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商店街から少し外れた場所に有る公園に入った勇佐達は、そこのベンチに気絶している女子中学生を寝かした。
普通の家庭なら夕飯の準備を始める時間なので、公園で遊んでいるのは高学年の小学生が数人程度だった。こっちに気付いても無視しているので、この子の知り合いは居なさそうだ。
「さて。助けたは良いけど、どうするかな。警察……は騒ぎになるか」
「取り合えず起こしましょうか?」
「どうやって? まさか、魔法?」
「魔法は使いません。冷たい物を顔に当てれば気付けになるでしょう」
エインセルは、買い物籠の中から冷凍食品を取り出した。作る料理は基本的に手作りだが、弁当のおかずはこちらの方が良い物も有るから用意はしている。
「なるほど。やってくれ」
「はい」
エインセルは、カッチカチに凍っている冷凍食品を中学生の頬に押し当てた。数秒程当てたままにしておくと、中学生は眉を顰めて手を動かした。その手が冷凍食品に当たる前に身を引くエインセル。
「ん……?」
目を開けた女子中学生は、私服の男とドレスみたいなワンピースの少女が自分の顔を覗き込んでいる事に気付いて戸惑った。
「え? 何? ここどこ?」
「痛い所は無い?」
「は、はい。ありません、けど」
勇佐の質問に頷いた女子中学生は、戸惑いながら身体を起こした。
周囲を見渡し、見覚えの有る近所の公園に居る事に気付いて安堵の吐息を漏らす。
「えっと、俺は勇佐一命って言うんだ。君の名前は?」
状況が分かっていない様子なので、相手を刺激しない様に優しい声で訊く。
「マキナ、ですけど」
名字を言わないのは、勇佐達の事を警戒しているからか。それを表情から読み取ったエインセルは、虹色の瞳で女子中学生を見下しながら口を挟んだ。
「怪我が無く、名前も言えるのなら、もう大丈夫だな。もしもまだ死ぬつもりなら、今度は人目の無い所で絶望せずにやれ」
「死ぬ? ……は!? あ、あああ! わ、私、なんて事を……」
自分がした事を思い出したのか、マキナは急に青褪めた。
「思い出したのか。どうしてあんな事をしたの?」
勇佐が訊くと、マキナは口元を押さえた手を震わせながら目を逸らした。言いたくない様子だったが、勇佐が黙って返事を待っていたので結局は口を開く。
「その、イジメが辛くて……。どうすれば良いかと考えながら歩いていたら、なぜか高い所に……」
「イジメか……」
勇佐は深刻そうに俯く。
これは大分面倒臭い。思い詰めた上で発作的に自殺を選んでしまったのなら、相当な状況なんだろう。
「イジメを苦に自殺? 愚かな。それは負け犬の選択よ。全く同情出来ぬ!」
エインセルは、珍しく感情を露わにして声を荒げた。終木相手の憎まれ口とは全然違う、本気の罵倒。
「良く考えてもみよ。お前を迫害した者は、お前が目障りなのだろう? お前が邪魔だから迫害するのであろう? なら、お前自ら死を選んだら、勝手に目障りな者が消えた事になる。そ奴等の思う通りではないか。悔しくはないのか!」
「だったら、どうしろと言うのよ」
ベンチで小さくなって座っているマキナは、弱々しい声で反論した。
俯き、地面を見詰めているその格好がエインセルをより刺激する。
「殺せ。邪魔者は排除しろ。消される前に消せ。受けた痛みは倍にして返すのだ!」
「な、なに言ってるの、そんな事出来る訳ないじゃない! 子供のくせに! 子供だからそんな適当な事が言えるのよ!」
マキナは顔を上げ、エインセルを睨んだ。少し語気が強くなったので、芯は弱い子ではない様だ。
弱い子ではないからこそ問題から逃げずに対処しようとしたがどうにもならず、結果追い詰められたんだろう。
「我はそうした。負けっぱなしでこの世を去るのは我慢ならんからな。お前は出来ぬのか? 出来ぬと言うのなら、今ここで我が――」
エインセルは今にも闇のオーラを背負いそうな勢いで怒っているので、勇佐が割って入った。
「まぁまぁ。落ち着いて、エインセル」
「……すみません」
オレンジ髪の少女は、奥歯を噛んで足元に視線を落とした。
