ココロハミ ココロタチ

宗園やや

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 ゆらゆらと揺れる炎に照らされているをみは、ゆっくりと顔を上げた。
 もう何年も人の出入りが無い廃工場の天井は穴だらけで、雨が降ったら雨宿りも難しい。だから夕焼けで真っ赤な空が良く見えた。
 最近の世界は赤い物ばっかりだ。すぐにつづるさんを食べて幸せな時を過ごす予定だったのにな。
「謝らなくても良いですよ。
 みんなの力が弱まっている事は承知していましたから。
 それでも良いって言ったでしょ?」
 胸がドキドキして来た。締め付けられる様な、せつない感じ。
「ええ。来てくれた様です。
 ありがとう。
 頑張ります」
「誰と話してるの?」
 開けっ放しの入り口で立っている愛しい人が訊いて来た。
 その人は、持っていた学生鞄を適当な所に投げて置く。お嬢様らしくない行動。
 でもそれが良い。
「私の中に居る、みんなと。2人の事を応援してるって、ここから出て行ってくれました」
 そっと自分の胸に手を置くをみ。
「そう。じゃ、をみはもう心食みじゃないの?」
「いいえ。でも、私は私です」
「そっか。心絶ちも静かになってる。悪霊も、物に宿った想いも、意外に空気を読むんだね」
「ふふふ。2人きり、ですね」
「うん。2人だけ」
 砂が積ったコンクリートの地面を歩くつづる。
 錆びてボロボロのパイプ椅子に座っているをみは、ゆっくりと身体を捻って足音の方に顔を向ける。
 赤い光が差し込む廃工場に、お嬢様学校の制服を着た女子2人。
「身体、大丈夫? 昨日の事件もをみでしょ? 心食みの力は段々と弱まっているみたいだから、無茶したんじゃない?」
「ん……どうでしょう。秘密にしておいた方が、良いのかな」
「いまさらだよ」
 うふふ、と笑うをみ。
「それもそうですね。心食み、って呼ばれてるの? 私の中に居る人達」
「うん」
「彼女達は、ほとんどが願いを叶えられなかった人達」
 真横で立ち止まったつづるを見上げて笑むをみ。
 つづるも笑み返す。
「愛する人と結ばれなかった、それが叶わなかった悔しさはとても強い物だけれど、長続きはしません。だって、愛しているから。だから、私の強い想いと同調していても、段々と弱くなってしまう」
 想いを伝える事を無関係な第三者に邪魔された場合は、悔しさが最高潮になる。
 すぐ復活出来る。
「確かに無茶はしましたけど、私の願いを叶える為には、仕方が無い事です」
「身体の方は? 顔色、真っ白」
「そろそろ限界みたいですね。今夜、つづるさんの家に伺おうと思ってました。力が完全に衰える前に」
 パイプ椅子の脇に置いてある小さなダンボール箱から1枚の紙を取り出すをみ。
「住所を調べる為のクラス名簿。でも、もう必要無いですね」
 それをつづるに見せた後、一斗缶の中で揺らめいている炎に向かって投げた。一斗缶の中には結構な量の灰が溜まっている。
「何を燃やしているの?」
 ダンボールの中から1通の封筒を取り出すをみ。
「つづるさんへのラブレター。いっぱい書いたなぁって、読み返していたんです。色々悩んでたなぁ、って」
 それを炎にくべる。
「つづるさんに渡す事は出来なかったけれど」
 可愛らしいキャラクターが印刷されたピンクの封筒が黒い灰に変わって行く。その中の手紙が一瞬見える。をみらしい几帳面な文字がびっしりと書かれていた。
「気持ち悪いでしょ?」
 炎を見ながら、諦め切った表情で言うをみ。
 つづるも炎を見ながら頭を横に振る。
「もしも渡されてたら、私はどうしてたかな。やっぱり混乱して、返事が出来ないまま悩んじゃうかな。今までみたいに」
「ごめんなさいね。私が……変なばっかりに」
 炎が爆ぜる。
 一呼吸置いてから口を開くつづる。
「をみに好きって言われた時、頭の中が真っ白になった。ここに来る今の今まで、ずっと真っ白だったと思う。情けないね、私」
 自嘲的な笑みを浮かべるつづる。
「そんな事、ない。つづるさんは強い。私みたいに、何だか良く分からない物の助けが無いと何も出来ない子とは、違うわ」
 そして、優しい。だから好きになった。
「私は、をみの方が強いと思うな。そりゃ、心食みを受け入れたのはとても悪い事だけど、私はそんな事怖くて出来ない。そんなの受け入れずに、想いを飲み込んじゃうな」
「飲み込める方が強いわ」
「強くない。逃げてるだけさ」
「つづるさんは、私が逃げてるって言った」
「言ったっけ?」
「言いました」
「そっか」
 2人で力無く笑う。
「もう、をみの気持ちから逃げないよ。その覚悟でここに来た」
「ありがとう。もうちょっと待ってくださいね。残りを燃やしますので」
 ダンボールの中の可愛い封筒を次々に一斗缶に投げ込むをみ。
「出せなかったラブレターを他人に見られたら、死ぬほど恥ずかしいでしょ?」
「あはは。そうだね。ラブレターなんて出した事も貰った事も無いから良く分からないけど、ちょっとは分かるかな」
「無いんですか? 1度も?」
「うん。他人に本気で好きって言われたのは、をみが最初」
「あら。それは光栄」
 をみが最後に手に持った物は、1冊の雑誌。可愛らしい女の子2人が抱き合っている絵が表紙だった。
「この表紙の子がつづるさんに似てるから買ってみた、百合系のマンガ。買う時、恥ずかしかったな。1時間くらい悩んで、やっと買えたんです」
 目を細め、愛おしそうに表紙の絵を撫でるをみ。
「このマンガの子達も、色々悩んでいた。告白したら友達じゃなくなるのかなって。でも、作り話だから、最後は都合良く愛し合ってハッピーエンド。羨ましかった」
 バスン、と音を立てて燃やされる雑誌。
 火の子が宙を舞う。
「お待たせしました」
 ゆっくりと立ち上がったをみは、口を横に広げて嫌らしく笑った。
「私に食べられる覚悟は、出来ましたか?」
 つづるは布袋から刀を取り出す。
 そしてゆっくりと抜く。
「をみは私に斬られる覚悟は最初から出来てたみたいだよね。前会った時、自分から刺さりに来たし」
 つづるは布袋をポケットに仕舞い、もう納めない決意を持って鞘を遠くに投げ捨てる。廃工場に入る前に、刀がそうしろと伝えて来たから。
「いいえ。つづるさんは優しいですから、私を斬る事は出来ないだろうって思ったんです。ハッタリ、と言うんでしょうか」
「なるほど。私の事を良く知ってるよ」
 夕日を反射する真剣ををみに向けるつづる。
「をみの告白に返事するね」
「はい」
「をみは、友達。大切な親友。何が有っても。男女のカップルみたいな恋人にはなれないけど、ずっと仲の良い友達でいたい」
 その言葉を聞いたをみは、目を瞑って心の中で祈る。
 私は間違った。
 でも後悔しない。
 私は大勢に迷惑を掛けた。
 でも反省しない。
 私はつづるさんを悲しませた。
 でも、願わくば最良の結果を。
 瞼を開けたをみは、うっとりとした目付きでつづるを見た。
「では。頂きます」
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