の戦闘服である黒い忍び装束を着ている。
「ちょっと不安で。落ち付きません」
 農舎の中で出番を待っているふたつの大凧を仁王立ちで見詰めながら、蜜月は今の気持ちを素直に言った。
 竹の骨組みに黒い和紙を張られた凧は、蜜月の背丈の二倍は有る。曇天に紛れる様に黒いらしい。
 妹社の二人も鏡の鎧を着ずに、全身真っ黒な上下姿となっている。
「それでも楽にしてください。いざと言う時に疲れていてはいけませんから」
 ハクマは、言いながらのじこを目で示す。
 のじこは銀髪なので、黒い帽子を被っている。手と足に付けている銀色の武器にも黒い布が巻かれている。
 そんな格好で、農舎の土の床に敷かれたゴザの上でだらしなく横になっていた。
 肝が据わっている。
「……はい」
 妹社の為に用意されているゴザに正座する蜜月。
 蜜月は、命を掛けた大作戦を目の前にして緊張していた。心臓の鼓動が早く、脇の下に汗を掻いている。男性であるハクマの前で身体の線が出る衣装を着ているのに、恥ずかしさを感じる余裕も無い。
 作戦が失敗するとすれば、凧で浮かんだ所を光線で撃たれるか、凧から大型に乗り移る事に失敗して落ちるか、だろう。
 しかし、失敗の心配をしても仕方が無い事は蜜月も分かっている。
 光線は囮の人達を、凧の動きは双子の忍者を信用するしかない。
 蜜月かのじこのどちらかが大型に取り付く事に成功すれば、恐らく倒せる。
 一番の心配は、妹社の二人が両方共戦闘不能になった時だ。そうなったら、大型に光線を撃たせ、寿命を待つしかない。街に残った明日軌と雛白自警団がその役目を負うが、大型の寿命が尽きるまで街が持つかは、正直分からない。
 だから大型討伐隊は、蜜月とのじこは失敗する訳には行かない。死んでも作戦は成功させなければならない。
 その想いを新たにして、蜜月は武者震いをした。
「どうぞ、お茶です」
「あ、ありがとう、広田さん」
 大型討伐隊には、世話役として数人のメイドが付いていた。食事等の世話は勿論、戦闘時の衛生兵として働いて貰う為だ。
 妹社隊のメイドは、正規の衛生兵であるコクマが居る為、蜜月と仲の良い広田が割り振られた。
「メイドさん達も大変だね。全員が衛生兵としての訓練を受けていたなんて」
「万が一雛白部隊の人達が敗北して、敵が街に入り込んだ時に、雛白邸を最終防衛ラインにする為だそうです」
 広田は紺のメイド服に白いエプロンと言ういつもの格好だったが、長い髪は纏め上げてヘッドドレスで止めていた。医薬品が入っている大きなリュックとウエストポーチを肌身離さず持っている。
「最終防衛ライン?」
「街の住人を雛白邸に避難させるのですよ」
 ハクマが説明する。
「外から攻めて来る神鬼は基本的に蛤石の解放を目指しますから、街が陥落しても雛白邸の方は大丈夫なのです。ですので、一旦雛白邸に住民を集め、可能なら反撃、不可能なら街から撤退するのです」
「あ、だから雛白邸ってあんなに広くて、塀が高いんですか。街の人達が全員入れる様に」
 蜜月が納得すると、雨の中、走る足音が農舎に近付いて来た。
「悪いニュースよ」
 ミノを着たコクマが農舎に入って露を払った。
「大型の真下に、数十匹の中型が居るわ。普段は中型に小型が大量に付き添ってるでしょ? そんな感じ。大型の飛行スピードが遅いのは、地上部隊の行軍に合せているからかも」
「何だって? 昨日までは居なかったはずだ」
 珍しくハクマが切羽詰まった声を出す。
「離れているし、この雨で良く見えないから、もっと居る可能性も有るわ。この数週間、敵の襲撃が無かったのはこのせいね。戦力を溜めて、一気に蛤石を取る気よ」
 ミノを脱ぐコクマ。ハクマと同じ黒い忍び装束を着ている。
「向こうにも伝えておいたわ。もう通夜の様な湿っぽさよ」
 向こうとは、数件の農家に分かれて潜んでいる志願者達の事だ。
「囮の人達は、大丈夫なんでしょうか」
 恐る恐る訊く蜜月。
「やるしかないでしょ。逆に中型が居た方が良い場合も考えられるし」
「え?」
「位置が良ければ、中型を盾に出来るでしょ? 大型の光線の」
 中型は大型の真下に居る。
 しかし中型が突出する様に誘い出せれば、囮部隊と大型の間に中型の大きな身体が立ち塞がる事になる。
「ああ、なる程。でも、中型に乙が一体でも居たら、かなり危険なんじゃ……?」
「寿命の関係からか、見える中型は全部が甲。だから、希望は有るわ」
「そう、ですか。なら良いんですけど……」
「あんた達を大型に乗せてから、私達が中型の援護に行くわ。あんた達は大型に集中しなさい」
「はい」
「で、晴れはまだ?」
 寝転がったまま訊くのじこ。
「まだ。晴れる気配無し」
「分かりました。では、交代しよう、コクマ」
「了解」
 今度はハクマがミノを着て農舎を出て行った。
 残ったコクマは濡れた手足を手拭いで拭き、土の床に直接アグラを掻いた。そして雨の染み込んだツインテールを絞ってから、支給された弁当箱を開けて握り飯に齧り付く。
 普段のメイド姿からは想像も付かない行儀の悪さだ。口も悪いし。
 これがコクマの地なんだろう。
「何緊張してるの。明日の夜明けくらいまでは絶対に晴れないから、あんたも寝転がってなさい。……兄様にも言われただろうけど」
「……楽にしなさいと言われました。でも、ちょっと無理です」
「まだまだ経験が浅いから仕方ないか。じゃ、勝った場面だけを想像してなさい。それだけで気分が違うわよ」
 そう言えば、負けた後の想像ばかりしていた。
 街が滅びたら、蛤石から小型神鬼が虫の様に沸き出すだろう。人目も無くなるので、中型神鬼も沸き放題になる。
 そうなったら、神鬼は周りの街を襲い捲る。
 蛤石から遠い街には大掛かりな自警団が無い事が多いので、確実に滅ぶ。
 済し崩し的に街が滅んで行き、神鬼が育まれる土壌が広がれば、この国は危ない。
 今回の様な大型も国内で産まれるかも知れない。
 しかし、勝ってしまえばそんな心配は全く無意味だ。
 普段の生活に戻り、またケーキを作れる。
 そう思ったら、少し気が楽になった。
「のじこちゃん」
「ん?」
「帰ったら、またケーキ焼こうね」
「良いね。楽しみ」
 のじこは甘い薫りと味を想ってむふふと笑った。
「広田さんもどうですか?」
「はい! 喜んでお邪魔します!」
 無邪気にはしゃぐ広田。人目が無いから小型に襲われるかも知れないのに、彼女も意外と肝が据わっている。
「コクマさんも一緒にどうですか?」
「私はお嬢様の世話で大変なんだけど。ま、一度くらいは良いかもね」
 コクマはヤカンから直接お茶を飲んだ。直接口を付けたら汚いので、顔を真上に向け、開けた口にお茶を注ぐ様に。
 熱くないのかなと蜜月と広田は心配したが、コクマは平然と喉を鳴らしている。
 さすが忍者。
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