魔王の激昂は気になるが、今は女子中学生の方を相手にしなければならない。なにしろ、とんでもない選択をしてしまう程に追い詰められているのだから。
「マキナちゃん。イジメは先生か親に相談するしかないよ。それでも解決しないなら、警察か教育委員会とか言うのも有る。エインセルじゃないけど、死んだら負けだから。もうしないでくれ」
「……はい」
「俺はマキナちゃんの事情を知らないから、頑張れとは言わない。信用出来る人に相談してくれとしか言えない。でも、こうして知り合った以上、君の死が新聞に載ったら俺はショックを受ける。君の死を悲しむ人が増えた事を覚えておいてくれ」
「……はい」
「じゃ、帰るか。君の家はこの近所? 途中まで一緒に帰ろう」
「はい」
立ち上がったマキナは、辛気臭く背中を丸めながら歩き出した。
エインセルに罵られていた時はそれなりに反論していたのに、勇佐の言葉には力無い返事しかしなかった。この子は強く言われると反論してしまう性格なのか。
それとも、小学生っぽい子には反論出来るが、年上っぽい男には強く出られないのか。
イジメられているのなら後者っぽいが、もしそうなら彼女自身の性質なので勇佐は何も出来ない。
同性で年下に見えるエインセルなら会話が出来そうだが、オレンジ髪の少女は不機嫌そうにそっぽを向いている。無理に会話させるとまた暴言の言い合いになるかも知れない。
重い空気のまま無言で歩くと、マキナがおもむろに立ち止まった。
「ここです。私の家」
マキナの家は、普通の一軒家だった。表札には火野坂と書いてあった。
門から見える庭や壁には荒れた様子は無いので、親が居なくて相談出来ないと言う事は無さそうだ。相談出来る親かどうかまでは分からないが、さすがの勇佐でもそこまで面倒見切れない。
「ひのさか、って読むの? 珍しい苗字だね」
「そうですね。じゃ、助けてくれてありがとうございました」
マキナが頭を下げたその時、乱暴な叫び声が辺りに響いた。
「エインセル!」
その場に居た三人が声がした方を見る。そこには、不良校の制服を着たあの男が居た。右手をギプスで固定している。
「火のカルカンアテス! お前が気配も無しで近付いて来れるとは予想外だったぞ」
身構えるエインセル。
不良校の男も薄っぺらい学生鞄を投げ捨てて拳を構える。
「お前、こんな所で何してやがる」
「この人達、お兄ちゃんの知り合い?」
マキナの言葉に驚く勇佐。
「え? 兄妹?」
「はい、兄です。……まさか、貴方達もお兄ちゃんの被害者、ですか?」
「被害者? どう言う事?」
首を傾げる勇佐。
マキナが眉を顰めている様子を見た不良校の男は、エインセルに向けて怒声を上げた。
「マキナに何をするつもりだ!?」
興奮する不良校の男をいさめる様に右手を上げるエインセル。
「まぁ聞け、火のカルカンアテス。お前の怒りはもっともだ。我にも理解出来る。だから、話し合いをしたい。我に敵意が無いと言う想いを表す為に、その怪我を治療したい。我の提案を受けて貰えるだろうか」
「まさかお前、魔法が使えるのか? あんなに殴ったのに怪我が治ってるし」
「そうだ。お前達とは違い、我は転生していないのだ」
「なんだと! お前、死んでないのか? 一人生き延びて、こんな所に来たってのか?」
「そうだ。その件も含め、話し合いたい」
「うるせぇ!」
左手で殴り掛かって来たので、エインセルは大きく下がって距離を取る。
「今回は油断していないから避けられるし、反撃も出来るぞ。もしもそれ以上攻撃して来るのなら、我もお前を敵と見なさなければならなくなる。どうか落ち着いてくれ」
「上等だコラァ!」
「もうやめてよお兄ちゃん!」
マキナが大声を出した。そのお陰で不良校の男の動きが止まる。
「お兄ちゃんがそうやって乱暴な事をするから、私に逆恨みが来るんだよ! 今日だって、お兄ちゃんにお金を取られたって子が私にお金を返せって言って来たんだよ!」
「なんだと?」
涙目で身体を震わせている妹に驚きの表情を向ける不良校の男。
しかしすぐに妹に向き直ってイキって見せる。
「そいつの名前を教えろ。二度とナメた口を利かない様に、徹底的にぶん殴ってやる」
「だから、そうじゃないの! 何でお兄ちゃんもその子も乱暴な事言うの? もうやだ!」
涙目になったマキナは、逃げる様に走って行った。
兄は呆然とその後ろ姿を見送っている。
「追い掛けないのか? あの子、さっき自殺しようとしたんだぞ」
「なんだと?」
勇佐を睨み付ける兄。不良のサガなのか、とにかくケンカ腰だ。
「エインセルの魔法が無かったら、今頃は……。だからここまで送って来たんだ。分かったら追い掛けろ。そしてマキナちゃんの話を落ち着いて聞け」
「うるせぇ! 言われなくても分かってるよッ」
走って追い掛けて行く兄。
それを見送った勇佐は困り顔で腕を組む。
「つまり、兄の悪行の皺寄せが妹に行って、だから反論出来ずに大人しくイジメられていた。それがどうにもならなくなったから発作的に飛び降りてしまった、と言う事か」
勇佐の言葉を聞いたエインセルは、フンと鼻息を吐いた。マキナの状況を知っても同情は出来ないらしい。
「これは心配だなぁ。俺達も追い掛けた方が良いだろうか」
「夕飯の支度が有るので、私は帰りたいんですが」
「だったらエインセルは帰っても良いよ。無理にちょっかい出してどうにかなる問題じゃないみたいだし。でも、俺は心配だから日が暮れるまで探してみるよ」
溜息を吐いたエインセルは、仕方なく最後まで付き合う事にした。勇佐が勇者らしい行動をしていれば、もしかすると記憶が蘇るかも知れない。
「火のカルカンアテスはマキナを見付けられないでしょう。私は両方の感情を感知出来ますので分かります。二人共頭に血が上っています」
「二人は、いや、マキナちゃんは正確に言うとどんな感情をしている? もしかして、また絶望してる?」
エインセルは兄妹が走って行った方に顔を向けた。しかし虹色の瞳は別の方向に動いている。
「絶望と慟哭の間、って感じですね。魔王としては美味しい感情です」
「って事は、また発作的に間違いを起こす可能性が有るな。やっぱり俺が探すしかないか」
「火のカルカンアテスは憤怒で目が曇っていますから、マキナが道のど真ん中に突っ立っていない限りは見付けられないでしょうね」
「すまない、エインセル。マキナちゃんをすぐに見付けたいんだ。手伝ってくれるか?」
「仕方ないですね。さっさと見付けて兄に任せましょう」
普通の家庭なら夕飯の準備を始める時間なので、公園で遊んでいるのは高学年の小学生が数人程度だった。こっちに気付いても無視しているので、この子の知り合いは居なさそうだ。
「さて。助けたは良いけど、どうするかな。警察……は騒ぎになるか」
「取り合えず起こしましょうか?」
「どうやって? まさか、魔法?」
「魔法は使いません。冷たい物を顔に当てれば気付けになるでしょう」
エインセルは、買い物籠の中から冷凍食品を取り出した。作る料理は基本的に手作りだが、弁当のおかずはこちらの方が良い物も有るから用意はしている。
「なるほど。やってくれ」
「はい」
エインセルは、カッチカチに凍っている冷凍食品を中学生の頬に押し当てた。数秒程当てたままにしておくと、中学生は眉を顰めて手を動かした。その手が冷凍食品に当たる前に身を引くエインセル。
「ん……?」
目を開けた女子中学生は、私服の男とドレスみたいなワンピースの少女が自分の顔を覗き込んでいる事に気付いて戸惑った。
「え? 何? ここどこ?」
「痛い所は無い?」
「は、はい。ありません、けど」
勇佐の質問に頷いた女子中学生は、戸惑いながら身体を起こした。
周囲を見渡し、見覚えの有る近所の公園に居る事に気付いて安堵の吐息を漏らす。
「えっと、俺は勇佐一命って言うんだ。君の名前は?」
状況が分かっていない様子なので、相手を刺激しない様に優しい声で訊く。
「マキナ、ですけど」
名字を言わないのは、勇佐達の事を警戒しているからか。それを表情から読み取ったエインセルは、虹色の瞳で女子中学生を見下しながら口を挟んだ。
「怪我が無く、名前も言えるのなら、もう大丈夫だな。もしもまだ死ぬつもりなら、今度は人目の無い所で絶望せずにやれ」
「死ぬ? ……は!? あ、あああ! わ、私、なんて事を……」
自分がした事を思い出したのか、マキナは急に青褪めた。
「思い出したのか。どうしてあんな事をしたの?」
勇佐が訊くと、マキナは口元を押さえた手を震わせながら目を逸らした。言いたくない様子だったが、勇佐が黙って返事を待っていたので結局は口を開く。
「その、イジメが辛くて……。どうすれば良いかと考えながら歩いていたら、なぜか高い所に……」
「イジメか……」
勇佐は深刻そうに俯く。
これは大分面倒臭い。思い詰めた上で発作的に自殺を選んでしまったのなら、相当な状況なんだろう。
「イジメを苦に自殺? 愚かな。それは負け犬の選択よ。全く同情出来ぬ!」
エインセルは、珍しく感情を露わにして声を荒げた。終木相手の憎まれ口とは全然違う、本気の罵倒。
「良く考えてもみよ。お前を迫害した者は、お前が目障りなのだろう? お前が邪魔だから迫害するのであろう? なら、お前自ら死を選んだら、勝手に目障りな者が消えた事になる。そ奴等の思う通りではないか。悔しくはないのか!」
「だったら、どうしろと言うのよ」
ベンチで小さくなって座っているマキナは、弱々しい声で反論した。
俯き、地面を見詰めているその格好がエインセルをより刺激する。
「殺せ。邪魔者は排除しろ。消される前に消せ。受けた痛みは倍にして返すのだ!」
「な、なに言ってるの、そんな事出来る訳ないじゃない! 子供のくせに! 子供だからそんな適当な事が言えるのよ!」
マキナは顔を上げ、エインセルを睨んだ。少し語気が強くなったので、芯は弱い子ではない様だ。
弱い子ではないからこそ問題から逃げずに対処しようとしたがどうにもならず、結果追い詰められたんだろう。
「我はそうした。負けっぱなしでこの世を去るのは我慢ならんからな。お前は出来ぬのか? 出来ぬと言うのなら、今ここで我が――」
エインセルは今にも闇のオーラを背負いそうな勢いで怒っているので、勇佐が割って入った。
「まぁまぁ。落ち着いて、エインセル」
「……すみません」
オレンジ髪の少女は、奥歯を噛んで足元に視線を落とした。
魔王の激昂は気になるが、今は女子中学生の方を相手にしなければならない。なにしろ、とんでもない選択をしてしまう程に追い詰められているのだから。
「マキナちゃん。イジメは先生か親に相談するしかないよ。それでも解決しないなら、警察か教育委員会とか言うのも有る。エインセルじゃないけど、死んだら負けだから。もうしないでくれ」
「……はい」
「俺はマキナちゃんの事情を知らないから、頑張れとは言わない。信用出来る人に相談してくれとしか言えない。でも、こうして知り合った以上、君の死が新聞に載ったら俺はショックを受ける。君の死を悲しむ人が増えた事を覚えておいてくれ」
「……はい」
「じゃ、帰るか。君の家はこの近所? 途中まで一緒に帰ろう」
「はい」
立ち上がったマキナは、辛気臭く背中を丸めながら歩き出した。
エインセルに罵られていた時はそれなりに反論していたのに、勇佐の言葉には力無い返事しかしなかった。この子は強く言われると反論してしまう性格なのか。
それとも、小学生っぽい子には反論出来るが、年上っぽい男には強く出られないのか。
イジメられているのなら後者っぽいが、もしそうなら彼女自身の性質なので勇佐は何も出来ない。
同性で年下に見えるエインセルなら会話が出来そうだが、オレンジ髪の少女は不機嫌そうにそっぽを向いている。無理に会話させるとまた暴言の言い合いになるかも知れない。
重い空気のまま無言で歩くと、マキナがおもむろに立ち止まった。
「ここです。私の家」
マキナの家は、普通の一軒家だった。表札には火野坂と書いてあった。
門から見える庭や壁には荒れた様子は無いので、親が居なくて相談出来ないと言う事は無さそうだ。相談出来る親かどうかまでは分からないが、さすがの勇佐でもそこまで面倒見切れない。
「ひのさか、って読むの? 珍しい苗字だね」
「そうですね。じゃ、助けてくれてありがとうございました」
マキナが頭を下げたその時、乱暴な叫び声が辺りに響いた。
「エインセル!」
その場に居た三人が声がした方を見る。そこには、不良校の制服を着たあの男が居た。右手をギプスで固定している。
「火のカルカンアテス! お前が気配も無しで近付いて来れるとは予想外だったぞ」
身構えるエインセル。
不良校の男も薄っぺらい学生鞄を投げ捨てて拳を構える。
「お前、こんな所で何してやがる」
「この人達、お兄ちゃんの知り合い?」
マキナの言葉に驚く勇佐。
「え? 兄妹?」
「はい、兄です。……まさか、貴方達もお兄ちゃんの被害者、ですか?」
「被害者? どう言う事?」
首を傾げる勇佐。
マキナが眉を顰めている様子を見た不良校の男は、エインセルに向けて怒声を上げた。
「マキナに何をするつもりだ!?」
興奮する不良校の男をいさめる様に右手を上げるエインセル。
「まぁ聞け、火のカルカンアテス。お前の怒りはもっともだ。我にも理解出来る。だから、話し合いをしたい。我に敵意が無いと言う想いを表す為に、その怪我を治療したい。我の提案を受けて貰えるだろうか」
「まさかお前、魔法が使えるのか? あんなに殴ったのに怪我が治ってるし」
「そうだ。お前達とは違い、我は転生していないのだ」
「なんだと! お前、死んでないのか? 一人生き延びて、こんな所に来たってのか?」
「そうだ。その件も含め、話し合いたい」
「うるせぇ!」
左手で殴り掛かって来たので、エインセルは大きく下がって距離を取る。
「今回は油断していないから避けられるし、反撃も出来るぞ。もしもそれ以上攻撃して来るのなら、我もお前を敵と見なさなければならなくなる。どうか落ち着いてくれ」
「上等だコラァ!」
「もうやめてよお兄ちゃん!」
マキナが大声を出した。そのお陰で不良校の男の動きが止まる。
「お兄ちゃんがそうやって乱暴な事をするから、私に逆恨みが来るんだよ! 今日だって、お兄ちゃんにお金を取られたって子が私にお金を返せって言って来たんだよ!」
「なんだと?」
涙目で身体を震わせている妹に驚きの表情を向ける不良校の男。
しかしすぐに妹に向き直ってイキって見せる。
「そいつの名前を教えろ。二度とナメた口を利かない様に、徹底的にぶん殴ってやる」
「だから、そうじゃないの! 何でお兄ちゃんもその子も乱暴な事言うの? もうやだ!」
涙目になったマキナは、逃げる様に走って行った。
兄は呆然とその後ろ姿を見送っている。
「追い掛けないのか? あの子、さっき自殺しようとしたんだぞ」
「なんだと?」
勇佐を睨み付ける兄。不良のサガなのか、とにかくケンカ腰だ。
「エインセルの魔法が無かったら、今頃は……。だからここまで送って来たんだ。分かったら追い掛けろ。そしてマキナちゃんの話を落ち着いて聞け」
「うるせぇ! 言われなくても分かってるよッ」
走って追い掛けて行く兄。
それを見送った勇佐は困り顔で腕を組む。
「つまり、兄の悪行の皺寄せが妹に行って、だから反論出来ずに大人しくイジメられていた。それがどうにもならなくなったから発作的に飛び降りてしまった、と言う事か」
勇佐の言葉を聞いたエインセルは、フンと鼻息を吐いた。マキナの状況を知っても同情は出来ないらしい。
「これは心配だなぁ。俺達も追い掛けた方が良いだろうか」
「夕飯の支度が有るので、私は帰りたいんですが」
「だったらエインセルは帰っても良いよ。無理にちょっかい出してどうにかなる問題じゃないみたいだし。でも、俺は心配だから日が暮れるまで探してみるよ」
溜息を吐いたエインセルは、仕方なく最後まで付き合う事にした。勇佐が勇者らしい行動をしていれば、もしかすると記憶が蘇るかも知れない。
「火のカルカンアテスはマキナを見付けられないでしょう。私は両方の感情を感知出来ますので分かります。二人共頭に血が上っています」
「二人は、いや、マキナちゃんは正確に言うとどんな感情をしている? もしかして、また絶望してる?」
エインセルは兄妹が走って行った方に顔を向けた。しかし虹色の瞳は別の方向に動いている。
「絶望と慟哭の間、って感じですね。魔王としては美味しい感情です」
「って事は、また発作的に間違いを起こす可能性が有るな。やっぱり俺が探すしかないか」
「火のカルカンアテスは憤怒で目が曇っていますから、マキナが道のど真ん中に突っ立っていない限りは見付けられないでしょうね」
「すまない、エインセル。マキナちゃんをすぐに見付けたいんだ。手伝ってくれるか?」
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